東京メランコリニスタ vol.5【仁義】
【タイトル】
「東京メランコリニスタ vol.5【仁義】」
東京メランコリニスタシリーズ・5話
【キャスト総数】
3(男:2 女:1)
【上演時間】
20〜分
【あらすじ】
――だからこそ必要なんじゃないかい?
一切ブレねぇ「仁義」ってやつが。
膨大なフォロワーの支持を得る
大人気MeTube(ミーチューブ)チャンネル、
「東京メランコリニスタ」。
清濁が混ざり合い迸る大都会の光と影を
今日もカメラが覗き込む。
Vol.5「仁義」。
【登場人物】
・鏑木(男)
「かぶらぎ」。
関東のヤクザ「鹿羽組(しかばねぐみ)」若頭補佐。
・紅葉(女)
「あかね」。
関東のヤクザ「鹿羽組(しかばねぐみ)」組長の娘。
・逆叉(男)
「さかまた」。
新宿を拠点とする金融会社の社長。
【本編】
東京、某所。
厳格な門構えには木彫りで「鹿羽組」の文字が掲げられている。
屋敷の廊下を忙しなく歩き回る鏑木。
鏑木:若! ……若ァ!
鏑木:いらっしゃらねぇんですか、若!
しばらく探し回るが一向に見つからない。
鏑木:……クソッ! また居やしねぇ……。
鏑木:やっと外に出る気になったのは結構だけどよ。
鏑木:勝手が過ぎるぜ。立場ってモン、理解してくれよ……。
小さく息をつく鏑木の元へ、女性が声をかける。
紅葉:随分と荒れてるね。
鏑木:あ……紅葉(あかね)姉さん。
鏑木:すいません、情けねぇとこ見せちまって。
紅葉:若いモンの前では見せるなよ。
紅葉:頭が揺らげば誰を信じればいいかわからなくなっちまう。
紅葉:崩れるのなんて一瞬さ。
鏑木:それ、もう一個上の頭に聞かせてやってくれませんか。
紅葉:そうしたいけどね。
紅葉:いない奴には発破のかけようもないよ。
鏑木:おっしゃる通りで……。
鏑木:全く、今度はどこに出掛けたってんだ。
鏑木:最近輪をかけて様子がおかしいんですよ。
鏑木:あのチャラチャラした音楽が消えたと思ったら、ふらっとどこかに消えてよォ……。
紅葉:例のアイドル娘かい。
鏑木:ええ。
鏑木:しかも、若……何つうか。
紅葉:?
鏑木:すげぇキラキラしてんスよ……。
鏑木:さっぱりしたツラして出ていくんです。
鏑木:あんな顔されちゃ何も言えねぇよ。
紅葉:……正直な話。
鏑木:はい。
紅葉:私にも何がどうなってるのか、さっぱりわからん。
鏑木:ですよね……。
紅葉:ただ、このままあの子を放っておくわけにもいかない。
紅葉:「鹿羽(しかばね)組」は今が正念場なんだ。
紅葉:関東を取れるか否かで今後の立ち位置が変わってくる。
紅葉:わかってるね。
鏑木:もちろんです。
紅葉:ヤクザなんてもんは最後は腕っぷしだよ。
紅葉:強さの後に仁も義もついてくる。
紅葉:あの子は十分過ぎる程のもん、持ってるんだ。
紅葉:前時代的と言われようが弱い人間に人はついてこねぇ。
鏑木:みなまで言わないでくださいよ姉さん。
鏑木:俺もあの人の強さに惚れたクチなんだ。
鏑木:痛ぇくらいにわかってます。
紅葉:そうだね。ちと野暮だったか。
紅葉:アンタには苦労かけるが根性見せな。
鏑木:はいッ!
姿勢を正す鏑木。
そんな中、軽薄な声が投げかけられる。
逆叉:あららァ、すいません。
逆叉:歴史の授業中でした?
廊下の先から現れたのは逆叉。
紅葉:アンタ……。
鏑木:てめぇ、逆叉(さかまた)ァ。
鏑木:銭ゲバ野郎がウチに何の用だ。
逆叉:人のこと言えるんですかねぇ。
鏑木:歴史の授業とかほざいてたな。
鏑木:どういう意味だ、あ?
逆叉:だってそうでしょ。
逆叉:「根性論」って、いつの時代の言葉です?
鏑木:ナメてんのか、てめぇコラ。
食って掛かる鏑木を制す紅葉。
紅葉:やめな。
鏑木:……チッ。
逆叉:どうも姉さん。お世話になってます。
逆叉:さっき組長にもご挨拶してきたところです。
紅葉:偉くなったもんだね、逆叉。
紅葉:やすやすとウチの敷居を跨げるようになったとは。
逆叉:いやぁ、いまだに緊張しますよ。
逆叉:あのゴッツい門をくぐる時にゃあ足が震えちまう。
紅葉:ふっ、よく言う。
逆叉:親父さん、相変わらず体良くないみたいですね。
逆叉:すっかり丸くなっちまって……。
逆叉:寄る年波は残酷なもんだ。
鏑木:オイ、ベラベラうるせぇぞ。
鏑木:専属コンサルだか知らねぇがよ、てめぇは一切信用ならねぇ。
逆叉:信用を貸す仕事ですよ、ウチは。
鏑木:黙れ。弱みにつけこみやがって……。
鏑木:てめぇからはクズ野郎の匂いがプンプンしやがる。
逆叉:嫌われたもんだなぁ。
逆叉:ねぇ、鏑木(かぶらぎ)さん。
鏑木:あ?
逆叉:「同じ穴の狢(むじな)」って言葉、知ってます?
逆叉:世間からすりゃ同じようなもんですよ、俺らは。
逆叉:クズ同士、仲良くしましょうよ。
鏑木:てめぇ!
紅葉:鏑木! やめろと言ってる。
鏑木:姉さん、こいつは……。
紅葉:逆叉。
逆叉:はい?
紅葉:アンタの腕は大したもんだ。
紅葉:この短い間で組長に取り入って……。
紅葉:まさか、一介の闇金小僧にここまでしてやられるとは思わなかったよ。
逆叉:ありがとうございます。
逆叉:でも「取り入った」ってのは訂正してほしいですね。
逆叉:あくまで俺らの関係はウィンウィンだ。
逆叉:俺はヤクザ社会における新たな価値を提供して、組長はそれに乗った。
逆叉:あの人や変化に舵を切った連中はまだ見込みがある。
逆叉:いい加減気付いてくださいよ。
逆叉:少数派は自分たちだってことに……。
紅葉:確かに現状を見ればそうかもしれないね。
逆叉:でしょう?
紅葉:だが、そこに大義はあるのかい?
鼻で笑う逆叉。
逆叉:出た出た……。
紅葉:街はどんどん荒れていってる。
紅葉:取り返しがつかなくなる前に歯止めは必要だろう。
逆叉:荒れてるんじゃないですよ、姉さん。
逆叉:ただ、「個性」がぶつかり合ってるだけなんです。
逆叉:これが本来の姿ってね。
逆叉:尖った個性同士がシノギを削って、想像以上のクリエイティブやビジネスが生まれる!
逆叉:そりゃあもうバッチバチにね。
逆叉:その時、やっと日本は世界を圧倒する国になるんですよ。
逆叉:捲土重来(けんどちょうらい)を期するには丁度いい時期だ。
紅葉:ものは言い様だね。
紅葉:その前に戦争が起きちまうよ。
逆叉:その時こそおたくらの出番でしょ?
紅葉:何?
逆叉:かわいそうな負け犬を更生させてやってくださいよ。
逆叉:お得意の「仁義」とやらでさ。
鏑木:……悪ィ、姉さん。もう我慢ならねぇよ。
鏑木:ブチ殺してやる、このクソ野郎……!
なおも鏑木を制す紅葉。
強い瞳のまま、逆叉を睨めつける。
鏑木:!
紅葉:一丁前に吹きやがるじゃないか、小僧が。
逆叉:この歳で小僧扱いされるのも悪くねぇなぁ。
紅葉:けど、アンタの言い分も間違っちゃないんだろうね。
紅葉:筋目の通らない世の中になったもんだ。
鏑木:姉さん……。
逆叉:俺ね、姉さんは賢い人だと思ってます。
逆叉:体裁は保っちゃいるが、ちゃんと周りは見えてる。
紅葉:……。
逆叉:おっしゃる通りですよ。
逆叉:筋目もクソもない、混沌の時代です。
紅葉:だからこそ必要なんじゃないかい?
逆叉:は?
紅葉:一切ブレねぇ「仁義」ってやつが。
無表情に紅葉を見つめる逆叉。
やがて呆れたようにため息をつく。
逆叉:撤回だな。随分と老眼が進んでるみたいですね、姉さん。
鏑木:オイ、ぼちぼちその口閉じろや。
逆叉:ま、これも一種のダイバーシティってやつですかね。
逆叉:でもさぁ、鏑木さん。現状も見た方がいいよ。
逆叉:「仁義」の頭がアイドルのケツ追っかけてるようなオタクくんに務まるわけねぇだろ?
鏑木:てッ……めぇ!
逆叉:いいぜ、ホラ、殴れよ。
逆叉:立場悪くすんのはそっちなんだからよ。
必死に拳を収める鏑木。
鏑木:……クソが……ッ!
逆叉:んじゃ、そろそろ帰りますわ。
逆叉:今後も良いお付き合いしていきましょうね、「鹿羽組」さん。
せせら笑いながら背を向け、去っていく逆叉。
その後姿を、怒りに震えながら睨む鏑木。
鏑木:(何も言い返せねぇのか?)
鏑木:(あんなクソ野郎に言いたい放題言われて……。)
鏑木:(結局自分が可愛いのかよ。)
鏑木:(許せるわけねぇだろ……。)
鏑木:(組に……若に、あんだけナメた口利かれてんだぞ。)
鏑木:(根性見せろよ、オイ。)
鏑木:(それしか能がねぇんだろ、てめぇにはよ!)
意を決した鏑木が顔を上げ、一歩を踏み出す。
それに呼応するように口を開く紅葉。
紅葉:鏑木。
鏑木:止めねぇでください。
紅葉の口元に笑みが浮かぶ。
紅葉:馬鹿言うなよ。
紅葉:私がやりてぇくらいだ。
鏑木:ははッ。ここは俺に預けてくださいよ。
紅葉:ああ……。筋目通してこい。
鏑木:おうッ!
足早にその場を後にする鏑木。
見送った紅葉に苦笑が浮かぶ。
紅葉:……ったく、あいつがこれだけ気張ってるってのに……。
紅葉:いつまでもふらふらしてんじゃないよ、あの子は。
ため息が落ち、目にわずかな憂いが覗く。
紅葉:やっぱり私じゃ母代わりにはなれないみたいだ。
紅葉:難儀なもんだねぇ……姉貴よ。
屋敷の玄関先。
外に待機していた車に乗り込もうとする逆叉。
鏑木:オイ、待て。
振り向くと鏑木が立っている。
逆叉:んー、まだ何かあるんですか鏑木さん。
鏑木:ああ。
距離が詰められる。
対峙する二人。
逆叉:見送りなら結構ですよ。
逆叉:おたくらとの付き合いは大っぴらにしたくないし……。
逆叉:ああ、融資のご相談ですか?
逆叉:だったら一度ウチの事務所に……。
鏑木:ゴチャゴチャうるせぇんだよ馬鹿野郎がッ!
拳が振り上げられる。
反応する間もなく逆叉の体が地面に倒れ込む。
殴られた頬を押さえながら体を起こす逆叉。
逆叉:……ッてぇなオイ……。
鏑木:立てコラ。まだ足りねぇぞ、こんなもんじゃよ。
血の混じった唾が地面に吐き出される。
ふらつきながらも立ち上がる逆叉。
逆叉:カタギに手ェ出してタダで済むと思わんでくださいよ。
鏑木:上等だ。関係ねぇよ。
鏑木:カタギだぁ? 笑わせんな、ゲス野郎をぶちのめしただけだ。
逆叉:てめぇ……。
鏑木:何だコラ。文句あんのかよ。
逆叉の胸ぐらが掴まれる。
凄まじい圧力にひるむ。
逆叉:……!
鏑木:イキがんじゃねぇぞ。
鏑木:てめぇがどれだけ組をかき乱そうが無駄だ。
鏑木:俺がぶちのめしてやるからよ。何度でもな。
逆叉:できるんですか? あんたに……。
鏑木:うるせぇ。二度とウチの敷居跨ぐな。
鏑木:次にその薄汚ぇニヤケ面見かけた時は殺すからな。
乱暴に胸ぐらが離される。
乱れたシャツの襟を正す逆叉。
逆叉:……ハハ、思ったより骨があるじゃねぇか。
逆叉:見直しましたよ。
鏑木:ああ?
逆叉:潰し甲斐があるってもんだ。
鏑木:やってみろよコラ。
逆叉:古い「鹿羽組」はもう終わりですよ。
逆叉:ネームバリューは丸ごといただいて……ヤクザ社会ごと金ズルにしてやるよ。
逆叉:最高にゾクゾクするビジネスプランだろ?
鏑木:させるかよ。
鏑木:てめぇが思ってる程ヤクザは安かねぇぞ。
逆叉:クッ……クク。
逆叉:楽しみにしてますよ。
逆叉:じゃあね鏑木さん。
車に乗り込む逆叉。
エンジン音が響き、車体が発進する。
悪態をついた鏑木が踵を返し、屋敷へと戻っていく。
屋敷、居間。
向かい合う紅葉が鏑木の顔を見る。
紅葉:……吹っ切れたツラしてるじゃないか。
鏑木:はい。決めました。
紅葉:ほう?
顔を上げる鏑木。
その目には覚悟が浮かぶ。
鏑木:俺が若の代わりになります。
鏑木:いつまでも若の強さにおんぶにだっこじゃ駄目なんだ。
紅葉:……。
鏑木:あのクソ野郎の好きにはさせねぇ。
鏑木:テッペン取ってよ……強ぇ「鹿羽組」を取り戻してやる。
鏑木:俺も……やっと目が覚めました。
つかの間の沈黙。
小さく笑う紅葉。
紅葉:アンタはさ……昔から何かとあの子にべったりでよ。
紅葉:金魚の糞みてぇについていきやがって。
紅葉:どうしても頼りないところが前に出てたよ。
鏑木:そ、そうですかね。
紅葉:だが……やっと肝が据わったか。
紅葉:良い顔になった。
ぴしゃりと膝を叩く紅葉。
紅葉:分は悪いがとことん戦うよ。
紅葉:お天道様はきっと見てくれてる。
鏑木:……はい!
拳を握った鏑木に笑みが浮かぶ。
紅葉:……あの子も……。
鏑木:はい?
紅葉:目ぇ覚ましてくれたらいいんだけどねぇ。
鏑木:……ですねぇ。
東京、新宿。
逆叉の金融会社、事務所。
鏑木に殴られた頬をさする逆叉。
逆叉:いッてぇなぁ、クソ。
逆叉:やってくれんじゃねぇか単細胞がよ……。
逆叉:まぁいい、相手にするだけ時間がもったいねぇ。
逆叉:忙しくなるなぁ。表も裏も太客ぞろいだぜ。
椅子に深く座り直す逆叉。
口元に笑みがこぼれる。
逆叉:好きなことして生きてる奴らが、一番偉いんだろ?
逆叉:なぁ、蜂須賀(はちすか)……。
逆叉:昔みたいに、一緒に大儲けしようぜ。
ケータイを取り出し電話をかける
逆叉:おう、俺だ。
逆叉:リストはできたか?
逆叉:ツケで首の回らねぇ奴らのリストだよ!
逆叉:さっさとデータ送れ。モタモタすんな!
逆叉:……あ?
逆叉:そうだよ、コラボってやつだな。
逆叉:俺もやってみようかと思ってよ。
逆叉:やっぱ、今稼げんのは天下のMeTuber(ミーチューバー)様だからな。
逆叉:ハハハハッ!
逆叉の笑い声が響く。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?