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猛き炎は導となりて【カンテラ町シリーズ外伝・2】

【タイトル】
「猛き炎は導となりて【カンテラ町シリーズ外伝・2】」
(たけきほのおはしるべとなりて)

カンテラ町シリーズ外伝

【キャスト総数】
4(男:2 女:2)

【上演時間】
40〜分

【あらすじ】
「カンテラ町」の郊外にひっそりと佇む古い一軒家。
そこには近頃になって流れ着いた母子が暮らしている。

母の名は焔。
慣れぬ育児に悪戦苦闘する彼女は
今日も灯の合間を抜け、「二番街」の知人の元へ急ぐ。

同じ頃、闇の深まる郊外の一角に佇む浮浪者に
よそ者がものを尋ねた。

愛憎が渦巻き燃ゆる町。
真の「化け物」は誰なのか。

【登場人物】
・焔(女)
「ほむら」。
カンテラ町、郊外の古民家に住まう妖狐の女。
人間の赤ん坊を育てている。

・睡蓮(女)
「すいれん」。
カンテラ町「二番街」の住人。
他人の夢を喰う「獏」の一族。

・伽藍(男)
「がらん」。
カンテラ町に流れ着いた男。
焔を探している。

・骨喰(男)
「ほねばみ」。
カンテラ町、郊外の集落に住まう男。
病に冒され、度々喀血が見られる。

【本編】
 常闇の覆う最果ての町、「カンテラ町」。
 赤錆の浮かぶ看板には「二番街」の文字。

 民家を縫うように赤ん坊を抱いた女性が慌てた様子で走っていく。
 やがてその中の一軒に辿り着き戸を叩く。

焔:睡蓮(すいれん)! 睡蓮! いるかい!?

 戸が開き、中から女性が顔を出す。

睡蓮:そんなに大声を出さなくても聞こえているわ。
焔:すまん、ちょいと手を貸しておくれよ。全然泣き止まないんだ……。
焔:ど、どうすりゃいい? 何かの病気なのかい、こいつは……。
睡蓮:貸して。
焔:あ……ああ。

 おそるおそる赤ん坊が軒先の女性の腕に渡る。
 慣れた手つきで赤ん坊をあやす睡蓮。

睡蓮:よしよし……大丈夫よ。怖くない、怖くない……。

 やがて赤ん坊が泣き止む。
 胸をなでおろす女性。

焔:はぁ……大したモンだ。どんな魔法なんだい、そりゃあ。
睡蓮:母の不安を子は感じ取るものよ。たとえ赤ん坊であってもね。
焔:あ、あたしが悪かったのか?
睡蓮:面白いわねぇ、あなたほどの女が慌てふためいて……。天下の九尾様が。
焔:昔の話だよ。……悪いね、助かった。
睡蓮:上がっていけば? お茶くらいは出すわ。
睡蓮:ちゃんとあなたの口に合うものを。
焔:いいのかい? 息子は?
睡蓮:もう寝てるわ。あの子は眠りが深いから心配しないで。
焔:ん……じゃあ、お言葉に甘えようかね。

 胸に抱いた赤ん坊の顔を覗き込む睡蓮。

睡蓮:あら、この子……良い夢を見てるわね。とても美味しそう。
焔:オイ。
睡蓮:ふふ、冗談よ……。

 睡蓮に促され民家に入っていく女。

焔:(カンテラ町に流れ着いてから半年ほどになる。)
焔:(決して良い暮らしとは言えないが、あたしのようなモンが住むには都合がいい。)
焔:(ここは化け物も人間も入り乱れている。その境界は紙一重だ。)
焔:(ひっそりと二人で生きていくには丁度いいさね。)

 お茶を置いた睡蓮が赤ん坊の寝顔を覗く。

睡蓮:大きくなったわね、鱗(りん)くん。
焔:そうかい?
睡蓮:子どもの成長の早さには驚かされるわ。人間も同じ……。
焔:あまり上等なもんは食わせてやれねぇんだけどね。まぁ、そう映ってるんなら何よりだ。
睡蓮:逆にあなたは痩せたわ、焔(ほむら)。
焔:いいんだよ、あたしは……。
睡蓮:このまま人を喰わずに生きていくつもり?
焔:……ああ。
睡蓮:身が持たないわ。「飢えの苦しみ」を味わうことになる。
焔:それでも、だ。金輪際人間は喰わないと決めた。
睡蓮:なぜ……。
焔:「人間」としてこの子の母でありたいんだ。

 揺るぎのない焔の瞳にため息をつく睡蓮。

睡蓮:物好きねぇ。
焔:我ながらそう思うよ。
睡蓮:なら、これ以上は何も言わないわ。あなたの決めた道を行きなさい。
睡蓮:手は貸すわよ……友人として。
焔:すまん。恩に着る。
睡蓮:気にしないで。化け物のはぐれ者同士じゃない。
焔:あんたはそうは見えないねぇ。人間によく馴染んでる。
睡蓮:ふふ、私はしっかりと化け物よ。ここに暮らし始めてからもたくさんの夢を喰ってる。
睡蓮:もう戻れないわね……この味を知ってしまっては。
焔:全部喰っちまうつもりかい?
睡蓮:まさか。「暴食の王」じゃあるまいし……。あくまで穏やかに暮らしたいのよ、私もね。
焔:難儀な性(さが)だね……お互いよ。

 眠る鱗の顔を覗き見る焔。

 ――カンテラ町、郊外。
 一際闇の深い集落に一人の男が流れ着く。
 苛立ちを浮かべ、周囲を見渡しながら歩いている。

伽藍:あー……クソッ。だだっ広ぇ町だなァ、オイ。
伽藍:暗ぇし空気も湿っててよォ……どうにも気が滅入っちまうぜ。

 歩く先、壁にもたれかかる男が目に入る。

伽藍:なァ、あんた。ちょっといいかァ?

 男が顔を上げる。

骨喰:何だ?
伽藍:女を探してるんだけどよォ、「焔」って名だ。聞き覚えねぇか?
骨喰:焔……あぁ、知ってるよ。
伽藍:ホントかァ!? おォ、聞いてみるもんだァ。
骨喰:あんたも噂を聞きつけて来たクチかい。
伽藍:あん? 噂ァ?
骨喰:何だ、違ったか? 今、焔に会いたがってる奴ァその類の輩かと思ったんだが。

 少し思考した後、ぽんと指を立てる男。

伽藍:……あァ! そうそう、そうなんだよ。俺もなァそのクチでよ。
伽藍:よかったら奴の居所、教えちゃくれねぇか?
骨喰:いいぜ、案内してやるよ。

 壁から離れ、歩き出す男。

伽藍:おほッ、話がわかるなァ、助かるぜ。
骨喰:奴の住処は郊外の方だ。カンテラの灯も届かない。
骨喰:都合が良いだろう? ……あんたにとっても。
伽藍:カンテラ……? 何のことだァ?
骨喰:クク、何も知らないんだな。まぁいずれわかる。あんた、名は?
伽藍:伽藍(がらん)ってんだ。よろしくなァ。
骨喰:俺は骨喰(ほねばみ)。
骨喰:さぁ、行こうか……。暗いから足元には気をつけなよ。

 先に進んでいく骨喰。
 やがて激しく咳き込む。

骨喰:ガハッ! ……ゴホッ……。
伽藍:オイオイ、大丈夫かァ骨喰さんよ。たどり着く前にくたばんねぇでくれよォ?
骨喰:ああ……大丈夫だ。こんな苦しみとも……もうすぐおさらばなんだからな。

 口元を拭い歩き続ける骨喰。
 その背を追いながら伽藍の顔に笑みが浮かぶ。

伽藍:ハッハ……何のこっちゃさっぱりわからねぇが幸先が良くてゴキゲンだぜ。
伽藍:待ってろよォ、焔……。俺はよォ、死ぬほどしつこいっての知ってんだろォ……ハハハ。

 二人の姿が闇に消えていく。

 ――郊外の一角、古びた一軒家が見えてくる。
 やや離れたところで骨喰の足が止まる。

骨喰:ほら、着いたぞ。あの古屋がそうだ。
伽藍:おっ、そうかァ、世話になったなァ! 恩に着るぜ。
骨喰:構わんよ。見ろ、ちょうど表に出てる。客も一緒みたいだな。
伽藍:おおォ……! 会いたかったぜェ、焔……!
伽藍:今行くからよォ!

 古屋の方へ駆け出していく伽藍。
 後ろ姿を見送る骨喰。

骨喰:……行っちまいやがった。
骨喰:ふん、とぼけてはいたがお前も九尾の肉がお目当てなんだろ……?
骨喰:いいぜ。せいぜい奴を削ってくれ。
骨喰:あの女は別格だからな……。化け物には化け物をぶつけるのが理にかなってる。

 咳き込みながらその場を後にする骨喰。
 古屋の前。驚きを隠せない伽藍の姿。

伽藍:オイオイオイ……どうなってんだこりゃァ!?
焔:……。
伽藍:別嬪(べっぴん)だらけじゃねぇかよ……?
伽藍:どうにも陰気くせェ町かと思ったが、極楽かァここは!

 大きくため息をつく焔。
 じろりと伽藍を睨めつける。

焔:何であんたがここにいるんだい……伽藍。
伽藍:決まってんだろォ、お前を探してはるばるよォ……。
伽藍:ってか待てお前、何だその腕に抱いてんのは?
焔:関係ない。帰れ。
伽藍:……人間かァ、そりゃあ? ハハッ、取り置きの餌か?
焔:帰れと言ってる! あんたと話すことなんかないよッ!

 目を丸くした睡蓮が焔に話しかける。

睡蓮:……えぇと、どちら様?
焔:……腐れ縁さ。
伽藍:おォ、挨拶が遅れちまったなァ別嬪さん。
伽藍:俺は伽藍ってんだ、よろしくなァ。
睡蓮:……聞き間違いじゃなかったのね。
睡蓮:伽藍……大蛇(おろち)の首領がどうしてこんな所まで?
伽藍:だァからよォ、こいつを探してたんだってば。なァ?
焔:知ったことかい!
睡蓮:九尾の頭と大蛇の首領……壮観だわ。因縁が深そうね。
伽藍:そォなのよ。そりゃァもう深い縁だぜェ?
伽藍:何つったって俺の嫁だからなァ、焔ちゃんは。

 つかの間の沈黙が流れる。

睡蓮:……えっ? 嫁?
焔:睡蓮、たわ言に耳を貸さないことだよ。こいつは色ボケの阿呆なんだ。大体……。

 腕に抱かれていた鱗が泣き出す。

焔:あっ……よしよし、大丈夫だ鱗。泣くな泣くな……。
伽藍:九尾の連中とは数え切れねぇほど戦(や)り合った間柄でよ。
伽藍:「七毒(しちどく)」のボンクラどもが割って入ってくるまでは、そりゃもうバチバチにシノギを削り合ってたモンさ。
伽藍:その中でなァ……俺は出会っちまったんだよ、こいつに。

 両手を広げる伽藍。

伽藍:もう一目惚れだね。俺ァ強くて気高い女が大好物なんだ。
伽藍:焔になら焼かれても良いかなァ、なんて何度も思ったけどよ……死んだら番(つがい)にゃなれねぇからな、うん。
焔:相変わらずベラベラうるさい男さね。そんなにお望みなら今すぐ灰にしてやろうか。
伽藍:悪かねぇけどよ、できんのかァ? 人間のガキなんざこしらえてるお前に……。
焔:……。
伽藍:まさかとは思うけどよォ、どこの馬の骨とも知らねぇ奴に身を許したわけじゃねぇよな?
伽藍:だとしたらその男はブチ殺さなきゃなんねぇからよォ、名を教えろや。
焔:……この子は捨て子だ。私が拾って育ててる。
伽藍:なぜだ?

 真っ直ぐに伽藍を見る焔。

焔:救われたからだ。この子の笑顔に救われた。
焔:それ以上でも以下でもない。
伽藍:……はッ。
焔:あんたには理解できんだろうが、別に構わん。
焔:頼むからあたしのことは放っておいておくれよ。後生だ。

 腕に抱かれた赤ん坊の顔をじっと見る伽藍。
 やがて無言で近づいていく。

睡蓮:待って、何をする気?
伽藍:どいてくれ別嬪さん。取って食やしねぇよ。
伽藍:顔を見るだけだ。
睡蓮:……。

 焔に抱かれた鱗は胸の中で眠っている。

伽藍:はん、この空気の中で寝るたァふてぶてしいガキだなァ。
焔:伽藍……。

 焔の方へ視線を移す伽藍。

伽藍:なァ、焔。
焔:何だい。

 伽藍が朗らかに笑う。

伽藍:俺が父親になってやろうかァ?
焔:……とっとと失せろッ!

 焔の怒気を含んだ声が響く。

睡蓮:(その後、大蛇の首領はへらへらと笑いながらあっさり退いていった。)
睡蓮:(弱っている上に、赤ん坊という重荷がある今の焔ならば力尽くで事をなすのは容易なはずだけれど……。)
睡蓮:(……掴めない男。あれが長なら一族は苦労しそうね。)

 ――カンテラ町、郊外。
 薄暗い集落にみすぼらしい身なりの男たちが集まっている。
 その中心に座る骨喰。
 咳き込んだ後、顔を上げ集団を見つめる。

骨喰:今朝方に流れてきた男だが、焔に対して手を出す様子は見られなかった。
骨喰:だが一族間の因縁は深いようだし場合によっては使えるかもしれんな。

 激しく咳き込む骨喰。
 押さえた手に血がべっとりとつく。

骨喰:……ッ、ああ、すまん。近ごろ喀血(かっけつ)の頻度がな……。
骨喰:クク、俺ももう永くはないよ。
骨喰:思い返せば失ってばかりの人生だ……。
骨喰:ここにいる皆、そうだろう。故郷も家族も、全て奪われて流れてきたんだよな。
骨喰:おかしいよなぁ、自分だけ子どもとのうのうと生きていくなんて……。

 集まった仲間たちを見回す骨喰。

骨喰:ああ、好機は確実に近づいているぞ。今度は……俺たちが化け物を喰らってやる番だ。

 カンテラ町、「二番街」。睡蓮の民家。
 腕を枕にした伽藍が睡蓮に話しかける。

伽藍:へぇェ、んじゃあ睡蓮ちゃんは未亡人ってワケだァ。
伽藍:もったいねェなァ、俺が貰ってやるよ。
伽藍:あァ、嫁は焔だからよ、睡蓮ちゃんは愛人な。

 正座している睡蓮が傍らの伽藍を一瞥する。

睡蓮:……あの、ちょっといいかしら。今さらなんだけど。
伽藍:んー?
睡蓮:なぜ、ごく自然に居座ってるの……? 私のウチに。
伽藍:だァッて他に行くあてがねェもんよ。
伽藍:礼ならするぜ。美味そうな人間ブチ殺して持ってくるからよォ。
伽藍:ああ、生きてる方が好みかい?
睡蓮:遠慮しておくわ。私は静かに暮らしたいの……。
伽藍:ハハッ、まァそういう生き方もあるわなァ。
伽藍:なァ、あんたどこの一族?
睡蓮:……「獏(ばく)」。
伽藍:おォ、獏かァ!
伽藍:俺も顔が広ェ方だけどよ、獏の連中は話にしか聞いたことがなかったわ。
睡蓮:閉鎖的な性質(たち)だし無理もないわ。中でも私ははぐれ者だから。
伽藍:夢を喰うんだろォ? どんな味がすんだ? 美味ぇもんなのか?
睡蓮:はぁ、私の話はいいでしょう首領様。
睡蓮:それで、いつまでいるつもり?
伽藍:そりゃァお前、焔を手に入れるまでだよ。
睡蓮:どうしてあの人なの? 強い女なら、そちらの一族の中にもいそうなものだけど。

 顔をしかめ、手をひらひらと振る伽藍。

伽藍:駄目だ駄目だァ! ウチの女どもはロクなのがいねェ!
伽藍:どいつもこいつもネチッこくてよォ……。
睡蓮:さすがは蛇ね……。
伽藍:その点、焔は最高だ。戦場でのあいつの勇猛っぷりときたら大蛇の中でも語り草よ。
伽藍:「七毒」相手に敗走したと聞いた時は驚いたが、こんな陰気な町でガキと二人暮らしたァさらに驚きだぜ。
伽藍:しかも人間ときたもんだ……。
睡蓮:……。
伽藍:何がしてぇんだ、あいつ? ネズミを育ててるようなもんじゃねぇか。
伽藍:なァ? 睡蓮ちゃん。
睡蓮:一応、母である立場から言わせてもらうけれど。
伽藍:おう、聞きてぇなァ。
睡蓮:あなたが焔に対して抱いている「愛」とは全くの別物よ。
睡蓮:無償、とでも言うのかしらね。焔自身、今までに味わったことのない感覚だと思う。
伽藍:ふゥん……。
睡蓮:私にもそんな頃は確かにあった。
伽藍:無償、ねェ……。

 仰向けに寝返り、天井を見つめる伽藍。

伽藍:救われたって言ってたなァ……あいつ。
睡蓮:ふふ、物好きには変わりないわね。
伽藍:ふん、いつまでもつか見ものだなァ。
伽藍:いいぜ……気は長ェ方なんだ、俺ァ。じっくり待たせてもらうとすらァ。

 愉快に笑う伽藍に、睡蓮がそっと声をかける。

睡蓮:……あの。
伽藍:んー、何ィ?
睡蓮:それまで居座る気ではないわよね……?

 良い笑顔を向ける伽藍。

 ――カンテラ町、郊外、焔の住む古屋。
 布団の上で苦しみ、自らの身を抑えている焔の姿。

焔:……ぐッ……ゥゥ……。
焔:大丈夫……大丈夫だ。あたしは焔。この子の……母親。

 傍らで眠る鱗の姿を見て微笑む。

焔:一人にはさせないよ、鱗。

 一方、やや離れた位置から焔の様子をうかがう骨喰たち。
 骨喰が後ろに控える町民たちに語りかける。

骨喰:見ろ、あの体たらく。猛然たる九尾の面影は露としてうかがえん。
骨喰:皮肉なものだなぁ。子を持ったがゆえに心は救われ、体は弱っていく。

 咳き込む骨喰。

骨喰:……さりとて同情の余地はない。
骨喰:さぁ、行こうか同志たち。九尾の首を飛ばし、腐る前にその肉を食らおう。
骨喰:ここから始まるぞ……俺たちの復讐が。

 焔の家へ大挙する骨喰と町人たち。
 その様子を影から伽藍と睡蓮が眺めている。

伽藍:おォおォ、大衆引き連れてご苦労さんだなァ。
伽藍:あの骨喰とかいう奴、なァんかくせェとは思ってたがよ。
睡蓮:止めないの?
伽藍:要らねぇよ。焔だぜ? あんな雑魚ども刹那で消し炭だろォ。
睡蓮:……だといいけれど。

 土足で上がり込んでいく町人たち。
 鱗の鳴き声がこだまする。

骨喰:不躾(ぶしつけ)で悪いな、焔さんよ。
焔:全くだね。どう落とし前つけてくれんだい?
骨喰:それはこっちの台詞だろ。
焔:何だって?
骨喰:俺らがただの暴漢に見えてるか? そうだろうな。
骨喰:端から見れば、武器を持った男たちが赤ん坊抱えた女を囲んでいるわけだ。
焔:……。
骨喰:だがお前は化け物だ。上手く隠したところで獣のニオイは消せねぇよ。
焔:……あたしを殺せば気は済むのかい。
骨喰:さぁ、それはやってみなければわからんな。ただ……。

 激しく咳き込む骨喰。
 押さえた手のひらに血がつく。

骨喰:あんたの肉で「不死」の体が手に入れば、さぞ気分は良いだろうなぁ。
焔:まだそんな迷信を真に受けてる奴がいたのかい……。
骨喰:お喋りは終いだ。抵抗しても構わんぞ。
骨喰:……できるものなら。

 焔に武器を向ける町人たち。
 鱗の泣き声が響く。
 うつむく焔。

焔:……頼みがある。
骨喰:「子どもは見逃してくれ」、か?
焔:ああ。
骨喰:お前次第だな。俺たちだって同族を手に掛けるのは忍びない。
焔:あたしのことは好きにしていい。……この通りだ。

 頭を下げる焔。
 不快を顕にする骨喰。

骨喰:ふん、一丁前に母を気取りやがって。……虫酸が走るぜ。
骨喰:いいだろう、大人しくくたばりゃあ子どもは見逃してやる。
焔:……感謝する。

 舌打ちし、手にしていた武器を振り上げる骨喰。

骨喰:……あばよ、化け物ッ!

 目を閉じる焔。

 刹那、振り下ろされる刃を制するように背後から轟音が響く。
 町人の叫び声が上がり、骨喰の腕が止まる。
 土埃の中から現れる伽藍。

伽藍:オイオイオイ……ふざけんなよなァ。
骨喰:……! あんたは……。
焔:が、伽藍……。
伽藍:お前何してんだ焔ァ! こんなゴミどもさっさと蹴散らせやァ!
骨喰:おい……なぜ邪魔をする。
伽藍:うるせぇぞ、黙ってろクソダボがァ! 俺は今最高に機嫌が悪ィからよォ、言葉には気ィつけろ!
骨喰:あんたもこいつの肉を目当てに来たんだろう? 欲に忠実だものなぁ、お前らは!
伽藍:黙れっつったよなァ……!?

 怒りを浮かべ骨喰に向かっていく伽藍。
 焦り、町人に指示を出す骨喰。

骨喰:お、おいッ、全員でかかれッ! そいつをぶっ殺せ!

 町人たちが伽藍に襲いかかる。
 騒ぎの中、睡蓮が焔の元へ向かう。

睡蓮:大丈夫? 焔。
焔:睡蓮……。
睡蓮:首領さんの言う通り、弱ってるとは言ってもあの程度何のことはなかったんじゃない?

 目を伏せる焔。

焔:……あたしは……人として生きていくと決めたんだ。
睡蓮:言っていたわね。
焔:この子の為に。だから人は喰わないし殺したくもない。
睡蓮:ご立派ねぇ。慈愛の仏様にでもなるつもり?
焔:そんなつもりじゃ……。
睡蓮:あなたが死んだらこの子はどうなるの?

 ようやく泣き声が落ち着いた鱗の顔を覗く焔。
 睡蓮の方を見る。

焔:……すまん、この子を見ててくれないかい?
睡蓮:構わないけれどどうする気?
焔:あいつを止めねぇと。
焔:このままじゃ……皆殺しにしちまう。
焔:頼んだよ、睡蓮。

 睡蓮に鱗を預け、伽藍に向かっていく焔。
 ため息をつき、鱗をあやす睡蓮。

睡蓮:よしよし……。あなた愛されてるわね……鱗。

 次々と響く破壊音。町人たちが倒されていく。
 惨状を前に佇む骨喰。

伽藍:あとはてめぇだけだなァ、骨喰さんよォ。
骨喰:……こんなことなら案内なんかしなけりゃよかったな。
伽藍:残念だったなァ。

 真っ直ぐに伽藍を睨みつける骨喰。

骨喰:黄泉(よみ)でお前らを呪ってやる。
伽藍:ククッ、そん時ァ黄泉神(よもつかみ)によろしくなァ。

 骨喰に手を伸ばす伽藍。
 焔の鋭い声がそれを制する。

焔:伽藍ッ! やめな!
伽藍:……あァ?
焔:もう十分だ。命までは取るな。
伽藍:オイオイオイ……どこまで腑抜けちまったんだァ、焔。
骨喰:全くだな。どういうつもりだ?
焔:筋を通したいだけだよ。…人としてのね。
骨喰:……ははッ、ははははは!

 高らかに笑う骨喰。
 やがて咳き込み、大量の血を吐く。

骨喰:気安く人を語るな、化け物がぁッ!

 焔に近づいていく骨喰。

伽藍:おい、待ててめぇ……。
焔:伽藍、手を出すな。
伽藍:!
骨喰:文明も秩序も……この世の礎(いしずえ)は全て人間が作り上げてきた!
骨喰:それをただ……力があるだけでお前らが蹂躙していいはずがない!
骨喰:当然のように奪い、殺し……さも自らが支配者であるかのように振る舞いやがってッ!
焔:……。
骨喰:よこせ……。今度は俺が奪ってやる。
骨喰:お前の肉を喰わせろォッ!

 血走った目で焔に近づいていく骨喰。

伽藍:チッ、どっちが化けモンだよこれじゃあ……。
骨喰:あああああああッ!

 焔に襲いかかる骨喰。
 差し出した腕の一部が食いちぎられる。

伽藍:焔ッ!

 骨喰の口から赤い血がしたたり落ちる。

焔:……満足かい。
骨喰:ハァッ、ハァッ……!
焔:あたしが「不死」なら何の苦労もしちゃいないよ。
焔:ちゃんと苦しんでるし、この通り赤い血も流れてる。
焔:だがよ……だからこそあの子のことが愛おしいんだ。
焔:残りの命をかけても守りてぇって思える。
骨喰:……ッ。
焔:この気持ちは同じじゃないのか。人間も化け物も。

 崩れ落ちる骨喰。
 悔しげに床を殴る。

骨喰:……ちくしょう……ちくしょォッ……!

 その様子を静かに眺めている睡蓮。

睡蓮:(人間と化け物が分かり合うなんて、この町に朝がくるのと同じくらいにあり得ないこと。)
睡蓮:(だけど、その不条理に自ら歩み寄ろうとする彼女はとても気高く見えた。)

 騒ぎが去った後、民家の軒先にて。

伽藍:あ〜あ〜、ホントによォ。
焔:何だい、うるさいね。
伽藍:殺しときゃあよかったんだよ、ああいう手合いは。
焔:それじゃあイタチごっこさ。
伽藍:あいつがこりてなかったらどうすんだよ。
焔:目的が「不死」を手に入れることなら、もう来ないと思うけどねぇ。
焔:ただ、この子を狙うってんなら話は別だ。
伽藍:あァ?
焔:鱗を傷つける奴は骨も残さねぇ。
伽藍:ははッ、いいねぇ。それでこそ俺の嫁。
焔:まだ言ってんのかい。
睡蓮:あら、人間は殺さないんじゃなかったの?
焔:あー……言葉の綾だよ今のは。
伽藍:はははッ。さァてと、んじゃ俺帰るわ。
伽藍:さすがにこれ以上、里空けんの不味いしよォ。
睡蓮:……意外とあっさりしてるわね。
伽藍:いやァ、諦めたワケじゃねぇから。俺は死ぬほどしつこいからよォ。なァ、焔?
焔:ったく物好きな男だよ、本当に……。
伽藍:へへ、わかってんじゃァねぇか。

 焔に抱かれた鱗を覗き込む伽藍。

伽藍:おいクソガキィ。お前も男だろうがァ。
伽藍:早くデカくなって母ちゃん守れるくらいになれよなァ。

 鱗が伽藍に笑いかける。
 面食らう伽藍。

睡蓮:あ……笑ってる。
焔:はは、気に入られてんじゃないか、あんた。
伽藍:……チィ。本当にふてぶてしいガキだぜェ。じゃァなァ。

 背を向ける伽藍。
 咄嗟に呼びかける焔。

焔:伽藍!
伽藍:んぁ?

 焔の顔に笑みが浮かぶ。

焔:またな。
伽藍:……おォ。

 片手を上げ去っていく伽藍。

焔:(今はまだこの子に何をしてやれるか自分でもわからねぇ。)
焔:(陽も届かぬこの町じゃあ困難に当たる方が多いだろう。)
焔:(だがいつか……。)
焔:(大きくなった息子が、あたしが母で良かったと……少しでもそう思ってくれたなら、この上ない幸せだね。)

 腕に抱かれた鱗の顔を覗き込む焔。
 人間の赤ん坊は無邪気な顔で母に笑いかけている。

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