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サンドリヨンの病熱
【タイトル】
「サンドリヨンの病熱」
殺し屋シリーズ・2部 番外編
【キャスト総数】
4(男:2 女:2)
【上演時間】
30〜分
【あらすじ】
「かぼちゃの馬車なんて結構よ。
鉄の馬を一頭、連れてきてちょうだい。」
復讐を誓った美しき殺し屋がメガロポリスの夜を駆ける。
恋の病熱に浮かされた過去の自分は捨て去った。
護られるだけの「サンドリヨン」はもういない。
立ちはだかるのはかつての親友。
戦場の亡霊は非情に彼女を掌で操り、笑う。
戦いの果に彼女が見たものは――。
超豪華キャスト陣が送る、スペクタクル・クライムアクション。
ジョージ・スペクター監督最新作、「サンドリヨン」。
絶賛上映中。(都心スカイビジョン放映のPVより)
【登場人物】
・ホープ(女)
業界では「エクスマキナ」の名で知られる殺し屋。
銃やナイフの扱いに長ける。
・レオ(男)
マフィア「ベルトリオファミリー」四代目頭目。
亡き初代頭目の一人息子。
・シャーク(女)
3人組(チーム)で仕事を行う殺し屋。
荒っぽい言動が目立つが「最高峰」と呼ばれる程の実力者。
・ルカ(男)
ルカ・ロマーノ。
「ベルトリオファミリー」の下っ端。
【本編】
メガロポリスの裏社会において絶大な勢力を誇るマフィア「ベルトリオ」ファミリー。
「家族」の絆を何より重んじる彼らの拠点は「ホーム」と称され、日々多くの組員が出入りする。
幹部に言伝を残し、組長室を後にするのは若き頭目、レオ・ベルトリオ。
レオの姿を認めるなり、掃除をしていた下っ端組員が顔を上げ、声をかける。
ルカ:あっ、ボス、お疲れ様っす! お出かけですか?
レオ:ああ、ちょっとな。
ルカ:誰か付けましょうか。
ルカ:何だったら俺が……。
レオ:いや、ただの個人的な野暮用だ。一人でいい。
ルカ:そうっすか……?
ルカ:でもマジで気ィつけてくださいね。
ルカ:ボスももうすっかり有名人なんすから。
レオ:買い被るなよ。じゃあ行ってくる。
レオ:留守を頼んだぞ。
ルカ:うっす!
出ていくレオ。
その後姿をじっと見つめるルカ。
ルカ:(……ってなカンジで最近、ちょくちょく一人で出かけることが増えてんだよな、ボス。)
ルカ:(毎回誰も付けずにね。)
ルカ:(いや、わかってる。優しんだよボスは。働き詰めの俺らに気を使ってくれてる。)
ルカ:(でもなぁ、それだけじゃねぇ気がするんだよなぁ……。)
賑やかな大通りを歩いていくレオ。
やや離れた後ろで、物陰に隠れたルカが尾行している。
ルカ:(そして今、俺はボスを尾行している。)
ルカ:(どうやら幹部の兄貴たちも同じようなことを考えていたらしい。)
ルカ:(ボスのことは心配だがプライベートまで邪魔したくねぇ、と。)
ルカ:(で、俺に白羽の矢が立ったってワケ。)
ルカ:(見た目があんまりマフィアっぽくねぇお前が適任だってさ。)
ルカ:(ちょっと言い方引っかかるけどやってやるぜ。)
ルカ:(ジャパニーズ・ニンジャの如し隠密ボディガード、このルカがバッチリ遂行してやるからな。)
コソコソと後をつけていくルカ。
通行人が不審な目を向けている。
時と場所は変わって、下町の一角に建つカフェテラス。
一席で女性の二人組が向かいっている。
シャーク:珍しいじゃねぇか、お前が泣きついてくるなんてよ。
ホープ:……ごめん、先生。忙しかったんじゃない?
シャーク:気にすんな、今日はオフだ。
シャーク:ウチにいてもムカデのゲームがうるせぇしな。
ホープ:そう……それなら良かった。
言うものの、どう切り出そうか迷っている様子のホープ。
シャークがコーヒーを口にする。
シャーク:で、どうしたよ。手に余るシノギでも抱えたか?
ホープ:手に余るって意味じゃ間違ってないんだけど……。
シャーク:言っとくが、今さらあたしから教えることなんざねぇぞ。
シャーク:お前もプロだろうが。自分の頭で動け。
ホープ:うん……そう、だよね。
目を伏せるホープ。
つかの間の沈黙のなか、シャークがため息を落とす。
シャーク:……聞くだけ聞いてやるよ。話せ。
顔を上げたホープの目に希望がうかがえる。
ホープ:その……レオのことで……。
シャーク:レオ? ベルトリオの若頭か。
ホープ:うん……。もう、どうしたらいいのか……。
怪訝な顔を向けるシャーク。
ホープの不審な挙動にやがて合点がいく。
シャーク:……まさかお前……。
ホープ:あれから……レオのこと考えたら、仕事が手につかなくて……。
額に手を当てるシャーク。
ホープ:(「お前のことが好きだ」と、はっきり言われた。)
ホープ:(好きって何? どういうこと?)
ホープ:(女として……ってこと?)
ホープ:(どうして? 私のどこが?)
ホープ:(殺し屋の私を……。)
ホープ:(最近はずっと、そんなことばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡っている。)
ホープ:(銀(イン)にも心配されてしまった。)
ホープ:(このままじゃいけない。仕事に差し支える。)
ホープ:(だけどどうすればいいのかわからない。)
ホープ:(気がつけば、私は先生に連絡を取っていた。)
シャーク:んなモンあたしに相談することじゃねぇだろ!
ホープ:でも他にいなくて……!
シャーク:マネージャーに言やいいじゃねぇか。
ホープ:銀(イン)は駄目。茶化されて終わり。
シャーク:ムカデとか……ブルズアイは。
ホープ:あの二人が真面目に聞いてくれると思う?
シャーク:……。
何も言わず腕を組むシャーク。
シャーク:いや待て。あたしだって気の利いたことは言えねぇよ。
ホープ:いいの。先生の言葉なら信じられる。
無垢の瞳を向けるホープ。
シャーク:ったく、何なんだよ……。
シャーク:さっさとケリつけりゃいいじゃねぇか。簡単な話だろ。
ホープ:ケリって?
シャーク:だからお前、そういう仲になりゃいいじゃねぇか。
ホープ:そういう仲って?
シャーク:少しは自分で考えろ!
ホープ:ご、ごめん……。
シャーク:お前、思った以上にポンコツなんだな……こういう話になると。
ホープ:私、本当にこういうのわからなくて。
ホープ:クルムの話は全然参考にならなくて、いつも聞き流してたから。
シャーク:クルム?
ホープ:あ……元バディの人。
シャーク:ああ……「魔弾の射手」か。
足を組み直し、コーヒーを口にするシャーク。
シャーク:まぁ、男には男の価値観ってのがあるみてぇだからな。
シャーク:直感でしかねぇが、あの若頭はマフィアのクセして擦れてるようには見えねぇし、お前とはお似合いなんじゃねぇの。
ホープ:そ、そうなの……?
シャーク:とにかくだ。
小気味よくカップがテーブルに置かれる。
シャーク:ケリは早めにつけとけ。
シャーク:モタついて得なことはねぇし、何より仕事に支障をきたすなんざ論外だ。
やや目を伏せた後、強い目でシャークを見るホープ。
ホープ:わかった。
すかさずケータイを取り出す。
ホープ:さっそく呼び出そうと思う。
シャーク:あ、ああ……。
ホープ:今日、ケリをつける。
電話をかけるホープ。
ホープ:もしもし、レオ? 私、ホープだけど。
ホープ:うん。ねぇ、今日会えない?
ホープ:……駄目、今日がいい。
ホープ:うん、わかった。それで大丈夫。
ホープ:それじゃ、また後で。
頬杖をついたシャークがそのやり取りを見つめている。
シャーク:……何なんだよ、この時間……。
ややあって、解散することになった二人。
ホープ:色々とありがとう、先生。
シャーク:わかってると思うが、あんま目立つんじゃねぇぞ。
ホープ:うん。じゃあ、またね。
笑顔で手を振るホープ。
シャーク:……やれやれだな。
シャークのケータイが鳴る。
シャーク:おう、何だよムカデ。
シャーク:あー、パルフェだろ、わかってる。
シャーク:大人しく待っとけ馬鹿。良い子にしてたら買ってきてやるよ。
シャーク:あ? 聞こえねぇ。っつかピコピコうるぇんだよ、音下げろ!
ふと、思いついたことを口にする。
シャーク:……なぁ、お前って普通の恋愛とかしたことあんの?
シャーク:あ? ゲームの話じゃねぇよ!
シャーク:いや、別に深い意味はねぇけど。
シャーク:……あたしの話はいいんだよ! お前に聞いてんだろ、殺すぞ!
そんなやり取りをしながら二人はお互い遠ざかっていく。
一方でレオの追跡を続けるルカ。
物陰から動向をうかがいつつ、尾行を続けている。
ルカ:(結構歩くなぁ……。お、足が止まった。)
ルカ:(ここは……「クロノス広場」か。)
ルカ:(クロノス広場の時計台っつったら、待ち合わせとかによく使われるけど……。)
周囲を見渡すレオ。
やがて見知った顔を見つけ、軽く手を上げる。
レオ:待たせたか?
ホープ:ええ、5分ほど。
レオ:お前な、こういう時はお決まりの台詞があるんだぞ。
ホープ:そんなの……知らない。
レオ:はは、だろうな。
つかの間の沈黙。
訳知り顔で顎に手を当てるルカ。
ルカ:(ははーん、なるほどね。そういうことか。)
ルカ:(ボスも隅に置けねぇな。)
ルカ:(「ベルトリオの若き獅子」なんて言われてるけど、まぁお年頃だしな。)
ルカ:(そっかそっか。頑張ってくださいね、ボス。)
ルカ:(ルカ・ロマーノはクールに去るぜ。)
ポケットに手を突っ込み、その場を立ち去ろうとするがやがて立ち止まる。
ルカ:(……いやいや待て、俺の使命は何だった。)
ルカ:(ボディガードだろうが。)
ルカ:(ボスが安心してランデブーする為にも護衛は必要だろ。)
ルカ:(続行だ。野暮かもしれねぇが許してください……ボス。)
再び物陰に身を潜める。
ルカ:(……へぇ〜、彼女カワイイじゃん……いいなぁ〜。)
一方、沈黙が続いているホープとレオ。
レオ:それで、急ぎの用か?
レオ:えらい剣幕だったが……。
ホープ:その……あなたとケリをつけに……。
レオ:ケリ?
ホープ:いや違う。何て言ったらいいか……。
ホープ:と、とにかく会いたかった!
レオ:あ、ああ……。
ぎこちなく首筋に触れるレオ。
レオ:とりあえず歩くか……?
ホープ:う、うん。
歩き出す二人。
ルカが二人の後ろ姿を目で追う。
ルカ:(な、何か……思ったよりピュアな空気だな。)
ルカ:(俺が忘れちまった甘酸っぱさを感じる。)
ルカ:(懐かしいなぁ……地元のエレナちゃん、元気かな。)
ルカ:(……やべッ、見失っちまう! 急がねぇと……。)
物陰から身を出すルカ。
その瞬間、背後から声が投げかけられる。
シャーク:オイ。
ルカ:いッ!? な、何だてめぇ、ビックリさすんじゃねぇよ!
シャーク:お前それ、尾行のつもりか?
ルカ:ああ!?
シャーク:あいつらもこんなクソみてぇな犬につかれてんじゃねぇよ……浮かれやがって。
ルカ:おいおい、ゴチャゴチャうるせぇぞ姉ちゃん。忙しんだぜ、こっちは……。
シャーク:動くなよ。
ふと見ると、ルカの体に銃口が向けられている。
ルカ:えッ……。い、いつ抜いて……?
シャーク:穏便に済ませてぇだろ、お互いによ。
ルカ:あ、あんた、何者……。
シャーク:質問にだけ答えろ。
シャーク:狙いは若頭の首か?
ルカ:い、いや違うッ!
シャーク:じゃあ女の方かよ?
シャーク:何モンだてめぇ、同業には見えねぇが……。
ルカ:お、俺は、ただ……。
両手を挙げ、必死に訴えるルカ。
ルカ:ボスを守りてぇだけなんだよォッ!
――数分後。
シャークとともにホープたちを追跡しているルカ。
ルカ:(俺が人生で死を覚悟したのは2回。)
ルカ:(一度目は前の組で下手打った兄貴の肩代わりでボコられた時。)
ルカ:(その後でレオの親分に拾ってもらったんだ。)
ルカ:(そんで二度目はさっき、この姉ちゃんに銃を突きつけられた時。)
ルカ:(やべぇよ、この姉ちゃん。)
ルカ:(ただ者じゃねぇことくらいは俺にでもわかる。)
ルカ:(マジで何なの……。)
シャーク:尾行ってのは自然にやるもんだ。
シャーク:コソコソしてる方が逆に目立つだろ。
シャーク:それぐらい考えりゃわかるだろうが。
ルカ:あのォ。
シャーク:あ?
ルカ:何でお姉さんまで尾行を……?
シャーク:ホントに何もわかってねぇんだな、お前。
ルカ:えっ?
シャーク:二重尾行だよ。
シャーク:あたしらの他に3組、あいつらをつけてる奴がいる。
ルカ:ウソォ!?
シャーク:でけぇ声出すな。殺すぞ。
ルカ:え、さ、3組って……。な、何で!?
シャーク:おおかたお前らの親分が狙いじゃねぇのか。
シャーク:つくづく運がねぇな、あの坊っちゃんも。
ルカ:は、早くボスに知らせねぇと……。
飛び出そうとするルカを掴むシャーク。
シャーク:待て。
ルカ:ちょッ、何だよ!
シャーク:感づかれたら逃げられるだろうが。
シャーク:ああいう手合いはしつこいぜ。
ルカ:じゃあ……どうすんの。
シャーク:あたしらで片付けりゃ済む話だ。
ルカ:か、片付けるって……。
ルカ:不味いだろ、こんな街中で。
シャーク:当たり前だろ。
シャーク:カタギを巻き込むつもりはねぇし、ドンパチで騒ぎをデカくするつもりもねぇ。
シャーク:ま、二度と同じ真似できねぇ体にはするけどよ。
ルカ:は、はぁ……。
シャーク:またひとつ若頭に貸しだな。
悠然と歩いていくシャークの後ろを、ルカがついていく。
ルカ:お姉さん、一体何者……。
シャーク:それしっかり持っとけよ。落としたら殺す。
手に持たされた紙袋を見るルカ。
ルカ:これ何……?
ルカ:ドーナツ「パルフェ」……?
場面は変わり、街を歩いているホープとレオ。
レオ:しかしお前、本当に街のこと知らないんだなぁ。
ホープ:馴染みのガンショップくらいしか行かないし……。
ホープ:あとは「パルフェ」?
レオ:まぁ、らしいというか……。
レオ:あのドーナツ屋は殺し屋ご用達が何かか?
ホープ:さぁ……。でも、美味しいのは確か。
ホープ:先生たちも好きみたいだし。
レオ:店側が知ったら驚くだろうな。
朗らかに笑うレオ。
ホープも小さく笑う。
やがて大きな映画館の前で立ち止まる。
レオ:映画でも観るか?
ホープ:観たことない……面白いの?
レオ:それは好みによるな。
レオ:アクション、サスペンス、ラブストーリー……。
レオ:ジャンルや脚本、アクターなんかも関わってくるし一概には言えないよ。
ホープ:ふぅん……。
公開作品一覧を眺めるレオ。
レオ:お、スペクター監督の新作が公開してるのか……。
ホープ:映画好きなの?
レオ:小さい頃はよく観てたな。
レオ:最近は……日常が映画の筋書きみたいだ。
ホープ:少しわかる気がする。
レオの横に並ぶホープ。
ホープ:うん、観てみたい。
ホープ:あなたのおすすめのものを。
レオ:オーケー、じゃあ行くか。
映画館に入っていく二人を確認するルカ。
ルカ:あッ、映画館に入っちまう!
シャーク:みてぇだな。
ルカ:ど、どうする?
シャーク:待つしかねぇだろ。
シャーク:いちいちオロオロすんな、ウザってぇ。
ルカ:でも中で狙われたら……。
シャーク:ねぇよ。奴らも騒ぎは避けてぇんだろうな。
シャーク:外で雁首(がんくび)そろえてやがる。
ルカ:マジで……?
ルカ:全然わかんねぇよ、どこにいんだよ……。
シャーク:キョロキョロすんな。
何でもないように映画館が見える位置にあるカフェへ足を運ぶシャーク。
ルカ:あ、待てよ!
慌ててルカがそれを追う。
席につき、スマホを扱うシャーク。
向かいに座ったルカがやがて口を開く。
ルカ:ねぇお姉さんさ、マジで何者なの?
シャーク:……。
ルカ:聞いてる?
シャーク:こういうのは自分から名乗るのが礼儀って言われねぇか?
ルカ:俺はルカ・ロマーノ! 「ベルトリオ」ファミリー、期待の新人。
シャーク:素性は簡単に明かすもんじゃねぇぞ。裏の常識だろ。
ルカ:ちょッ、ずりィ!
シャーク:マフィアには見えねぇな、お前。
ルカ:あッ、それよく言われんだけどさぁ!
ルカ:何で? どういうところが?
シャーク:そういうところだろ。
ルカ:納得いかねぇー……。
スマホを置き、頬杖をつきながら窓の外を見るシャーク。
その横顔を見るルカが口を開く。
ルカ:じゃあ質問変えっけどさ、ウチのボスとはどういう関係?
シャーク:金ヅルかな。
ルカ:はぁ!?
シャーク:ボランティアじゃねぇんだ。
シャーク:お前のところの財布と話つけとけよ。
ルカ:……やっぱ金にガメついんだな、殺し屋ってのは。
シャーク:へぇ、殺し屋ってのはわかるんだな。
ルカ:さすがにあんたがただ者じゃねぇのはわかるよ。
ルカ:この街の普通じゃねぇ奴は大概が殺し屋かヤク中だ。
シャーク:……。
ルカ:姉さんはそん中でもさらにヤベェ雰囲気だよ。
シャーク:ッたく、言いたい放題言いやがって……。
シャーク:ヤク中と一緒にするなんざ良い度胸だな。
ルカ:い、いや、そういうつもりじゃねぇけど……。
シャーク:あたしみてぇな異常者に仕事奪われたくねぇんなら、てめぇでしっかりやれ。
ルカ:うぐ……。
シャーク:あいつもあいつだ……。
シャーク:周りが見えなくなるまでノボせ上がりやがって。
シャーク:野暮用済ませたらさっさと帰るつもりだったのによ。
ルカ:あ、あいつって?
シャーク:出来の悪ィ、教え子だよ。
――一方、映画館前。
鑑賞を終えた二人が出てくる。
レオ:……ふぅ、久しぶりに映画も良いもんだな。
ホープ:……。
レオ:どうした、ボーッとして。
レオ:つまらなかったか?
ホープ:ううん、そういうわけではないけど……。
ホープ:なかなかの銃さばきだったと思って。あのヒロインの子。
レオ:ああ、思ったより勇ましい「サンドリヨン」だったな。
ホープ:「サンドリヨン」?
レオ:映画のタイトルだよ。「シンデレラ」って意味だ。
ホープ:ふぅん……。
レオ:お前からお墨付きがもらえたんなら役者冥利に尽きるだろうな。
ホープ:銃の扱いは上手だったけど動きに無駄が多すぎる。
ホープ:あれじゃ構える頃に死んでるわ。
レオ:ははッ、俺と同じ評価か。
ホープ:……あと。
伏し目がちに小さく笑顔を浮かべるホープ。
ホープ:友だちと、最後はちゃんと仲直りできてよかった。
レオ:……そうだな。あれは良いシーンだった。
見上げると、大都会のビルの群にゆっくりと太陽が傾いていく。
夕暮れに目を向けたレオが傍らのホープに語りかける。
レオ:なぁ、もう少し付き合わないか?
レオ:行きたいところがあるんだ。
同時刻、シャークとルカ。
ルカ:あッ、出てきた! 出てきたよ姉さん!
シャーク:わかってるよ。
ルカ:つーかさ、もうつけてた奴らも諦めて帰ったんじゃねぇの?
ルカ:何も音沙汰ねぇしさ。
シャーク:残念だな、リタイヤはなしだ。
シャーク:そろって懲りずに張ってるぜ。ご苦労なこったな。
ルカ:うそォ……。
シャーク:けどまぁ、浮足立ってきてる。
シャーク:そろそろ狩り時だな。
ルカ:ねぇマジで何が見えてるわけ?
ルカ:怖ぇんだけど……。
店を出ていくシャークの背をルカが追っていく。
やがて日は落ち、繁華街にはネオンライトが灯り始める。
同じくライトアップされたビッグブリッジの高架下を抜けた先にある海岸沿い。
さざ波の立つ水面には、カラフルな光が反射する。
ホープ:ここは……何?
レオ:何と言われてもな。見ての通りだよ。
浜風に揺れる髪を梳かし、夜の海を眺めるホープ。
ホープ:……夜の海なんて初めて。
レオ:よく一人で来てたんだ。
ホープ:そうなの?
レオ:マフィアとしての立場や「ベルトリオ」の身分も全て捨てて逃げ出してしまいたい時とか……な。
ホープ:……逃げなかったのね。
レオ:結局そんな勇気なかったんだ。
レオ:ここへ来て逃げたつもりになってた。
水平線に臨む爛々と輝くメガロポリスの摩天楼を見据えるレオ。
レオ:動機はネガティブなもんだけどな、ここからの眺めは割と気に入ってるんだ。
レオ:俺たちの暮らす街がよく見える。
ホープ:そう、ね……。
何か言おうとするが、なかなか言葉にできないホープ。
レオ:悪かったな、こんなところまで付き合わせて。
ホープ:ううん、大丈夫……。
レオ:ところで今さらだが……お前の用事は何だったんだ?
ホープ:えっ。
レオ:ケリがどうこう言ってたじゃないか。
ホープの体が固まる。視線が泳ぐ。
ホープ:あ、そ、その……。
レオ:?
一方、隠れて様子をうかがっているルカ。
ルカ:うおォォ、良い雰囲気……ッ!
ルカ:頑張れ……頑張れ、ボスッ!
シャーク:マトが違ぇだろ、馬鹿が。
シャーク:犬どもが動くぞ。奴らが構えたら一気に決める。
ルカ:えッ!? い、今?
シャーク:どんな手練も獲物を狙う瞬間のスキが一番でけぇ。
シャーク:何の為にここまでつけたと思ってんだよ。
ルカ:お、オーケーオーケー。俺はどうすりゃいい?
シャーク:足だけは引っ張んな。それだけだ。
刺客の動きを注視するシャーク。
意を決し逸らしていた視線を合わせるホープ。
ホープ:……ちゃんとあなたに言わなくちゃいけないことがあって。
真剣な眼差しにレオも応える。
レオ:ああ、よければ聞かせてほしいな。
ホープ:私、逃げてた。
ホープ:こんな気持ちになったのは初めてだし、どうすればいいかわからなくて……少し、怖くて。
レオ:……。
ホープ:でもあなたは私と向き合ってくれたから。
ホープ:だからちゃんとケリをつける。
苦笑するレオ。
レオ:なるほど。
静寂。かすかなさざ波の音が聞こえる。
ホープ:……私、レオのこと……。
刹那。静寂を裂くかのように二人の頭上で大きな花火が打ち上がり、花開く。
突如として耳をつんざいた音とまばゆい光にそれぞれが目を奪われる。
ルカ:ビビったぁー! 何かと思ったら花火かよ……。
ルカ:結構近いな……。
シャーク:好都合だ。
ルカ:えっ? 姉さん、何か言った?
シャーク:奴らの気が散った。動くぞ。
ルカ:あッ、ちょっと!
素早く飛び出したシャークが一瞬にして闇に紛れる。
意を決したルカも後を追い、飛び出していく。
ルカ:お、おーしッ! やってやるよッ!
次々と打ち上がっていく花火。
大都市の夜空が彩られていく。
ホープ:……びっくりした。
レオ:そうか、今日は祝日だったな。「建都記念日」だ。
ホープ:そんな日、あったのね。
レオ:もともとはなかったんだけどな。
レオ:「クイーン」が自らの市長就任日に合わせて制定したんだ。
レオ:「これは新たな国家設立に等しい、記念すべき日」だとさ。
レオ:涼しい顔でマスコミに語っていたな、確か。
ホープ:今日は新しい発見ばかりだわ。
レオ:悪くないだろ?
ホープ:……うん。
夜空を見上げたホープの瞳に鮮やかな明滅が映る。
ホープ:綺麗ね。
レオ:そうだな。
ふと、レオに視線を移す。
ホープ:ねぇ、レオ。さっきのことだけど……。
レオ:大丈夫、十分に伝わった。
レオ:ありがとうな。
レオが静かにホープの肩を抱き寄せる。
ホープ:……!
レオ:俺も改めて向き合わせてくれ。
レオの瞳がホープへ近づく。
レオ:好きだ、ホープ。
一際大きな花火が開く。
ルカ:……すっげぇ……。
呆然と立ち尽くすルカの姿。
ルカ:(一瞬だったね。あの花火と一緒だよ。)
ルカ:(あの姉ちゃん、消えたと思ったらもう全員ノしてきてんの。)
ルカ:(得物も使わずにだよ? 俺が追いついた時にはもう終わってっし。)
ルカ:(化け物じゃんよマジで……。)
花火が上がり続ける中、警戒の目を解いていないシャーク。
シャーク:……一人いねぇ……。
ルカ:俺、全然役に立てなかったな、ははは……。
力なく笑い、肩を落とすルカ。
ルカ:(うぬぼれてたなぁ。)
ルカ:(何がボディガードだよ。この姉ちゃんがいなかったらボスは……。)
シャーク:オイ、気ィ抜くな。まだ……。
ルカ:あーちくしょう、馬鹿みてぇだな! 情けねぇ、クソッ!
悔しげに花火を見上げる。
ルカ:(花火が目にしみるぜ……。)
ルカ:(人の気も知らねぇでピカピカ光りやがってよぉ。)
ルカ:(……あれ?)
視線の先に何かを発見するルカ。
やがて顔が青ざめる。
ルカ:ね、姉さん、あれ……ッ。あそこ! ビルの上!
ルカの視線に気づくシャーク。
咄嗟に叫ぶ。
シャーク:ッ! 伏せろッ!
同時にルカが駆け出し、シャークの前に飛び込む。
ルカ:危ねぇッ!
花火の音と銃声が重なる。
倒れ込むルカ。
ルカ:(見上げた先、小さなオフィスビルの上から銃口がこっちを狙っていた。)
ルカ:(気がつきゃ体が動いてた。)
ルカ:(焼けるような痛みが走る。)
ルカ:(……ちょっとは俺、役に立てたかな……。)
ゆっくりとルカの目が閉じられていく。
だんだんと音が遠ざかっていく。
シャークが仰臥していたルカの体を蹴る。
シャーク:オイ。
ルカ:……へっ?
シャーク:いつまで寝てんだよ。
ルカ:お、俺、撃たれて……。あれ? 狙ってた奴は?
シャーク:仕留めた。得物使う気はなかったが、あの距離じゃな……。
シャーク:ま、殺(と)っちゃいねぇよ。
ルカ:は、はは……やっぱすげぇ。
シャーク:で、お前の名誉の負傷は大したことねぇぞ。
シャーク:かすり傷だ。
ルカ:あ、ホントだ。
肩の傷に触れ、苦笑を浮かべるルカ。
ルカ:結局、最後まであんたに頼っちまったなぁ。
シャーク:全くだ。天下の「ベルトリオ」ファミリーが聞いて呆れるぜ。
ルカ:うぐ……。
シャーク:けどよ。
体を起こしたルカの前に腰を下ろすシャーク。
シャーク:最後だけはあたしより先に気付いて体も張ったな。
シャーク:結構だが、かすり傷で済んでなかったらどうするつもりだったんだ?
ルカ:そ、そんなの……知らねぇよ。
シャーク:あぁ?
ルカ:女の為に体張るのは当たり前だろ!
呆気にとられた表情のシャーク。
やがて吹き出す。
シャーク:ははッ、面白ぇな。馬鹿だろお前。
ルカの目に花火の光で照らされたシャークの笑顔が映る。
ルカ:……あ、あんた……。
シャーク:まぁ、その辺の三下よりは見込みあるぜ。
シャーク:じゃあな。金の件忘れんなよ。
立ち上がり、背を向けるシャーク。
その背に思わずルカが呼びかける。
ルカ:あっ……な、なぁ! 名前教えてくれよ!
シャーク:……シャーク。
シャークの姿が闇に消える。
花火もフィナーレを迎え、光の明滅が徐々に弱まっていく。
ぼんやりとその場に立ち尽くすルカ。
ルカ:シャーク……さん。
祭ばやしは続き、眠らぬ街の夜は更けていく。
――後日。
下町のカフェテラスにて再び向かい合っているホープとシャークの姿がある。
頭を抱え、テーブルに伏しているホープにシャークが声をかける。
シャーク:で、ケリはついたんだろうな。
ホープ:……。
シャーク:まずは顔を上げろ。話はそれからだ。
顔を上げるホープ。なんとも言えない表情を浮かべている。
ホープ:……先生……。
シャーク:「エクスマキナ」も随分と表情豊かになったもんだな。
シャーク:鏡で見てみるか? なかなか笑えるぜ。
ホープ:私もう……どうしたらいいのか……。
シャーク:オイ、つい先日に聞いたぞ、その台詞はよ。
シャーク:いつの間に相対性理論は完成しちまったんだ。
ホープ:ごめん、先生。せっかくアドバイスくれたのに。
ホープ:何してんだろ私……。
ため息をついたシャークが手元のコーヒーを口にする。
シャーク:……とりあえず、何があったのか話してみろ。
――数分後。
事のあらましを聞き、なんとも言えない表情を浮かべるシャーク。
ホープ:(レオのことは好き。)
ホープ:(この気持ちに嘘はない。)
ホープ:(あの夜、肩を抱き寄せられて、すぐ目の前に彼の瞳が近づいてきた。)
ホープ:(熱に浮かされたように私の体は動かない。)
ホープ:(そして)
頭を抱えているホープ。
シャーク:何でそこで引っ叩いたんだよ。
ホープ:自分でもわからないの……本当に……。
シャーク:……。
ホープ:すぐに謝って、レオも笑って許してくれたんだけど……。
ホープ:その後、何となく気まずくなってしまって……。
ホープ:花火も終わったし、帰ることになって……。
シャーク:そう、か……。
ホープ:あれからオーバーフローはなくなったと思ったのに……っ!
シャーク:まぁ、よくわかんねぇけどよ。
シャーク:お前にはまだ早かったんじゃねぇのか、色々と。
ホープ:……そうなのかな。
シャーク:言ったろ、自分の立ってる場所を見定めろってよ。
シャーク:あとは一歩ずつ腕を磨いていくだけだ。
ホープ:……銃の扱い覚える方がまだマシな気がする。
シャーク:器用な奴じゃねぇからなぁ、お前は。
ホープ:「サンドリヨン」にはなれなさそう。
シャーク:あ? 何だって?
ホープ:あっ、いや、こっちの話……。
ホープ:とにかく、もう1回会った方がいいよね。
ホープ:ケリ、ついてないし。
シャーク:ああそうしろ。飯でも誘えばいいじゃねぇか。
ホープ:う、うん……。
シャーク:あとな、お前オフとは言えもうちょい周りに気ィ配れ!
シャーク:あんなザマじゃいくつタマあっても足りねぇぞ!
ホープ:ご、ごめん。
ふと、怪訝な表情を浮かべるホープ。
ホープ:……あれ? どうして先生、知ってるの?
シャーク:うるせぇ! 返事は。
ホープ:は、はい!
一方、マフィア「ベルトリオファミリー」のホーム。
組長室の椅子に腰掛け、物憂げに空を見つめているレオ。
ノックの音が響きルカが入室。
ルカ:失礼します、ボス!
ルカ:ウチにアヤつけてやがったジョルダーノファミリーの連中ですけどね、ボスが傘下に入りてぇっつってますよ!
ルカ:「あんなやべぇ用心棒がいるところとモメたくねぇ」とか何とか……。
ルカ:やりましたね! 向かうところ敵なしっすよ、これで!
レオ:……。
ルカ:えっと……ボス?
レオ:あ、悪い、考え事してた。
レオ:わかった、ジョルダーノのボスとは俺が話す。
レオ:下がっていいぞ、ルカ。
ルカ:うっす!
一礼し、部屋を後にしようとするが、ふとレオの様子をうかがうルカ。
ルカ:……あのォ、ボス?
レオ:ん、どうした?
ルカ:大丈夫っすか? 何か元気ねぇみたいっすけど。
レオ:ああうん、ちょっとな……。
頬杖をつき、再び空を見つめるレオ。
レオ:……なぁ、ルカ。
ルカ:は、はいッ!?
レオ:映画みたいにはいかないもんだなぁ、何事も。
物憂げな様子に色々と察するルカ。
ルカ:大丈夫っす、ボス!
ルカ:映画なんてね、撮り直しがきくんすよ!
ルカ:頑張りましょう、お互いに! ねっ!
満面の笑みを向けるルカに対し、怪訝な表情を返すレオ。
レオ:あ、ああ……。
レオ:何か楽しそうだな、お前。
その時、レオのケータイが鳴る。
レオ:ん……悪い、電話だ。
ルカ:どうぞ、お構いなく!
着信に出るレオ。
レオ:もしもし。……ああ、うん、どうした?
レオ:いや、気にするなよ。俺の方こそ悪かったな……。
レオ:本当に大丈夫だ。
レオ:……え? いや、まぁ夕方頃なら空いてるが……。
レオ:いつも急過ぎないか?
レオ:わ、わかった。じゃあまたクロノス広場でいいか。
レオ:ああ……それじゃあ。
通話が切られる。
小さく息をつくレオを笑顔で見つめるルカ。
レオ:……何だよ。
ルカ:応援してますよ、ボス!
ルカ:グッドラック!
レオ:余計なお世話だよ。
サムズアップを送り、部屋を後にするルカ。
苦笑を浮かべるレオ。
鼻歌交じりに廊下を歩いていくルカ。
ルカ:恋って良いなぁ〜。
ルカ:久々だぜ、この気持ち!
ルカ:待ってろよォ、絶対振り向かせてやるからな。
ルカ:……シャークさん!
軽やかに歩いていくルカの姿が廊下の先へと消えていく。
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