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インビジブルの蠢動

【タイトル】
「インビジブルの蠢動(しゅんどう)」
殺し屋シリーズ・2部12話

【キャスト総数】
5(男:1 女:4)

【上演時間】
30〜分

【あらすじ】
後に大都市の犯罪史に刻まれる
「メガロポリスタワー襲撃事件」は幕を閉じ、
街は変わらず早足で行き交う人々で溢れていた。

しかし市民の胸裡には不安が染みのように広がっていく。
「クイーンの権威も絶対ではないのではないか?」

街外れの小さなカフェには顔なじみの面々。
談笑に花を咲かす中、訪れる上客。

殺し屋を殺し、見えざる暗所で蠢き始める異邦人。

燃え尽きた悪魔の灰から新たな争いの火種が生まれる。
協奏曲(コンチェルト)の歯車はいまだ止まることはない。

【登場人物】
・ルージュ(女)
「情報屋」としての顔を持つカフェ「フラッパー」店主。
元殺し屋。

・ウィリアム(男)
クルムの友人である保安官。
裏社会にも通じている。

・ベレッタ(女)
業界では「不運(アンラック)」の名で有名な殺し屋。
無類のゲーム好き。

・銀(女)
「イン」。
ホープのマネージャー。
時折会話に母国語が混じる。

・ベアトリス(女)
「ベアトリス・“クイーン“・ディアロ」。
巨帯都市を統べる現市長。

【本編】
 とある日の昼下がり。
 カフェ「フラッパー」、店内。

 カウンター席でしみじみとコーヒーとサンドを口にする一人の男。
 店主の女性がカップを磨いている。

ウィリアム:……うん、美味しい。
ルージュ:ふふ、改まって言うこと?
ウィリアム:いや、またこうして君のコーヒーを飲めることの感動を噛み締めてるんだ。
ルージュ:お得意様を一人逃すことにならなくてよかったわ。

 苦笑し、再びコーヒーを口にするウィリアム。

ウィリアム:あんなヤマは二度とゴメンだ。
ウィリアム:裏で小間使いをしてる方がまだ気楽だよ。
ルージュ:ご苦労さま。
ルージュ:今は後始末に奔走してるってところ?
ウィリアム:ああ、やっと一段落したんでね。君の顔を見に来た。
ルージュ:あら、ブロマイドでもあげましょうか?
ウィリアム:いや、動いてる方がいいな。
ウィリアム:個人主演の映画にしてくれ。毎日観る。
ルージュ:あははっ。

 からからと笑うルージュ。
 その様子を眺め、ウィリアムも微笑む。

 二人のやり取りをカウンターに突っ伏しながら横目で見る女性が大きなため息をつく。

ベレッタ:ハァーーー……。
ベレッタ:おかしいなぁ……おかしいなぁ。
ベレッタ:私、ブラック頼んだハズなんスけどねぇ。
ベレッタ:あれ、甘いなぁコレ?
ベレッタ:甘々のカフェオレッスよ、姉さんコレ。
ルージュ:ゲームのやり過ぎで味覚がおかしくなったんじゃないの?
ベレッタ:んんッ、塩対応ォ。
ウィリアム:せっかく良い雰囲気だったのに邪魔しないでくれよ、不運(アンラック)。
ベレッタ:ふんっ、どこで何しようと私の勝手でしょ!
ウィリアム:ずっと浮かない顔だが何かあったのかい?
ベレッタ:聞いてくれますゥ!?
ベレッタ:もー、こんだけどんよりオーラ出してるのに姉さん全然構ってくれないんだもんなぁ!
ルージュ:あのねぇ、カウンセラーじゃないのよ私は。
ウィリアム:まぁまぁ……。
ウィリアム:見たところ仕事が失敗続きで新規の依頼もなく、ゲームも買えずにナーバスな気持ちになり……。
ウィリアム:馴染みの店で話を聞いてもらおうと思ったらよくわからん男がすでに店主と談笑していて、余計にみじめになった……と言ったところか?
ベレッタ:え……? エスパーの人ッスか?
ウィリアム:はは、探偵にでもなろうかな。
ルージュ:それで務まるのなら私でも始められそうだわ。
ベレッタ:うう……お兄さんのおっしゃる通りで……。
ベレッタ:こないだのシノギでセンチピードさんにボコボコにやられて……腕の怪我は悪化するわ、視力戻るのに時間かかるわで、もー仕事どころじゃなくってですね。
ベレッタ:やっと治ったと思ったら全然依頼来ないし……。
ベレッタ:ゲームのひとつも買えない始末ッスよ! どう思いますコレ!?
ベレッタ:「トリガーハッピー」の新作出たのにィィ!
ルージュ:これに懲りたら仕事は選びなさい。
ベレッタ:はいィ……。
ウィリアム:だが確かに妙な静けさだな。
ウィリアム:表はともかく裏の情勢はもっとゴタつくかと思っていたが。
ルージュ:さすがに事件直後はゴタついてたけどね。
ルージュ:今は割と落ち着いてるわよ。
ウィリアム:何かあったのかな?
ルージュ:あなた、探り方が上手くなったわね。
ルージュ:本当ならお金取るところよ?
ウィリアム:バレたか……はは。
ベレッタ:あーやっぱ甘いなぁ、このコーヒー。
ルージュ:「ベルトリオ」ファミリーの新たなる頭目、跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)の裏社会に颯爽と降り立つ。
ルージュ:……ってところかしらね、見出しは。
ウィリアム:「ベルトリオ」……。ああ、なるほど。
ベレッタ:えっ、どういうことッスか?
ルージュ:あの火傷顔の坊やが死んで、次のボスは誰?
ベレッタ:あ……坊っちゃんッスか?
ベレッタ:でも大丈夫なのかなぁ。
ベレッタ:私が言うのも何ッスけど、頼りないッスよあの人。
ルージュ:「男子三日会わざれば」……ってやつよ。
ルージュ:一度凋落(ちょうらく)して、あっという間にマフィア界のドンに返り咲いてるわ。
ルージュ:「ベルトリオの若き獅子」だって。
ベレッタ:へぇ、すごいなぁ……。
ウィリアム:彼の良いところはカタギに全く干渉してこないところだな。
ウィリアム:おかげで随分と仕事がしやすい。
ルージュ:そうね。行動原理に筋が通ってる。
ルージュ:有能なリーダーの活躍で大した波風は立ってないわ……今のところね。
ベレッタ:かぁーついてく人、間違ったかぁ……。
ルージュ:過ぎたお金とヤクは身を滅ぼすって言うわよね、ベレッタちゃん。
ベレッタ:うぐぐぐぐ……。

 カウンターにうずくまるように頭を抱えるベレッタ。
 顔を上げルージュを見る。

ベレッタ:……ルージュ姉さん、一生のお願いが……。
ルージュ:お金なら貸さないわよ。
ベレッタ:いや違います。さすがにそこまで落ちぶれちゃいないッスよ、私も。
ルージュ:よく言うわね……。じゃあ何?
ベレッタ:バイトで雇ってください!
ルージュ:はぁ?
ベレッタ:こう見えても接客には自信ありますよ!
ベレッタ:何ならメイドにでもなりましょうか!?
ベレッタ:ジャパンにあるでしょ、そういう文化!
ウィリアム:はははッ!
ベレッタ:オイそこォ! 笑い事じゃねぇんスよ!
ベレッタ:必死なんスよこっちは!
ウィリアム:悪い悪い。でも君なら似合うんじゃないか?
ウィリアム:愛嬌もあるし案外適任かもしれないよ。
ベレッタ:えっ、マ、マジっすか? へへ……。
ルージュ:何カマトトぶってんのよ。
ルージュ:ここはそういうサービス求めてないから。
ルージュ:それにあなたに任せると余計な仕事が増えそうだわ。
ウィリアム:だそうだ。残念だったね。
ベレッタ:ううう……。

 頭を抱えるベレッタ。
 ちらりとウィリアムの方を見る。

ベレッタ:……お兄さァん、何か良い仕事ないッスかぁ?
ウィリアム:おいおい、俺は善良な保安官だぞ。
ウィリアム:君に紹介できるような仕事があったら不味いだろう。
ベレッタ:何を今さら……。
ウィリアム:まぁ……何なら、この後来る客にでもうかがってみたらどうだい。
ウィリアム:割に合う話がもらえるかもしれないよ。
ルージュ:あら、どちら様かしら。
ウィリアム:前々から君に会ってみたいと言っていてね……。
ウィリアム:ウチのボスが。
ベレッタ:ボスっていうと……。
ウィリアム:泣く子も黙る「女王」様さ。

 街角の某所。通りを走る一台の車。
 後部座席に腰掛ける二人の女性が歓談している。

銀:対了(ドウィラ)……足の具合はどうなの?
ベアトリス:ああ、これかい?
ベアトリス:幸い弾は貫通していたようでね。
ベアトリス:生活に支障がない程度には回復したよ。
銀:たくましいね〜。せっかくだしもっと休んだらいいのに。
ベアトリス:そうだねぇ、撮り溜めしておいたドラマでも観ようと思ってたんだが……何せあれだけの事件だからね。
ベアトリス:事後処理に、うるさい野党やマスコミ連中の相手にてんてこ舞いさ。
ベアトリス:全くやってくれたな、火傷顔のボクは。
銀:最後まで何がしたかったのかよくわからなかったなぁ、あのハンサムくん。
銀:ただの愉快犯にしちゃあ手が込んでたし……。
ベアトリス:私はどこか強い意志を感じたね。
ベアトリス:彼の目は何か別のものに向けられていた。
銀:真的(ジェンダ)? イカれてるようにしか見えなかったけどな。
ベアトリス:さしずめ彼は眠りを殺したのではなかろうか。
ベアトリス:同じような目をした輩を見たことがある。
ベアトリス:バンクォーの亡霊に取り乱すマクベスの如しだ。
銀:ふむ、わかるようでわからないな。
ベアトリス:ははッ、失礼。
ベアトリス:それにしても銀(イン)、今回の一件でひとつ学んだことがあるんだ。
銀:何ィ?
ベアトリス:人間、撃たれると意外に声がでないものだねぇ。
ベアトリス:ドラマの演技は少々オーバーだな。今後の観方が変わりそうだ。
銀:呀(ヤ)……ハンサムくんより君のがイカれてるね、ベアトリス。
ベアトリス:ふふ、頭のネジは緩めておいた方が人生を楽しめるそうだよ。
ベアトリス:何かの紀行文で読んだ気がする。
銀:まぁ、ちょっとだけわかる気もするけど。
銀:あっ、师傅(シーフー)、次を左ね。

 窓の外を眺めるベアトリス。

ベアトリス:それにしても……随分とのどかなところにあるんだねぇ。
ベアトリス:ここまで都心から離れるのも久しぶりだよ。
銀:都会にはない安らぎを求めてるんだよ。
銀:淀んだ空気ばっかり吸ってるからね、たまには生きた心地が欲しいんだ。
ベアトリス:ああ……わかる気がするねぇ。
ベアトリス:君たちのような生業ならなおさらだろう。
銀:ま、私は裏でソロバン弾いてるだけだけど。
ベアトリス:エースは元気にしてるかい?

 ふと頬杖をつき窓の外へ目を向ける銀。

銀:……ここだけの話、実は結構ヤバかったんだ。
ベアトリス:無理もない話だ。命があっただけでも奇跡だろう。
銀:そうだね。体の方もだけど……特にメンタルがさ。
ベアトリス:友人のことかい?
銀:うん。思ったより傷は大きいみたいだ。
ベアトリス:……悲しいかな、立場的に友人の肩を持つわけにはいかないが……。

 目を閉じ、足を組み直すベアトリス。

ベアトリス:その死は彼女にとって大きな壁として立ちふさがるだろう。
ベアトリス:乗り越えられるか否か、今後の真価が問われるね。
銀:うーん……クルムがいてくれたらなぁ。
銀:意外だけどこういう時絶妙に気遣いできるんだよね、あの大叔(ターシュー)。

 小さく息をつく銀にベアトリスが目を向ける。

ベアトリス:……ひとつ興味深い情報をあげようか、銀(イン)。
銀:んー、何何ィ?
ベアトリス:君のところのエースを助けたという謎のヒーロー……。
ベアトリス:数少ない目撃者の証言を総合した結果、おぼろげだが実態が浮かんできた。
銀:え、マジ? こっちじゃ全然掴めなかったのに……。
ベアトリス:ふふ、なかなかに骨が折れたよ。
ベアトリス:だがその甲斐はあったかな。
銀:もォ、もったいぶらないでよォ。
ベアトリス:ある特殊部隊のヘリだそうだ。
ベアトリス:国籍は韓国(コリア)。

 つかの間の沈黙。

銀:……なぁるほどなるほど?
ベアトリス:全く、混乱に乗じたとは言え無断で上がり込むとは良い度胸だね。
銀:ただの観光(サイトシーイング)かもよ?
ベアトリス:ははッ、だとしたら余計にタチが悪い。
銀:カワイイもんじゃない。

 外を眺める銀の横顔には小さく笑みが浮かぶ。

ベアトリス:おや、嬉しそうな顔じゃないか。
銀:そう? ……あっ、見えてきたよ。あそこだ。

 銀が前方を指し示す。
 緩やかに減速していく車。

ベアトリス:へぇ、随分とキュートな外観だ。
ベアトリス:ふふっ、楽しみだなぁ。ずっと来たかったんだよ。
銀:ホントこういうことに関してはフットワーク軽いよねぇ。
ベアトリス:もちろんさ。七面倒な午後の予定も全て蹴ってきたくらいだからね。
銀:んー、この市長はもう……。

 車から降り、店の前に立つベアトリス。

ベアトリス:「フラッパー」か。良いね、魅力的だ。

 その後、少しの時間が流れ――。

 店内では意気揚々とグラスを掲げる銀の姿。

銀:ハイハァイ、ここで会ったのも何かの縁ってことで……。
銀:それじゃあひとつ、干杯(カンベイ)!
ベアトリス:乾杯。

 グラスを傾ける銀とベアトリス。

ルージュ:……あのさぁ、パブじゃないんだけど、ここ。
銀:まぁまぁ! カタいこと言わずにさ。おごるよ?
ルージュ:仕事中なの見てわからない?
ルージュ:程々にしときなさいよ。あなた酒癖悪いんだから。
銀:あはは、ルージュほどじゃないよォ。
ベアトリス:おや、お二人は知り合いだったのかい?
銀:是的(シーデァ)。私が駆け出しの頃、お世話になってね。
銀:いわば業界の先パイ。
ベアトリス:何だ、だったら早く紹介してくれればよかったのに。
銀:そう簡単にはいかないよぉ。
銀:立場ってモンがあるでしょ、君も。
ルージュ:そうね。まさか市長様がおいでになるとは想わなかったわ。
ルージュ:こんなしがない店に。
ベアトリス:ふふ、謙遜は美徳だね。
ベアトリス:お会いできて嬉しいよ、店長さん。
ルージュ:どうも。……随分と太いコネ持ってるわね、銀(イン)。
銀:んふふ、今や敏腕マネージャーだよ私も。
ルージュ:泣きながら毎晩国に帰りたいって愚痴吐いてた頃が懐かしいわ。
銀:ちょちょ、ちょっとちょっとォ。
ベアトリス:ははは、可愛いとこあるじゃないか。

 盛り上がっている場をやや遠目に眺めているウィリアムとベレッタ。

ベレッタ:……何つうかフランクな人ッスねぇ〜。
ウィリアム:あの屈託のなさが逆に怖いな、俺は。
ベレッタ:いやまさかあんな大物が来るとは想わなかったッスけど……。
ベレッタ:どっちかと言うと銀(イン)さんと顔合わせたくなかったなぁ……。
ウィリアム:何かあったのか?
ベレッタ:前にちょっと仕事で……。
ベレッタ:じゃ、私コッソリ帰るッスね。
ベレッタ:さよーなら〜……。

 コソコソと店を出ていこうとするベレッタに銀が声をかける。

銀:あっ、ねぇねぇ、不運(アンラック)ちゃんもさぁ、こっちで一緒に飲もうよ!
ベレッタ:ヒィイッ! お、おかまいなくゥ!
ベアトリス:ん、君が名高い「死神」か。見かけによらないものだね。
ベレッタ:ど、どもども。私のことなんかご存知なんスか。
ベアトリス:もちろん。以前にウチのSPが大変世話になった。
ベレッタ:あ、いや、あれはそのォ、ダーリン……いや、元カレのお願いで仕方なく……。
ベアトリス:はは、おどかすつもりはないよ。
ベアトリス:むしろ称賛に値するね。
ベアトリス:あれだけの数を相手に一人の命も奪わずに立ち回るとは……まさに神業だ。
ベレッタ:あ、ありがとうございます?
ウィリアム:相変わらずですね、市長。
ウィリアム:公務の方はよかったんですか?
ベアトリス:問題ない。すっぽかしてきた。
ルージュ:こんなに説得力のない「問題ない」は初めて聞いたわ。
ベアトリス:それより私にとってはこちらの方が急務でね。

 向き直りグラスを置くベアトリス。

ベアトリス:美人の店主とお喋りできれば満足だったんだが、そうもいかなくなってきた。
ベアトリス:これでも少々焦っていてねぇ。
銀:ホントにィ? 全然見えないよ。
ベアトリス:本当さ。皆さん知っての通り、先に起きた大事件……私の自慢だった「シアター」が丸焦げになったアレだね。
ベアトリス:記憶に新しいと思う。
ルージュ:私以外は全員当事者だものね。
ベレッタ:ヤな思い出しかないッス……。
ベアトリス:表向きは過激派による未曾有のテロ事件として処理されている。
ベアトリス:「霧のリグレット」も一派に属する思想犯だった……というのが筋書きだ。
銀:「ベルトリオ」の名前は出てこないんだね。
ベアトリス:彼らは使える。
ベアトリス:実際、レオ・ベルトリオの代になってからは裏の情勢もいくらか落ち着いているだろう?
銀:有道理(ユーダオリ)。ボスの器じゃないとか言っちゃったけど、私の見る目がなかったかな。
ルージュ:シナリオ通りに事が運んで何よりじゃない。
ベアトリス:いや、ところがそうはいかない。
ベアトリス:「リグレット」に次ぎ、この事件の影響で必要以上に市民の不安を煽りすぎた。
ベアトリス:保守派の老人どもを黙らす方法はいくらでもあるが、移住による経済打撃は避けたい。
ベアトリス:歯がゆいが「クイーン」の権威性にヒビが生じてしまったのも事実でね。
ウィリアム:強大過ぎる権威というのも考えものですね。
ベアトリス:ふふ、まぁね。
ベアトリス:今なお影は濃くなる一方だ。
ルージュ:それで? 政治の舵取りを論じたいのならウチは場違いだと思うけれど……。
ベアトリス:失礼、本題に入ろうか。

 顔を上げたベアトリスが穏やかに微笑む。

ベアトリス:傷ついてしまったのならば修復し、研磨するのみ。
ベアトリス:今後一切の脅威となる存在は芽から摘んでいこうと思っている。
ベアトリス:多少手荒な方法も辞さない。
ルージュ:……穏やかじゃないわね。顔とは裏腹で。
銀:ホントおっかないよねぇ。
ベアトリス:そこで、だ。私は常に優秀なパートナーを募っている。
ベアトリス:実力、信用ともに申し分ない者が好ましいな。
ベアトリス:そのあたりの情報をいただけると幸いなんだがね、店主さん。
ルージュ:そうね……。一人いるわよ、適任が。
ベアトリス:それは話が早くて助かるな!
ルージュ:そこでゲームに夢中になってるお嬢さんなんていかが?

 一心不乱に画面に向かっているベレッタ。
 横のウィリアムが小突く

ウィリアム:……おい、呼ばれてるぞ。
ベレッタ:へッ!? えっ、私ッスか!?
ベアトリス:ふむ……。
ルージュ:冗談で言ってるわけじゃないわよ。
ルージュ:中身はこんなだけど、仕事は真面目な方……よね?
銀:疑問符がついちゃってるんだよなぁ。
ルージュ:この子は良くも悪くもドライなの。
ルージュ:お金の為なら自分の命もチップにできる。
ルージュ:忠犬にするなら打って付けの人材だと思うけれど……私は。
ベレッタ:う、うーん、ちょっと持ち上げすぎじゃないッスかねぇ、姉さん。
ベアトリス:なるほど、確かに一理あるね。
ベアトリス:何より君の実力は私が身をもって経験している。
ベレッタ:えっ……。
ベアトリス:君さえよければウチで働いてみるかい?
ベレッタ:い、いやでも、私にそんな大役は……。
ベアトリス:そうだなぁ、ペイの方は……。

 スマートフォンに表示された金額を提示するベアトリス。

ベアトリス:ひとまずはこれくらいでどうかな?
ベレッタ:やります。
ウィリアム:早いな……。
ベアトリス:もちろん働きに応じて色はつけるつもりだ。
ベアトリス:期待してくれていい。
ベレッタ:私やるッス。市長が望むならミジンコの首だって殺(と)ってくるッス。
ベレッタ:クイーン万歳ッ!
ベアトリス:ふふ、良い心がけだね。
ルージュ:現金な子。ま、頑張りなさい。
ベレッタ:はい!
ベアトリス:店主さん。引き続き利害の一致しそうな人材がいたら逐一連絡をもらえるかな。
ルージュ:構わないけれど……。
ルージュ:あまり跳ね過ぎない方がいいわよ。
ルージュ:あなたほどになるとただでさえ目をつけられやすいでしょう。
ルージュ:敵も多そうだしね。
ベアトリス:ご忠告痛み入る。
ベアトリス:だがリスクを負わなければ何事も成せない。これは鉄則だ。

 挑戦的に口元を綻ばせるベアトリス。

ベアトリス:若い頃を思い出すねぇ……。
ベアトリス:さぁ、立て直していこうじゃないか。私の城を。
ベレッタ:やりましょォ! 市長っ!

 頬杖をつき小さく息を漏らすルージュ。

ルージュ:……やれやれ、ね。

 その後、さらにしばらくの時が経ち――。

 ベアトリスたちが去り、静かになった店内。
 後片付けをしているルージュにカウンター席のウィリアムが語りかける。

ウィリアム:すまなかったね、ウチのボスが。
ウィリアム:騒がしかったろう。
ルージュ:ん? 別にいいわよ。
ルージュ:チップも馬鹿みたいに弾んでくれたし。
ウィリアム:はは、全くあの人は……。
ルージュ:大変ね、あなたも。
ウィリアム:また忙しくなりそうだな……。
ウィリアム:今のうちに君のコーヒーを味わっておくか。

 カップを傾けるウィリアム。
 ルージュが横目でその様子をうかがう。

ルージュ:ひとつ聞いてもいい?
ウィリアム:ひとつじゃなくてもいいよ。
ルージュ:どうしてそんな仕事続けてるの?
ウィリアム:……。
ルージュ:あなたは「まとも」な人だわ。
ルージュ:あの市長とは違って裏に染まりきってない。
ウィリアム:そうかなぁ。
ルージュ:もう私たちに関わるのはやめて、カタギの仕事に根を下ろした方がいいわ。
ルージュ:きっと良い保安官になれる。

 テーブルに置かれたコーヒーの黒を見つめウィリアムが小さく微笑む。

ウィリアム:……ありがとう。優しいね、君は。

 視線を逸らし、髪に触れるルージュ。

ルージュ:別に優しさではないわ。アドバイスよ、ただの。
ウィリアム:それでもだよ。

 顔を上げたウィリアムの目が遠くを見つめる。

ウィリアム:確かに、どっちつかずでいるよりは君の言う通りにした方が有意義かもしれないな。
ルージュ:……そうもいかないって顔ね。
ウィリアム:あいつとの約束だからね。
ウィリアム:表でのうのうとしているだけじゃ助けになれない。
ルージュ:「魔弾の射手」?
ウィリアム:うん。
ルージュ:律儀なのね。
ウィリアム:そんなものじゃないさ。
ウィリアム:お互い貸し借りを作ったままくたばりたくないだけだよ。
ルージュ:……そう。
ウィリアム:どうも信じられないんだ、あいつが死んだなんて。
ウィリアム:そのうち馴染みのバーにでもひょっこり現れそうな気がしてね。
ウィリアム:困るんだよなぁ、馬鹿話できる相手なんてそういないから……。
ルージュ:ネタが上がったら教えるわ。
ウィリアム:ありがとう。助かるよ。

 ふと、笑みを浮かべてルージュを見るウィリアム。

ルージュ:何?
ウィリアム:いや……そう言えば君もだった。
ウィリアム:ここまで本音で話せるのは。
ルージュ:どの女にもそう言ってるんでしょ?
ウィリアム:いい加減伝わってほしいなぁ。

 小さく笑うルージュ。

ルージュ:……じゃあ、もっと聞かせてよ。
ウィリアム:えっ?
ルージュ:食事、連れて行ってくれるんでしょう?
ルージュ:週末空けるわ。
ウィリアム:いいの?
ルージュ:あはは、なんて顔してるのよ。
ルージュ:これくらいで揺さぶられちゃ裏でやっていけないわよ。

 苦笑するウィリアム。

ウィリアム:退屈させないように頑張るよ。
ルージュ:楽しみにしてる。
ルージュ:ああ、お店空けるのなんていつぶりかしら。

 どこか少女のようにも見えるルージュの様子に微笑むウィリアム。

 さらに時は経ち――。
 店を出ていくウィリアム。
 壁に寄りかかったベレッタがニヤつきながら語りかける。

ベレッタ:……へへへ、やりますねぇ、お兄さん。
ベレッタ:あのルージュ姉さんを……。
ウィリアム:おいおい趣味が悪いな。聞いてたのか?
ベレッタ:すいませんッス。こう……恋愛に飢えてるモンで。
ウィリアム:欲に忠実だな、君は。

 歩き出すウィリアム。
 その横にベレッタが並ぶ。

ベレッタ:あーいいなぁ! 私も恋してぇ〜。
ベレッタ:ダーリンくらい良い男落ちてないかなぁ!
ウィリアム:気になってたんだが、誰なんだそのダーリンとやらは。
ベレッタ:あっ、いやその……も、元カレ、みたいなもんッス。
ウィリアム:なら深堀りするのは野暮だな。
ウィリアム:そうだなぁ、俺の同僚でよければ紹介しようか?
ベレッタ:いいんスか!?
ベレッタ:イケメンッスか!? ゲームできます、その人!?
ウィリアム:それ以前に殺し屋に寛容であればいいんだけどね。

 うなだれるベレッタ。

ベレッタ:そこッスよねぇ……。
ウィリアム:それより、これからはお互いボスの飼い犬として頑張らないとな。
ウィリアム:先に言っておくが、ペイに不釣り合いな程に働かされるのは覚悟しておいた方がいい。
ウィリアム:ゲームなんかやってる暇はないぞ。
ベレッタ:えっ。
ウィリアム:逃げられるとも思わないことだ。
ウィリアム:相手は天下のクイーン様だからね。
ベレッタ:……。
ウィリアム:まぁ、よろしく頼むよ。
ウィリアム:全ては輝かしいこの街の未来の為に。

 手をひらひらと振り、去っていくウィリアム。
 呆然と立ち尽くすベレッタ。

ベレッタ:……ツいてないッス……。

 一方、とあるバーにて。
 酒を呷る銀の姿。

銀:ッは〜、好喝(ハオフー)。
ベアトリス:よく飲むねぇ。
銀:さっきはルージュの手前、遠慮してたんだよォ。
銀:それにしてもさ、良いコマが手に入って良かったじゃん?
ベアトリス:ああ。彼女は扱いやすそうで助かるね。
ベアトリス:情報屋ともコネができたし上々だ。
ベアトリス:ウィリアムくんにも頑張ってもらわないと。
銀:人の恋路を邪魔するのはヤボじゃなーい?
ベアトリス:仕事さえきっちりしてもらえば口は出さないさ。
ベアトリス:ああ、銀(イン)。君のところのエースにも声をかけておいてくれないか。
銀:好的(ハオダ)〜。
銀:でもさぁ、ここまで殺し屋をリクルートする必要あるの?
銀:君のことだしお抱えで良い人材持ってるでしょ?
ベアトリス:それが少々厄介なことになっていてね……。
銀:どしたの? また何かトラブル?
ベアトリス:うーん、どこから話そうか……。

 その時、ベアトリスの携帯が鳴る。

ベアトリス:……っと、すまない。呼び出しだ。
銀:どーぞどーぞ。テキトーに飲んでるから。
ベアトリス:嫌な予感がするねぇ……こんな時間に。

 席を立ち、電話に出るベアトリス。
 グラスを傾けながら待つ銀。

 ――数分後、ベアトリスが戻ってくる。

銀:おっ、おかえりィ。
ベアトリス:やれやれ、こういう時の予感はどうして当たってしまうんだろうね。
銀:教えてよ。猫の手なら貸しますにゃあ。
ベアトリス:ちなみにそれ、使い方間違ってるからね?

 携帯をしまい、憂いの表情を見せるベアトリス。

ベアトリス:……さっき君が言っていたお抱えの人材たちなんだが……。
ベアトリス:全員殺されてしまった。

 つかの間の沈黙。
 静かにグラスを置く銀。

銀:そりゃあまた、穏やかじゃないねぇ。
ベアトリス:私のところだけじゃない。
ベアトリス:どうやら官僚の飼っている殺し屋たちが次々にやられているらしい。
銀:妙な話だね。殺し屋の方が狙われてるってこと?
ベアトリス:ああ。言うなれば「殺し屋殺し」かな?

 ベアトリスがグラスを傾ける。

ベアトリス:……何か、見えないところで不気味なものが蠢(うごめ)いている感覚だ。
ベアトリス:気がつけばひとりひとりと喰われている。
銀:ルージュなら何か知ってるかなぁ。
ベアトリス:どうかな……。
ベアトリス:まぁ、現状で私が掴んだ情報はひとつだけだ。
ベアトリス:どうやら目撃者がいたらしい。
銀:それは僥倖(ぎょうこう)!
銀:人相割れるかも?
ベアトリス:案外早く辿り着けるかもしれないね。
ベアトリス:君と同じく、あまり見かけないタイプの人相らしい。
銀:へぇ……。もしかして、同郷だったり?

 首を横に振るベアトリス。

ベアトリス:日本人(ジャパニーズ)だそうだ。
銀:日本人(ルゥベンレン)?
銀:ワォ……あの国にもいたんだ、そんな輩が。

 ベアトリスの顔に不敵な笑みが浮かぶ。

ベアトリス:手厚く歓迎しなければいけないな。
ベアトリス:おもてなしが日本(ジャパン)のカルチャーだったよね。
ベアトリス:忘れられない訪問にしてあげよう。
銀:ははッ、もう次のドンパチ?
銀:忙しないねぇ。
ベアトリス:ふっ、楽しそうじゃないか。
銀:「人生の意義は闘争にあり」ってね。
銀:さぁさぁ、景気づけにもう一杯いっとこうぜ!
ベアトリス:飲みたいだけでしょ、君は。

 グラスを掲げる銀とベアトリス。

銀:干杯(カンベイ)!
ベアトリス:ああ、乾杯。

 二人のグラスが小気味よく音をたてる。

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