コンチェルトの歯車
【タイトル】
「コンチェルトの歯車」
殺し屋シリーズ・2部5話
【キャスト総数】
4(男:1 女:3)
【上演時間】
20〜分
【あらすじ】
街の一角に小さく佇むモダンなカフェ「フラッパー」。
そこは殺し屋たちと情報を取引する「情報屋」の顔も持つ。
落ち着いた店内に響く電子音。
カウンター席でゲームに興じる二人を店主が物憂げに眺めている。
そこへ入店する一人の常連客。
ひとつ、ひとつと歯車が動き出し噛み合っていく。
それはやがて様々な音色を奏で裏の世界を彩っていく。
殺し屋のための協奏曲(コンチェルト)。
【登場人物】
・ルージュ(女)
「情報屋」としての顔を持つカフェ「フラッパー」店主。
元殺し屋。
・センチピード(女)
3人組(チーム)で仕事を行う殺し屋。
腕の立つゲーマー。
・ベレッタ(女)
業界では「不運(アンラック)」の名で有名な殺し屋。
無類のゲーム好き。
・ウィリアム(男)
クルムの友人である保安官。
裏社会にも通じている。
【本編】
都心からはやや離れた場所に位置するモダンなカフェ。
店の名前は「フラッパー」。
「情報屋」としての顔も持つそこは、裏社会に生きる客の出入りも多い。
静かな店内には落ち着いたBGMにそぐわない派手な電子音が鳴り響く。
ゲームの対戦をする二人を腕組みして眺めている店主。
ルージュ:……あのさぁ。
片側の客が画面に目を落としたまま口を開く。
ベレッタ:すいません、もーちょいッス。
ベレッタ:もーちょいで終わりますから。
ルージュ:……。
店主が肩をすくめ、頬杖をつく。
やがてバトルに決着がつく。
ベレッタ:ッかぁー! 駄目かぁ!
ベレッタ:惜しいなぁ! もーホント、紙一重ッス!
ベレッタ:あー惜しかった!
呆れた顔を向ける対戦相手の女性。
センチピード:今のが紙一重? 節穴みたいね。
センチピード:話にならないわ。出直してきなさい。
ベレッタ:ぐゥッ……。わ、私としてはですね、これまでで一番惜しかった気がするんス。
センチピード:そうなの? ごめんなさい、蟻と同じ目線で物事を見るのって難しくて。
ベレッタ:うむむむ……さすが師匠、この強者っぷり……。
ベレッタ:おみそれしたッス。
ルージュ:やっと終わった?
ベレッタ:いやァ、ルージュ姉さん。私の戦いに……。
ルージュ:終わりはないのよね。
ルージュ:素直に尊敬するわ、その熱意には。
ルージュ:はい、コーヒー。
テーブルに二人分のコーヒーを置くルージュ。
ベレッタ:ありがとうございます!
センチピード:ありがと。
センチピード:雰囲気変わったわね、お店。
ルージュ:ああ、ムカデちゃんは初めてだっけ? リニューアルしてから来たのって。
センチピード:ええ。シックで良い感じね……。落ち着くわ。
ベレッタ:ね! ゲームするには持ってこいの環境ッスよね。
ルージュ:あなたにその辺りの審美眼は期待してないわよ、ベレッタちゃん。
ルージュ:ああ、今は「ベル」ちゃんだっけ?
ベレッタ:へっ? ベル?
ルージュ:この間、一生懸命偽名考えてたでしょ。
ベレッタ:……あ、そうだったッス!
ベレッタ:そうそう、「ベルトリオ」ファミリーの下っ端、ベルッス!
センチピード:随分と可愛らしい名前にしたわね。マフィアの組員なんでしょ?
ベレッタ:ちょい聞いてくださいよォ。
ベレッタ:雰囲気出すためにサングラス買ったのに、ソッコー壊れちゃって……。
ベレッタ:気に入ってたのに、ツいてないなぁもう。
センチピード:壊されたのがサングラスだけで良かったじゃない。
センチピード:ああ、腕もやったんだっけ?
ベレッタ:そッス。ほら、これ。
左腕に巻かれた包帯を見せるベレッタ。
ベレッタ:いやぁー、利き手じゃなくて良かったなぁ。
ルージュ:やるわね、「エクスマキナ」ちゃん。
ルージュ:あなたに手傷を負わせるなんて。
センチピード:どうせ油断してたんでしょう。
センチピード:詰めが甘いのよ。ゲームにもよく表れてる。
ベレッタ:うッ……。か、返す言葉もないッス。
ルージュ:なかなか面白いことになってるわね。
ルージュ:裏の情報筋は「ベルトリオ」関連で持ちきりよ。
ベレッタ:えっ、そうなんスか?
ルージュ:彗星の如くマフィア界に君臨した「火傷顔」の若き頭目。
ルージュ:その首を狙う新進気鋭の殺し屋、「エクスマキナ」と歴戦のスナイパー「魔弾の射手」。
ルージュ:さらに反目した初代頭目の一人息子は死神「不運(アンラック)」からマトにかけられる、と。
ルージュ:どれを取っても盛り上がるカードだわ。
ルージュ:場合によっては情勢が傾きそうね。
センチピード:だそうよ、死神さん。
センチピード:随分面倒な仕事に首突っ込んだわね。
ベレッタ:生活キビしくて……。
ベレッタ:ここいらで一発ドカンと稼ぎたかったんスよね。
センチピード:無駄な課金が多すぎるんでしょ。
センチピード:それでも勝てないなんて、もはや哀れだわ。
ベレッタ:泣いていいッスか? いやもう泣きますね。
ベレッタ:このテーブル涙で濡らしちゃうッスよ!
ルージュ:ちゃんと拭いてね。
ベレッタ:冷たいィ……。
小さく息を漏らすルージュ。
ルージュ:にしても「火傷顔」ねぇ……。
ルージュ:全く懲りないものだわ、あの坊やも。
ベレッタ:あっ、やっぱルージュ姉さんは知ってるんスか?
ルージュ:当たり前じゃない。
ルージュ:情報屋のネットワーク舐めんじゃないわよ。
センチピード:何の話?
目を合わせるルージュとベレッタ。
ベレッタ:あ、えっと……。
ルージュ:高いわよ?
ルージュ:……って言いたいところだけど、ムカデちゃんとの仲だしね。
ルージュ:サービスしてあげるわ。
センチピード:助かるわね。
センチピード:じゃ、コーヒーのおかわりでもいただきながら聞こうかしら。
ルージュ:ふふ、かしこまりました。
カップを下げるルージュ。
――数分後。
再びゲームの電子音が断続的に聞こえてくる。
画面に目を向けたままのセンチピード。
センチピード:……ふぅん、なるほど。
ルージュ:と、まぁ、こんなところかな。今出せる情報は。
センチピード:生きてたのね、あの男。
ルージュ:あら、思ったより淡白な反応ね。
センチピード:別に、さして興味はないわ。
センチピード:生きていようが死んでいようが。
ルージュ:そっか。大人ねぇ、ムカデちゃんは。
ルージュ:私が現役だったら無償で殺してやろうかなって思ったけど……。
ルージュ:ほら、お店めちゃくちゃにされた礼もしたいし。
センチピード:今でも十分いけるわよ、あなたなら。
ルージュ:あまり嬉しくはないわね。
ベレッタ:おっとォ! とか言って本当は動揺してるんじゃないッスか!?
ベレッタ:表れてますよォ、指先に! もらったッ!
センチピード:気のせいね。
さらりとトドメを刺すセンチピード。
ベレッタ:そのようでしたァッ!
ベレッタ:ああ……流れるような3連敗……。
ルージュ:でも、あの子はどう思うかしらね。
センチピード:え?
ルージュ:あなたの相棒よ。
ルージュ:あの坊やが生きてたんなら……って考えない?
センチピード:……情報は?
ルージュ:残念ながら。あれば教えてるわ。
センチピード:……そう。
ベレッタ:そう言や、最近全然見かけないッスね。
ベレッタ:お元気なんスか?
センチピード:相変わらず。不器用に突っ走ってるわ。
センチピード:ただ……。
ルージュ:ん?
センチピード:気負い過ぎね。
センチピード:高い名声と必死に肩を並べようとしてる。
センチピード:馬鹿のくせに一丁前に振舞おうとしてさ。
ルージュ:ふふ、さすがよく見てるわね。
ベレッタ:すごい仕事振りッスよねぇ。
ベレッタ:すっかり裏じゃ有名人じゃないッスか。
ベレッタ:ちらほら「最高峰」の呼び声も聞こえてきますし……。
ベレッタ:いやぁ、さすがだわ。
センチピード:それを背負うには早すぎるのよ、あの子には。
ルージュ:心配?
センチピード:別に……。
センチピード:ただブルズアイは寂しがってるわね。
ルージュが露骨に顔をしかめる。
ルージュ:ハァ? 飲みに行きたいだけでしょ、あのクソ売女(ばいた)。
ルージュ:散々、男と出掛けてるくせに……。
センチピード:ふふ、仲良くしてあげてよ。
センチピード:かわいい妹なんだから、あなたは。
ルージュ:……ムカデちゃんに言われると弱いわね。
ベレッタ:ほらほらァ! 話に夢中になってていいんスか!?
ベレッタ:手元がお留守ッスよ!
センチピード:は? 何か言った?
ベレッタ:ノ、ノールックで……!?
ベレッタ:化け物だ、この人……ッ!
ルージュ:ほどほどにしときなさいよ、あなたたち。
苦笑し、テーブルを拭くルージュ
入口のドアが開き、一人の男が入店してくる。
ウィリアム:やぁ、こんにちは。
ルージュ:あら、いらっしゃい。
ウィリアム:おや……今日は賑やかだな。
ルージュ:ごめんなさいね、うるさくて。
ウィリアム:全然。職場に比べたら静かすぎるくらいだ。
店主と向かい合う形で席につく男。
ウィリアム:いつものコーヒーとサンドをいただけるかい。
ルージュ:かしこまりました。
ルージュとにこやかに会話を交わす男を一瞥し、ぽつりと口を開くセンチピード。
センチピード:……珍しいわね、表の客なんて。
ベレッタ:ですねぇ。しかも常連っぽいし……。
ベレッタ:普通にカフェとしてのお客さん来るんだ。
ルージュ:失礼ね、閑古鳥が鳴いてるみたいな言い方して。
ベレッタ:あやややや、そういう意味で言ったんじゃないッスよ!
ルージュ:ゲーム目的の入店はお断りにしようかしら。
ベレッタ:ル、ルージュ姉さーん……。
センチピード:動揺が指先に表れてるわよ。
ベレッタ:げッ! いつ死んだ私ッ!?
苦笑を漏らし、男性客のテーブルへコーヒーとサンドを置くルージュ。
男性客が笑顔を向ける。
ルージュ:はい、どうぞ。
ウィリアム:ありがとう。
ウィリアム:それと、頼んでおいた件だが……。
ルージュ:そろってるわよ。
ルージュ:なかなか洗い甲斐があったわ。
ウィリアム:さすが仕事が早いな。助かるよ。
ルージュ:お節介だけど、あまり立ち入らない方がいいんじゃない?
ルージュ:裏のゴタつきは裏でケリをつけるのが筋よ。
ウィリアム:そうしたいのは山々だが、上も焦ってるんだ。
ウィリアム:これ以上の混乱は行政や経済にも影響が出る。
ウィリアム:善良なる市民の恐怖を煽るな、とのお達しだ。
ルージュ:「手段は問わず」、と。
ウィリアム:おっしゃる通り。
コーヒーを口にする男。
ウィリアム:全く……最近は忙殺の極みだよ。
ウィリアム:早く一区切りつけて君を食事にでも誘いたいんだが。
ルージュ:あら、残念ね。私も忙しいのよ。
ルージュ:あなたと違って私は仕事を愛しているけれど。
ウィリアム:釣れないなぁ。
なおも聞き耳を立てているベレッタ。
ベレッタ:……振られたッスね。
センチピード:みたいね。良い男なのに。
ベレッタ:ルージュ姉さんの相手が務まる男なんているんスかねぇ……。
センチピード:ああ見えて一途らしいわよ。
ベレッタ:マジっすか。ギャップぅ……。
話し込む二人に目を向けるルージュ。
ルージュ:聞こえてるわよ、あなたたち。
ウィリアム:ハハハ、一途か。素敵じゃないか。
ウィリアム:俺も一途に……使命感だけ抱いて働けたら幸せなのにな。
ルージュ:苦労してるみたいね、保安官さん。
ルージュ:名誉の負傷はもう大丈夫なの?
ウィリアム:ああ。痛みはあるが動かせるようにはなった。
ウィリアム:泣き言も言ってられないさ。
ウィリアム:こうしてる間にも「霧のリグレット」の被害は拡大している。
ルージュ:お友だちの方は?
ウィリアム:あいつもすでに動いている。
ウィリアム:全く、相手が女と見るや悪い癖を出しやがって……。
ウィリアム:仕留めそこなったおかげで奴の行動パターンが極端に変わった。
ウィリアム:一から仕切り直しだよ。
ルージュ:その辺りのネタは仕入れ次第で売ってあげるわよ。
ウィリアム:それは助かるな。よろしく頼む。
ルージュ:いいえ。大事なお客様のためですもの。
腕を組み、小さく息を吐く男。
ウィリアム:「ベルトリオ」に「リグレット」。
ウィリアム:これらの案件については総力戦だ。
ウィリアム:使えるものは全て使い、あらゆる手段の是非もない。
ウィリアム:その上でもうひとつ君から情報を買おうと思っていたんだが……。
ウィリアム:どうやらその必要はなくなった。
ルージュ:え?
ウィリアム:あなたに用があったんだ、お嬢さん。
振り返り、センチピードの方を見る男。
二人は依然として対戦ゲームに興じている。
ふと顔を上げるセンチピード。
センチピード:……私?
ウィリアム:ああ。取り込み中のところすまないね。
ウィリアム:少し話を聞いてもらえないか?
センチピード:ちょっと待ってて。秒で終わらせるから。
ベレッタ:おぉっと、果たしてそう上手くいきますかねぇ!?
センチピードがとどめを刺す。
センチピード:チェックメイト。
ベレッタ:あーッ!? 何今のォ!?
ベレッタ:もーやだァ!
ルージュ:はいはい、あなたはクッキーでも食べてなさい。
ベレッタ:わぁい、やったぁ!
クッキーに釣られるベレッタを横目に、センチピードが男の横に座る。
センチピード:お待たせ。
センチピード:それで、どちら様?
ウィリアム:保安官のウィリアムだ、初めまして。
ウィリアム:活躍の程はかねて存じてるよ、殺し屋・センチピード。
センチピード:人違いね。通りすがりのゲーマーよ。
ウィリアム:警戒しないでくれ、と言うのは無理な話だろうが……。
ウィリアム:店主さんとの会話は聞こえていただろう?
ウィリアム:私も半分はそちら側の人間さ。
センチピード:まぁ、トップがあんな感じだし驚きはしないけど……。
ウィリアム:ならば話が早い。
ウィリアム:仕事を頼みたいんだ。
ウィリアム:君たちマネージャーはつけていないんだろ?
ウィリアム:三人のうち誰かに会えれば御の字だったんだが、ツいてたな。
センチピード:願ってもないけど気は進まないわね。
センチピード:権力者がらみの殺しは根が深いから。
ウィリアム:ふっ、だからこそだ。
ウィリアム:根が深い分、仕事も増えて都合がいいだろ?
保安官らしからぬ物言いに呆れるセンチピード。
センチピード:……あなた本当に保安官?
ウィリアム:よく言われる。
ウィリアム:辛い立場なんだ、わかってくれ。
センチピード:マトは? まぁ、話の流れで大体察しはつくけれど。
ウィリアム:ああ。「ベルトリオ」ファミリーの頭目「アッシュ」と呼ばれる男と、連続猟奇殺人犯「霧のリグレット」の両名。
センチピード:一応聞いておくけれど、殺し屋の間には「他人のマトに手を出すな」ってルールがあるの、知ってる?
ウィリアム:そうなのか、それは初耳だな。
ウィリアム:裏にも法があったとは驚きだ。
わざとらしく目を丸くするウィリアムに、センチピードの顔色が変わる。
センチピード:……あなたさぁ。
ウィリアム:ん?
センチピード:あんまり舐めた口利いてると痛い目見るわよ。
センチピードの殺気に場が張りつめる。
肩をすくめ両手を挙げるウィリアム。
ウィリアム:……すまない、そんなつもりはなかったんだが。
センチピード:相手が相手だし、ルールも無視。
センチピード:割りに合うペイは提示してもらわないとね。
ウィリアム:もちろんさ。納得のいく額は用意させてもらうつもりだ。
ウィリアム:連絡先を渡しておくから、そちらのリーダーと話しあって決めてくれ。
連絡先を受け取るセンチピード。
センチピード:……リーダーね、笑わせてくれるわ。
ウィリアム:言うまでもないが早い者勝ちだ。
ウィリアム:ゲーム好きな君には、おあつらえ向きだろう?
センチピード:否定はしないけど……いちいち癇(かん)に障るわね、あなた。
ウィリアム:気をつけるよ。
席を立つセンチピード。
センチピード:ルージュ、コーヒーごちそうさま。また来るわ。
ルージュ:はぁい、いつでもいらっしゃいな。
クッキーを食べ終わったベレッタが顔を上げる。
ベレッタ:あぁッ、待ってくださいよ!
ベレッタ:勝負はこれからでしょ、センチピードさん!
センチピード:勝負にもなってないくせによく言うわ。
ベレッタ:そう言わずに!
ベレッタ:あっ、姉さん私も帰りますね。
ベレッタ:クッキー美味しかったッス! できればまた食べたいッス!
ルージュ:はいはい、作ってあげるわ。
ベレッタ:やったー! それじゃ、またー!
店を出ていくセンチピードとベレッタ。
小さく手を振り二人を見送るルージュ。
その様子を横目に。深く椅子に座り直し脱力するウィリアム。
ウィリアム:……ふぅ。ああして見ると二人とも何てことはない女の子なんだがなぁ。
ルージュ:そうね。だけど……二人とも一端(いっぱし)の殺し屋よ。
ウィリアム:ああ……。殺気を向けられた時は背筋が凍った。
ウィリアム:高みに立つプレイヤーは伊達じゃないな……全く。
ルージュ:ふふ、怖い思いするくらいなら煽らなきゃいいのに。
ウィリアム:実力を計っておきたかったんだが杞憂だったよ。
ウィリアム:……ああ、冷めてしまったな、コーヒー。
ルージュ:淹れ直すわ。
ウィリアム:ありがとう。
カップを下げるルージュ。
後ろ姿を見つめるウィリアム。
ウィリアム:……君も、こうして見るとただの綺麗なカフェ店員さんなんだがなぁ。
ルージュ:あら、その通りだけど。
ウィリアム:はは……。早く純粋な一人の客として来たいもんだ。
ルージュ:どうかしらね。
ルージュ:殺し屋の因果の根は深いわよ。
ルージュ:踏み入れた者は簡単には逃れられない。
ルージュ:あなたも……私もね。
淹れ直されたコーヒーがウィリアムの前に置かれる。
手に取り、静かに口にする。
ウィリアム:……覚悟しておくよ。
――店外。
広場のベンチでゲームの対戦をするセンチピードとベレッタ。
やがて決着がつく。
清々しい顔を上げるベレッタ。
ベレッタ:……ふっ、良い勝負だったッスね。
ベレッタ:お手合わせありがとうございました。
センチピード:今のが良い勝負?
センチピード:誰と対戦してたの、あなた。
ベレッタ:そうでも思わないと心が持たないんスよ!
ベレッタ:あああ……いつの間にかこんなに差がついてるなんて……。
センチピード:仕事と両立できないなんてなおさら甘いわね。
センチピード:出会った頃の方がまだ骨があったわよ。
センチピード:少しは楽しませてほしいわ。
ベレッタ:うーん、ここのとこバタバタしてたからなぁ……。
ベレッタ:それでセンチピードさん、さっきの仕事の話は受けるんスか?
センチピード:さぁ、どうかしら。
センチピード:もしかすると殺(と)り合いになるかもね、不運(アンラック)ちゃん。
センチピード:ボスがマトにかけられるわけだし。
ベレッタ:いやいや、ファミリーの下っ端は設定ですから。
ベレッタ:別にボスじゃないッスよ。ただの依頼人ッス。
ベレッタ:まぁ、仕事となれば話は別ッスけど……。
ベレッタ:そこは恨みっこなしってことで。
センチピード:死ねば恨みようもないわ。
立ち上がるセンチピード。
センチピード:じゃ、帰るわね。さようなら。
ベレッタ:えー、せっかくですし今日はとことんやりましょうよ!
ベレッタ:真の戦いはこれからッスよ!
センチピード:そこの子どもたちにでも相手してもらえば?
センチピード:じゃあね。
去っていくセンチピード。
目を丸くしたベレッタが振り向くと、数人の子どもたちが興味深そうにゲームを覗き込んでいる。
ベレッタ:へっ? ……うわっ! いつの間にかキッズたちが……。
子どもの一人がベレッタの持つゲームを指し、話しかける。
ベレッタ:ああ、これ?
ベレッタ:もちろん「トリガーハッピー・ニュージェネレイション」に決まってるじゃないですか!
ベレッタ:今激アツでしょ!
一斉にゲーム機を取り出す子どもたち。
ベレッタ:……えっ、皆持ってる?
ベレッタ:おぉぉ、良いッスねぇ!
ベレッタ:おっしゃマルチ対戦やりましょうよ! 手加減ナシッスからね!
ベレッタ:ボッコボコにしてやりますよォ! ははは!
盛り上がるベレッタたち。
――一方、帰路で電話をかけるセンチピード。
センチピード:……もしもし、ブルズアイ? ちょっといい?
センチピード:あら、今日は男と一緒じゃないのね、珍しい。
センチピード:ええ、仕事の話。
センチピード:詳しいことはウチで話すから、都合つけて来て。
センチピード:なかなか面白いことになってるわよ。
センチピード:うん……じゃあ、また。
通話を切り、顔を上げる。
センチピード:きっちり殺してやらないと。
センチピード:そうでしょ? シャーク。
雑踏の中にセンチピードの姿が消えていく。
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