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ジョリールージュの恋人

【タイトル】
「ジョリールージュの恋人」
殺し屋シリーズ・1部10話

【キャスト総数】
4(男:2女:2)
※兼役あり

【上演時間】
30〜40分

【あらすじ】
数年前、業界で名を馳せた二人組の殺し屋がいた。

現場を血で染め、「ジョリールージュ」の
通り名で恐れられるルージュ。

それをも凌ぐ実力と認められるブルズアイ。

鬼神の如し強さを誇る二人の女。

義理の姉妹の仲を違うきっかけは、
一人の男の存在であることは
業界ではあまり知られていない。

【登場人物】
・ブルズアイ(女)
3人組(チーム)で仕事を行う殺し屋。
色男には目がない。

・ルージュ(女)
情報屋を兼ねるカフェ「フラッパー」店主。
元殺し屋。

・バイソン/男(男)
(バイソン)ヤク中の殺し屋。
自らの快楽の為に仕事を行う。
(男)仕事の関係でブルズアイと関係を持つ男。

【本編】
 煌めくネオンが眼下に広がる、深夜のホテル。
 上層階のスイートルームに備わるキングサイズベッドで眠る男女の一組。

 女の目が開き、ゆっくりと起き上がる。
 額に手を当て、浮かない表情。

 傍らの男が腕を枕にして女に語りかける。

男:悪い夢でも見たか?
ブルズアイ:ああ、起こしちゃった?
ブルズアイ:そうねぇ、気分の良いものじゃないかな。
男:そんな顔するんだな、お前も。
ブルズアイ:私を何だと思ってんのぉ?
ブルズアイ:か弱いのよ、こう見えて。
男:はは、寝言にしちゃあ、はっきりしてるな。
男:お前ほどタフな女は他にいないだろ。
ブルズアイ:それはどーもォ。
男:まぁ俺も負けちゃいないぜ。
男:どうだ、眠れないなら朝まで……。
ブルズアイ:ごめんなさいねぇ。
ブルズアイ:今はそんな気分じゃないかも。
男:何だ、釣れねぇな。
ブルズアイ:釣れないくらいが燃えるでしょ?
男:ふっ、わかってるじゃねぇか。

 起き上がり、ベッドに腰掛けた男がタバコに火をつける。

男:なぁ、「ルージュ」ってのは知り合いか?
ブルズアイ:あら、何であなたの口からその名前が出てくるのかしら。
男:うなされてたぜぇ。
男:よほど悪い夢だったみてぇだな。
ブルズアイ:……ハァ、らしくないわね。
ブルズアイ:小娘じゃあるまいし。
男:面白そうだ、聞かせてくれよ。
男:お前、全然自分の話しねぇしよ。
ブルズアイ:あらぁ、女の過去を詮索するなんて野暮じゃない?
男:いいだろ、夜は長いんだ。
男:目も覚めちまったしな。
ブルズアイ:仕方ないわねぇ、特別よ?
ブルズアイ:チープなドラマだけど、子守歌代わりにはなるかしら。
男:ああ、頼むよ。

 ソファに腰掛けるブルズアイ。
 まばらに光る夜景を横目にして、静かに口を開く。

 数年前の情景が浮かんでくる。

 放置されたまま老朽化した雑居ビルのワンフロア。
 小さな一室の中央には口にガムテープを貼られ、拘束された男の姿。
 正面に立つ男がその様子を煩わしさを浮かべて見下ろしている。

ブラッド:んーッ! んーッ!
バイソン:……チッ。

 口に貼られていたガムテープが乱暴に剥がされる。

バイソン:うるせぇぞ、坊主。
バイソン:女みてぇにギャーギャー騒ぐな。
ブラッド:た、助けて! お願いします。
ブラッド:お金なら払いますから……! いくら欲しいんです。
バイソン:馬鹿が。立場がわかってねぇな。
バイソン:てめぇのはした金なんざどうでもいいんだ。
ブラッド:こ、ここはどこなんですか。
ブラッド:どうして僕はこんな目に……。
バイソン:坊主よォ、逆に聞きてぇんだが、それを知ってどうする?
バイソン:何か変わんのか? ああ?
バイソン:イライラするぜ、ションベンくせぇガキの相手はよ……。
ブラッド:お、お願いします、助けてください! 僕は……。

 喚く男の額に拳銃が突きつけられる。

バイソン:まずは口を閉じろ。
バイソン:あんまり騒がれると手元が狂っちまいそうだ。
ブラッド:あ……あ……。
バイソン:お望み通り教えてやるよ。
バイソン:お前は死ぬんだ。
バイソン:早く殺してくれと泣きわめきながら豚の餌になる。
バイソン:奴らを悲鳴で喜ばせるのがお前の仕事だ。

 拘束された男がぱくぱくと口を開く。
 恐怖のあまり上手く回らない。

ブラッド:え……あ、そ、そんな。
バイソン:お前はひたすらに運がなかった。同情するぜ。
バイソン:奴らが使ってるヤクはな、嗜虐(しぎゃく)性がブチ上がる代物なんだとよ。
バイソン:要するに変態サディストどもの集まりだ。
バイソン:女を犯すより、人を嬲(なぶ)る方がイけるんだと。
バイソン:全く趣味が悪ィよなぁ。

 ひょうきんに肩をすくめ、口元を歪ませる銃を持つ男。

バイソン:俺は違うぜ?
バイソン:そんなクソ面倒なことをしなくても気持ちよくなれる、質の良いブツだけ使ってる。
バイソン:やっぱりよォ、ヤクも質にこだわらねぇと駄目だな。
バイソン:安もんは量が必要になってくるからよ……。
ブラッド:う……うわあああッ!

 恐怖に耐えきれず、拘束された男が暴れ出す。

バイソン:オイ、話の途中だろうが。
ブラッド:嫌だ、嫌だッ! 死にたくない! 助けてッ!

 わめきながら懇願する男の胸ぐらが乱暴に掴まれる。

バイソン:ピーピーわめくなっつったろうが。
バイソン:これ以上俺をイラつかせんじゃねぇよ。
バイソン:いいか、お前を引き渡せば俺の仕事は終わりだ。
バイソン:俺が気持ちよくなるために協力してくれや。
ブラッド:だ、誰か……。誰かぁッ!

 叫び声が部屋に響き、消えていく。
 その瞬間、小部屋のドアが蹴り破られる。

バイソン:あぁ!? 何だオイ、誰だ……。

 振り向くと同時に男の右腕を銃弾が貫く。

バイソン:ッ!? あッ……がぁぁぁぁッ!

 手にしていた拳銃は床を転がり、男は痛みにうずくまる。
 銃弾の主が丸まった男に近づき、見下ろしている。

ブルズアイ:ハァイ、随分と楽しそうじゃない。
バイソン:て、めぇ……このアマァ!
バイソン:よくも俺の腕を……ッ。

 次いで銃声が響き、男の片足を貫く。
 たまらず床に崩れ落ちる男。

バイソン:うぐあああああッ!
ブルズアイ:あーあ、ブ男の悲鳴なんて聞くに堪えないわぁ。
バイソン:あ、が……ッ。ハァッ……ハァッ……。

 充血した目が見下ろす女を捉える。

バイソン:てめぇ……ブルズアイかッ! 何のつもりだァ!
ブルズアイ:何って仕事に決まってるでしょ。
バイソン:し、仕事ォ……?
バイソン:俺を殺(と)りに来たのか。
ブルズアイ:あはッ、冗談やめてよぉ。
ブルズアイ:あなたを顎で使ってる偉ぁいオジさんたちよ。
バイソン:な、何だと……。
ブルズアイ:面倒なことに生きてるカタギは助けとけって言われててさぁ。
ブルズアイ:全く恩の売り方が上手いこと。
バイソン:馬鹿かよ。どんだけデカイ組だと思ってんだ。
バイソン:喧嘩売る相手は選べ。
ブルズアイ:舐めてんの?
バイソン:あ、あぁ?
ブルズアイ:もうあなた一人だけよ。
ブルズアイ:残りは私の義妹(いもうと)が全部片付けちゃってるわ。

 ブルズアイの言葉に驚愕を浮かべるバイソン。

バイソン:ル、ルージュ……。
ブルズアイ:そ。どうする? 大人しくその坊やを渡せば見逃してあげるけど。
バイソン:調子に乗るなよ……。
バイソン:二人とも殺してやる。
ブルズアイ:ハァ、つまらない男になったわね、バイソンちゃん。
ブルズアイ:合理的にいきなさいよぉ。
ブルズアイ:ま、ヤクに溺れた男の末路なんてこんなものかしら。
ブルズアイ:同業として恥ずかしいわ。
バイソン:黙れぇッ!
ブルズアイ:じゃぁねぇ。
ブルズアイ:生まれ変わって出直しなさい。

 バイソンの額に銃口を向けるブルズアイ。
 引き金に指がかかった瞬間、爆発音が響き渡る。

ブルズアイ:えっ、何ィ? 今の音……?
バイソン:……チィッ!

 わずかに生まれたブルズアイの隙を突き、バイソンが窓を割って脱出する。

ブルズアイ:げっ、まだ動けんのぉ?
ブルズアイ:タフねぇ……。ま、いいか。

 銃を収めたブルズアイに対し、拘束された男が怯えながら声をかける、

ブラッド:あ、あの……。
ブルズアイ:大丈夫? 命拾いしたわねぇ。
ブラッド:あ、ありがとうございます……。

 ブルズアイが男の顔をまじまじと覗き込む。

ブルズアイ:あら、あなた可愛い顔してるわねぇ。
ブルズアイ:タイプだわぁ。お名前何ていうの?
ブラッド:ぼ、僕は……。

 恐怖と安堵がないまぜになり、上手く口が開かない。
 背後から足音。服の埃を払いながら別の女性が姿を現す。

ルージュ:義姉(ねえ)さん。
ブルズアイ:んー、タイミング……。
ブルズアイ:終わったの? ルージュちゃん。
ルージュ:ええ、さっきので終わり。
ルージュ:聞いてよ。あいつら勝てないからってさ、パイナップル抱えて突っ込んできたのよ。
ルージュ:やっぱりヤク漬けの連中はイカれてるわね。
ブルズアイ:ああ、それでさっきの音。
ブルズアイ:平気だった?
ルージュ:服が汚れたわ。

 男は唖然として二人の女性を見上げる。
 ルージュと目線が合う。

ルージュ:……その人、捕まってたカタギ?
ブルズアイ:ええ。多分これで全員ね。
ルージュ:じゃあ早く帰りましょうよ。
ルージュ:シャワー浴びたいわ。
ブルズアイ:そうね。
ブルズアイ:あなた、立てる?
ブラッド:は、はい……。

ブラッド:(こうして僕は一命を取り留めた。)
ブラッド:(自己紹介が遅れてしまったが、僕の名はブラッド。)
ブラッド:(普段は役所勤めをしている。)
ブラッド:(彼女たちの言葉を借りると「カタギ」の人間だ。)
ブラッド:(あの日、彼女たちが来てくれなかったら僕はここにはいない。)
ブラッド:(今でもあの時の光景はまざまざと思い出せる。)
ブラッド:(彼女たちは強く、美しかった。)
ブラッド:(関わってはいけない世界の人間であることは重々承知している。)
ブラッド:(でも、ほんの少しだけでもいい。彼女たちに恩を返したかった。)
ブラッド:(それがエゴでも構わない。)

 とあるバー。
 カウンターに座るブルズアイとルージュの傍らに、真剣な面持ちのブラッドか立っている。

ブルズアイ:……それで、ほそーい糸みたいなコネを伝って私たちに会いに来たってわけ。
ブラッド:はい。
ブルズアイ:あはッ、健気ねぇ。可愛いわぁ。
ルージュ:度しがたい馬鹿ね。
ブラッド:承知してます。
ルージュ:あなた、ここがどこで私たちが何者なのか、わかった上で来ているのよね?
ブラッド:もちろんです。バー「デッドエンド」。
ブラッド:「殺し屋」御用達の店。
ルージュ:度胸だけは認めるわ。
ブルズアイ:それで坊や。仕事のご依頼?
ブルズアイ:あなた可愛いからサービスしてあげるわよ。
ルージュ:義姉さん。
ブルズアイ:ふふ。

 ブラッドが伏せた目線を上げる。

ブラッド:……あなたたちのお仕事のお手伝いをさせてくれませんか。
ルージュ:はぁ?
ブラッド:事務仕事は得意です! 雑用でも何でもやります!
ブラッド:お役に立ちたいんです。
ブルズアイ:あっははは! 面白いわねぇ、あなた。
ルージュ:あのね、カタギが首を突っ込んでいい仕事じゃないのよ。
ルージュ:大体あなたみたいな人間がここにいるのもおかしな話で……。
ブラッド:お願いします!
ブラッド:あなたたちに拾ってもらった命です。
ブラッド:それなら恩を返すのが筋でしょう。
ルージュ:また落とすことになったらどうするのよ。
ブラッド:そ、その時は……その時です。
ルージュ:呆れた。
ブルズアイ:いいじゃん。
ブルズアイ:じゃあさ、マネージャーやってもらおうよぉ。
ブルズアイ:そのへん結構テキトーだったしさぁ。
ブルズアイ:事務仕事とか得意なんでしょ?
ルージュ:義姉さん、本気なの?
ブルズアイ:その代わり、やるからにはバリバリやってもらうわよぉ。
ブラッド:あ、ありがとうございます!
ブラッド:頑張ります!
ルージュ:……ハァ。

ブルズアイ:(そんな感じで一緒に働き始めたってわけ。)
ブルズアイ:(今考えるとイカれてるわよねぇ。)
ブルズアイ:(一度命を拾われたくらいで大層な恩感じちゃってさぁ。)
ブルズアイ:(この街じゃあ、珍しいことでもないのに。)
ブルズアイ:(彼ね、勤めてた役所も辞めてホントにマネージャーになったの。)
ブルズアイ:(口だけじゃなかったわね。仕事ができる子でさぁ。)
ブルズアイ:(面倒な裏方仕事は全部やってくれたわ。)
ブルズアイ:(あの様子じゃ、人殺しの片棒を担いでることに後ろめたさはなかったんでしょうね。)
ブルズアイ:(私らの役に立ちたい一心だったみたい。)
ブルズアイ:(真っ直ぐだったわねぇ。良くも悪くも。)
ブルズアイ:(ん? ルージュの方は相変わらず。)
ブルズアイ:(あ、でもねぇ……。)

 ブルズアイとルージュのホーム。
 ブラッドの仕事場も兼ねられている。
 事務作業をこなしながら、ブラッドが浮かない表情を浮かべる。

ブラッド:うーん……。
ブルズアイ:どうしたの、ブラッドちゃん。
ブラッド:遅くないですかルージュさん。
ブラッド:もうとっくに帰ってきてもおかしくない時間だ。
ブラッド:何かあったんじゃ……。
ブルズアイ:平気よぉ。あの子の強さ、知ってるでしょ?
ブラッド:それはもちろん。
ブラッド:でも……。
ブルズアイ:んー?
ブラッド:何だか放っとけないんです。
ブラッド:危なっかしいっていうか……。
ブルズアイ:あはは、ぶっ飛ばされるわよあなた。
ブラッド:それに何か……辛そうで。
ブルズアイ:辛い? あの子が?
ブラッド:はい。
ブラッド:あ、すみません。知った風な口利いてしまって……。
ブルズアイ:いいわよ。
ブルズアイ:よく見てるのねぇ。
ブルズアイ:辛い、ねぇ。そうなのかなぁ。
ブルズアイ:わかんないわぁ、私には。
ブラッド:お姉さんがそう言うなら僕の勘違いだったのかな。
ブルズアイ:血は繋がってないけどねぇ。
ブラッド:えっ。
ブルズアイ:所詮は他人同士だから。
ブルズアイ:本当の姉妹だったとしても心の中まではわからないわ。
ブラッド:……。

 ドアが開きルージュが帰ってくる。
 服や体に大量の血がべっとりと付いている。

ルージュ:ただいま。
ブルズアイ:おっかえりィ。
ブラッド:ルージュさん、おかえりなさ……う、うわっ!?
ブラッド:ど、どうしたんですか、その血!
ルージュ:ああこれ?
ルージュ:最悪よ、落ちないでしょうね。
ブラッド:そういうことじゃなくて……。
ルージュ:私の血じゃないわ。
ブルズアイ:派手にやったみたいねぇ。
ルージュ:ええ、数が多くてね。
ルージュ:疲れちゃった。
ブルズアイ:その調子だと、また現場はブラッドバスかしら。
ルージュ:もちろん。
ブルズアイ:困った子。
ルージュ:シャワー浴びてくるわね。

 部屋を出ていくルージュ。
 その姿を目で追い、ブラッドが立ち上がる。

ブルズアイ:ブラッドちゃん?
ブラッド:……わからないなら、わかろうとするべきです。
ブラッド:他人という言葉だけで片付けるのは……違うと思います。

 ルージュを追うように部屋を出ていくブラッド。

ブルズアイ:へぇ、言うようになったわね。

 廊下を歩くルージュ。
 やがてふらつき、倒れるように壁に寄り掛かる。

ルージュ:はぁ……はぁ……ぐっ。
ブラッド:ルージュさん。
ルージュ:っ!

 咄嗟に体勢を正すルージュ。

ルージュ:……何?
ブラッド:傷、見せてください。
ルージュ:傷?
ブラッド:怪我してるんでしょう。
ルージュ:何を言ってるの、あなた……。
ブラッド:隠さないでください!
ルージュ:ブラッド、余計な気は回さなくていいわ。
ルージュ:あなたは自分の仕事だけこなしていればいいの。
ブラッド:じゃあ、なおさら見せてください。
ルージュ:は、はぁ?
ブラッド:これも僕の仕事です。
ブラッド:あなたの仕事をサポートするのが僕の役目だ。
ルージュ:……。

 ルージュの部屋。
 肩に受けた傷を治療するブラッド。

ブラッド:……ひどい怪我じゃないですか。
ルージュ:平気よ。弾は貫通してるし。
ブラッド:全然そうは見えませんよ。
ブラッド:ちゃんと医者に診てもらった方が……。
ルージュ:いいから。それより義姉さんには言わないで。
ブラッド:えっ。
ルージュ:こんなことで義姉さんの期待を裏切りたくないの。
ブラッド:ど、どういうことですか。
ルージュ:私が業界で何て呼ばれているか知ってる?
ブラッド:……「ジョリールージュ」。
ルージュ:そう。私が仕事をした後は現場が血の色に染まるから。
ブラッド:恐れられているみたいですね。
ルージュ:それでも義姉さんには敵わない。
ルージュ:あの人の強さは別格だから。わかるでしょ?
ブラッド:はい。
ルージュ:仮にも妹分を名乗ってるんだから名前を汚すような真似はできない。
ブラッド:……。

 治療が終わる。
 そっと肩に触れるルージュ。

ルージュ:ありがとう、楽になったわ。
ルージュ:約束守ってね。

 立ち上がったルージュにブラッドが口を開く。

ブラッド:ブルズアイさんのためですか?
ルージュ:え?
ブラッド:そんな辛そうな顔してまで仕事をするのは。
ルージュ:何ですって?
ブラッド:本当はやりたくないんじゃないですか。
ルージュ:……ッ!

 ブラッドの胸ぐらが掴まれる。

ルージュ:口には気を付けなさいよ、坊や。
ブラッド:僕の勘違いなら謝ります。
ブラッド:でもルージュさん、いつも辛そうですよ。
ブラッド:悲しい目をしてる。
ルージュ:カウンセラーを雇った覚えはないわよ。
ルージュ:良心が痛んだとでも?
ルージュ:ハッ、冗談は程々にしてよ。
ブラッド:ルージュさん。
ルージュ:私は殺し屋よ!
ルージュ:人殺しの因果の中で生きてる。
ルージュ:そこからは逃げられない。ずっとね。
ブラッド:そんなことありません。
ルージュ:あなたに何が……くっ。

 肩に受けた銃弾の傷が痛み出す。
 ふらつくルージュの体をブラッドが咄嗟に支える。

ブラッド:大丈夫ですか!
ルージュ:何がわかるのよ……。
ブラッド:確かにあなたの気持ちはわかりません。
ブラッド:でも、もっと自由に生きても良いと思います。
ルージュ:……。
ブラッド:僕が手伝いますから。
ルージュ:度しがたい馬鹿だわ、あなた。

 やや離れた場所でブルズアイが2人の会話を聞いている。
 やがて静かに去っていく。

ルージュ:(義姉さんと肩を並べたかった。)
ルージュ:(義姉さんの妹であることが私の誇りだった。)
ルージュ:(だから私は今日もマトを血祭りにあげる。)
ルージュ:(強さを証明するかのように。)

ブラッド:(ルージュさん。)

ルージュ:(でも時々むなしくなる。)
ルージュ:(あの人に近づくためにブラッドバスを作り上げても、因果の根は絡まって私の足を縛り付ける。)

ブラッド:(無理はしないでくださいね!)

ルージュ:(彼は不思議な男だ。)
ルージュ:(度しがたい程に馬鹿だけど、真っ直ぐでいつも人の心配ばかりしている。)

ブラッド:(……あなたが、好きです。)
ブラッド:(支えになりたいんです。)

ルージュ:(それに救われている私もいた。)

 時が流れる。

 寂れたオフィスビルの一室。
 両手を縛られ拘束されているブラッド。
 目の前に立つ男が薄ら笑いを浮かべている。

バイソン:よォ、久しぶりだなぁ坊主。
ブラッド:あなたは……。
バイソン:お前もほとほと運のねぇ野郎だな。
バイソン:また捕まっちまったってわけだ。
ブラッド:……今度は何が目的なんですか。
バイソン:お? 前とは違って騒がねぇんだな。
ブラッド:少しは鍛えられたのかもしれません。
バイソン:はッ、いつまでもつか見ものだな。

 腰を屈め、目線を合わせるバイソン。

バイソン:お前には餌になってもらう。
バイソン:あのアマどもをおびき出すためにな。
ブラッド:彼女たちがそんな非合理なことをすると思いますか。
バイソン:思うね。
ブラッド:なぜ……。
バイソン:ルージュはお前のスケだろ?
ブラッド:!
バイソン:調べはついてる。
バイソン:情報ってのは強ぇんだぜ。
バイソン:弱みもこうして簡単に握れちまう。
ブラッド:……。
バイソン:何を血迷ってお前みてぇなケツの青いガキと出来てんのか知らねぇけどよ。
バイソン:利用しない手はねぇよな?
バイソン:ブルズアイが可愛い妹分を一人で行かせるはずがねぇ。
バイソン:誘い込みさえすりゃあ、こっちに分がある。
バイソン:3人まとめてブチ殺してやるよ。
ブラッド:それは……仕事ですか。
バイソン:いいや、個人的なモンだ。
バイソン:許せねぇんだよ、女にコケにされっぱなしってのは。
バイソン:見ろよ、奴に撃たれた腕と足……今でもうずきやがる。
バイソン:たっぷり礼をしてやらねぇと気が済まねぇ。
バイソン:ああそうだ、殺す前にアマ2人、輪姦(まわ)してやるよ。
バイソン:お前の目の前でな。ハハハッ!

 バイソンの笑い声が部屋に反響する。
 うつむき、唇を噛むブラッド。

ブラッド:……ルージュさん。

 同じ頃、ルージュとブルズアイ。

ルージュ:……何て言ったの、義姉さん。
ブルズアイ:駄目って言ったのよ。
ブルズアイ:リスクが高い上にこっちに何のメリットもないでしょ。
ルージュ:打算でものを言わないで。
ルージュ:仕事じゃないでしょう、今回は。
ブルズアイ:じゃあ、なおさらよ。
ルージュ:彼を見捨てる気?
ブルズアイ:私にも優先順位ってものがあるからねぇ。
ルージュ:答えになってないわ。
ブルズアイ:……ねぇ、ルージュ?
ルージュ:合理的じゃないって言うんでしょ。わかってる。
ルージュ:でも義姉さん。私は彼を見捨てられない。

 ため息をつくブルズアイ。

ブルズアイ:随分と入れ込んだわねぇ。
ルージュ:そうね、自分でもびっくりしてる。
ブルズアイ:わかったわ、今回は目をつぶる。
ブルズアイ:でも、いーい? ヤバくなったら引っ張って帰るからね。
ルージュ:ありがとう。それでいいわ。

ブラッド:(恐怖はあった。)
ブラッド:(だけど心の中で、必ず来てくれると信じていた。)
ブラッド:(そして彼女は僕を助けに来てくれた。)

 後退り、震えるバイソン。

バイソン:……あ……ああ……。

ブラッド:(目を疑ってしまった。)
ブラッド:(体中から血をしたたらせ、たたずむ一人の女性。)
ブラッド:(寒気がするほどに冷たい目。)
ブラッド:(それが彼女だと気づくのには時間がかかってしまった。)

バイソン:て、てめぇ……。
ブラッド:ルージュさん……?
ルージュ:……ちょっと待ってて、ブラッド。
ルージュ:すぐ終わる。

ブラッド:(僕はその時、初めて「ジョリールージュ」の意味を知った。)

 バイソンに銃口が向けられる。

バイソン:化け物がァ……。
バイソン:何人いたと思ってんだ……。
ルージュ:今際の台詞はそれでいいかしら。
バイソン:ま、待てよ……。
バイソン:金にならない掛け合いだろうが。
バイソン:お互いこれ以上は……。

 乾いた銃声。
 バイソンの片足が撃ち抜かれる。

バイソン:ぐあああッ!
ルージュ:義姉さんにやられたのはその足だったかしら。
バイソン:ぐッ……うう……ッ!
バイソン:なぁ……俺ァ、ヤクを流してるでけぇ組織のパイプなんだ。
バイソン:儲け話ならいくらでも持ってこれる。
ルージュ:さようなら。
バイソン:ま、待て、やめろッ!
ブラッド:ルージュさんっ!

 数発の銃声。
 血の海に倒れ込むバイソン。

ブラッド:……ッ。
ルージュ:さぁ、帰りましょう。

 血に塗れた手を差し出すルージュ。

ブルズアイ:(ルージュにとって彼の存在は大きくなり過ぎたのね。)
ブルズアイ:(あの子は私と違って一途だから。)
ブルズアイ:(彼の為なら何度でも血にまみれる。)
ブルズアイ:(何十ものブラッドバスを作り上げる。)
ブルズアイ:(私に認められるより大切なことを見つけたってわけ。)
ブルズアイ:(良いことよね。私も応援しようと思ったわよ。)
ブルズアイ:(……でも、彼は。)
ブルズアイ:(あの男は。)

 ブルズアイとルージュのホーム。
 ブルズアイと向かい合うブラッドの姿。
 穏やかではない空気が流れている。

ブルズアイ:……あ、そう。よくわかったわ。
ブラッド:……。
ブルズアイ:それで結局どうしたいわけ?
ブルズアイ:結論から言ってもらえる?
ブラッド:自分でもわかりません。
ブラッド:だけど、あの日からルージュさんの顔を見るのが怖いんです。
ブラッド:い、いつも……血に染まってる。
ブルズアイ:勝手ねぇ。
ブルズアイ:自分から惚れておいて、終いには顔が合わせられない?
ブルズアイ:笑わせてくれるわぁ。
ブルズアイ:なよっちい恋愛相談に乗ってるほど暇じゃないのよ、私も。
ブラッド:自分勝手なのも……わかってます。
ブルズアイ:好みの顔じゃなかったらぶん殴ってるところだわ。
ブラッド:ブルズアイさん……僕は。
ブルズアイ:辞めたいの?
ブラッド:……。
ブルズアイ:止めはしないわぁ。
ブルズアイ:だけどあの子の気持ちを裏切るのは許さない。
ブラッド:や、辞めたくありません。
ブラッド:僕はあなたたちの役に立ちたい。
ブラッド:その気持ちは変わっていません。
ブルズアイ:わがままを……。
ブラッド:愛しているんです。
ブラッド:ルージュさんも、ブルズアイさん、あなたも。
ブルズアイ:ただのエゴでしょ、それは。
ブルズアイ:悪いけどもう行くわね。仕事なの。

 立ち上がり、部屋から出ていこうとするブルズアイ。
 咄嗟にブラッドがその手を掴む。

ブラッド:ま、待ってください。
ブルズアイ:離してもらえる?
ブラッド:ブルズアイさんっ!

 そのまま身を寄せ、ブルズアイを抱き寄せる。

ブラッド:好きなんです。
ブラッド:お願いだ、わかってください。
ブルズアイ:……離せ、って言ってるの聞こえない?

 ドアが開く音。

ルージュ:……ブラッド?
ブラッド:ル、ルージュ、さん……。
ルージュ:義姉さん。何をしているの。

 ブラッドから離れるブルズアイ。

ブルズアイ:はぁーあ、チープな恋愛ドラマに私を巻き込まないでよ。
ルージュ:ど、どういうことよ。
ルージュ:どうして、あなたたち……。
ブルズアイ:ルージュ、あのね……。
ルージュ:ブラッド? ねぇ、嘘でしょ。
ブラッド:ヒッ……。

 恐怖に身を引くブラッド。

ルージュ:ブラッド?
ブラッド:く、来るな。来ないでくれ。
ルージュ:え……。
ブラッド:血が……服に……。
ブラッド:手も……顔にも……!
ルージュ:何を言ってるの……。
ブラッド:ぼ、僕も殺される……。
ブラッド:た、助けて、ブルズアイさん。
ルージュ:義姉さん……ッ。
ブルズアイ:ルージュ、話を聞いて。
ルージュ:私から奪うの? 彼を?
ルージュ:はは、まさかとは思ってたけどそこまで尻軽だったなんてね。
ブルズアイ:私が彼を?
ブルズアイ:ははッ、やめてよ……。見る目ないわ。
ルージュ:何ですって?
ブルズアイ:愛する為に堕ちていく覚悟もない。
ブルズアイ:あなたにはもったいないわ。
ルージュ:黙れぇッ!

 ブルズアイに銃口が向けられる。

ブラッド:うあ……ああ……。
ルージュ:奪わないで……彼だけは。
ブルズアイ:……何も聞こえない、か。

 ルージュの握る銃身が震えている。
 涙がこぼれ落ちる。

ルージュ:この……ッ、この、クソ売女(ばいた)……ッ。
ブルズアイ:はぁ。ヤクなんかよりよっぽどおっかないわね、色恋は。
ルージュ:……あああああッ!

 銃声が響く。

 過去の情景が消え去っていく。
 深夜を過ぎたホテルで男がタバコの灰を落とす。

男:……それで喧嘩別れしたっきりかい。
ブルズアイ:そ。顔合わせたら殺されちゃうもん、私。
ブルズアイ:それだけあの男を愛してたってことよねぇ。
ブルズアイ:全くわかんないわ。
ブルズアイ:全ッ然わかんない。
男:恋は盲目ってやつだろ。
男:一途な女はなおさらだ。
ブルズアイ:限度はあると思うけどねぇ。
ブルズアイ:あーあ、つまんないこと思い出しちゃった。
男:なかなか面白かったぜ?
男:しかしお前の素性にも驚いたがな。
ブルズアイ:あら、意外だった?
男:いや、このご時勢だ。珍しくもねぇな。
ブルズアイ:でしょ?
男:へっ、だがよぉ、そんなお喋りで務まるもんかい。
男:そういうのは黙っとくのが定石なんじゃねぇのか。
ブルズアイ:ふふ、問題ないわぁ。

 男の眉間に銃を突き付けるブルズアイ。

ブルズアイ:死体は喋らないもの。ね?
男:……は?
男:オ、オイ、何の真似だ。
ブルズアイ:仕事。良かったじゃない、最後に良い思いできて。
男:う、嘘だろ……ハハ。
男:オイ、待て。誰の差し金だ。
男:いくらで雇われた?
男:もっと出せるぜ、俺なら……。
ブルズアイ:さようなら。

 乾いた銃声が鳴る。
 鮮血が飛び散る。

ブルズアイ:良い夢、見なさいねぇ。

 部屋を出ていくブルズアイ。
 血溜まりが広がっていく。


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