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カンテラ町の灯【夜明け】

【タイトル】
「カンテラ町の灯【夜明け】」
(カンテラちょうのともしび【よあけ】)

カンテラ町シリーズ・14話

【キャスト総数】
4(男:2 女:1 不問:1)

【上演時間】
30〜分

【あらすじ】
外周にぐるりと吊るされたカンテラの灯。
骸のように聳えた建造物が立ち並び、天を覆う。
常に空気は薄暗く陽の光が地を照らすことはない。

――そこは「カンテラ町」。
青白く揺れる灯がともる町。

その光は彼岸の者から身を守り、
彼岸の者を逃さない。

生まれた時から「悪食」と称され
忌みられてきた彼の者。

暗がりの続く道筋の途中、

一人の医者に憧憬を

一人の法師に敬愛を抱いた。

どちらも「人間」だった。

喰らい、奪い続けてきた自分でも
彼らのような暖かい灯になれるだろうか。

カンテラ町の夜が明ける。

【登場人物】
・紫雲(男)
「しうん」。
「カンテラ町」に訪れた医師。
現在は二番街で療治に勤めている。

・九厓(男)
「くがい」。
「カンテラ町」の郊外に住む男。
汚れた茣蓙(ござ)を大事にしている。

・水月(不問)
「すいげつ」。
黄雲に従う「七毒」の一人。
神出鬼没の存在。

・菖蒲(女)
「あやめ」。
誰にでも手を差し伸べる心優しき医者。
かつて水月によってその存在を抹消された。

【本編】
 カンテラ町、「二番街」に建つ紫雲の診療所。
 軒先にて診療所を訪れた患者に対し笑顔を向ける紫雲。

紫雲:左様ですか、それは良かった。
紫雲:出掛けられるようになったことは喜ばしいですが、無理はなさらないようにお願い致しますね。
紫雲:特に郊外の方となると足元がおぼつきません。
紫雲:怪我をされると元も子もありませんよ。

 患者がにこやかに応える。

紫雲:……ふふ、おせっかいが過ぎましたかね。
紫雲:こちらいつものお薬です。ええ。それではお大事に。

 会釈し患者を見送る紫雲。
 ふと視界の端に佇む女性の姿に目を向ける。

紫雲:おや……こんにちは。

 女性は何も応えない。ただ憂いを帯びた目で紫雲を見つめている。

紫雲:診察をご希望でしょうか?
紫雲:よろしければ中へどうぞ。

 促す紫雲に対し、女性が静かに口を開く。

菖蒲:……紫雲。

 紫雲の動きが止まり、怪訝な表情で女性を見つめる。

紫雲:……あなたは?
菖蒲:自分を見失わないで。
菖蒲:あなたの歩んできた道とこれから続く道。
菖蒲:決して途切れてはいないはずだから。
紫雲:何をおっしゃっているのです……?
菖蒲:傷付けては駄目よ。

 悲しげに微笑む女性。

菖蒲:他人も……自分もね。

紫雲:(そう言って彼女は悲しそうに微笑んだ。)
紫雲:(姿も声色も全てに覚えがある。)
紫雲:(だが名前を思い出すことができない。)
紫雲:(とても大切な記憶であるはずなのに……。)

 目を伏せる紫雲。

紫雲:(どうかそのような顔をなさらないでくれませんか。)
紫雲:(なぜでしょう……胸が痛むのです。)

 暗い闇に囲まれた意識の中。
 その中心でうずくまるように身を抱いている紫雲。

紫雲:……お願い致します。
紫雲:カンテラの灯を……決して絶やさないでください。
紫雲:私を……逃さぬように。
水月:んー、無理じゃないかにゃあ。

 いつの間にか紫雲の傍らに座っている水月。

紫雲:っ! ……水月、さん?
水月:やぁ紫雲。大変なことになってるねぇ。
紫雲:どうしてここに。
水月:言ったでしょ。僕はどこにでもいてどこにもいない。
水月:この世の全てが遊び場なんだって。
紫雲:……なぜ私に会いに来たのか、という意味です。
水月:ああ。そういうこと。

 伸びをした後、軽やかに立ち上がる水月。

水月:あのね、外がどんな様子か教えてあげようと思ってさ。
水月:もちろん親切心だよ?
紫雲:……感謝致します。
水月:すっごく面白いことになってるよ。
水月:麻由良(まゆら)と荼毘丸(だびまる)が協力して、暴れ出そうとしてる君を抑えてるんだ。
水月:あとねぇ……なんと黄雲(きうん)も!
紫雲:兄上が……?
水月:そうなんだよ、びっくりしたでしょ?
水月:君に戻って来てほしいみたいだよ。
紫雲:……。
水月:槐(えんじゅ)が死にそうだからさ。
紫雲:え……?
水月:ふふ、彼にも情があったんだねぇ。
水月:あ、ちなみに槐をやったの君だからね紫雲。
水月:あの傷じゃ長くはもたないだろうにゃあ。
紫雲:私が……槐さんを?
水月:さらにィ、もうひとつ。
水月:人間も一人食べちゃった。
水月:ほら、あの九厓(くがい)っておじさん。
紫雲:……ッ。

 絶望する紫雲。

水月:大丈夫? 別に意地悪したいわけじゃないよ。
水月:ありのままの事実だからさ。
紫雲:……わかっております。
水月:でもさぁ、どうして「ダチュラ」なんか食べちゃったの?
水月:結果的に君が化け物になったら元の木阿弥(もくあみ)じゃん。
紫雲:死なせたくない人ができました。
紫雲:助けてきた命をダチュラに喰わせたくなかった。
紫雲:私自身の力とカンテラの灯で封じることができれば、と……。
水月:随分と無謀な賭けだったにゃあ。やっぱり変わったよ、紫雲は。
紫雲:……。
水月:何ていうか人間らしくなったよね。
水月:「飢え」に苦しんで「黄泉の怪物」と戦って、利他の感情のまま動くところとかそっくりだ。
水月:たとえ報われないとしてもね。
紫雲:人間のことをよくご存じのようですね。
水月:うん、興味深いよ。
水月:種としては圧倒的に弱い立場なのに今まで生き残ってきたわけだし。
水月:まぁ、十坐(じゅうざ)みたいな例外もいるけどさ。
紫雲:良いですよ……人は。
水月:へぇ?
紫雲:私が最も敬愛している方は……人間でしたから。
水月:そっかァ。それは残念だったね。
紫雲:ええ……残念でなりません。

 うつむき、悲しげに目を伏せる紫雲。

水月:まぁ、元気出しなよ。どうにもならないことだってあるんだからさ。
紫雲:……水月さん。
水月:んー?
紫雲:折り入って頼みたいことがございます。
水月:ふふ、君って意外とお願い事が多いよね。

 強い意志を込めた目で水月を見る紫雲。

紫雲:あなたの力で私の存在を消していただけませんか。
水月:……。
紫雲:後生です。もうじき私の意識は化け物の身と同化するでしょう。
紫雲:会話もままならなくなる。
紫雲:お願いします……全てを無かったことにしてください。
紫雲:情けない話ですが、あなたにしか頼めない……。

 紫雲が頭を下げる。

紫雲:どうか……。

 頭を垂れる紫雲を見下ろす水月。
 その口元が大きく歪む。

水月:……ふふっ……。はは。あはははははっ!

 無邪気な笑い声が虚無の空間に響く。
 悪戯な笑みを浮かべる水月。

水月:ヤーだよっ! ごめんねぇ、ここからは意地悪さ。
紫雲:水月さん……?
水月:あのさぁ紫雲。皆がみんな誰かの為に動いてくれると思ったら大間違いだよ?
水月:何で僕が君の為に君を消してあげなきゃなんないのさ。
水月:まっぴらゴメンだよそんなの。
紫雲:しかしこのままでは……!
水月:いいじゃん、滅ぼしちゃおうよ。
紫雲:な、何を……。
水月:だってそうじゃない?
水月:みんなして覇権だの統一だの秩序だの泰平なる世の中だのさァ……。
水月:混沌としてぐっちゃぐちゃだよ、今の世は。
水月:一度綺麗さっぱり掃除した方が良いと思うんだ。
水月:うん、絶対その方が世の為だし楽しいよ!
紫雲:あなたの言うこともわかります。……かつては私も同じ思想でした。
水月:だよねぇ?
紫雲:しかし今は違う。繋ぐ者は必要なのです。
紫雲:歴史の幕はまだ閉じるべきではない。
紫雲:間違ったのならば……やり直すべきであると存じます。

 嘆息を漏らし、首を振る水月。

水月:……今さらおこがましいと思わない?
水月:君さ、喰らってきた命の数って思い出せる?
水月:「悪食(あくじき)」として、何人繋ぐ者とやらの歴史を終わらせてきたのかな。
紫雲:……。
水月:このまま美しい「神様」として名を残す方が名誉だよ。
水月:永遠に、永遠にね。

 ふと水月の目から光が消える。

水月:誰もが絶対に忘れないくらいに深く名前を残すんだ。
紫雲:……あなたは。
水月:ん?
紫雲:忘れられることが怖いのですね。

 水月の動きが止まり、無機質な瞳が紫雲へ向く。
 やがて乾いた笑みが浮かぶ。

水月:どんなに愛していても大切に想っていても、簡単に忘れちゃうんだよ。
水月:存在や記憶なんてそんなものさ。
水月:だったら最初からいなかった方が良かったのにねぇ。
紫雲:水月さん。
水月:随分と余裕があるじゃない。
水月:ほら見てごらん。世界が終わるよ。
水月:君が無かったことにするんだ、紫雲。

 促されるまま遠くを見つめる紫雲。
 その先に映る青白い灯が消えていく。
 同時に紫雲の瞳も閉じられていく。

九厓:終わらせねぇよ。

 静寂を裂くように投げかけられた言葉に驚く紫雲と水月。
 振り向いた視線の先には九厓が立つ。

紫雲:……九厓……さん……。
九厓:ったく……あんまり遅ぇもんだから迎えに来たぜ、先生。

 怪訝な表情を浮かべる水月。

水月:嘘でしょ? 何で君がここにいるのさ。
水月:喰われて死んだじゃないか。
九厓:どうしてだろうな? 好みのゲテモノじゃあなかったんじゃねぇか。
水月:はは……笑えないにゃあ。まぁ、いっか。
水月:邪魔しないでよ。紫雲は大事な仕事があるんだから。
九厓:こっちの台詞だな。
九厓:おい先生。早ぇとこ帰るぞ。
九厓:急患がいるっての聞こえてなかったか? 一刻を争うんだ。

 苦笑を浮かべる紫雲。

紫雲:あなたは……本当にお節介な方ですね。
九厓:ようやくわかってくれたかい。そいつは何よりだな。
紫雲:ですが、もう手遅れです。私はすでに……。
九厓:あァ、御託なら帰ってからいくらでも聞いてやるからよ!
九厓:いいか、あんたが必要なんだ。
九厓:これからも数えきれねぇくらいに人を救っていくんだよ。
九厓:何か文句でもあんのかい。
紫雲:……。
九厓:ほら、手なら貸してやる。
九厓:いつまでもベソかいてねぇで立て。

 紫雲に手を差し出す九厓。
 その様に笑みをこぼす水月。

水月:ふふふっ、綺麗事だにゃあ。
九厓:あぁ?
水月:さっすが、鞭撻(べんたつ)が達者だねぇ、法師様。

 あざ笑う水月に向き直る九厓。

九厓:あんた……水月だな。
水月:僕のこと知ってるんだ。
九厓:忘れるわけねぇだろ。
水月:嬉しいにゃあ。でも覚えてくれなくていいよ。
水月:無駄だからさ。
九厓:何だと?
水月:だって今から紫雲がぜぇんぶ壊すんだから。
水月:記憶なんて無意味でしょ?
九厓:させねぇよ、そんなこと。
水月:ダメダメ。紫雲はねぇ、「神様」になったんだよ。
水月:醜い化け物から畏怖(いふ)を称(たた)えられる神様にね。
水月:人間なんかが盾突いちゃいけないよ。
九厓:ったく……どいつもこいつも人間なんかだの人間ごときだの……。
九厓:昔から化け物を懲らしめるのは人間だって相場が決まってんだろ。
水月:懲らしめてくれるの? 法師様。
九厓:舐めんじゃねぇぞ……人間をよォ!

 九厓の一喝が響く。
 その身には「闇祓い」の力がみなぎる。

水月:あははッ、口先に実力は伴ってるかにゃあ?

 するりと紫雲の背後へ回り込む水月。
 笑みをたたえ、耳元でささやく。

水月:ほォら紫雲。見てごらんよ……。あいつ、「神様」に盾突く気だ。
水月:天上天下を揺るがすのは度しがたい罪だって、お母さんから教わらなかったのかな?
水月:だから代わりに教えてあげてよ。世の理(ことわり)を。

 とん、と紫雲の背が押される。
 苦しみを伴い、黒く変色していく紫雲の身体。

紫雲:ぐゥ……あ……あ……ッ!
水月:うんうん、その調子。君はその姿の方が似合うね。
水月:手始めにそいつから殺しちゃいなよ。
紫雲:がァ……ァ……ッ。
九厓:……本当に世話が焼けんなぁ、先生。

 対峙する紫雲と九厓。
 獣の唸り声のなかに人の言葉が混じる。

紫雲:……く……がい……さん……。
九厓:拳骨よりは痛ぇかもしれねぇが、我慢しろよ。
紫雲:……ゥゥアアアッ!

 黒色に支配された紫雲が襲いかかる。
 構える九厓。

水月:はははッ、全部忘れちゃえばいいんだよ。何もかも、みィんな……。

 すさまじい衝撃音が響く。

紫雲:(暗い意識の中で、またあの女性の悲しい表情が浮かんだ。)
紫雲:(その顔にさせてしまっているのは私なのでしょうか。)

 目を開く紫雲。
 目の前に一人の女性が立っている。

菖蒲:紫雲。
紫雲:……申し訳ございません。
菖蒲:なぜ謝るの?
紫雲:あなたのそのような顔は見たくないはずなのに。悲しませてばかりだ。
菖蒲:そんなことないわ。
紫雲:命を喰らい、奪い……敬愛する方さえも手にかけ、此岸(しがん)をも終わらせようとしている。

 額に手を当て苦悩する紫雲。

紫雲:なんと……なんと醜いことか。
菖蒲:……真に清らかな命なんてないわ。

 優しく微笑む女性。

菖蒲:前に言ったこと覚えてる?
菖蒲:私は自分を清らかだなんて思ったことはないって。
紫雲:……。
菖蒲:誰だって……迷って、泥に汚れながら生きていくのよ。
菖蒲:だから美しいの。命の灯は。
紫雲:……消したくはありません……。
菖蒲:うん。
紫雲:灯し続けていきたい。あなたのように。
菖蒲:大丈夫よ、あなたなら。
菖蒲:紫雲なら絶対大丈夫。

 女性が手を差し出す。

菖蒲:さぁ、帰りましょう。
紫雲:……はい。

 手を掴む紫雲。

 暗い意識の中では紫雲と九厓の戦いが熾烈を極めている。

九厓:……ハァッ、ハァッ……。

 獣の様相をむき出しにした紫雲が九厓に近づいていく。

九厓:……いいぜ。あんたが帰ってくるまで付き合ってやるよ。
九厓:目ぇ覚めるまで拳骨食らわせてやるからな。

 ふと紫雲の動きが止まる。
 怪訝な表情を浮かべる九厓。

九厓:先生……?

 小さく声がこぼれる。

紫雲:……菖蒲(あやめ)……さん。

 紡がれた言葉に驚く九厓。
九厓:今……何と言った?
紫雲:……申し訳ありません……菖蒲さん。
九厓:……そうだ、先生。しっかり覚えてんじゃねぇか……!
九厓:あいつを……菖蒲を悲しませるのは、許さねぇぞッ!
紫雲:ぐ……うっ。

 崩れ落ちる紫雲。
 少しずつ変色した体が戻っていく。

水月:はぁ? どうしたのさ……紫雲。
水月:まだ終わってないでしょ。これからじゃん。

 膝をつく紫雲の前におぼろげな光が集まっていく。
 やがて人の形を成していく。

九厓:お前……。

 現れた光が紫雲に語りかける。

菖蒲:頑張ったね、紫雲。

 首を振る紫雲。

紫雲:……私は何もできませんでした。
紫雲:私が兄上を止められていれば……。あなたは消えずに済んだのに。
菖蒲:いいのよ。
紫雲:……ごめんなさい……ッ。

 うつむいた瞳から涙がこぼれ落ちる。

菖蒲:泣かないで。悪い人なんて誰もいないの。誰も……。

 優しく紫雲の肩に手を置く光。
 戸惑いを浮かべた水月が口を開く。

水月:……何でだよ……。
水月:何で今さら菖蒲ちゃんの名前が出てくるのさ。
水月:あの子は僕がこの手で消したじゃないか。もうどこへもいやしない。
水月:あり得ない……絶対に。
九厓:忘れるわけねぇだろう。
水月:ッ!
九厓:そんなに安いモンだと思われてたんなら心外だな。
九厓:菖蒲は俺たちと一緒にいる。ずっとな。
水月:はは……何言ってんのさ。
水月:これだから夢見がちな人間はヤなんだよね。
九厓:あんたにはわからねぇか。
水月:わからないね。
水月:どんなペテンか知らないけど、いない存在を思い出すことなんて不可能なんだから。

 光が九厓の方を向く。

菖蒲:……九厓様。
九厓:よォ。
菖蒲:お風邪は召されておられませんか?
九厓:まァな。あの茣蓙(ござ)の寝心地が良いもんで明日にはわからねぇけどよ。
菖蒲:駄目ですよ。いつまでも健やかに過ごしてくださいませ。約束したはずです。
九厓:……あぁ、わかってるよ。

 思わず後ずさる水月。

水月:やめろよ……。菖蒲ちゃんはもういないんだってば。
水月:ずるいじゃないかそんなの。そんなの……全然面白くない!
水月:どうせ全部忘れるんだよ。安っぽい思い出なんて……。
九厓:その思い出があんたを作ってんじゃねぇのかい。
水月:え?
九厓:俺はそうだぜ。忘れたくねぇもんがあるからここにいる。
九厓:あんたにはねぇのかよ。

 水月の顔に不快が浮かぶ。

水月:思い出が人を作るゥ……?
水月:おとぎ話の読み過ぎだよ、くだらない。
水月:あぁもうイライラするなぁ……!
九厓:……。
水月:いいよ、じゃあもう一回消してあげる。何度でも何度でも……。
水月:全部無かったことにすればいい。初めからっ!

 光に近づいていく水月。
 咄嗟に紫雲が間に立ち、水月の動きが止まる。

紫雲:……やめましょう、水月さん。
水月:なァに紫雲。すっかり目は覚めちゃったの?
紫雲:はい。何もかも明瞭です。
水月:もったいないなぁ……。綺麗だったよ、「神様」の君は。
紫雲:神などとおこがましい。
紫雲:私もちっぽけなひとつの灯に過ぎません。
水月:……そう。つまんないの。
紫雲:美しいものですよ。神すらもかすむ程に。

 九厓と光の方を見る紫雲に笑顔が浮かぶ。

水月:だったら最後に僕を食べるといいよ。君の大好きなゲテモノだ。
紫雲:遠慮致します。
水月:いいの? またイタズラするかもしれないよ。何度でもね。
紫雲:もう……十分過ぎるほどに満たされました。
水月:満たされた? 「悪食」の君が?
紫雲:ええ。なればこそ、あとは返していくのみかと存じます。

 紫雲の顔を見つめる水月。
 その目に迷いは見られない。
 水月がため息をつく。

水月:……つまんないにゃあ。僕の負けかなぁ。
水月:消せそうにないんだもん、君たちだけは。
紫雲:そうですね。もう二度と消させはしません。

 苦笑する水月。

水月:ねぇ紫雲。これから君はどんな世の中を成していくつもりなの?
水月:何だってできるんじゃないかな、今の君なら。
紫雲:買い被りですよ。
紫雲:私の成すべきことは変わりません。
水月:ははっ、そう。まぁせいぜい頑張りなよ。
水月:世の中の方はそう簡単には変わらないからさ。君と違ってね。

 背を向ける水月。

紫雲:水月さん。
水月:んー?
紫雲:あなたのこと、忘れはしませんよ。

 真っ直ぐに投げられた言葉に目を見開く水月。
 やがてあいまいに笑う。

水月:……ホントどうかしてるねぇ……君は。

 気づけばその姿は消え去っている。
 最初から存在していなかったかのように。

 九厓が後ろから声をかける。

九厓:……終わったか。
紫雲:はい。
九厓:じゃあ帰るぞ。さっそくで悪ィが働いて働いてもらうぜ、先生。
紫雲:承知しております。

 歩き出す二人。
 光はその場から動かない。

紫雲:……菖蒲さん? どうしたのですか。
九厓:……。
菖蒲:ごめんね。私はここまでなの。
紫雲:え……? な、何を……。
菖蒲:そんな顔しないで。あなたや九厓様が覚えていてくれる限り、私は生きていけるんだから。
紫雲:なぜです。あなたは確かに、ここに……。

 紫雲の背中を叩く九厓。

九厓:ったく、情けねぇツラしてんじゃねぇよ先生! みっともねぇぜ。
紫雲:九厓さん……。

 光に向き直る九厓。

九厓:……菖蒲。
菖蒲:はい、九厓様。
九厓:決して忘れはしない。
九厓:死ぬまで……いや、死んだとしてもだ。
九厓:お前の全ては俺の心とともにある。

 真っ直ぐに光を見つめる九厓。
 光が瞬き、菖蒲の姿が現れる。
 その瞳から一筋の涙が落ちる。

菖蒲:……この上ない幸せです。
九厓:愛している。
菖蒲:私も……。永遠(とわ)にお慕い申しております。

 菖蒲を抱きしめる九厓。

菖蒲:……紫雲。
紫雲:っ!
菖蒲:おいで。

 菖蒲の方へ歩み寄る紫雲。

菖蒲:今度はあなたが手を差し伸べてあげてね。
紫雲:私の手はあなたのようには……。
菖蒲:そんなことないよ。……ほら。

 紫雲の手を握る菖蒲。

菖蒲:こんなに暖かい。
紫雲:……菖蒲さん……。

 うつむく紫雲。
 そっと紫雲の体を抱き寄せる菖蒲。

菖蒲:ありがとう、紫雲。

 身を寄せ合う三人。
 菖蒲の姿を成していた光が蛍のように闇へと舞っていく。

紫雲:(お礼を言わねばならないのは私の方です。)
紫雲:(あなたの強さと優しさに救われたのですから。)

 還っていく光を見上げる紫雲。

紫雲:(私の手には人間のような体温はない。)
紫雲:(それでも誰かが救いを求め手を伸ばすのならば……。)
紫雲:(必ず差し出すと約束致します。)
紫雲:(……あなたのような「医者」になりたい。)
紫雲:(許されるならば、あなたが愛した灯を守る為に生きていきたい。)

 カンテラ町、旧「一番街」。
 町の中心に鎮座した巨大な白蛇の体が光の粒子となって霧散していく。
 カンテラの青白い灯が照らしている。

紫雲:(まやかしの「神」は消え去った。)
紫雲:(その日、覆い尽くされた闇を浄化するようにカンテラ町に陽の光が降り注いだ。)

 カンテラ町の上空にかかる雲間から陽の光が差し込む。
 最果ての町の夜が初めて明けた。

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