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エクスマキナの心

【タイトル】
「エクスマキナの心」
殺し屋シリーズ・2部13話(最終話)

【キャスト総数】
5(男:1 女:4)

【上演時間】
30〜分

【あらすじ】
全てを炎が焼き尽くしていく中、
最後に見た光が「エクスマキナ」たちを救った。

だが一番救いたかったものは失ったまま。
胸に空いた大きな穴。
「機械仕掛け」の殺し屋は心を知り、
携えた銃の震えをひた隠す。

彼女の憂いも素知らぬ顔で街は廻り続けている。

――その肩に優しく手が置かれる。
ぶっきらぼうな手が背中を押す。
……かつては自分が引いていた友の手が差し出される。

神様には祈らない。
泣いていただけの少女は顔を上げて前を向く。
憧れていたその背中に並び立つ為に。

【登場人物】
・ホープ(女)
業界では「エクスマキナ」の名で知られる殺し屋。
銃やナイフの扱いに長ける。

・レオ(男)
マフィア「ベルトリオファミリー」初代頭目の一人息子。
現在は組から離れている。

・シャーク(女)
3人組(チーム)で仕事を行う殺し屋。
荒っぽい言動が目立つが「最高峰」と呼ばれる程の実力者。

・センチピード(女)
3人組(チーム)で仕事を行う殺し屋。
腕の立つゲーマー。

・ブルズアイ(女)
3人組(チーム)で仕事を行う殺し屋。
奔放で色男に目がない。

【本編】
 とある快晴の日。
 下町では閑静な場所に位置する一件のホームから電子音が鳴り響いている。
 液晶画面に映し出される戦場を見つめながら手を動かす2人。

 やがて1人が口を開く。

センチピード:……ふぅ、ちょっと休憩しましょうか。
ホープ:はい。

 手にしていたコントローラーを置く両者。

センチピード:正直言って驚いたわ。センスあるわね、あなた。
ホープ:ほ、ホントに?
センチピード:ええ。どこかの馬鹿より全然スジが良い。
センチピード:まだ荒削りなプレイも目立つけど、状況把握と判断力がズバ抜けてる。
ホープ:あんまり考えてやってるわけじゃないんだけど……。
センチピード:だったらなおさら末恐ろしいわね。
センチピード:ねぇ、来シーズンの「ユナイテッドバトル」、私と組む気ない?
ホープ:嬉しいけど、やる暇があるかどうかわからないから……。
センチピード:時間は作るものよ。
センチピード:その気があるなら徹底的に鍛え上げてあげる。
ホープ:うーん……。

 奥からコーヒーを持った女性が声をかける。

ブルズアイ:あらぁ、やっと終わった?
センチピード:休憩中よ。あと20戦くらいはやっておきたいわね。
ホープ:えっ……。
ブルズアイ:ほらぁ、ホープちゃん困ってるじゃない。
ブルズアイ:程々にしときなさいよぉ。
ブルズアイ:っていうか私の相手してよムカデちゃん!
ブルズアイ:せっかく来たのにずっと2人でゲームしてるんだもん。
センチピード:嫌よ。今日中にこのミッションは越しておきたいし。
センチピード:あ、コーヒーもらうわね、ありがと。
ブルズアイ:もぉ〜……。
ブルズアイ:ごめんねぇ、ホープちゃん。嫌だったら断るのよ?
ホープ:別に嫌じゃないけど……。
ホープ:いつもこんなにやってるの?
センチピード:序の口よ。
センチピード:ランク上がらなくて喚いてる連中が多いけど、私からすれば量をこなしてから言ってほしいわね。
センチピード:あの馬鹿も同じ。
ホープ:あの馬鹿って?
センチピード:不運(アンラック)よ。
センチピード:そういえばあなた、前に手傷を負わせたんだってねぇ。
センチピード:実戦の方もなかなかやるみたいじゃない。

 首を横に振るホープ。

ホープ:いいえ、手傷を負わすので精一杯だった。
ホープ:まだまだよ、私は。
センチピード:謙虚ね……。まぁ、これから伸びるわ。
センチピード:プレイヤーとしてもゲーマーとしても、ね。
ブルズアイ:ふふ、随分気に入られたわねぇ、ホープちゃん。
ホープ:そう……なの?

 所在ない様子のホープにブルズアイが笑いかける。

ブルズアイ:ねぇ、前から思ってたんだけどさぁ、2人ってちょっと雰囲気似てるよね。

 お互いの顔を見合わせるセンチピードとホープ。

センチピード:……そうかしら。
ブルズアイ:うんうん、こうして見ると姉妹みたいでカワイーわよぉ!
センチピード:お姉ちゃんって呼んでもいいわよ。
ホープ:えっ、いや、その……。
センチピード:ああ、駄目ね。これは相応しい人に取っておかなくちゃ。
ホープ:……。
ブルズアイ:シャークちゃん、もうすぐ帰ってくるってよぉ。
センチピード:「フラッパー」に寄って帰るんでしょ?
センチピード:病み上がりなのに忙しないわね。
ブルズアイ:何かさぁ、週末店閉めるらしいから今のうちに行っときたかったんだって。
センチピード:あら……珍しい。デートかしら。
ブルズアイ:あははッ、まっさかぁ!
ブルズアイ:あの子がー? ないなぁい。
センチピード:わからないわよ。ルージュだって女なんだから。
センチピード:ねぇ、あなたもそう思うでしょ?

 振り返るセンチピード。
 うつむいたホープが小さく震えている。

ホープ:……ッ。
ブルズアイ:えっ、ちょっとどうしたのホープちゃん。大丈夫?
ホープ:え、ええ……平気。
センチピード:……まさかあなた……。

 目に見えてソワソワするホープ。

センチピード:緊張してるの?
ホープ:……その……何を話せばいいのか……わからなくて。

 きょとんとしていたブルズアイが吹き出す。

ブルズアイ:あはははは! カぁワイー!
センチピード:別に何でもいいじゃない。
センチピード:っていうか初対面でもないんでしょ?
センチピード:こないだの事件の時に会ったって聞いたけど。
ホープ:あの時は……必死だったから。色々と。
センチピード:ふゥん……。
ブルズアイ:大丈夫よぉ、ホープちゃん。
ブルズアイ:取って食われるワケじゃないんだからさぁ。
ブルズアイ:ここだけの話、シャークちゃんもあなたに会いたがってたのよ。
ホープ:ほ、本当に!?
ブルズアイ:……どうしよォ、ムカデちゃん。
ブルズアイ:ピュアだわぁこの子。
センチピード:確かにね。「エクスマキナ」からは随分とイメージ離れしてるわ。
ホープ:ねぇ、嘘じゃないわよね!?
ブルズアイ:ん、んー、たぶん?
センチピード:落ち着きなさい。
センチピード:わかったわ、私が正しい挨拶を教えてあげる。
ホープ:お、お願い……。
センチピード:いい? こういうのは第一印象が大事よ。
センチピード:笑顔で、ちゃんと相手の目を見てこう呼ぶの……。

 ――時は少し遡り……。

 裏通りにある闇医者の診療所。
 ベッドに横たわり目を閉じるシャークを傍らのホープが見つめている。

ホープ:(私は生き残った。)
ホープ:(炎が「シアター」を焼き尽くしたあの夜。意識を失う直前に見た光。)
ホープ:(次に目を開けた時は診療所のベッドの上だった。)
ホープ:(闇医者を名乗るおじいさんは口止めされているのか……何も教えてくれない。)
ホープ:(火傷と……胸の奥がひどく痛む。)
ホープ:(朦朧とする意識の中、となりには同じように2人が眠っていた。)
ホープ:(命をかけても助けたかった人たち。)

 ホープの目から涙がこぼれる。

ホープ:良かった……。

ホープ:(ようやく体を動かせるようになった頃、レオが目を開いた。)

 目を開けたレオに呼びかけるホープ。

ホープ:……ッ! レオ!
レオ:……ホープ?
ホープ:ええ、わかる?
レオ:生きているのか……俺は。
ホープ:3日間眠っていたのよ、あなた。
レオ:そうか……。

 ホープの顔を見るレオ。

レオ:やったんだな、あいつを。
ホープ:……ええ。
レオ:結局、お前に頼ってしまったな。
ホープ:気にしないで。私は殺し屋なんだから。
レオ:……ありがとう。
ホープ:とにかく今は休んで。
ホープ:意識が戻ったのも奇跡なのよ。
レオ:……ファミリーは……「ベルトリオ」の皆は。
ホープ:私にもわからない。
レオ:……。
ホープ:きっと大丈夫。
ホープ:銀(イン)から情報を確認しておくから心配しないで。
レオ:すまない……頼む。

 目を閉じるレオ。

ホープ:(後に知ったことだが、今回の事件に「ベルトリオ」は関与していないことになっている。)
ホープ:(明らかな情報操作。この程度の隠蔽・捏造は市長にとってはお手の物……というのが銀(イン)の言葉だ。)
ホープ:(どうやら「ベルトリオ」には利用価値があると踏んでのことらしい

 ――数日後。

 ベッドに腰掛けたレオが口を開く。

レオ:……まぁ、そういった意味では助けられたな、あの市長に。
ホープ:家族はどうしてるの。
レオ:俺の帰りを待ってくれてる。
レオ:組員の数は減って正直ガタガタだが……幹部たちが上手くまとめてるよ。
ホープ:……そう。
レオ:ここからだな……「ベルトリオ」は。

 ふと、ホープの様子をうかがうレオ。
 ホープの目は、なおもベッドに眠るシャークに向けられている。

レオ:なぁ……お前も少し休んだらどうだ。
レオ:つきっきりだろう。
ホープ:……。
レオ:気持ちはわかるが身がもたないぞ。
レオ:代わりに俺が見ておくから……。
ホープ:ありがとう。でも大丈夫よ。
レオ:……大丈夫な顔には見えないから言ってるんだ。

 目を伏せるホープ。

ホープ:あの男を殺(や)れたのも、私たちが生きているのも……全部先生のおかげ。
ホープ:先生が守ってくれたから、先生が銃を渡してくれたから……。
ホープ:私一人じゃ死んでた。そう……とっくに死んでたの。
レオ:……。
ホープ:私、まだ何も返せてない。……何も伝えられてない。
ホープ:お礼も……ずっと会いたかったことも。

 開きかけた口をそっとつぐむレオ。

レオ:(今にも泣き出しそうな横顔を見て、ふと考えてしまった。)
レオ:(こいつ……ホープは、「殺し屋」としてやっていけるのだろうか。)
レオ:(親友を失い、自分を救った恩師まで失くしてしまったとしたら……。)
レオ:(「エクスマキナ」と呼ぶには感受性が強すぎる。)
レオ:(できることなら……もうお前には銃を握ってほしくない。)

ホープ:……ねぇ、レオ。
レオ:ん?
ホープ:このまま先生が目を覚まさなかったら、私……。

 そっとホープの肩に手を置くレオ。

レオ:大丈夫だ。悪い方に考えるな。

 ホープが顔を手で覆う。

ホープ:……嫌だ……先生。

 病室が静寂に包まれる。
 その静けさの中に、ぽつりと言葉が紡がれる。

シャーク:……勝手に殺すんじゃねぇよ。

 弾かれたようにシャークの方を見るホープ。
 目に涙が浮かんでいく。

ホープ:……先生……ッ!
シャーク:……何べん言やわかんだよ。

 薄く目を開いたシャークの口元がかすかに綻ぶ。

シャーク:やめろっつってんだろ、先生は……。

ホープ:(一番取り戻したかったものを失った。)
ホープ:(だけど失っただけじゃなかった。)
ホープ:(私の胸に空いた穴は塞がることはないけれど……。)
ホープ:(それでも、この気持ちを抱いて前を向くしかない。)
ホープ:(……私は「殺し屋」なんだから。)

 病室で向き合うホープとシャーク。

シャーク:……ベルトリオの若頭は?
ホープ:出て行った。気を利かせてくれたみたい。
シャーク:ふん……。

 ホープの目を見るシャーク。

シャーク:キッチリ殺(や)ったんだな、あいつを。
ホープ:うん。先生のおかげよ。
シャーク:馬ァ鹿、ひでぇもんだよ、あたしは。
ホープ:そんなこと……。
シャーク:たかが火にビビっちまうようじゃ「最高峰」は名乗れねぇよ。

 シャークの目が遠くを見る。

シャーク:……遠いよなぁ、あんたの背は。
ホープ:先生?
シャーク:何でもねぇ。
シャーク:しかしよ、お互いくたばり損なったな。
ホープ:うん……生きてる。
シャーク:生きてりゃもうけモンだぜ、この世界は。
シャーク:腕が上がれば上等だ……シノギを続けられる。
ホープ:……そうだね。
シャーク:強くなったじゃねぇか、お前。

 首を振るホープ。

ホープ:強くないよ。色んな人に助けられてばかり。
シャーク:いいんだよ、それで。
シャーク:背中押されながらでいいんだ。
シャーク:独りよがりでクソみてぇな仕事するよりよっぽどマシだろ。
ホープ:先生も……友だちは大事?
シャーク:……まぁな。
ホープ:ねぇ……もっと先生の話、聞きたい。
ホープ:私、何も知らないから……先生のこと。

 小さく息をつくシャーク。

シャーク:愉快な話なんざできねぇぜ。
ホープ:それでもいい。
シャーク:……ったく。

 その時、病室の外からにぎやかな声が聞こえてくる。

ブルズアイ:あら! あの時の坊やじゃなぁい!
ブルズアイ:なァに、ちょっと見ないウチに良い男になったわねぇ。
ブルズアイ:ホープちゃんは元気ィ?
ブルズアイ:あ、うんうん、私らはお見舞いでねぇ……。
ブルズアイ:お部屋こっち? そぉ、ありがと〜!
ホープ:あの声は……。
シャーク:ああ、騒がしいのが来やがったな。

 ブルズアイに続きセンチピードが病室に顔を出す。

ブルズアイ:あー! シャークちゃぁん、ちょっとォ大丈夫なの?
シャーク:よぉ、久しぶりじゃねぇか。
ブルズアイ:もぉ、何で連絡くれないのよぉ!
ブルズアイ:めっちゃ心配したのよ!
シャーク:悪ィな、今日目が覚めたんだよ。
ブルズアイ:ウッソォ!? 重傷じゃんそれぇ!
センチピード:……こっぴどくやられたわね。
シャーク:んだよ、労いの台詞のひとつあってもいいんじゃねぇのか、ムカデ。
センチピード:むしろこっちが欲しいくらいよ。
センチピード:あなたの居所をつきとめるのにどれだけ骨が折れたか……。
センチピード:まぁいいわ。

 真剣な眼差しを向けるセンチピード。

センチピード:殺(や)ったのね、あの男。
シャーク:ああ。……あたしじゃねぇけどな。
センチピード:え?
シャーク:こいつの手柄だ。

 ホープを指し示すシャーク。
 センチピードが目を向ける。

センチピード:誰? あなた……。

ホープ:(その後、先生はホームのアドレスを教えてくれた。)
ホープ:(「好きに使っていいから、あたしのことばっか構ってねぇで仕事しろ」……って。)
ホープ:(もっぱらセンチピードさんとゲームしてた気がするけど……。)
ホープ:(私はそこで先生の帰りを待っていた。)
ホープ:(そして今日、もうすぐ帰ってくる。)
ホープ:(私は緊張している。仕事でもこんなことなかったのに。)

 シャークとセンチピードのホーム。
 ドアの開く音がする。

ブルズアイ:あっ、ほらホープちゃん、帰ってきたわよぉ。

 シャークが顔を覗かせる。

センチピード:おかえり。
シャーク:……おう。

 ホープと目が合う。二人ともどこかぎこちない沈黙。

ホープ:……あ、えっと……。
センチピード:ほら、教えた通りに言うのよ?
シャーク:あ?

 怪訝な顔を浮かべるシャークにホープが向かい合う。
 やがて意を決して顔を上げる。

ホープ:……お、おかえりなさい……お姉さま。

 つかの間の沈黙。
 シャークがセンチピードをにらむ。

シャーク:てめぇはよォ、何吹き込んでんだムカデェ!
センチピード:あははッ、だって嫌なんでしょ、先生呼びは。
シャーク:だとしても他に何かあるだろうが!
ブルズアイ:えー、いいじゃなぁい、可愛い妹ができて。
ブルズアイ:お姉ちゃんの言うことはちゃんと聞かなきゃ駄目よ、ホープちゃん?
ホープ:う、うん。
シャーク:あんたが言っても説得力ねぇんだよ……。
センチピード:で、ルージュのとこ行ってたんでしょ?
センチピード:不運(アンラック)いた?
シャーク:ああ。何かやつれきってたぜ、あいつ。
ブルズアイ:シャークちゃんはお仕事の話ィ?
シャーク:ん、まぁそんなとこだな……。

 ホープの方を横目で見るシャーク。

シャーク:お前、この後何かあるのか。
ホープ:あ……うん、人と会う約束してる。
ホープ:多分、私も仕事の話。
シャーク:そうか。じゃあさっさと行ってこい。ヘマすんなよ。
センチピード:冷たくない? お姉さまぁ。
シャーク:うるせぇな、ぶっ殺すぞお前。
シャーク:……またいつでも来い。

 明るい表情を見せるホープ。

ホープ:わかった、行ってくるね。
ブルズアイ:またねぇ、ホープちゃん。
ブルズアイ:今度は私と遊びましょぉ。
ホープ:うん……また。

 軽く手を振り、ホープが去っていく。

ブルズアイ:ッはぁー、素直でカワイーわぁ。
ブルズアイ:何かこう、守ってあげたくなっちゃう。
センチピード:あなたに妹分がいたなんてねぇ。
シャーク:そんなんじゃねぇよ。
センチピード:それで、聞かせたくない内容だったわけ?
センチピード:仕入れてきたネタは。
シャーク:……あのイカれ市長絡みのシノギなんで蹴ろうとも思ったが……。
シャーク:指くわえて見てるってワケにもいかねぇみてぇでな。
ブルズアイ:んー何何ィ、そんなにヤバそうなの?
シャーク:ああ、なかなかに跳ねてる奴がいるぜ。

 ――ドーナツ屋「パルフェ」。

 一組の男女が向かい合って座っている。
 釈然としない様子でホープを見るレオ。

レオ:……なぁ。
ホープ:何?
レオ:何でここなんだよ……。
ホープ:場所は任せるって言ったじゃない。
レオ:まぁそうだが……余程気に入ってるんだな。
ホープ:一人で来たの?
レオ:こんなところにあいつらを連れてくるわけにはいかないさ。
ホープ:……そう。
レオ:悪いな、本来ならマネージャーを通すべきなんだろうが……。

 穏やかに微笑むレオ。

レオ:どうしてもお前の顔が見たかった。
ホープ:なっ……何を。

 視線を外し、ドーナツを口にするホープ。

ホープ:……さ、最近活躍してるみたいね。
ホープ:「ベルトリオ」の名前、よく聞くわ。
レオ:皆のおかげさ。
レオ:だが順風満帆というわけじゃない。
レオ:俺たちのことをこころよく思ってない連中は多いし、何より人の上に立つ難しさを肌で感じてる。

 目を伏せるレオ。

レオ:俺はまだ、親父の足元にも及ばない。
ホープ:……大丈夫よ、あなたなら。
レオ:ありがとうな。

 コーヒーを口にして、ホープの顔をうかがう。

レオ:お前の方はどうなんだ?
ホープ:私、は……。

 ふと、ホープの顔が曇る。

ホープ:正直、吹っ切れてない。
ホープ:何のために銃を持つのか、わからなくなる時がある。
レオ:……。
ホープ:別にあの子を救うために殺し屋になったわけじゃないのに……。
ホープ:前みたいに頭を空にして戦うことができなくなった。
ホープ:「機械仕掛け」が……すっかりお笑い種(ぐさ)だわ。
レオ:いいじゃないか。
ホープ:えっ……。
レオ:お前は人間だろ? 心がある。
レオ:そうやって背負うものがある方が強くなれると思うけどな。
ホープ:……。
レオ:立ち止まっても振り返ってもいい。
レオ:その時は誰かに背中を押してもらえばいいんだ。
レオ:お前を助けてくれる奴はたくさんいるんだから。

 曇っていたホープの表情に少し笑顔が戻る。

ホープ:……そうね、ありがとう。
ホープ:前に進まなきゃ……。私にはこれしかないんだから。

 どこか憂いも感じる笑顔に口ごもるレオ。

レオ:……やっぱり殺し屋なんだな。
ホープ:どうしたの?
レオ:正直、話そうか迷ってたんだが……。
レオ:お前は特に知っておいた方がいいことだ。

 レオの瞳に真剣の色が混ざる。

レオ:今、裏で「殺し屋を殺す」存在が俎上(そじょう)に載せられている。

 ――シャーク・センチピードのホーム。

センチピード:「殺し屋殺し」?
シャーク:同業をこぞってマトにかけてるんだとよ。
ブルズアイ:同業者狩りってこと?
ブルズアイ:ベレッタちゃんみたいなカンジぃ?
シャーク:いや、あいつは火の粉を払ってただけだろ。
シャーク:てめぇからどうこうするつもりはなかったはずだ。
センチピード:故意に狩ってるってことね。
センチピード:随分とタチが悪いわ……目的は?
シャーク:さぁな。ネタが少ねぇんだよ。
シャーク:わかってんのは身元が日本人(ジャパニーズ)ってことぐらいだ。
センチピード:へぇ……。お世話になってるわ、日本(ジャパン)のゲームには。
ブルズアイ:その子が次のマトってことでいいのかしら?
シャーク:まぁ、そういうこったな。
シャーク:クソ市長に使われんのは癪(しゃく)だが……ペイは悪くねぇ。
シャーク:何よりナメられっぱなしってのも気に入らねぇだろ。
センチピード:っていうのは建前で、ホープちゃんを危険な目に遭わせたくないから私たちでやっちまおうぜってことよね、お姉さま。
ブルズアイ:あっ、だからあの子の前で話さなかったんだ。やっさし〜!
シャーク:違ぇよ馬鹿が! あいつももう簡単にやられるタマじゃねぇ。
センチピード:どうでもいいけどお腹空いたわね……。
センチピード:「パルフェ」寄らなかったの?
シャーク:ああ? 頼まれてねぇだろうが。
ブルズアイ:あ、じゃあさぁ、皆で行こうよぉ。
ブルズアイ:私もハマっちゃったかも、あそこのドーナツ。
センチピード:良いわね、行きましょう。善は急げよ。
シャーク:お、おい……。
ブルズアイ:おごってあげるわよぉ、シャークちゃん!
ブルズアイ:快気祝いってことで!

 頭をかくシャーク。

シャーク:……チッ、わかったよ。

 ――ドーナツ屋・「パルフェ」。

ホープ:要するに、私もマトにかけられる可能性があるということね。
レオ:……。
ホープ:心配いらないわ。負けるつもりはない。
レオ:ああ、お前ならそう言うと思っていた。
レオ:その上で言わせてもらう。

 なおも強い目でホープを見るレオ。

レオ:この件には関わるな。
ホープ:……どういうこと?
レオ:「殺し屋殺し」は俺たちで始末する。
レオ:全てのツテを使って尻尾を掴むつもりだ。
レオ:このまま野放しにして情勢を乱すわけにはいかない。
ホープ:じゃあ、なおさら私も協力した方が……。
レオ:お前はしばらくは殺し屋としての仕事は避けて大人しくしていてくれ。

 レオをにらむホープ。

ホープ:どうしてあなたに指図されないといけないの?
レオ:そういうつもりじゃない。
レオ:ただ不必要なリスクを負うなと言ってるんだ。
ホープ:何、それ……。
レオ:マネージャーにも話を通しておく。
レオ:とにかく事が落ち着くまでは……。
ホープ:私の仕事に口出ししないで。

 席を立つホープ。

レオ:お、おい! 待て、ホープ!

 店を後にして去ろうとするホープをレオが引き止める。

レオ:……ホープ! 話を聞け!
ホープ:わざわざそんなことを言いに来たの?
レオ:い、いや、違う。
ホープ:確かに私は弱くなったかもしれないけど……。
ホープ:あなたに守ってもらうほどサビついたつもりはない。
レオ:……ッ。
ホープ:馬鹿にしないで。

 背を向けるホープの手をレオが咄嗟に掴む。

レオ:違うッ!
ホープ:!

 驚くホープ。レオと視線が合う。

レオ:見たくないんだよ! お前が傷つくのを!

 なおも驚くホープの手を掴んで離さないレオ。

レオ:お前がその生き方しかできないのもわかった上で言ってる。
レオ:だが……戦ってほしくない。耐え難いんだ。
ホープ:……どうして、そこまで。
レオ:好きだからだよ!
レオ:お前のことが好きだ! 悪いかッ!

 つかの間の沈黙。
 様々な感情が混じり、浮かび始めたホープが口を開く。

ホープ:……あ、あの……。
レオ:……。

 さらに沈黙が続く。

 傍らから小さく声が聞こえてくる。

シャーク:……オイ、やめとけって馬鹿。空気読めねぇのか。
センチピード:ちょっと、余計な音入れないでよ。良いシーンなのに。
ブルズアイ:はァ〜良いわぁ。もぉ、まさに「恋」! ってカンジでぇ。

 ゆっくりと声の方を振り返る2人。
 先頭でスマートフォンを携え動画撮影しているセンチピードが目に入る。

ホープ:……え。
レオ:お、おい……何してるんだ、あんたたち。
センチピード:あ、気にしないで続けて?
レオ:馬鹿言うなッ! いつからいた……!?
ブルズアイ:ムカデちゃん、その動画私にもちょうだい?
センチピード:いいわよ。はからずも握っちゃったかもねぇ、若頭の弱み。
レオ:ふ、ふざけるな! 消せッ!

 センチピードとブルズアイの元へ向かっていくレオ。

シャーク:……悪ィな、水さしちまってよ。
シャーク:まさかお前らがいるとは思わなかったもんでな。
ホープ:ううん、大丈夫。
シャーク:何だ、良い顔になったじゃねぇか。
シャーク:出る前はしょぼくれてたのによ。
ホープ:先生のおかげだよ。
シャーク:先生はやめろ。
ホープ:じゃあ……お姉さま?
シャーク:……先生でいい。

 ホープが笑う。苦笑するシャーク。

シャーク:噛み締めとけよ。すぐにまた現実だ。
シャーク:くたばるまであたしらはそういう生き方しかできねぇんだからな。

 ホープが強い意志で頷く。

ホープ:うん。私ももう曲げない。
ホープ:先生に教えられて……自分で決めた道だから。
シャーク:……ふん。

 並んだ2人が同じ景色を見る。

ブルズアイ:ねぇ坊や、ところでさぁ……。
ブルズアイ:あなた相変わらずモテるのねぇ。
レオ:は?
ブルズアイ:見られてるわよぉ。ほら、たーくさん。
レオ:な……何だと!?
センチピード:あら、気づいてなかったの?
センチピード:鈍感ね。駄目よ、ピュアなだけじゃ。
レオ:クソ……ウチにアヤつけてる組の奴らか?
センチピード:立場もあるんだからボディガードくらいつけたらいいのに。
レオ:私用にまで付き合わせる必要はない。
レオ:働き詰めなんだ、あいつらも。
センチピード:ご立派。
ブルズアイ:じゃあ、代わりに私らが若を守ってあげるわよぉ。
ブルズアイ:全員殺(と)っちゃっていいんでしょぉ?
レオ:ま、待て、殺さなくていい! 余計な禍根(かこん)は残したくない。
センチピード:面倒ねぇ。これはペイに関して器の大きさが問われるわよ、ボス?
レオ:舐めるなよ。自分のケツくらい拭ける。
ホープ:……あの程度の連中の気配も読めないようじゃまだまだよ。
レオ:なっ……!
ブルズアイ:あははッ、尻に敷かれそうねぇ。
センチピード:先行ってるわよ。
センチピード:無駄に数が多いし、適当に減らしておくわ。
ブルズアイ:じゃあねぇ〜、また後でぇ。

 ひらひらと手を振りながら、センチピードとブルズアイが去っていく。

シャーク:はッ、思ったより早いご帰還だったな、現実によ。
ホープ:先生、病み上がりでしょ。私に任せて。
シャーク:ナメてんのか。さっさと終わらすぞ、かったりィ。
ホープ:……うん。
シャーク:ったく、嬉しそうな顔してんじゃねぇよ。

 先を歩いていくシャーク。
 複雑そうな表情を浮かべるレオ。

レオ:……その、悪いな。また俺がヘマをしたせいで……。
ホープ:あなたも大変ね。落ち着いてドーナツも食べられないなんて。
ホープ:同情するわ。

 あっけらかんとした言葉に苦笑するレオ。

レオ:全くだ……。銃声を聞かずに済む日なんてくるのかな。
ホープ:それじゃ私たちの仕事がなくなってしまうわ。
レオ:そんな日が来るように神に祈っておくよ。
ホープ:無駄なこと。

 前を向くホープ。

ホープ:さぁ、構えて。行くわよ。
レオ:ああ。

 2人が歩き出す。

ホープ:(神様なんて信じていない。)
ホープ:(だけど、あなたと一緒に歩んでいく明日に「希望」があることを私は信じている。)
ホープ:(生きていこう。)
ホープ:(銃声の鳴り響く、この街で。)

 銃声が響く。


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