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ナイトホークスの鮮血

【タイトル】
「ナイトホークスの鮮血」
殺し屋シリーズ・1部4話

【キャスト総数】
4(男:2 女:2)

【上演時間】
20分

【あらすじ】
眠ることなく夜と遊ぶクラブ「ナイトホークス」。
貸し切りの一席で「情報屋」ルージュは招待主の到着を待っていた。

煙草と香水の入り混じる独特の匂いが充満する店内。
向かいには娼館としての顔も持つこの店のオーナーが
下卑た表情で語りかけてくる。
旧知とは言え心底どうでもいい男だ。

今宵、夜行性の集うこの場所で鮮血が奔る。

【登場人物】
・ルージュ(女)
情報屋を兼ねるカフェ「フラッパー」店主。
元殺し屋。

・ヤレフ(男)
クラブ「ナイトホークス」オーナー。
ルージュとは旧知。

・オウル(男)
ブージャムの右腕である殺し屋。
飄々として掴みどころがない。

・スコーピオン(女)
ブージャムの部下である殺し屋。
荒々しい言動が目立つ。

【本編】
 娼館としての顔も持つ、クラブ「ナイト・ホークス」。
 仄明かりのランプが照らす店内。

 貸し切りの一席で「情報屋」ルージュと店のオーナーが向かい合っている。
 ルージュは足を組み、不快な表情を浮かべている。

ルージュ:待たせてくれるわね、おたくのボスは。
ヤレフ:何かと忙しいお方だからな。
ヤレフ:歳の割にフットワークが軽い。
ルージュ:あなたとは大違いね。
ヤレフ:俺も忙しいんだぜ?
ヤレフ:店を切り盛りしなきゃならねぇ。
ヤレフ:金に狂ったビッチどもの世話も骨が折れるんだ。
ルージュ:女の身としては気持ちの良い話じゃないわ。
ヤレフ:そいつは悪かったな。
ヤレフ:ウチのビッチどもに比べりゃ、お前は十分上玉だぜ。
ルージュ:褒めてるの? それって。
ヤレフ:ああ、もちろんさ。
ヤレフ:どうだ、一稼ぎしてみねぇか。
ヤレフ:その気があるならとびきりの待遇で迎えてやるぜ。
ルージュ:私の相手がつとまる男がいるなら考えてあげてもいいわ。

 ルージュの返事に膝を叩いて笑うオーナー。

ヤレフ:はっは! 変わんねぇなぁ。
ヤレフ:吹きやがるぜ、ルージュ。
ルージュ:あなたと下卑た商売の話をしにきたわけじゃないんだけどねぇ、ヤレフ。
ルージュ:変わらないのはお互い様。
ヤレフ:お前ならまだ現役でやれんだろ。
ヤレフ:何だって裏方に引っ込んじまったんだ。
ルージュ:イタチごっこに嫌気が差したのよ。
ヤレフ:イタチごっこ?
ルージュ:殺し屋同士のね。
ルージュ:一人殺すごとに因果の根が深くなっていく。
ルージュ:ま、要するに疲れちゃった。
ルージュ:いち抜けしてオシャレなカフェでも開きたかったのよ。
ルージュ:ずっと夢だったし。
ヤレフ:はっ、カフェか。酔狂だなぁ。
ヤレフ:そんな簡単に断ち切れるものかい、その因果ってのは。
ルージュ:無理でしょうね。
ルージュ:それが運命なら受け入れるだけ。
ヤレフ:やっぱ上玉だ、お前。
ルージュ:どうも。
ルージュ:勧誘やらどうでもいい世間話がしたいのなら帰るわよ。
ヤレフ:まぁ待てって。
ヤレフ:もうすぐのはずだからよ……。

 革張りの扉が開き、笑顔を貼り付けた男が2人の元へ歩いてくる。

オウル:やあ、こんばんは。
オウル:すみませんねぇ、遅れてしまって。

 咄嗟にヤレフが立ち上がり、へりくだる。

ヤレフ:いえいえ、とんでもねぇ!
ヤレフ:お疲れさんです。
ルージュ:……どちら様?
オウル:ああ、ルージュさんですね!
オウル:オウルと申します。
オウル:本日はお越しいただき、ありがとうございます。
ルージュ:おかしいわね。
ルージュ:私はブージャムに招待されたから来たのだけど。
オウル:申し訳ありません。
オウル:ボスは急用でうかがえなくなってしまいまして。
オウル:代理で僕が参りました。
ルージュ:坊やがブージャムの代理?
ヤレフ:おい、ルージュ……。
ルージュ:こんな場末に呼びつけておいて舐めた真似してくれるじゃない。
ヤレフ:ルージュ!
オウル:はは、噂通りですねぇ。
ルージュ:坊や、あなたのボスに伝えてくださる?
ルージュ:私とビジネスの話がしたいのなら、自分自身で筋を通せって。
ヤレフ:オ、オウルさん、申し訳ねぇ。
ヤレフ:こいつは昔っから……。
オウル:構いません。ごもっともな言い分です。
オウル:無礼を働いているのはこちらですから。
ヤレフ:は、はあ……。
ヤレフ:おい、ルージュ。口の利き方には気をつけろ。
ヤレフ:この人はブージャムが最も信用してる右腕だぞ。
ルージュ:知らないわよ。
オウル:信用は金にはなりませんけどね。
オウル:ああ、銃は下ろしてください。
オウル:スマートにいきましょうよ。
ルージュ:銃……?
オウル:ね、サソリさん。

 気づけばルージュの背に銃口が向けられている。
 暗がりに構えていた銃の主が照明に照らされる。

ルージュ:……!
スコーピオン:舐めてんのはそっちじゃねぇのか。情報屋ふぜいがよ。
オウル:サソリさーん、僕の話聞こえてます?
ルージュ:やるじゃない。後ろ、取られるなんて久しぶり。
スコーピオン:気に入らねぇなぁ、あんた。
オウル:サソリさんってばー。
スコーピオン:……ふん。

 「サソリ」と呼ばれる女が銃を下げ、壁際にもたれる。
 ルージュを見る鋭い眼光には、なおも敵意がにじむ。

ルージュ:スマートね、笑わせてくれるわ。
オウル:いやぁ、穏便にいきたかったのは本当です。
オウル:困りますよ、サソリさん。
スコーピオン:顔と台詞が合ってねぇんだよ。
ヤレフ:あ、あの、オウルさん?
ヤレフ:俺は席を外しましょうか。
ヤレフ:どうやら場違いのようで……。
オウル:とんでもない!
オウル:あなたにも関係のある話ですよ、ヤレフさん。
オウル:座っていてください。
ヤレフ:は、はあ……。
ルージュ:で、さっさと本題に入ってもらえる?
オウル:そうしましょうか。

 ソファに腰掛け、笑みを浮かべるオウル。

オウル:では単刀直入に。
オウル:ルージュさん、僕たちの元で働きませんか。
ルージュ:……さっきこの男に勧誘されて断ったところなんだけど。
オウル:とんでもない、僕が言ってるのは「情報屋」としてのあなたですよ。
オウル:まぁルージュさんの実力なら殺し屋としても十分現役で通ると思いますがね。
ルージュ:呆れた。
オウル:大真面目ですよ?
ヤレフ:し、しかしオウルさん。情報屋ってのは……。
ルージュ:そう、中立。
ルージュ:私はどこにも属さない。
ルージュ:欲しい情報を売るだけ。わかってるでしょ?
ルージュ:ルールってもんがあるでしょうが、坊や。
オウル:そのルールは誰が定めたものでしょうか?
オウル:法律や秩序なんてものハナからありませんよね、この世界には。
ルージュ:明確な秩序はなくても均衡は保つ必要があるの。
ルージュ:じゃないと殺し屋なんて商売は成り立たない。
オウル:おっしゃる通り。
オウル:ですので我々が新たな秩序を作ります。
ルージュ:……は?
オウル:殺し屋の、殺し屋による、殺し屋のための秩序。
オウル:面白そうでしょう?

 つかの間の沈黙。
 ため息をつくルージュ。

ルージュ:どこの狂ったマニフェストを聞かされているんでしょうね、私は。
ヤレフ:それもボスの意向ですか。
オウル:ええ。ですよねぇ、サソリさん。
スコーピオン:小難しいことは知らねぇがな。
オウル:まぁ、要するに殺し屋全体で回ってるビジネスの環(わ)を、我々だけで回しちゃおうって話です。
ルージュ:ここまでくると哀れだわ。
オウル:なぜです?
ルージュ:逆に聞きたいのだけど、あなた達の言う秩序を作って得をするのは誰? 同業が黙ってると思うの?
ルージュ:浅はかなのよ、何もかも。
ルージュ:私腹を肥やすのに耳ざわりの良い言葉を並べ立てるのはやめてもらえるかしら。
ルージュ:虫酸が走る!
オウル:いやぁ、私腹だなんて。
オウル:業界のことを考えてのプランですよ。
ルージュ:それが傲慢だって言ってんのよ。
ヤレフ:ルージュ、あんまり熱くなんじゃねぇよ。
ルージュ:ヤレフ、見事にイカれてるわね、あなたのボスは。
ヤレフ:お、おい……。
スコーピオン:ガタガタガタガタうっせぇなぁ。
スコーピオン:わめくんじゃねぇよ、ビッチ。
ルージュ:あなたもイカれてる側かしら。
スコーピオン:殺し屋なんざネジの外れた連中ばかりだろうが。
スコーピオン:黙って従っとけよ、情報屋。
ルージュ:はいはい、それが本音ってわけ。
スコーピオン:私はてめぇに興味はねぇけどよ。
スコーピオン:ボスがご執心だ。
ルージュ:ブージャムねぇ……。
ルージュ:もう少しまともな男だと思ってたんだけど。
オウル:サソリさんの言う通り、ボスはあなたの能力を買ってます。
オウル:情報処理能力、裏のネットワーク、潤沢なコネクション。
オウル:あと、殺し屋としての腕もね。
ルージュ:何度も言わせないで。私の立場は中立なの。
ルージュ:店も気に入ってるんだから放っておいてもらえるかしら。
オウル:ああ、カフェやってるんでしたっけ。
ルージュ:ええ。「フラッパー」って名前でね。
ルージュ:マナーをわきまえた客としてなら歓迎してあげるわよ。
オウル:はは、「フラッパー」ですか。
オウル:ルージュさんらしいですねぇ。
ルージュ:あなたたちにつける薬もコーヒーに入れといてあげましょうか。

 壁が乱暴に蹴られる音。
 スコーピオンがルージュに近づき、睨めつける。

スコーピオン:いい度胸だな。
スコーピオン:この状況でそんだけフカせるとはよ。
ルージュ:出会い頭に得物突きつけられたらフカしたくもなるわ。
スコーピオン:おい、オウル。交渉決裂ん時はどうすんだ。
スコーピオン:カマシのきくタマじゃねぇだろ、こいつ。
ルージュ:わかってるじゃない。
ルージュ:それじゃ、失礼してもいいかしら。
オウル:ノーディールの場合は僕に判断を任せる、とのことです。
ルージュ:はあ?
オウル:逃がしませんよ?
オウル:先日も美人に振られたばかりでしてね。
オウル:欲しくなったものに対してはしつこいんです、僕。
ルージュ:……調子に乗るなよ、ガキ。

 懐に手をかけるルージュ。
 わずかな挙動を察知し、スコーピオンが銃口を向ける。

スコーピオン:おい、誰が動いていいっつった。
ルージュ:許可がいるのかしら?
スコーピオン:指の一本でも得物にかかったら死んだと思えよ。
ルージュ:……。

 拮抗し、張り詰める空気。
 それを崩すようにオウルが朗らかに手を叩く。

オウル:ヤレフさん。
ヤレフ:えっ! ああはい、何でしょう?
オウル:僕からの提案なんですけど、ルージュさんも「ナイトホークス」で働いてもらいましょう。
オウル:稼げるんじゃないですか、彼女なら。
ヤレフ:いやぁ、その話なんですがね……。
ヤレフ:こいつも強情だ。男にシナ作るなんて芸当できやしませんて。
オウル:それをやらせるのがあなたの仕事でしょう?
ヤレフ:いや、まぁそうですがね……。
ルージュ:勝手に話進めないでもらえる?

 ヤレフを見たままルージュに対して指を立てるオウル。

オウル:今はヤレフさんと話しています。
オウル:すみませんが、終わるまで静かにしていてくださいね。
ルージュ:……自分勝手な男。
スコーピオン:こういう奴だ。
スコーピオン:大人しく座っとけ。

 神妙な面持ちでオウルと向かい合うヤレフ。

ヤレフ:オウルさん、お言葉ですがね。
ヤレフ:うちは粒ぞろいで通ってる。
ヤレフ:こいつは確かにツラは良いが、それだけだ。
ヤレフ:やっぱりやるからには金落としてもらわねぇとな。
ヤレフ:こっちも商売だからよ。
オウル:さすがオーナー様の目利きですねぇ。
オウル:ボスが目をかけてるだけはありますよ。
ヤレフ:いや、はは……。
オウル:そのよく見える目、潰してあげましょうか。
ヤレフ:……えっ?

 オウルの手がヤレフの胸ぐらへと伸び、吊るし上げられる。
 ヤレフが苦しそうにもがく。

ヤレフ:がっ!? オ、オウル、さ……。
オウル:僕もお金は大好きですよ。
オウル:けど、眩む程に持つと周りが見えなくなりますよねぇ。
オウル:ヤクと同じだ。
ヤレフ:く、苦し……。
オウル:ショバ代の偽装計上にピンハネ。
オウル:バレてないとでも思ったんですか?
ヤレフ:し、知らねぇ……そんな。

 手が離され、床へ転がるヤレフ。

ヤレフ:ゲホッ、ゲホッ!
オウル:お膝元でよくそんな真似ができますねぇ。
オウル:尊敬しますよ。
ヤレフ:な、何を証拠に……。
オウル:ああ、そんなお決まりの文句は結構です。
オウル:別に金のことはどうでもいいんですよ。
オウル:ボスが許さないのは一つだけ。
オウル:何でしたっけ。
スコーピオン:裏切り。
オウル:その通り。
ヤレフ:ちょ、ちょっと待ってくれ、オウルさん!
ヤレフ:裏切ってなんかねぇよ!
ヤレフ:俺とブージャムは昔から……。

 ヤレフの眉間に拳銃が突きつけられる。
 冷たく微笑みを浮かべるオウル。

オウル:今までお疲れ様でした、ヤレフさん。
ヤレフ:ま、待って……撃つな。
ヤレフ:頼む。ブージャムを通してくれれば……。
オウル:ボスはあなたのことなど知りません。
ヤレフ:オウルさんッ!

 引き金が引かれ、店内に乾いた銃声がこだまする。
 鮮血とともに崩れ落ちるヤレフの身体。
 血溜まりが広がっていく。

ルージュ:……とんだ茶番劇ね。
ルージュ:あーあ、掃除が大変そう。
オウル:別に構いません。
オウル:どのみちこの店は廃業です。
ルージュ:へえ?
オウル:今後は我々の活動の拠点として建て直す予定ですので。
オウル:そうだなぁ。外観はオシャレなカフェなんてどうですかね。
オウル:殺し屋とは無縁そうで良いでしょう。
ルージュ:……口の減らないクソガキね。
スコーピオン:そのオッサン、勝手にバラしてよかったのか。
オウル:問題ありません。
オウル:害虫駆除に許可が要りますか?
スコーピオン:ま、そうかもな。
ルージュ:……。
オウル:さて、お待たせしてしまいましたね、ルージュさん。
オウル:お話の続きですが……。
ルージュ:もういいわ。
ルージュ:逃げやしないから、早いとこブージャムを連れて来てちょうだい。
オウル:それはありがたい。嬉しいです。
ルージュ:そこのお嬢さんはともかく、あなたの相手は手に負えなさそうだもの。
スコーピオン:チッ、とことんまで癇に障る女だな。
オウル:はは、やっぱり職場に華があると胸が躍りますねぇ。
オウル:モチベーションがまるで違いますよ。
スコーピオン:そりゃ何よりだよ、下衆野郎。
オウル:あっ、もちろんサソリさんもですからね。
オウル:彩りの話ですよ、彩り。
スコーピオン:死ね。

 背を向けるスコーピオン。

オウル:あれ、サソリさん、どちらへ?
スコーピオン:仕事だ。
オウル:そうですか、お気をつけて。
オウル:……あ、そう言えば。
スコーピオン:何だよ。
オウル:お元気そうでしたよ。
スコーピオン:は?
オウル:妹さん。
スコーピオン:……んなもん、いねぇよ。

 背中が暗がりへと消えていく。

オウル:さてさてコーヒーでも淹れましょうか?
オウル:ルージュさんのお口に合うか、わかりませんけどね。
オウル:しばらくボスは戻って来ないと思うので、どうぞくつろいでいてください。

 呆れ顔で頬杖をつき、楽しそうなオウルを眺めるルージュ。

ルージュ:おじさんの死体を目の前にしてくつろげるものかしらね。
オウル:はは、ごもっともです。

 眠らぬ店の夜が更けていく。


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