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カンテラ町の灯【奈落の月】

【タイトル】
「カンテラ町の灯【奈落の月】」
(カンテラちょうのともしび【ならくのつき】)

カンテラ町シリーズ・6話

【キャスト総数】
4(男:2 女:1 不問:1)

【上演時間】
30〜分

【あらすじ】
外周にぐるりと吊るされたカンテラの灯。
骸のように聳えた建造物が立ち並び、天を覆う。
常に空気は薄暗く陽の光が地を照らすことはない。

――そこは「カンテラ町」。
青白く揺れる灯がともる町。

その光は彼岸の者から身を守り、
彼岸の者を逃さない。

紫雲の診療所を訪れた
新たな「七毒」の一人、水月。
同じくして持ち込まれた凶報に、
「骨董屋」荼毘丸は眉をひそめた。

黄泉神(よもつかみ)より発令された手配書。
そこに描かれた人物は
他でもない、彼自身だった。

【登場人物】
・紫雲(男)
「しうん」。
「カンテラ町」に訪れた医師。
現在は二番街で療治に勤めている。

・荼毘丸(男)
「だびまる」。
「カンテラ町」の住人。
黄泉と取引する術を持つ「骨董屋」。

・水月(不問)
「すいげつ」。
黄雲に従う「七毒」の一人。
神出鬼没の存在。

・篝(女)
「かがり」。
「黄泉の軍勢」を指揮する将官。
「黄泉神」の従順なる部下。

【本編】
 死者の魂が辿り着く都、「黄泉の国」。
 黄泉の支配者である黄泉神の玉座の前にひざまずく女の姿。

篝:黄泉神(よもつかみ)様、篝(かがり)にございます。
篝:罪人は手はず通り牢へ入れておきました。

 黄泉神が篝に語りかける。

篝:……はい。かの有名な「七毒(しちどく)」が一人と言えど、しょせん商(あきな)いにしか能のない男。
篝:暴れる様子もなく大人しいものです。
篝:取引にて此岸(しがん)へ渡った魂は全てこちらへ呼び戻させます。
篝:さすれば「ダチュラ」も再び彼岸(ひがん)へ至るでしょう。
篝:あれこそまさに世を変える力。必ず我らの手中に収めまする。

 続けて命が下される。
 頭を垂れる篝。

篝:……はッ、かしこまりました。
篝:速やかに各中隊長に伝達いたします。
篝:それでは失礼いたします。

 深く一礼した後、玉座の間から退室する篝。

 ――黄泉の監獄、深部。
 堅牢な檻に捕らわれている男がため息を落とす。

荼毘丸:はぁーあ……なぁんでこんなことになっちまったのかねぇ。

 ふと目を上げると、檻の外に人影が見える。
 囚人に冷淡な目を向ける篝。

篝:自分の胸に聞いてみることだな。
荼毘丸:あっ、篝ちゃーん! 改めて見るとやっぱり綺麗な顔してんねぇ。
荼毘丸:なぁ、もうちょっと近くで相手してくれよ。
篝:ふん。醜女(しこめ)の私に容姿の世辞とは、皮肉にしか聞こえん。
荼毘丸:いやいや、酷女ってのは鬼の別称でもあるんだろ?
荼毘丸:俺にもそれくらいの学はあるぜ。
荼毘丸:勇ましい女は大歓迎よォ。美人礼賛(らいさん)は俺の信条だからな。
篝:よく舌の回る男だな。無駄な世辞を吐く暇があったら、何ぞ弁明でもしたらどうだ。
荼毘丸:弁明っつってもなぁ……。
荼毘丸:こっちと取引してたのは事実だし仕様がねぇよ。
荼毘丸:でもさぁ、捕まるようなことはしてないと思うんだけどなぁ。
篝:我々が恣意的(しいてき)に檻へ入れたとでも?
荼毘丸:そりゃないでしょ。誇り高き「冥府の番人」様が。
篝:ふん。

 へらへらと笑みを浮かべる荼毘丸を見下す篝。

篝:……先日、黄泉にて「ダチュラ」が生まれ落ちたのは知っているな。
荼毘丸:ああ、うん。結構近くまで来てたみたいね。
篝:通常、生まれて間もないダチュラはより濃い魂の集合地……すなわち「黄泉の都」へと赴く。
篝:それを差し置いて斯様(かよう)に早く此岸へと渡るのは異常だ。
篝:これが示す意味がわかるか?
荼毘丸:うーん、話の流れから察するに……俺のせい?
篝:そうだ。貴様が彼岸から魂を大量に引き上げたことが原因だ。
篝:結果としてダチュラは都に留まることはなく、我らが封じるより先に此岸へ渡ってしまった!
篝:全く、やってくれたな。国を揺るがす大罪だぞ。
荼毘丸:いや待って。ホントにそうなのかな?
篝:何?
荼毘丸:仮にあの化け物がただの大喰いじゃなくて、「美食家」だったら話は違ってくるぜ。
荼毘丸:カンテラ町にごちそうの匂いを感じたのかもしれねぇよ?
篝:……どういう意味だ。
荼毘丸:あの町だったらそういうこともあり得るよってこと。
荼毘丸:とにかくよ、俺はどうなるの?
荼毘丸:毎日篝ちゃんとお喋りできるのなら檻の中も悪くねぇんだけどな。
篝:チッ。追って通達する。大人しく沙汰を待て。

 腹立たしげに去っていく篝。
 その背に笑顔で手を振る荼毘丸。

荼毘丸:はいはぁい。アレだったらもっと監視の時間増やしてくれよな!

 声は虚しく監獄へ響き消えていく。
 腕を枕に横になる荼毘丸。

荼毘丸:あーあ、店大丈夫かな……。
荼毘丸:やれやれだよ。ほんの少し前まで旦那と楽しくお喋りしてたってのに。

 目を閉じる。

 時は少し巻き戻り――。
 カンテラ町「二番街」に位置する紫雲の診療所。
 患者用の椅子に座る荼毘丸に向かい合う紫雲。

紫雲:……ええ。「駄犬にも伝えておけ」とそうおっしゃってましたよ。
荼毘丸:うわぁ〜惜しいことしたなぁ!
荼毘丸:槐(えんじゅ)姉さんが来てたなんて……。
荼毘丸:知ってれば店畳んですっ飛んで行ったっすよ。
紫雲:兄上も一緒でしたがね。
荼毘丸:あー、ですよね……。「雷(かみなり)」様は……うん、いいかな。
荼毘丸:苦手っすあの人。
紫雲:ふふ、変わらず「七毒(しちどく)」の再建を望んでいました。
紫雲:此岸の統一を目論んでいるのでしょうね。
荼毘丸:別にそれは構わないんすけど、俺を巻き込まないでほしいっすね!
荼毘丸:全くいつの時代の話だよ……。
紫雲:そうですね……。盛者必衰は世の運命(さだめ)だと言うのに。
荼毘丸:あ、すいません旦那。兄貴を悪く言うつもりはねぇんすよ?
紫雲:構いませんよ。私も考えとしてはあなたと同じですから。
荼毘丸:麻由良(まゆら)姉さんもでしょ?
荼毘丸:参ったなぁ。その話だと、やっこさん全然諦めてないんすよね。
荼毘丸:また雷が落ちると思うとおっかねぇことこの上ねぇや。
紫雲:ダチュラのこともありますし、全く落ち着きませんね。
荼毘丸:ああ、黄泉の化け物ね。
荼毘丸:この間は近くまで来てたんでしょ?
荼毘丸:何事もなくて良かったよ、本当。
紫雲:……そうですね。町の方も大した被害がないようで何よりです。
荼毘丸:ま、とにかく、「雷」様が何と言おうと俺はやりたいようにやるだけっす!
荼毘丸:「雷」様がやる気ってんなら受けて立つっすよ。ね、旦那!
紫雲:ふっ、店から出て来ないというのは勘弁してくださいね。
荼毘丸:おッ、鋭いっすねぇ! ははは!
水月:いいねぇ、喧嘩は男の華だもんね。

 突如として投げかけられた声の方に驚いた紫雲と荼毘丸が目を向ける。
 いつの間にか患者用の寝台に腰掛けている何者かがいる。

紫雲:……これは驚きましたね。
水月:ひっさしぶりィ、紫雲。「駄犬」も元気そうじゃん。
荼毘丸:けッ、礼儀知らずも大概にしとけよ、「野良猫」。
水月:礼儀に関しては君にとやかく言われたくないよ、荼毘丸ゥ。
紫雲:全く、あなたとの顔合わせはいつも突然だ。
紫雲:肝が冷えますよ、水月さん。
水月:あはは、そうは見えないにゃあ。
荼毘丸:何しに来たんだよ。「雷」様の差し金か?
水月:いやぁ、遊びに来ただけだよ。
水月:まぁ確かに黄雲(きうん)は二人を「七毒」に戻したがってるけどさ。
水月:僕としてはどっちでもいいんだ。
紫雲:兄上の思想に賛同しているわけではない、と?
水月:んーとねぇ……一応従ってはいるけど賛同はしていないかな。
水月:いつもの通り、僕は面白い方へ流れるだけだよ。
水月:気ままな野良猫だにゃあ。
荼毘丸:じゃあさっさと帰れってんだ。
水月:あっ、冷たいにゃあ。
水月:僕はもっと皆と仲良くしたいんだよ、荼毘丸。
荼毘丸:お断りだね。
紫雲:まぁまぁ、せっかくはるばるお越しくださったのです。
紫雲:お茶でも淹れましょうか。
水月:さすが、紫雲は世渡り上手だ。
水月:君も見習ったら? 商売人なんでしょ。
荼毘丸:うるっせぇな! てめぇは嫌いだ! 顔も見たくねぇ!
水月:あっははは、知ってるぅ。
紫雲:それで……本当の目的は何なのでしょうか、水月さん。
水月:えー、だから遊びに……。
紫雲:「七毒」が一角のあなたが、このような辺鄙(へんぴ)な町へただ遊びに来られただけというのは信じがたいですよ。
紫雲:執拗に詮索するつもりはありませんが、先日のようなこともあったので……少々、過敏にならざるを得ません。
紫雲:どうぞお許しください。
水月:ふぅ、信用ないにゃあ。じゃ本題に入るけど……。
荼毘丸:やっぱり何かあるんじゃねぇか。
水月:これ、見てよ。

 一枚の紙を取り出す水月。
 そこには荼毘丸の顔が描かれている。

紫雲:これは?
荼毘丸:おいおい、この男前は……俺じゃねぇかよ。
荼毘丸:何なんだ、この紙っきれは。
水月:手配書。
荼毘丸:ふぅん……手配書。
荼毘丸:……はぁ!? 手配書ォ!?
紫雲:何をしでかしたんですか、荼毘丸さん。
荼毘丸:いやいやいや知らねぇっすよ!
水月:しかもこれ、黄泉の手配書だよ。
水月:黄泉神(よもつかみ)直々のね。
荼毘丸:嘘だろォ……? 何でこんなことになってんだよ。
水月:さぁねぇ、僕が知るわけないじゃん。
水月:君、不正な取引でもしたんじゃないの?
荼毘丸:馬鹿言え! 明朗な取引が俺の信条だ!
紫雲:このことを知らせにわざわざ?
水月:黄雲もさ、荼毘丸が黄泉に捕まるのは避けたいんじゃないかな。
水月:彼にとっちゃ君も大事な「七毒」の一角だからね。
水月:もちろん僕は純粋に君を心配して知らせに来たんだよ。
荼毘丸:よく言うぜ……。はぁ、参ったな。
紫雲:いかがするつもりですか、荼毘丸さん。
荼毘丸:とにかく一旦店に戻るよ。
荼毘丸:旦那にゃあ迷惑かけられねぇからな。
紫雲:左様ですか。くれぐれもお気をつけて。
水月:そんな悠長なこと言ってられるかにゃあ……。

 何やら外から喧騒が聞こえてくる。

荼毘丸:ん? 何だ、表が騒がしいな……。

 外の様子をうかがおうとした荼毘丸の耳に威勢の良い声が飛び込んでくる。

篝:「七毒」が一人、罪人・荼毘丸!
篝:居るのはわかっている。直ちに出て来い!
篝:抵抗は黄泉神(よもつかみ)への反逆と見なし、しかるべき措置を取る。
篝:賢明なる判断を期待する!

 つかの間の沈黙。
 静かに紫雲が口を開く。

紫雲:……お早い到着ですね。
水月:あーあ、遅かったねぇ。
水月:見て、囲まれてるよ。怖ぁい「黄泉の軍勢」だ。
荼毘丸:ちぇっ、おっかねぇことですなぁ。

 椅子から立ち上がり、部屋を後にしようとする荼毘丸。

紫雲:荼毘丸さん?
荼毘丸:言ったでしょ、旦那には迷惑かけられねぇ。
荼毘丸:まぁ何とかなるっすよ。冤罪(えんざい)ってやつでしょ、これ。
荼毘丸:またなぁ、旦那。

 手を上げ表へ出ていく荼毘丸。
 ややあって喧騒が過ぎ去っていく。

水月:……行っちゃった。
紫雲:どうにも黄泉神(よもつかみ)の意図を計りかねますね。
水月:そうだね。ご丁寧に手配書までこしらえてさ。
紫雲:荼毘丸さんが嘘をついているようには見えませんでした。
紫雲:冤罪を押してまで大捕物(おおとりもの)を敢行(かんこう)する真意は一体何なのでしょうか。
水月:陰謀の香りがするねぇ。ふふ、面白くなってきた。

 黄泉の国、深部の牢獄。
 荼毘丸の檻の前に立つ篝。

篝:貴様の沙汰が決まった。
荼毘丸:おっ、ようやくかい。
荼毘丸:んじゃ帰り支度でもしよっかねぇ。
篝:死刑だ。

 沈黙が流れる。

荼毘丸:……何だって?
篝:二度言わすな。
篝:死刑と言ったんだ。
荼毘丸:おいおい冗談きついぜ、篝ちゃん。
荼毘丸:いくら懲罰の厳しい黄泉の断罪でもこんな沙汰は聞いたことねぇよ。
篝:……。
荼毘丸:どういうつもりだよ、黄泉神(よもつかみ)は。
篝:黄泉神様はどうやら貴様を一介の商人風情とは見ていないらしい。
荼毘丸:はぁ?
篝:「七毒」において最も厄介な存在であると……そうおっしゃっていた。
荼毘丸:そりゃあ光栄なことで。買い被りもいいとこだ。
篝:死者の魂を引き上げ、此岸にて再び生を与える。
篝:使いようによっては無限の軍勢を作り上げることができる。
篝:均衡を崩しかねない力だ。
篝:私としても評価を改めざるを得ない。
荼毘丸:それで死罪ってか。
荼毘丸:利己的だねぇ。臭いものに蓋ができりゃ満足かい。
荼毘丸:随分と器が小さいんだねぇ、黄泉神さんは。
篝:貴様……ッ!
荼毘丸:そっちがその気なら俺も黙って寝てねぇよ?
篝:ふん、今の貴様には何もできないだろう。
荼毘丸:へッ、そいつはどうかな……。
篝:大人しく執行の時を待つがいい。

 踵を返す篝。
 大きくため息をつく荼毘丸。

荼毘丸:ハッタリも通じねぇか。
荼毘丸:やっべぇ、どうしよ。死んじゃうよ俺……。

 「二番街」紫雲の診療所。
 ぽかんとした水月が紫雲を見ている。

水月:……ごめん、今何て言ったの?
水月:もう一回聞かせてもらってもいーい?
紫雲:荼毘丸さんを助けに行きましょう。

 つかの間の沈黙。

水月:んー聞き間違いじゃなかったにゃあ。
水月:どうしたの紫雲。君、そんなこと言う性質(たち)だったっけ?
紫雲:彼は友人ですからね。
紫雲:それに、救える命を捨て置くのは私の流儀に反します。
水月:変わったねぇ。ま、腹の内はわかんないけど。
水月:でもさ、どうやって?
水月:わかってると思うけど、彼が捕まってるのは黄泉の国だよ。
水月:それも深ぁいところにある檻の中。
紫雲:承知しております。
紫雲:ですのであなたの協力が不可欠です。水月さん。
水月:そうなるよねぇ。
水月:全く良い性格してるにゃあ。
紫雲:よく言われます。
水月:わかったよ。僕としても彼に死なれるのは困る。
水月:「雷」様に怒られちゃうからね。
紫雲:内側から黄泉の門を開けていただくだけで結構です。
紫雲:後のことは私にお任せください。
水月:暴れるつもり?
紫雲:穏便に済ませるつもりですが、あちらがその気であればしかるべき手段を講じるしかありませんね。
水月:はは、やっぱり兄弟だねぇ、君たち。
紫雲:おや、似ていましたか?
水月:おっかないよ、どっちも。

 黄泉の国、深部の牢獄。
 静寂を裂くように大きな破壊音が響く。

篝:何事だ! 速やかに状況を報告しろ!

 部下が篝に報告する。

篝:……侵入者!?
篝:ふん、黄泉の深部まで乗り込んでくるとはなかなか骨のある輩じゃないか。
篝:お前たちは門を守れ。深部の牢には重罪人がいる。決して逃がすなよ!
篝:私もすぐに出る。黄泉神様のお手をわずらわせるな。急げ!

 鳴り響いた轟音と地響きに顔を上げる荼毘丸。

荼毘丸:……何だァ今のものすげぇ音は。
荼毘丸:騒がしくなってきやがったな。

 檻の前に紫雲が現れる。

紫雲:荼毘丸さん。こちらでしたか。
荼毘丸:えっ……だ、旦那ァ!?
荼毘丸:どうしてこんなとこに……。
紫雲:話は後です。今すぐにここを出ましょう。
荼毘丸:で、出るっつっても……。
紫雲:檻の鍵は?
荼毘丸:それが見当たらないんだよ。
荼毘丸:篝ちゃんも今はいねぇし……。
紫雲:左様ですか。でしたら少し下がっていてください。
荼毘丸:な、何する気?
紫雲:手荒にいきますので。
荼毘丸:ひえっ……ま、まじっすか。

 慌てて柵から離れる荼毘丸。
 紫雲の腕が黒く変色していく。

紫雲:ッ!

 衝撃が檻を揺らす。
 薄目を開けた荼毘丸の前には折れ曲がった檻の柵。

荼毘丸:うっわぁすげぇ……。柵がひん曲がってら。
荼毘丸:さっきの音もこれか。
紫雲:さぁ、行きましょう。
荼毘丸:うっす! かたじけねぇ、旦那!

 檻から脱出し紫雲と合流する。
 速やかに「黄泉の門」を目指そうとする二人を鋭い声が制する。

篝:待てッ!

 篝が二人を見下ろすように姿を表す。
 背後に控えるは武装した「黄泉の軍勢」。

荼毘丸:げっ、篝ちゃん……。
篝:仲間を救いに単身で乗り込んでくるとは見上げたものだ。
篝:悪名高い貴様でも情は持ち合わせているのだな。
篝:「悪食(あくじき)」紫雲。
紫雲:人の情がなければ医者は務まりません。
篝:抜かせ、化け物が。
篝:大人しく投降すれば、多少死期は延ばしてやる。
紫雲:深き温情痛み入ります。
荼毘丸:どうするんっすか旦那。
荼毘丸:すげぇ数っすよ、あちらさんは。
紫雲:このまま座して死を待つことを潔(いさぎよ)しとしますか?
荼毘丸:ははッ、腕っぷしには自信ねぇんだけどなぁ。

 身構える紫雲と荼毘丸。

篝:ふん、足掻くつもりか。無駄なことを。
水月:そうそう。特に「駄犬」は喧嘩なんてからっきしなんだから無理しない方がいいよ。

 まるで初めからそこにいたように、2人の間で水月が笑みを浮かべている。
 驚愕する篝。

篝:なッ……! 何だあいつは!? どこから現れた……!?
荼毘丸:お、お前……。
水月:すごい状況だねぇ。勝算はあるの、紫雲。
紫雲:ふっ、神のみぞ知る、と言ったところでしょうか。
水月:ないってことね。
篝:くっ、「七毒」の水月か!
篝:全員でかかれ! 逃げられるぞ!

 篝の合図とともに「黄泉の軍勢」が一斉に襲いかかる。

荼毘丸:く、来るぞ、おい!
水月:あーあ、やむを得ないかぁ。
水月:二人とも僕の手を握って。
荼毘丸:はぁ!?
水月:いいから早く。死ぬよ。
紫雲:荼毘丸さん、従いましょう。
荼毘丸:ちっ、わかったよ!
篝:待てッ、罪人どもォ!
水月:じゃあね〜。

 歯を見せて笑う水月。
 両の手がそれぞれ握られる。
 その瞬間、3人の姿が忽然と消え去る。

篝:全隊止まれ!
篝:……くそッ、遅かったか……!
篝:おのれ、水月……! 「七毒」め! 
篝:このままで済むと思うなよ……。

 奥歯を噛みしめる篝。

 「二番街」紫雲の診療所。

紫雲:!
荼毘丸:……あれ、ここは……?
水月:間一髪だったねぇ。
紫雲:ここは……私の診療所ですか。
紫雲:いやはや、狐につままれた気分だ。
水月:狐じゃなくて猫だけどにゃあ。
荼毘丸:お前の力か、これ。
水月:そうだよ。僕はどこにでもいて、どこにもいない。
水月:この世の全てが遊び場なのさ。
荼毘丸:何で最初から使わねぇんだよ!
荼毘丸:そうすりゃ旦那が危険な目にあうこともなかっただろ!
水月:君、僕と同じになりたいの?
荼毘丸:あ? どういう意味だ。
水月:君たちがあんまり僕の真似をしすぎると存在があやふやになっちゃうよ。
水月:此岸にも彼岸にも居場所がなくなる。
水月:誰の記憶にも残らない。そんなの嫌でしょ?
紫雲:つまり、あくまで奥の手であった、と。
水月:そういうこと。

 水月に向き直り、頭を下げる紫雲。

紫雲:ありがとうございました、水月さん。
紫雲:おかげで命を拾いました。
水月:安心するのは早いよ。
水月:黄泉の連中は諦めてないだろうしね。
水月:どうするのさ、荼毘丸。
荼毘丸:どうもこうもねぇよ。
荼毘丸:これまで通り商売を続けるだけだ。
荼毘丸:何も後ろめたいことはやってねぇしな、俺は。
水月:ふぅん。君にしちゃあ肝が据わってるじゃん。
荼毘丸:それに、俺には頼もしい仲間がついてるからな!
紫雲:おや、私ですか。
荼毘丸:あと店の周りにカンテラ増やしてもらうってのも手だな……。
荼毘丸:そもそもどうやって入って来たんだよ、あいつら。
荼毘丸:「雷」様の件といい、ちょっと守りが甘すぎると思うんだよねぇ……。

 ぶつぶつと一人で呟く荼毘丸を横目に小さく息をつく水月。

水月:前言撤回。変わってないね、この犬っころは。
水月:さて、とォ……。
紫雲:お帰りですか?
紫雲:もう少しゆるりとされても……。
水月:十分楽しんだからね、満足だよ。
水月:それにあんまり君たちと仲良くすると黄雲に怒られちゃう。
紫雲:……左様ですか。
水月:ごめんねぇ、長い物には巻かれておいた方が何かと得だからさ。
水月:まぁ、君との喧嘩にならないように願っておくよ、紫雲。
紫雲:同感です。兄上にもよろしくお伝えください。
荼毘丸:おう、じゃあな「野良猫」!
荼毘丸:次来る時は槐(えんじゅ)姉さんでも連れて来い!
水月:あはは、じゃあねぇ。

 瞬きの間に消え去る水月。

荼毘丸:じゃあ俺も店に戻るっすね。
紫雲:ええ。どうぞ、お気をつけて。

 立ち去ろうとするも、振り返る荼毘丸。

荼毘丸:本当にありがとうな、旦那。
荼毘丸:この恩は必ず返すからよ。
紫雲:水月さんの力があってこそですよ。
荼毘丸:いいや、旦那が黄泉まで来て檻をぶち破ってくれたからっすよ。
荼毘丸:あんたは良い人だ。「雷」様とは違うぜ。
紫雲:……。
荼毘丸:それだけ言いたかったっす! じゃ、またな!

 荼毘丸が去っていく。
 その背中を見送る紫雲。

紫雲:良い人……ですか。

 少し思案した後、身支度をする紫雲。

紫雲:さて、私も診察にうかがうとしましょうか。

 診療所を後にする。


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