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カンテラ町の灯【灯】

【タイトル】
「カンテラ町の灯【灯】」
(カンテラちょうのともしび【ともしび】)

カンテラ町シリーズ・15話(最終話)

【キャスト総数】
4(男:2 女:2)

【上演時間】
30〜分

【あらすじ】
外周にぐるりと吊るされたカンテラの灯。
かつての建造物の残骸は消え去り、
息を吹き返した町には人々の笑顔が見られる。

天は開き、陽光が優しく地を照らす。

「蛇神」が住まう地として知られるこの町は、
最果てに存在しながらも世に多大な影響を与えている。

長い旅路の末、一人の女性が町を訪れる。

惑う道すがら、使い古された茣蓙の上で
気持ち良さそうに眠る男の姿が。

――そして「一番街」の外れに住まうのは
心優しき町医者。
今日も訪れる人々を受け入れ、穏やかに微笑む。

かつて自らを救ってくれた恩人のように。

ここは「カンテラ町」。
命の灯がともる町。

【登場人物】
・灯(女)
「あかり」。
カンテラ町を訪れた少女。

・櫛那(女)
「くしな」。
カンテラ町に住まう少女。
天真爛漫な博打好き。

・九厓(男)
「くがい」。
カンテラ町に住まう法師。
汚れた茣蓙(ござ)を大事にしている。

・紫雲(男)
「しうん」。
カンテラ町「一番街」に住まう町医者。
「蛇神」と呼ばれている。

【本編】
 カンテラ町、郊外。
 空は見渡す限りの晴天。心地いい風が木々を揺らしている。
 蒼天の中央に輝く太陽の光が町を照らす。

 町民の営みが遠くに聞こえる畦道を一人の少女が歩いてくる。
 道の傍らには使い古された茣蓙の上で横になる男の姿。
 気持ちよさそうに眠っている。
 周りを見渡した後、やや遠慮がちに声をかける少女。

灯:……もし、そこの方。

 なおも男は眠り続ける。少女がもう一度、少し大きめの声をかける。

灯:そこの方。少々よろしいですか。

 男の目が細く開く。

九厓:……んあ……俺?
灯:お休みのところ申し訳ありません。人を探しておりまして。

 欠伸をして体を起こす男。少女の顔をまじまじと覗き込む。

九厓:見ない顔だなぁ、あんた。この町は初めてかい?
灯:はい。お恥ずかしい話ですが、道に迷ってしまって……。
九厓:ははっ、そうかそうか。広いからなぁ、この町は。

 伸びをして空模様を見る男。

九厓:あぁ、今日も良い天気だ。ついウトウトしちまったよ。
灯:良い天気とはいえ、そんなところで寝ると風邪を引きますよ。
九厓:ははっ、平気さ。馬鹿は風邪引かねぇからな……。

 立ち上がる男。

九厓:人を探していると言ったな。誰だい?

 やや口ごもる少女。

灯:……人、と言っていいのかはわかりませんが。
九厓:んん?
灯:「蛇神(へびがみ)」様にお会いしたいのです。
九厓:ああ、なるほどなぁ。あいつなら「一番街」の方だぜ。
灯:えっ……。
九厓:せっかくだ、案内してやるよ。この町のことなら滅法詳しいもんでな。
灯:は、はぁ……。ではお言葉に甘えてよろしいでしょうか。
九厓:もちろんさ。ここからだと南門が一番近ぇかな。
九厓:結構歩くが平気か? まぁ若ぇし心配ねぇか。はは。

 朗らかに笑い、歩き出す男。
 少女が後に追随していく。

灯:(正直なところ、こうもあっさりと「蛇神」様に会えるとは思っていなかったので少々驚いた。)
灯:(九厓(くがい)と名乗ったその男性は、迷うことなく町中を進んで行く。)
灯:(見たところ人間のようだが、風貌(ふうぼう)と違い底の知れない雰囲気を感じる。)
灯:(通りを歩く度に町民が次々と頭を下げていく様子を見るに、とても慕われているのだろう。)
灯:(一体何者なんだろうか?)

 先を歩く九厓が後ろの少女に話しかける。

九厓:灯(あかり)ちゃんだっけか?
九厓:どうしたい、おっさんのことなんざジロジロ眺めても面白くねぇだろう。
灯:あっ……いえ、そのようなつもりは。
九厓:惚れちまったかい?
九厓:駄目だぜぇ。こう見えて俺は一途なんだ。
灯:ご心配なく。杞憂(きゆう)です。
九厓:あ、そう……。それにしても一人で来たのか?
九厓:こんな地の果てまで大変だったろう。
灯:そうですね……。随分と長旅でした。
九厓:それも「蛇神」様に会う為かい?
灯:はい。どうしてもお会いしたいのです。
灯:いえ、お会いしなければなりません。
灯:例えこの身を捧げることになっても……。
九厓:あ? 何だって?
灯:お話はうかがっています。
灯:「その御業(みわざ)、魔を祓(はら)うが如し」……。
灯:どのような難病も治す代償に、贄(にえ)を捧げなければならない。
灯:「悪食(あくじき)」な神であると……。

 真剣な眼差しで語る灯を尻目に吹き出す九厓。

九厓:はははッ、おっかねぇなぁそりゃ!
九厓:治して自分で喰ってりゃ世話ねぇぜ。
灯:な、何か間違っていましたか?
灯:そううかがっていたのですが……。
九厓:まぁ、会ってみりゃあわかるよ。
九厓:来る者拒まずだからなぁ先生は。
灯:先生……ですか。
九厓:ああ。この町で先生っつったら、あいつしかいねぇ。
灯:はぁ……。
九厓:さぁ、もうすぐ「一番街」が見えてくるぞ。結構人が増えるからしっかり付いてきなよ。
九厓:……それにしても面白ぇ噂立ててくれるもんだなぁ。贄とはね……くく。

 笑みを浮かべながら歩いていく九厓。
 釈然としない様子で後を付いていく灯。

灯:(やがて「一番街」の町並みが見えてきた。)
灯:(ひときわ活気がうかがえる。)
灯:(想像していたよりずっと賑やかだ。行き交う人々の表情も皆明るい。)
灯:(まるで……忘れていた笑顔を取り戻すかのように。)

 九厓が振り向く。

九厓:悪ィがもう少しだけ歩くぞ。先生の家は外れの方だ。
灯:わかりました。

 先へ進もうとした矢先、遠くから九厓を呼ぶ声が近づいてくる。

櫛那:あぁーっ、九厓のおっさぁん! 丁度いいとこに来たね!
櫛那:地獄に仏たぁまさにこのこと! ねぇお願い! 金貸してっ!

 ため息をつき、額に手を当てる九厓。
 となりで灯が目を丸くしている。

九厓:……ったくよォ、また博打か櫛那(くしな)。
櫛那:いやねぇ、清々しい程に負けたっ! 全くもっての素寒貧(すかんぴん)だよ。
櫛那:なぁー、このままじゃ行き倒れちゃうよぉ。苦しんでるうら若き乙女を放っといていいの?
櫛那:頼むよー、ねぇー法師様ァ。どうかお慈悲をっ!
九厓:その慈悲も賭けに消えちまうんだろうな。
櫛那:んなことないってぇ! 倍にして返すからさ!
九厓:百回くらい聞いたぜ、その台詞。
九厓:お前よォ、金策なら真っ当に働くか、その器量を活かして金持ちの一人や二人捕まえたらどうだ。
櫛那:美人が相手なら考えてもいいかなぁ!
九厓:中身は親父の方に似やがって……。
櫛那:あはっ、じゃあ商(あきな)いの才能もあるかな?
九厓:真面目にやればな。

 傍らの灯に目を向ける櫛那。

櫛那:あれぇ、誰その子?
九厓:ああ、この嬢ちゃんはな……。
櫛那:おォっ、美人だねぇ! 初めまして、あたし櫛那(くしな)って言うんだ、よろしくね!
灯:は、はぁ……。灯と申します。
櫛那:灯ちゃん! いいねぇ、名前も可愛いっ!
櫛那:ねぇねぇ、お家どこ? 何番街の方?
灯:いえ、私は……。
九厓:この子はよそから来たんだ。迷子になってたから俺が案内してんだよ。
櫛那:へぇ、そうなんだぁ。観光?
九厓:「蛇神」様に会いたいんだとさ。
櫛那:あぁー旦那にねぇ。だったらご一緒していーい?
櫛那:あたしも薬貰いに行きたいんだ。
九厓:薬? 何のだよ。
櫛那:飲みすぎ。うちの馬鹿親父のさ。
九厓:かぁ、懲りねぇなあいつ……。
櫛那:さ、行こ行こ! 灯ちゃん。
灯:は、はい。

 九厓と櫛那が並んで先へと歩いていく。
 その後を追って歩く灯。

灯:(九厓さんも、この櫛那という子も随分と楽しそうに「蛇神」様のことを話す。)
灯:(何だか聞いていた話とは違うような……。)
灯:(聞くところの「蛇神」は、畏怖(いふ)の象徴として崇められているはずだ。)
灯:(生も死も司る全能たる神として。)
灯:(しかし、これではまるで……。)

 「一番街」の外れへと辿り着く。
 草花に囲まれた道の先にこじんまりとした一軒家が見える。
 豊かな自然がそよ風に揺れる。

九厓:着いたぜ、ここだ。
灯:……ここが、「蛇神」様の。
九厓:診療所兼、ご自宅だ。

 周りを見渡す灯。
 色とりどりの花が目に入る。

灯:……綺麗な花……。
九厓:全部、先生が一から育ててんだ。
九厓:「世の中にはこんな美しい命もあるのですね」って言うんだよ。大げさだよなぁ?
灯:……。
九厓:まぁ、ずっと見逃してきたのかもしれねぇな。

 櫛那が花に囲まれた庭の先に立つ男を見つけ、声をかける。

櫛那:あっ、旦那ー! こんちはー!

 駆けていく櫛那。
 男は花たちに水を与えている。

灯:あの方が……。
九厓:先生だ。

 九厓と灯に気付き、微笑みかける男。
 その穏やかな顔を見て立ち尽くす灯。

紫雲:こんにちは。良い天気ですね。
九厓:よォ、先生。
紫雲:九厓さん、お体の具合はいかがですか?
九厓:ただの風邪だよ。すっかり良くなったさ。
紫雲:所かまわず昼寝をされるのは控えた方がよろしいですよ。
九厓:できねぇ相談だなぁ。
櫛那:このおっさんさ、ホント所かまわないんだよ。
櫛那:この間なんか町の真ん中で寝てて、なぜか皆拝んでんの。何事かと思ったね。
九厓:うるせぇな、どこで寝ようが俺の勝手だろうが。
紫雲:ははは、さすがは法師殿ですね。

 立ち尽くす灯に気づく紫雲。
 なかなか言葉が出てこない灯。

灯:……っ。
紫雲:おや……あなたは。
灯:あ……あの。
九厓:遠路はるばる先生に会いにきたんだってよ。
紫雲:左様でしたか。長旅でお疲れでしょう。
紫雲:よろしければ中でお茶でもいかがですか。
櫛那:灯ちゃーん、そんなとこ突っ立ってないでさ、こっちおいでよ!
灯:「蛇神」……紫雲(しうん)様。
紫雲:そんな大層なものではありません。ただの町医者ですよ。
灯:ずっと……ずっと、お会いしとうございました。

 紫雲に対し深々と頭を下げる灯。

灯:……叔父(おじ)上。

 草花が風に揺れる。

灯:(そう。「蛇神」紫雲は私の叔父にあたる方だ。)
灯:(叔父の兄である黄雲(きうん)とその妻、槐(えんじゅ)。)
灯:(二人の間に生まれた私は、近頃になるまで叔父の存在さえ知らなかった。)

 庭に置かれた木製椅子に並んで腰掛けている紫雲と灯。

紫雲:……灯(あかり)、とは良い名をいただきましたね。
灯:母は以前、死の運命にあった身を叔父上に救われたと言っていました。
灯:私が生を授かることができたのも叔父上のおかげであると……。
紫雲:結果としてはそうかもしれません。
紫雲:しかし、槐さんに傷を負わせてしまったのも私です。
灯:……そうおっしゃるだろうと父は言っていました。
紫雲:兄上が?
灯:父は悔いております。
灯:自らが弟にしたことは決して許されることではない。
灯:償っていかなければならない、と……。
紫雲:……。
灯:今まで私に叔父上のことを話さなかったのは罪悪感からか……。
灯:はたまた、こうなることを予測していたからでしょうか。
紫雲:こうなること?
灯:あなたに会いにきた私を見て……父のことを思い出さぬように。

 目を閉じ、微笑を浮かべる紫雲。

紫雲:……憎んではおりませんよ。
灯:なぜですか?
紫雲:兄上は、兄上の大義の為に戦っていた。是非を問うべきことではありません。
紫雲:それに……大切な存在が出来た今では見える景色も違うでしょう。
灯:……仏のような方ですね。
紫雲:全て一人の女性から学んだことです。
灯:何だか安心しました。
紫雲:え?
灯:叔父上が恐ろしい方ではなくて。

 苦笑する紫雲。

紫雲:「蛇神」の噂には困ったものですね。

 二人の後ろからひょこりと顔を出す櫛那。

櫛那:でもさー、「蛇神」様が御座(おわ)すおかげで町は平和なわけだし、此岸(しがん)でもデカい戦(いくさ)は起きないんだぜ。
紫雲:櫛那さん。
櫛那:って、うちの親父が言ってた。
紫雲:荼毘丸(だびまる)さんはお元気ですか?
櫛那:煩(わず)らわしいくらいだよ。
櫛那:あぁ、今は二日酔いでぶっ倒れてるけど。
紫雲:ふふ、また遊びにいらしてください。
紫雲:良ければ麻由良(まゆら)さんもご一緒に。
櫛那:母さんはしばらく帰って来ないよー。
櫛那:出稼ぎに行ってるんだ。「ここはめっきり客が減った」って言ってさぁ。
紫雲:それは商魂(しょうこん)たくましい……。
九厓:全く、勝手気ままが過ぎるな、あの夫婦は。
櫛那:別にいいんじゃない? 縛られんのが嫌いなんだよ、二人とも。
櫛那:私もさぁ、やりたいようにやるだけだし。
九厓:こりゃあ嫁の貰い手が心配だわ。
櫛那:うっせぇな、余計なお世話だよ! 浮浪者のくせに!
九厓:だァれが浮浪者だ! 法師だぞ、俺は。
櫛那:ぜんっぜん見えねぇの! 少しはそれっぽい恰好しろよなー。
櫛那:その茣蓙(ござ)も何とかなんねぇわけ?
九厓:馬鹿、お前。こいつの良さがわかんねぇとは、まだまだガキだねぇ。
櫛那:知らねーよ!

 九厓と櫛那のやり取りを微笑ましく眺める紫雲と灯。

灯:……ふふ、二人とも楽しそうですね。
紫雲:ええ。願わくば、この穏やかな時が続くことを。
灯:戦が終わることはないのでしょうか。
紫雲:例え誰が天に立とうとも争いは絶えぬでしょう。
紫雲:思想、願望、大義……全てが調和することはありません。
灯:叔父上が立たれたとしてもですか。
紫雲:無論です。「蛇神」の力など針小棒大(しんしょうぼうだい)に過ぎません。
灯:……。
紫雲:今も必死にもがいている最中ですよ。
灯:え?
紫雲:灯(ともしび)を絶やさぬように。

 陽が傾いていく。
 町にカンテラの灯がぽつぽつとともり始める。

櫛那:っと、もうそんな時間かぁ。だいぶ陽も落ちたな。

 町の方へ目を向ける灯。

灯:……灯(ともしび)が……。
九厓:カンテラ町の所以(ゆえん)さ。この景色は昔から変わらねぇ。
灯:なぜ灯(ひ)をともし続けるのですか?
九厓:ん?
灯:この町にはもう叔父上がいらっしゃるのに……。
灯:魔除けなど必要ないでしょう。
九厓:ふっ、どうなんだい、先生。
紫雲:……灯(あかり)さん。
灯:はい。
紫雲:この灯(ともしび)たちをご覧になって何を感じますか?

 顔を上げ、町にともっていく光を見つめる灯。
 暖かく揺れる灯が夕暮れを照らす。

灯:……綺麗……。
紫雲:そう、とても美しい。儚くて暖かいでしょう。
紫雲:命と同じです。……だからこそ、ともし続けていかなければならない。
紫雲:この光の揺らめきを我々は忘れてはいけません。

 カンテラの灯を眺める紫雲。

紫雲:あの方が愛した灯(ともしび)を……。

 その横顔を見る灯。

灯:(叔父上は命をいつくしんでいる。)
灯:(かつて自らが奪う立場であった咎(とが)めを背負った上で……。)

 灯の口元に微笑みが浮かぶ。

灯:(父上、ご安心ください。)
灯:(この方の心に憎しみなどはありません。)
灯:(優しい……優しい方です。)

 夜の帳が下りようとする町の静寂を破るように櫛那の素っ頓狂な声が響く。

櫛那:あーーーーーッ!

 驚いて櫛那を見る九厓。

九厓:な、何だ。いきなりでけぇ声出すんじゃねぇよ、櫛那!
櫛那:いっけねーすっかり忘れてたっ!
櫛那:今夜さ、ついに上がるらしいんだよ、あれが!
九厓:あれ?
櫛那:「花火」ってやつが!
九厓:ああ……今夜だったか。
灯:はなび……?
櫛那:いやァあたしもよく知らねぇんだけどさ。ドでかい花が咲くらしんだよ、空に。
九厓:はは、どんな魔法だよそりゃァ。
灯:でも……素敵ですね。
櫛那:でしょォ? わけわかんねぇけど面白そうだよな!
櫛那:「二番街」の大広場でやるんだってさ。
紫雲:となり街ですか。でしたらここからそう時間はかかりませんね。
櫛那:うんうん! ねぇ灯ちゃん、一緒に行かない? 一人じゃつまんないしさ。
灯:わ、私ですか?
櫛那:うん、おっさんたちより美人さんと見る方が断然楽しいよ。
九厓:ったく、口の減らねぇガキめ。
紫雲:ははは、参りましたね。
櫛那:ね? いいでしょ?
灯:あ、でも……。
紫雲:せっかくです。楽しんで来てはいかがですか、灯さん。
九厓:早く行かねぇと始まるぞ。
櫛那:やっべ! ほら、行こうぜ灯ちゃんっ!

 灯の手を取り駆け出す櫛那。
 戸惑いを浮かべた灯が慌てて口を開く。

灯:わっ、わかりましたから引っ張らないで……。
灯:も、申し訳ありません叔父上! 行って参ります!
灯:また後ほど!
紫雲:ふふ……お気をつけて。

 二人が走り去っていく。

九厓:何だかんだ歳の近いダチが出来て嬉しいんだろうな、櫛那の奴は。
紫雲:そうですね……。

 小さくなっていく二人の後ろ姿を見送り、穏やかに微笑む紫雲。

紫雲:……世は変えられませんが、せめてあの子たちの笑顔は守りたいものです。
九厓:大丈夫さ、俺もいる。あんまり一人で抱え込み過ぎるなよ?
紫雲:ええ……ありがとうございます。

 二人の頭上で小気味よい大きな音が鳴る。
 夜空を見上げる紫雲と九厓。
 星の瞬く空には満開の花が咲き誇る。

九厓:ほォ……これが「花火」ってやつかい。なかなかの壮観だねぇ。
紫雲:ええ、素晴らしい眺めですね。

 懐から小さな酒瓶を取り出す九厓。

九厓:こんな良い夜に飲まねぇのは嘘だろ。
九厓:一杯やろうぜ先生。付き合ってくれよ。
紫雲:いただきましょう。
九厓:おっ? 止められると思ったんだが、素直だねぇ。
紫雲:飲み交わしたい気分なのです。……友人として。
九厓:へへッ。

 紫雲に杯を渡す九厓。

紫雲:よろしければもう一人、ともに飲み交わしたい方がいるのですが。
九厓:ああ、もちろんさ。

 九厓がもう一つの杯を掲げる。

九厓:……お前も今日くらいは付き合ってくれるだろ?

 花火の光が庭に咲く菖蒲の花を照らす。

紫雲:……全ての灯(ともしび)に。
九厓:ああ、乾杯。

 紫雲が杯を掲げる。
 花火が瞬き、町を照らす。

紫雲:(あなたもご覧になっていますか?)
紫雲:(夜に咲き誇る花と美しく揺れる灯(ともしび)を。)

 穏やかに微笑む紫雲。

紫雲:(私の歩む道はまだ始まったばかりです。)
紫雲:(終着に至るその時まで手を差し伸べ続けましょう。)
紫雲:(カンテラの照らす、この町で。)

 カンテラの灯が暖かく揺れている。

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