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デイライトの襲撃

【タイトル】
「デイライトの襲撃」
殺し屋シリーズ・2部3話

【キャスト総数】
5(男:2 女:3)

【上演時間】
30〜分

【あらすじ】
穏やかな陽の差す昼下がり。
仮初の平穏は一人の訪問者によって崩された。

雇用主(マネージャー)である銀の事務所へ
足を運んだ「エクスマキナ」と「魔弾の射手」。

依頼主から語られる次なるターゲットの概要。

インターフォンが鳴る。

銃声とともに
「不運」の巡り合わせが噛み合い始めた。

【登場人物】
・ホープ(女)
業界では「エクスマキナ」の名で知られる殺し屋。
銃やナイフの扱いに長ける。

・クルム(男)
「魔弾の射手」の名を持つ殺し屋。
ホープのバディであるスナイパー。

・銀(女)
「イン」。
ホープのマネージャー。
時折会話に母国語が混じる。

・レオ(男)
マフィア「ベルトリオファミリー」初代頭目の一人息子。
現在は組から離れている。

・ベル(女)
自称「ベルトリオファミリー」の下っ端。

【本編】
 時刻は昼下がり。暖かな陽光が街を照らしている。
 その中でも比較的閑静なエリアに居を構えているのは銀の事務所。
 シンプルなオフィスの室内に銀の素っ頓狂な声が響く。

銀:哎呀(アイヤ)!
ホープ:……何?
銀:いや、びっくりしちゃった。
銀:まさか二人で来るとは思わなくてね。
クルム:おいおい、組ませたのはお前だろうが、銀(イン)。
銀:そうだけど……。
銀:何、どういう心境の変化なの、ホープちゃん。
ホープ:別に何も変わらないわ。
クルム:俺は変わったかな。
クルム:意外に可愛いトコあんだよ、この嬢ちゃん。
クルム:ドーナツに目がなくてな……。
ホープ:口が軽い。

 クルムの足を蹴るホープ。

クルム:いッて!
銀:はは、ちょっと目を離した隙に良いコンビになってるじゃない。
ホープ:慣れ合うつもりはない。
ホープ:ただ、ビジネスの上ではひとまず信用する。
銀:十分十分。大きな進歩だ。
銀:君ら二人はさ、個人でもかなりの実力者だけど……。
銀:互いを補い合えばもっと伸びるよ。期待してるからね。
クルム:そりゃどうも。
クルム:そんで? 仕事の話だろ。
クルム:もう怪物(モンスター)の相手はゴメンだけどな。
銀:怪物(モンスター)?
ホープ:……。

 クルムの足を蹴るホープ。

クルム:いッて! おい嬢ちゃん、サッカーボールじゃねぇんだぜ俺は……。
ホープ:何でもない。本題に入りましょう。
銀:まぁ、相手は人間だけど……大物には変わりないかなぁ。

 ホープが奥のドアに視線を向ける。

ホープ:……奥で聞き耳を立てているのは関係者?
銀:えっ。
クルム:こっちに興味が向きすぎだな。カタギか?
銀:参ったなぁ。さすがだね、二人とも。
銀:順を追って話そうかと思ったんだけど……まぁ、いいか。
銀:入っておいで。

 奥へ呼びかける銀。
 ドアが開き、一人の男が姿を見せる。

レオ:……。
銀:紹介するよ。この子は……。
レオ:レオ・ベルトリオ。悪いがカタギじゃない。
ホープ:……ベルトリオ?
クルム:ほう、確かに大物だな。
銀:えっと、レオくん。この二人は……。
レオ:「エクスマキナ」に「魔弾の射手」。
レオ:知ってるよ。裏に身を置いてれば嫌でも耳に入る名前だ。
銀:もォ、ちょっとは私にも喋らせてよ。
クルム:オヤジの件は残念だったな。
クルム:義に厚い、昔ながらの良い男だった。
クルム:嫌いじゃなかったぜ、俺は。
レオ:……死んだ人のことを語っても時間の無駄だ。
クルム:はッ、そりゃ悪かったな。
銀:聞いての通り、「ベルトリオ」ファミリー初代頭目の一人息子だ。
銀:今回の仕事の依頼主だよ。
レオ:よろしく頼む。
ホープ:……マトは、あの火傷顔の男?
クルム:知ってんのかよ。
ホープ:ええ、よく覚えてる。
銀:ご明察の通り、あのハンサムくんが次のマトだよ。名前は……。
レオ:アッシュ。二代目頭目、ブルーノが拾った殺し屋だ。
レオ:マネージャーさん方はご存じだろうが、二代目を自ら殺し、今やファミリーの実権を握ってるのはこいつと言ってもいい。
ホープ:オジさんを殺(と)られたカエシ?
レオ:まさか……。あんな奴、死んで当然だ。欲に狂ったブタ野郎め。
クルム:ひでぇ言われ様だな。まぁ、トップの器じゃねぇってのは噂で聞いてたが。
レオ:ああ。だが……あの男、アッシュはブタ野郎とは比べ物にならない。
レオ:奴は最初から周到に準備を進めていた。
レオ:「ベルトリオ」を乗っ取って……本気で裏を牛耳るつもりだろう。
ホープ:……。
銀:とまぁ、かなりでかいシノギになりそうなんだ。
銀:ハンサムくんが幅を利かせてるおかげで業界もかなりゴタついてる。
銀:「霧のリグレット」の騒ぎもあるし、なかなか動きづらいところもあるけど……どうする?
ホープ:雇用主はあなたよ。私は決定に従うだけ。
クルム:右に同じ。もちろん報酬には色つけてくれんだろうな?
レオ:ファミリーを取り返したらいくらでも払う。
クルム:ふっ、期待しとくぜ、坊っちゃん。
銀:好的(ハオダ)。じゃあ二人は周辺情報がそろうまで待機ね。
クルム:ああ。

 レオを見据えるホープ。

ホープ:ひとつ聞きたいのだけど。
レオ:何だ?
ホープ:あの男を殺(と)るのはファミリーの為?
レオ:……なぜそんなことを聞く?
ホープ:ためらいなく引き金を引けるから。
レオ:意外だな。そんな機微(きび)とは無縁だと思ってたよ、「エクスマキナ」。
銀:ホープちゃん? 何か気になるの?
ホープ:……少し興味があるだけ。

 ホープの瞳を見つめ返すレオ。

レオ:そうだよ。お前の言う通りファミリーの為だ。
レオ:アッシュの野郎には義理の感情なんて一切ない。
レオ:組員のことなんて使い捨ての駒程度にしか思ってないだろう。
ホープ:だから殺す?
レオ:悔しいが奴は強い。
レオ:組を抜けられない者は奴についていくしかないのも事実だ。
レオ:……俺に親父のような統率力があれば、話は変わってくるかもしれないけどな。
銀:小人儿(シィアォレェン)、気に病まないことだよ。
銀:君にはまだ荷が重い。
レオ:……いや、そうも言ってられない。やるしかないんだ。

 ふと、視線を外すレオ。

レオ:あいつらは俺の家族だから……誰も死なせたくない。
ホープ:……そう。
レオ:望む答えにはなってたか?
ホープ:どうでしょうね。

 背を向けるホープ。

ホープ:でも、あなたの言葉に嘘がないのはわかった。
レオ:……ふん。

 二人のやり取りを眺め、小さく笑うクルム。

クルム:……ふっ、若いねぇ。
銀:ハァイ、そこの大叔(ターシュー)。
銀:このシノギ終えるまでは酒と女遊びは程々にね。
クルム:わかってねぇなぁ。
クルム:良い仕事にゃどっちも必要なんだよ。
クルム:言わば活力だな。
銀:そもそも良い女ならこんなに近くにいるのにさぁ。
クルム:ヨゴレにゃ興味ねぇよ。
銀:ッオラァ!

 クルムの足を蹴る銀。

クルム:いッてぇ! 足癖の悪ィ女ばっかだなオイ!
レオ:……大丈夫なのか、こんな様子で……。
ホープ:仕事はしっかりこなすから心配いらないわ。

 腕を組み、心もとない様子のレオ。

 ややあって事務所のインターフォンが鳴る。

銀:おや、お客さん?
銀:宅配かなぁ。何か頼んだっけ、私……。

 訪問客を出迎えようと玄関へ向かう銀。
 それをホープが制する。

ホープ:待って、銀(イン)。
銀:えっ?
クルム:俺が出る。
クルム:一応、嬢ちゃんは坊っちゃん連れて下がっとけ。
ホープ:……わかった。

 警戒をにじませるレオ。

レオ:刺客か?
クルム:さぁな。アンタ狙ってここまでカチコんでくるとは思えねぇが……。
銀:ま、邪魔な存在ではあるよねぇ。
銀:ゴッドファーザーの一人息子なワケだし。
クルム:そういうことだ。姿は見せるなよ。

 懐に拳銃を忍ばせ、玄関に近づくクルム。

 訪問者が中に呼びかける。

ベル:すいませーん、こんにちはぁ。
クルム:どちらさんで?
ベル:あっ、自分「ベルトリオ」ファミリーのベルってもんッス!
ベル:ウチの坊っちゃんがこちらにうかがってるって聞いてお迎えに上がりました。
クルム:「ベルトリオ」だァ?
クルム:勘弁してくれよ。ウチはそんな大物と関わり合いになれるほど儲かっちゃいねぇぜ。
ベル:またまたぁ。ウチの情報網、舐めてもらっちゃ困るッスよ。
ベル:ささ、ホントに裏はないんで坊っちゃんをこちらに……。
銀:情報力なら私だって負けてないよ?
クルム:おい、銀(イン)……。
銀:ベルだっけ? 組員の中に君の名前はないみたいだけどどういうことかな?
ベル:あっ、えっとッスねぇ……自分新入りなんスよ!
ベル:下っ端も下っ端で……。末端すぎて名前も載ってないんじゃないですかねぇ。
銀:ふゥん……。
クルム:どうすんだ、ボス?

 少し思案した後、訪問者に呼びかける銀。

銀:オッケー、開けるよ。
クルム:いいのか?
銀:どうせこのままじゃ埒が明かないしね。
銀:逆に色々探ってやろうよ。
銀:「虎穴に入らずんば」ってやつ。
クルム:何でちょっと楽しそうなんだよ。

 出入り口のドアが開く。
 サングラスにスーツを着込んだ訪問者が笑顔を見せる。

ベル:どもども!
ベル:もしかして銀(イン)さんッスか?
銀:好的(ハオダ)。わざわざこんなところまでご苦労だね。
ベル:いえ、これも下っ端の仕事ッスから!
ベル:えっとォ、それで坊っちゃんは……。
銀:いないよ。

 さらりと答える銀に面食らう訪問者。

ベル:……マジッスか?
銀:そもそも坊っちゃんをどうする気なの?
銀:君たちのボスにとっちゃ邪魔でしかないんじゃないかな。
ベル:いやいや、ボスも皆も坊っちゃんの帰りを待ちわびてるんス!
ベル:組の発展にはあの人の力が不可欠だって……。
銀:嘘が下手だねぇ。
ベル:えっ! な、何でッスか。
銀:目が泳いでるよ。
ベル:マ、マジッスか……。
銀:何てね。サングラス越しじゃわからないって。
ベル:……もォ~。

 気まずい様子で頬を掻く訪問者。

銀:というワケでお引き取り願えるかな。
銀:ウチは君らのモメ事とは一切無関係だ。

 訪問者が目を伏せ、何やら呟く。

ベル:……ハァ、ツいてない。
ベル:どうしてこんな立ち回りばっかなんスかねぇ……いつもいつも。
クルム:おい、聞こえなかったか? 帰れっつってんだよ。
クルム:暇じゃねぇんだぜ、こっちも……。

 クルムが前に出た刹那。
 気付けば訪問者の構えた銃口が突き付けられている。

ベル:すいません、仕事ッス。
銀:ッ!?
クルム:……オイオイ冗談だろ……。
クルム:いつ抜いたんだお前?
銀:真的(ジェンダ)? 参ったな、全く見えなかった……。
ベル:動かないでくださいね。
ベル:坊っちゃんを渡してくれれば大人しくしてますから。
クルム:クソッ……。

 後ろからホープの声が響く。

ホープ:伏せて、銀(イン)ッ!
銀:っ!

 銀の頭が下がると同時に銃声が鳴る。
 銃弾は訪問者のサングラスをかすめる。
 壊れたサングラスが床に転がる。

ベル:っとと……。あー、サングラス気に入ってたのに……。

 顕になった訪問者の顔を見て驚くレオ。

レオ:お、お前は……!
クルム:馬鹿ッ、出て来てんじゃねぇよ!
銀:ホープちゃん! レオくんを連れて離脱!
銀:快点(クァイディェン)!
ホープ:……了解。

 レオを抱えて窓から飛び出していくホープ。

レオ:お、おい、自分で走れるから……うわっ!
ベル:あーもォ。逃げないでくださいよ。

 すかさず訪問者が逃げたホープを追っていく。
 あっという間に姿が消える。

クルム:……速ぇな。何者だよ、あいつ。
銀:「不運(アンラック)」。
クルム:は!? マジかよ、名前はよく聞いてたが……。
クルム:見かけによらねぇな。
銀:不味いなぁ。いくらホープちゃんでも相手が悪すぎる。
銀:足手まといもいるし……どうしたもんかな。
クルム:……チッ。

 得物を携えて出ていこうとするクルム。

銀:クルム?
クルム:ひとまず俺も追う。
クルム:手に負えねぇんならなおさらだろ。
銀:……わかった。くれぐれも深追いはしないで。
銀:坊っちゃん優先だよ。
クルム:言われるまでもねぇ。

 後を追っていくクルム。

 ――一方、逃げ続けるホープとレオ。

ホープ:「不運(アンラック)」?
レオ:そうだ! あの顔、間違いない。
ホープ:あの子が……有名な。
レオ:何で知らないんだ! 殺し屋だろ!
ホープ:仕事において必要な情報じゃないだけ。
ホープ:……だけど腕は本物みたいね。
レオ:とにかく下ろせ!
レオ:俺を抱えたままじゃ戦えないだろうが!
ホープ:……。

 レオを下ろすホープ。

ホープ:隠れてて。
レオ:お、俺も一緒に戦った方が……。
ホープ:馬鹿言わないで。あなたが死んだら仕事にならない。
ホープ:戦わなくていいから自分の身は守って。
レオ:……っ。
ホープ:……力がないと奪われるだけよ。
ホープ:家族を守りたいのなら銃の扱いのひとつでも覚えなさい。
レオ:えっ……。
ホープ:それがこの街で生きるルール。

 走り去っていくホープ。
 レオの顔が曇る。

レオ:……わかってるよ、そんなこと……!

 足を止め、先を見据えるホープ。
 ベルが追いつき、二人が対峙する。

ベル:いやぁー、速いッスねぇ。
ホープ:あなたもね。
ベル:逃げ足には自信あるんスよ。
ホープ:できればやりたくないのだけど……。
ホープ:手を引いてくれないかしら。
ベル:そうしたいのは山々ッスけど……。
ベル:こっちも生活がかかってるもんで。
ホープ:……随分とイメージと違うわね。「不運(アンラック)」。
ベル:はは、よく言われます。
ホープ:退く気がないのならやるしかない。

 銃を構えるホープ。
 ベルが小さくため息を漏らす。

ベル:ツいてないなぁ。

 銃声が鳴り響く。

 ――高所からスコープ越しにホープたちの様子をうかがっているクルム。
 着信が入り、応答する。

銀:……もしもし、クルム? 状況は?
クルム:最悪だよ。化け物だぜ、あいつ。
クルム:最近こんなの相手ばっかだな……。
銀:愚痴ってないで状況説明。
クルム:嬢ちゃんとサシでやり合ってる最中だ。
クルム:援護しようと思ったが勘づかれてる。
クルム:この距離でどういう感覚してんだよ。
銀:坊っちゃんは?
クルム:どっかに置いてきたみたいだな。
クルム:まぁ、荷物抱えたままじゃやれねぇだろ。
銀:……不味いなぁ。
クルム:さすがの嬢ちゃんでもか?
銀:うん。相手が相手だし……。
銀:かと言って退きもしないだろうしねぇ。
クルム:どうすんだよ、ボス。
銀:「ストッパー」が外れないように願うだけだよ。
クルム:なぁ、何なんだよ。その「ストッパー」ってのは。

 やや言葉に詰まった後、口を開く銀。

銀:機械はさ……オーバーフローするんだよ。
銀:処理の限界を超えるとね。

 ホープとベルの戦闘が続いている。
 間合いを取るベル。

ベル:うーん、スゴ腕だなぁスナイパーの人……。
ベル:身ィさらしたら即アウトなの、肌でバシバシ感じるッス。
ホープ:……余裕があるわね。
ベル:いやいや、全然ないッスよ!
ベル:勘弁してください、自分なんて……。
ホープ:ッ!

 距離を詰め、ナイフを振るうホープ。
 ベルが鋭く振られる刃をかわす。

ベル:ッとォ。そっか、ナイフも使うんだっけ……。

 目にも留まらぬ連撃。
 しかし全て見切られてしまう。

ホープ:……ッ!
ベル:すごい、けど……。
ベル:センチピードさん程じゃないかなぁ。

 ステップを踏むように下がったあとベルが発砲。
 ホープの手にしていたナイフが弾かれる。

ホープ:……くっ……。
ベル:個人的には機械より人間の方がずっと怖ぇっす。

 ひるんだ隙を突いてベルがホープに銃口を向ける。

ホープ:……。
ベル:退いてくれないッスかねぇ。
ホープ:退いたら坊っちゃんを見逃してくれるの?
ベル:それはちょっと……。
ホープ:じゃあ、できない相談。

 迷いのないホープの目に困った表情のベル。

ベル:ヤだなぁ……。恨まないでくださいね。

 引き金に指がかかる。
 それを制するように声が飛び込む。

レオ:待てッ!

 現れたのはレオ。

ベル:えっ……。ぼ、坊っちゃんじゃないッスか!
レオ:俺に用があるんだろう、「不運(アンラック)」。
ベル:そうッスけど……。出て来てくれるとは思わなかったッスよ。
レオ:親父の次は俺か?
ベル:はい。申し訳ねッスけど仕事なモンで。
レオ:やれよ。その代わり「エクスマキナ」は見逃せ。
ベル:もちろんッス! 無駄な殺しはこっちもゴメンッスから。
ホープ:……どうして。
レオ:女を見殺しにするほど腐っちゃいない。
ベル:じゃ、すいませんケド……殺(と)らせてもらうッスね。

 レオに銃口を向けるベル。
 苦笑し、ホープの方を向くレオ。

レオ:……お前の言う通りだったな。
ホープ:!
レオ:俺には……力がなかった。

 目を閉じるレオ。
 ホープの視界が揺れ、歪んでいく。
 呟くように言葉を吐くホープ。

ホープ:……引け。引き金を引け。刃を振るえ。
ホープ:偶像に縋(すが)る暇があるなら生きて戦え……。

 顔を上げベルをにらむホープ。
 その瞬間、弾けるように飛び出していく。
 あまりの速さにベルの体が固まる。

ホープ:うああああッ!
ベル:えっ……。

 足に仕込んだナイフを手に、振り下ろす。
 完全に虚を突かれたベルが腕でナイフを防ぐ。
 刃が突き立てられ血が流れる。

ベル:いッ……! いッてェ!
ホープ:ハァッ、ハァッ……!

 肩で息をするホープ。
 その表情に余裕は見られない。

レオ:お、お前……!?
ベル:び、びっくりした……。急に雰囲気変わったッスね。
ベル:あいてて……マズったなぁ、左使えないや。

 焦点の合わない目でベルを睨み、なおも呟き続ける。

ホープ:引き金を引け……ッ!

 構えた銃を乱射するホープ。
 身を翻し、影に隠れるベル。

ベル:おっ……ととと!
ベル:うーん、機械っていうより獣じゃないッスか……。
ベル:こっちのが全然やりづれぇッス。

 スコープで覗いていたクルムがホープの変化に気付く。

クルム:何だ……? 様子がおかしいな。
銀:どうしたの?
クルム:あんな捨て身の動き、嬢ちゃんらしくねぇぜ。

 電話の向こうで青ざめる銀。

銀:クルム……クルム!
クルム:あ? 聞こえてるよ。
銀:ホープちゃんを止めて!
クルム:何だってんだよ?
銀:さっき話したでしょ! 「ストッパー」が外れたんだよ!
銀:ああなると見境がなくなる。下手すればレオくんもヤバい。
クルム:嘘だろオイ……。
銀:急いで!
クルム:ったく世話が焼けんなァ……!

 立ち上がり駆け出すクルム。

 ――依然として猛攻を続けるホープ。

ホープ:うああああッ!
ベル:うう……こう詰められまくるとホントやりづらいなぁ……。

 紙一重でナイフを交わし続けるベル。

ベル:よォし、ここは疲れるのを待って持久戦狙いで……。

 銃を構えたクルムが現れる。

クルム:そこまでだ。動くなよ。
ベル:げッ!

 ホープの動きが止まる。なおも肩で息をしている。

クルム:ここは退いちゃくれねぇか、「不運(アンラック)」さんよ。
ベル:むむ……まさかスナイパーさんが動くとは……。
クルム:分が悪ィだろ。お互いよ。

 へらりと笑うベル。

ベル:みたいッスねぇ。
ベル:腕も痛ぇし今日は退散するッス。
クルム:助かるわ。
ベル:それじゃ、さよーならっ!

 素早く去っていくベル。
 銃を下げ、ホープに向き直るクルム。

ホープ:ハァッ、ハァッ……。
クルム:大丈夫か、嬢ちゃん?
クルム:らしくねぇじゃねぇか、あんな泥臭い動きよォ……。

 近づこうとするクルムに切っ先が突き付けられる。

ホープ:来るな。

 ぎょっとして両手を上げるクルム。

クルム:な、何だよ、嬢ちゃん。
クルム:俺だよ、わかんねぇのか?
ホープ:……来ないで……!

 ナイフを握る手が震えている。
 静かに割って入ったレオがホープと向き合う。

レオ:やめろ。もう終わった。
クルム:お、おい坊っちゃん……。
レオ:ナイフを下ろせ。
ホープ:う……うう……。

 なおもナイフを構えるホープに苦悶の表情が浮かぶ。
 レオは目をそらさず語りかける。

レオ:迷惑をかけた。……俺のせいで。
ホープ:……。
レオ:お前の言う通りだ……。俺が強くなるしかないな。
レオ:家族を救う為には。
ホープ:……家族……。
レオ:お前に守られなくて済むよう、努力するよ。

 いつの間にか手の震えは止まっている。
 そっとホープの肩に手を置くレオ。

ホープ:わ、私……。
レオ:目が覚めたか?
ホープ:「不運(アンラック)」は……。
レオ:退いた。お前のおかげだ。
ホープ:……。
レオ:ありがとう。

 目を伏せるホープ。
 それを傍目にタバコに火を点けるクルム。

クルム:……良いとこなしだなぁ、俺。

 ――銀の事務所。
 腕を組んだ銀が口をとがらせている。

銀:まさか「不運(アンラック」に狙われるなんてねぇ。
銀:ひとまず無事で何よりだよ、レオくん。
レオ:ああ……厄介なことになったな。
クルム:相手が相手だぜ。
クルム:割りに合わねぇんじゃねぇのか?
銀:そうだねぇ……。
銀:どう思う? ホープちゃん。
ホープ:……私は……。

 伏せていた目を上げ、真っ直ぐに銀を見据えるホープ。

ホープ:もうヘマはしない。
ホープ:仕事は完遂する。
銀:不錯耶(ブゥツォイェ)! そうこなくっちゃ。
クルム:楽しそうだなぁ、オイ。
銀:派手なドンパチになりそうで胸が躍るじゃない。
クルム:お前だけだよ。
レオ:言っておくが、あくまでマトはアッシュだ。
レオ:お前たちは奴を殺(と)ることに集中しろ。
レオ:自分の身は自分で守る。
ホープ:……無理。
レオ:何!?
ホープ:今のあなたじゃ、まばたきしてる間に殺される。
ホープ:セーフティを外すところから覚えて。

 淡々と言い放つホープに食って掛かるレオ。

レオ:馬鹿にするな!
レオ:お前こそ、さっきみたいに一人で暴走していたらすぐに死ぬぞ。
レオ:セーフティを外さない努力がいるんじゃないのか!

 やや顔をしかめるホープ。

ホープ:……可愛くない。
レオ:結構だ!

 目を丸くして二人のやり取りを眺めている銀。

銀:……あれェ、いつの間に仲良くなったの、この二人。
クルム:さァな。先が思いやられるよ。

 ――とある路地裏。
 怪我をした腕に応急処置を施すベルの姿。

ベル:いってぇ~……。いやー利き手じゃなくて良かったぁ。
ベル:ゲームできなくなっちゃうじゃん……。
ベル:よし、ちゃんと動くッスね。上等上等!

 指が動くことを確認した後、立ち上がる。

ベル:「エクスマキナ」……ホープさんッスか。
ベル:機械仕掛けっていうからクールな人だと思いきや、いやはや……。
ベル:坊っちゃんの為にああなったのかな?
ベル:守る人がいると強くなるって……誰かさんを思い出すッス。

 ため息をつくベル。

ベル:さぁて、一筋縄じゃいかなそうッスね……。
ベル:あーあ、ツいてない。
ベル:やっぱ向いてないッスよ、この仕事……。

 重い足取りで路地裏から表通りに出ていくベル。
 その心中とは裏腹に、穏やかな午後の日差しが襲撃者を優しく照らす。

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