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メガロポリスの悪霊

【タイトル】
「メガロポリスの悪霊」
殺し屋シリーズ・2部7話

【キャスト総数】
5(男:2 女:3)

【上演時間】
30〜分

【あらすじ】
――ああ、あの韓国人(コリアン)か。
あいつは良いモン持ってるぜ。
得物じゃねぇ、狙撃の「腕前」の話しさ。
あんたのお眼鏡にも叶うんじゃねぇかな。

巨帯都市(メガロポリス)の中心にそびえ立つ
権力の象徴たる高層ビル。
繁栄と陰謀の渦巻く街を見下ろしながら
「クイーン」は旧知のビジネスパートナーを待っていた。

歓談中に現れた、予期せぬもう一人の訪問客。
都市に災厄をもたらさんとするその男は
自らを「悪霊」と称した。

【登場人物】
・クルム(男)
「魔弾の射手」の名を持つ殺し屋。
ホープのバディであるスナイパー。

・銀(女)
「イン」。
ホープのマネージャー。
時折会話に母国語が混じる。

・アッシュ(男)
マフィア「ベルトリオファミリー」三代目頭目。
火傷跡を持つ殺し屋。

・リグレット(女)
「霧のリグレット」の名で恐れられる猟奇殺人犯。
数々のナイフを用いて獲物を刻む。

・ベアトリス(女)
「ベアトリス・“クイーン“・ディアロ」。
巨帯都市を統べる現市長。

【本編】
クルム:(多分、俺は殺し屋には向いてねぇ。)
クルム:(たまたま銃が仕事道具で、たまたま狙撃の才能が少ぉしあっただけだ。)
クルム:(兵役を経て、裏の世界に片足を突っ込んだ。)
クルム:(かろうじてまだ戻れたんだろうが、そこで銀(イン)の奴と出会っちまったのが運の尽きだ。)
クルム:(「君は絶対に稼げる」とさ。)
クルム:(そうだなぁ、多少は良い思いはできたよ。)
クルム:(酒と女に困ることはなかった。)
クルム:(だがな、やっぱ俺には向かねぇ。)
クルム:(スコープを覗くとあり得ねぇものが映り込む。)
クルム:(そいつは血まみれの顔で俺の方をじっと見てくるんだ。)
クルム:(プローンで狙ってる時、後ろに立ってることもある。)
クルム:(要するに……ビビリなんだよ。)
クルム:(そんなザマで「魔弾の射手」だぁ?)
クルム:(似合わねぇって。誰が言い出したのか知らねぇが金輪際呼ばないでくれ。)
クルム:(まぁでも……後戻りができねぇところまで来ちまったのも事実なんだよな。)

 ネオンの照らす眠らぬ街。
 その中央にそびえる高層ビルのワンフロア。

 廊下で血を流し、床に転がる屈強な黒服たち。
 巨大なナイフについた血を振り落とし、女性が先へと歩いていく。
 やがて目の前に現れた男に目を向ける。

リグレット:……あら? あなたは……。
クルム:よォ、元気そうじゃねぇか。
リグレット:そちらも壮健のご様子で何よりです、ミスター。
クルム:ったく、何人やりやがったんだ?
クルム:こいつらだってその道のプロのはずなんだがなぁ。
クルム:絶好調じゃねぇか、怪物(モンスター)め。
リグレット:哀れな贋作(がんさく)の群れに私の歩みを止めることなどかないません。
クルム:そうかい。で、何が目的なんだ?
クルム:ここがどこだかわかっててカチこんでんのか?
リグレット:目的、ですか。
リグレット:私の望みは以前にお会いした時と変わりません。

 冷たい笑みを浮かべるリグレット。

リグレット:あなたの首を主のもとへ奉(たてまつ)るのみです。
クルム:……話が通じねぇんだよな。
クルム:聞いた俺が馬鹿だった。

 拳銃を構えるクルム。

リグレット:ふふ、よく狙いなさい。
リグレット:私の心臓はここです。
リグレット:黒い羊の牙をお見せくださいませ。

 引き金に指をかけるクルム。

クルム:(嬢ちゃんが羨ましいぜ。)
クルム:(あれだけ迷いなく仕事ができりゃあ、ウダウダ考える必要もねぇだろう。)
クルム:(なぁ、銀(イン)よォ。)
クルム:(俺には殺し屋も子守りも向いてねぇ。)
クルム:(見てみろ、こんな時だってのにまた俺を見てきやがる。)
クルム:(タチの悪ィ、「悪霊」が。)

 銃声が響く。

 高層ビルの上層部に位置するワンフロア。
 一室で歓談する声が聞こえてくる。

ベアトリス:ははは、それは傑作だ。
ベアトリス:言ってくれるじゃないか、二代目は。
ベアトリス:私を良い声で鳴かせてくれるって?
銀:是的(シーデァ)。すっごい下卑た顔で言ってたよ。
銀:食欲が失せたね、あれは。
ベアトリス:一度聴いてみたいよ、私自身がね。
銀:一目見た時から小物のニオイがプンプンしてさぁ。
銀:遅かれ早かれ、ああいう結末になってたと思うよ。
銀:彼に「ベルトリオ」は過ぎたオモチャだ。
ベアトリス:そうだね。
ベアトリス:で、後に成り上がったのが……「火傷顔」の?
銀:そ、ハンサムくん。
銀:もう十分過ぎるほど耳に入ってるでしょ?
銀:近頃でシャレにならないくらいファミリーの名はでかくなってるみたいだし……。
銀:君もさすがに無視はできないんじゃないかな。
ベアトリス:ごもっとも。
ベアトリス:もはや無法者の集団と呼ぶにはいささか響きがぬるい。
ベアトリス:彼らはひとつの巨大な組織だ。
ベアトリス:我々と違うのは明確な「秩序」を必要としないところだね。
ベアトリス:ゆえにトップの思想が色濃く反映される。
ベアトリス:彼は権力者に反抗したいのかな。どうもそんな風に見えるよ。
銀:同感(トンガン)。そこでだ、ベアトリス。
銀:私がこうして会いに来た意味もわかるかい?
ベアトリス:アポを取り付けた時からわかっていたさ。

 おどけたように猫の真似をする銀。

銀:猫の手はいらないかにゃあ?
ベアトリス:ふふっ、願ってもないが……。
ベアトリス:「エクスマキナ」のお嬢さんは子守りで忙しいんじゃないのかい?
銀:うわっ、どこから……。
銀:まぁねぇ。ぶっちゃけるとベルトリオの坊っちゃんからすでに依頼は貰ってるんだけどさぁ。
ベアトリス:それでは私の取り付く島はなさそうだね。
銀:あまり期待してないんだ。
ベアトリス:へぇ……なぜ?
銀:坊っちゃんはねぇ、ボスの器じゃないかな。
銀:若さもあるけど根本的に向いてない。
銀:優しすぎるんだよね、彼は。
銀:気の毒だけど、ファミリーを取り返したとしてもまとめ上げるのは無理だ。
ベアトリス:ふゥん……。まぁ、男は多少危険な香りがする方が魅力的ではあるがね。
銀:うんうん。と、いうワケで!
銀:ウチのツートップが責任持ってハンサムくんを殺(と)ってあげるよ!
ベアトリス:そういえば「魔弾の射手」は?
ベアトリス:一緒に来ると聞いていたけど。
銀:来てるよ。
銀:「おカタい話は眠くなるから勝手にやってくれ」だってさ。
銀:そのへんにいるんじゃない?
ベアトリス:はは、同じような台詞を前にも聞いた気がするなぁ。
ベアトリス:どうもそういう気質が多いようだね、殺し屋は……。
銀:せっかくだし挨拶したら? って言ったんだけどねぇ。
ベアトリス:構わないよ。どうせなら美女の相手がしたい。
ベアトリス:……飲むかい?

 酒のボトルを取り出すベアトリス。

銀:哇哦(ワオ)!
銀:いいの? 高いんでしょ〜、コレ。
ベアトリス:前金代わりさ。
銀:謝謝(シェシェ)〜。
銀:こりゃあ、しっかり働かないとね。

 銀のグラスに酒を注ぐベアトリス。

ベアトリス:じゃあ改めてお願いするよ、銀(イン)。
ベアトリス:私としても協力は惜しまないつもりだ。
ベアトリス:持っている情報は全て渡そう。
銀:本気だねぇ。
ベアトリス:これはもはや戦争だよ。
ベアトリス:歴史の教科書には決して載せられない、舞台裏で起こった戦争。
ベアトリス:彼らには静かに退場してもらう。
ベアトリス:カーテンコールもなしだ。

 グラスを傾ける銀。

銀:おっかないなぁ。
銀:君のそんな顔初めて見たよ、市長様。
ベアトリス:おっと、いけないな。美容の敵だ。

 ふと、ドアのノックされる音が聞こえる。
 ドアの方を向く二人。

銀:おや、お客さんだよ。
ベアトリス:ん? どちら様だろう。
ベアトリス:心当たりがないが……。
銀:あっもしかしてクルム?
銀:もォ、やっぱ寂しくなったんでしょ。
銀:ほら、良いお酒あるよ〜。

 静かにドアが開く。
 一人の男が悠然と歩いてくる。

アッシュ:グッドイブニング、お二方。

 飲んだ酒にむせて咳き込む銀。
 すぐに呼吸を整える。

銀:……ハァ? 嘘でしょ、本物?
アッシュ:はは、偽物だとしたらこの火傷のメイクさんは相当な腕前ですよ。
アッシュ:店でお会いした以来ですね。お嬢さん……銀(イン)さんでしたっけ。

 火傷顔の男を眺めた後、グラスを置くベアトリス。

ベアトリス:……いや、本当に驚いたな。
ベアトリス:とんだサプライズだ。今日は誰かのバースデーだったかな?
アッシュ:初めまして市長。アッシュと申します。
ベアトリス:今はその名前なんだね。
アッシュ:と、言いますと?
ベアトリス:とぼけなくていい。
ベアトリス:ブージャムには随分と世話になったからね。
ベアトリス:君のことはよく聞いてるよ。
アッシュ:ははは……誰ですか、それ?
アッシュ:記憶にないですねぇ。
ベアトリス:ふっ、それは失礼。

 立ち上がり、アッシュと対面するベアトリス。

ベアトリス:それで、目的は何かな?
アッシュ:そう身構えないでくださいよ。
アッシュ:ほら、肩の力を抜いて。
アッシュ:美味しそうなお酒もあるじゃないですか。
銀:あ、飲む?
アッシュ:高価なお酒に両手には花。
アッシュ:実に良い夜ですねぇ。
ベアトリス:目的は?
アッシュ:はは、釣れないなぁ……。
アッシュ:はいはい、目的ね。
アッシュ:とある方が掲げていた「変革」の遂行です。
アッシュ:殺し屋に利権の認められる世界の実現。
ベアトリス:……。
アッシュ:僕はただ、あの人の意思を継ぎたいだけなんです。
アッシュ:全てはより良い裏社会の為に。
ベアトリス:……ククッ、はははっ!
アッシュ:あれ、ジョークを言ったつもりはなかったんですが。
ベアトリス:いや失敬。いつも相手にしている二枚舌の政治家とそっくりな物言いだったものでね。
アッシュ:それはそれは……。
ベアトリス:残念だが君にあの男の代わりは務まらない。
ベアトリス:場当たり的な方策は支持率を下げるだけだよ。
アッシュ:さすがは「クイーン」。器が違いますね。
銀:んー、最近すごい勢いで勢力拡大してるよね、「ベルトリオ」は。
銀:見たとこ君は表立ったことはしてないみたいだけど……。
銀:最終的にはフィクサー的な立場をご所望なのかな?

 小さくため息をつくアッシュ。

アッシュ:……あの、逆にお聞きしたいんですけど。
アッシュ:目的ってそんなに重要ですか?
アッシュ:ハッキリしてると何か偉いんですかね?
アッシュ:よく聞かれるんですよ、「目的は何だ」とか「何が望みなんだ」とか。
銀:そりゃ当然でしょ。
アッシュ:別にそんな大層なものありませんってば。
アッシュ:そうですねぇ……強いて挙げるなら、あなたみたいな権力者が椅子から転げ落ちていくのを見てみたいだけですよ、市長。
銀:はぁ、なるほど。
銀:これはあれだね……ヤバいな。
ベアトリス:ふぅ……さしずめ、ブルータスと言ったところか。
アッシュ:やっぱりショーは特等席で観たいですからね。
アッシュ:そのための筋書きの方も大詰めです。

 傍らにあるソファへ腰掛けるアッシュ。

アッシュ:楽しみましょうよ。
アッシュ:これからもっと面白くなりますよ。
ベアトリス:生憎だが、チープでバタくさいコメディで客は呼べないよ。
銀:あれ、何か聞き覚えのある言い回し……。
アッシュ:そうですか? 僕は結構好きなんですけどね。
ベアトリス:全てが思い通りにいくとは考えないことだ、坊や。

 ベアトリスの目をじっくりと眺めるアッシュ。
 やがて口元に笑みが浮かぶ。

アッシュ:……はは、良いですねぇ。
アッシュ:その目。虫けらを見る目だ。
アッシュ:蟷螂(とうろう)の斧を構えたところで、あなたにとってはお遊戯みたいなものでしょうか。
ベアトリス:難しい言葉を知ってるじゃないか。

 アッシュが小気味よく手をたたく。

アッシュ:あっ、そうだ!
アッシュ:市長にお会いしたら、ぜひ聞いてみたいことがあったんですよ。
ベアトリス:何かな?
アッシュ:どんな良い声で鳴くのか。

 瞬間、乾いた銃声が鳴りベアトリスの足が撃ち抜かれる。

ベアトリス:ッ!
銀:ベアトリス!

 崩れ落ちるベアトリス。
 床に血が流れていく。

ベアトリス:ぐッ……う……ッ。
アッシュ:ははは、随分と色気が増しましたよ市長。
銀:真是(ゼンシィ)……。何がしたいんだ、君は。
アッシュ:何って……こういうことですよ。
アッシュ:いいですか、王であるあなたが虫けらに過ぎない僕に見下されてる。
アッシュ:この街のあるべき姿に返るだけです。
アッシュ:金と暴力が権力を喰らい尽くす、僕を育ててくれた愛すべき街。
アッシュ:その中心に立つべきなのは「殺し屋」ですよ。
ベアトリス:……外れているネジは一本どころじゃなさそうだね。
アッシュ:おや、まだ皮肉を飛ばす余裕があるんですね。
ベアトリス:許されると思っているのかい……こんなことをして。
アッシュ:許しですか?
アッシュ:そんなもの殺し屋になった時から期待してませんよ。

 愉快にベアトリスを見下すアッシュ。
 隙を突いて銀が小声でクルムにコンタクトを取る。

銀:……クルム。異常事態。すぐに来て。
アッシュ:来ませんよ、「魔弾」さんは。
銀:っ!
アッシュ:市長ご自慢のSPもね。
アッシュ:今頃、僕の可愛いお人形と遊んでいるはずです。
銀:何だって……。
アッシュ:賭けでもしますか?
アッシュ:どちらが生きて、あのドアを開くか。
銀:お人形……「霧のリグレット」かい?
アッシュ:ええ。なかなかに腕の立つ子ですよ。
アッシュ:狙撃専門の「魔弾」さんには少々分が悪いかもしれませんね。
銀:……。

 挑戦的な笑みを浮かべる銀。

銀:舐めないでほしいね。
銀:彼は負けないよ、絶対に。
アッシュ:へぇ……信用あるんですね。
銀:彼は誰にも負けない。

 ――とある日の回想。
 声をかけられたクルムが振り返る。

クルム:あ? 何だって?
銀:クルムさぁ、ホントはあの時ホープちゃんを援護できてたでしょ?
クルム:……ふん。
銀:確かに不運(アンラック)は化け物だけど……。
銀:私はそれ以上だと思ってるよ、君のこと。
クルム:生憎、俺は普通の人間でな。
銀:もォ、はぐらかさないでよ。
クルム:話はそれだけか?
クルム:終わりなら行くぜ。

 やや遠慮がちにクルムをうかがう銀。

銀:……まだ指が震えるの?
クルム:違ぇよ。万が一嬢ちゃんに当たるリスクの方を取っただけだ。

 去っていくクルム。

銀:そんなわけないじゃん。
銀:君に限って……。

クルム:(あいつの言う通りだ。)
クルム:(本当はあの時も「悪霊」が見えていた。)
クルム:(霧の夜、この怪物(モンスター)を撃った時だってそうだ。)
クルム:(頭を撃ち抜いていれば、こうならずに済んだってのに……。)
クルム:(でもなァ、あの時殺(や)っちまってたら嬢ちゃんはどんな顔してたかな。)
クルム:(弱ぇんだよなぁ……女の涙には。)

 クルムとリグレットの戦いが続いている。
 間合いを取り、口を開くリグレット。

リグレット:……不思議ですね。
クルム:何がよ。
リグレット:あなたが相当にお強いのは認めましょう。
リグレット:こうも間合いに立ち入ることができないのは初めてです。
クルム:そりゃあどうも。
リグレット:ですが、なぜ引き金の手を緩めるのでしょうか?
リグレット:何度も好機はあったはずです。
クルム:……。
リグレット:何か、ためらっていますね。
リグレット:恐れ、逡巡(しゅんじゅん)、苦悩……。
リグレット:あなたも救いを求める一匹の子羊ということですか。
クルム:……あァ、怖ぇよ。
クルム:救えるもんなら救ってほしいぜ。
リグレット:ならば神に祈ることです。
クルム:届かねぇさ。
クルム:こんな男の祈りなんざ。
リグレット:安心なさい……神は全てに平等ですッ!

 間合いを詰めるリグレット。
 クルムが襲い来るナイフをかわしていく。

クルム:チッ……!

 すかさず銃を構える。

リグレット:どうしました……撃ちなさい!
リグレット:このがらんどうに痛みを教えてくださいませ!

 しかし銃口は下げられる。

クルム:……できねぇなぁ。
リグレット:何を……。
クルム:あんたを撃ったら嬢ちゃんが泣いちまう。
リグレット:嬢ちゃん?
クルム:「エクスマキナ」……。
クルム:ホープの嬢ちゃんさ。

 リグレットの顔色が変わる。

リグレット:あの子が……悲しむ?
クルム:友だちなんだろ、あんたら。
リグレット:友……ですって?

 冷たく笑うリグレット。

リグレット:何を言い出すかと思ったら……世迷言(よまいごと)に付き合う気はありませんよ。
クルム:逃げんじゃねぇよ。
リグレット:……!
クルム:ちゃんと向き合ってやれ。
クルム:何があったかは知らねぇが、耳ふさいでナイフ振り回してるだけじゃあガキと変わらねぇぞ。

 リグレットの顔から笑みが消えていく。

リグレット:……お黙りなさい。
クルム:少なくとも嬢ちゃんはあんたと向き合うつもりだ。
クルム:あの馬鹿みてぇに真っ直ぐな目でな。
リグレット:黙れッ!
リグレット:啓示のつもりですか……贋作(がんさく)の分際でッ!

 ナイフが突き立てられる。
 紙一重でかわすクルム。

クルム:くッ……。
リグレット:向き合うですって? 何を今さら……。
リグレット:あの子が見据えているのは希望に満ちた未来だけです。
リグレット:その未来に私は必要なかった。
リグレット:だから置いていった!
リグレット:過去を捨て去って……私の神にまで牙をむこうとしている。
リグレット:許せない……殺してやるッ!

 ナイフを振りかぶるリグレット。
 避けずに腕で防ぐクルム。
 血が床に飛び散る。

クルム:いッ……てぇなぁクソ。
リグレット:なぜ……避けないのですか。
クルム:気付け代わりだよ。

 腕を振り払い、ナイフを抜くクルム。

リグレット:随分と雰囲気が変わられましたね。
クルム:そうかい?
リグレット:獲物を狙う猛獣の眼です。
クルム:勘弁してくれよ。

 拳銃を構えるクルム。

リグレット:頃合いでしょうか。
リグレット:私は主の元へ向かわなければなりません。
クルム:気が合うなぁ。
クルム:俺もボスんとこに行きてぇんだ。
リグレット:できるのですか? その腕で……。

 クルムの腕から血が流れ続けている。

クルム:悪ィが絶好調だぜ?
クルム:バッチリ目ぇ覚めたからな。
リグレット:ふふ……口の減らない。

 懐から新たなナイフを引き出すリグレット。

リグレット:あなたとホープの首。
リグレット:並べて主の元へと奉りましょう。

 一気に間合いが詰められる。

クルム:……悪ィな、嬢ちゃん。

 銃声が鳴り響く。

 ――一方、上層階の一室。
 かすかに聞こえた銃声に顔を上げるアッシュ。

アッシュ:おや、また銃声がしましたね。
アッシュ:決着も近いかな。

 足に負った傷を押さえ、苦痛に耐えるベアトリス。

ベアトリス:クッ……ハァ、ハァ……。
アッシュ:辛そうですねぇ。
アッシュ:大丈夫ですか、市長。
ベアトリス:全く……良い性格をしているね、君は。
銀:喂(ウェイ)、ハンサムくん。
アッシュ:はい?
銀:君、「霧のリグレット」とはどういう関係なの?
アッシュ:おカタい言い方をすればビジネスパートナーです。
アッシュ:殺しの腕も申し分ないし、何より僕に妄信的なところが良いですね。
アッシュ:ある意味……「霧のリグレット」を生み出したのは僕かも。
銀:なかなか根の深い話みたいだね。
アッシュ:そうですね。
アッシュ:ナイフ一本でも人間はここまで変わることができるんですよ。
ベアトリス:……お陰様で随分と迷惑を被(こうむ)った。
ベアトリス:「猟奇殺人犯」の肩書は市民に恐怖を植え付けるのには十分過ぎる。
ベアトリス:騒動に乗じて私をこき下ろそうとする連中の相手には……骨が折れたよ。
アッシュ:それは申し訳ありませんでした。
アッシュ:できる限り派手に殺すように指示していたもので。
ベアトリス:彼女も……君のマリオネットだったというわけか。
アッシュ:ええ。愛を教えてあげたんです。
アッシュ:可愛いお人形にね。
銀:嘘ばっかり。
アッシュ:はは……とことん信用ないなぁ。

 ドアの向こうで足音が聞こえる。

アッシュ:ん、誰か来たみたいですよ。
アッシュ:さて、どちらでしょうね。

 開くドアに視線が集中する。
 立っているのはリグレット。

リグレット:……主よ。
銀:……!
アッシュ:やぁ、おかえりなさいリグレットさん。
アッシュ:ちょうどあなたの話をしていたところです。
リグレット:おまたせしてしまい申し訳ございません。
アッシュ:「魔弾の射手」は?
リグレット:死にました。
アッシュ:……だそうですよ、銀(イン)さん。
アッシュ:賭けは僕の勝ちですね。
ベアトリス:……銀。
銀:……。
アッシュ:ご苦労様でした。
アッシュ:よく頑張りましたね。
リグレット:もったいないお言葉です。
アッシュ:ほら、愛してあげますよ。

 腕を広げるアッシュ。
 顔を伏せるリグレット。

リグレット:……申し訳ありません、主よ。
リグレット:まだ子羊が残っているようなので……務めを果たして参ります。
アッシュ:あ、そうですか。
アッシュ:うん、それじゃあお願いしますね。
リグレット:はい。……それでは失礼します。

 去っていくリグレット。

ベアトリス:やれやれ……子羊とはウチのSPのことかな。
アッシュ:ええ。ここは僕らが丸ごといただきますので。
ベアトリス:どこまで罪を重ねれば気が済むんだい、君は。
アッシュ:罪? ああ、あなた方が大好きな「法」ですか。

 ベアトリスの顔を覗き込むアッシュ。

アッシュ:残念ですね。
アッシュ:僕は死人ですから生者の法は適用されません。
ベアトリス:そんな子供じみた理屈が通用すると思わないことだ。
ベアトリス:現実は甘くないよ……ボク。
アッシュ:ははッ! じゃあさっさと止めてください。
アッシュ:綺麗事や口先だけでここまで上ってきたわけじゃないんでしょう、市長?
アッシュ:ほら……たかが「悪霊」のイタズラですよ、こんなの。
銀:……。
アッシュ:ねぇ、そうでしょ銀さん。
アッシュ:「魔弾」さんが殺(と)られたの、そんなにショックでしたか?
銀:……あぁ、不好意思(ブーハオイースー)。
銀:ちょっと考え事してた。
アッシュ:え?
銀:いや、ペイの使い道をね。
銀:これだけデカいシノギだもん、期待が膨らむよ。
銀:ねぇベアトリス?
ベアトリス:……ふっ、もちろんさ。
ベアトリス:私を脅威から救ったとなれば、君らは英雄だ。
銀:教科書には載らないけどね。
アッシュ:あはは! 良いですねぇ。
アッシュ:がぜん、あなたの歪んだ顔も見たくなってきましたよ。
銀:悪いけど信じてないんだ。クルムが負けたなんて。
銀:それにね、ウチにはもうひとりエースがいるの、お忘れ?
アッシュ:クク……「エクスマキナ」。
銀:是的(シーデァ)。
銀:歪むのは君の火傷顔の方かもしれないよ、ハンサムくん。
アッシュ:楽しみにしておきます。

 グラスに酒を注ぐアッシュ。

アッシュ:本当に良い夜だ。
アッシュ:銃声をバックにお酒が飲めるなんて……。
アッシュ:これからどんどん音が重なっていくんでしょうね。
アッシュ:まるで殺し屋の協奏曲(コンチェルト)と言ったところですか?
銀:何、もう酔ってるの?
アッシュ:ええ、久しぶりに満たされた気分です。
アッシュ:乾杯しましょうよ、銀(イン)さん。
銀:やれやれ、違う形で飲みたかったなぁ君とは。

 2つのグラスが掲げられる。

アッシュ:「変革」の時に。
銀:……干杯(ガンベイ)。

 ――別フロア・連絡通路。
 ブッチャーナイフを振るうリグレット。
 一人、一人とSPが倒れていく。

リグレット:(あの男は死んだ。)
リグレット:(そう、死んだはずだ。)
リグレット:(……どういうつもりだったの……。)
リグレット:(あの最後の言葉は……!)

 リグレットとクルムの戦いがフラッシュバックする。
 クルムの撃った銃弾は外れ、窓を割る。
 リグレットの刃がクルムの腹部を深く貫いている。

リグレット:……なぜですか。
リグレット:なぜ撃たない!
リグレット:……「魔弾の射手」。
クルム:何でだろうなぁ。
クルム:自分でもわからねぇよ。
リグレット:その傷ではもう助かりません。
クルム:そうかもな。
リグレット:理解できない。
リグレット:「殺し屋」でしょう、あなた。
クルム:……。

 傷口からとめどなく血が流れる。

クルム:ッかしいなぁ、年下の女なんざ趣味じゃねぇと思ってたんだが……。
リグレット:何を……おっしゃっているのです。

 顔を上げ、リグレットを見据えるクルム。

クルム:なぁ……。ホープの嬢ちゃんは必ずここまで来るぜ。
クルム:あんたにとっての「希望」になるんだとよ。
クルム:その時は逃げんな。ちゃんとあいつの目を見ろ。
リグレット:……ッ!
クルム:それでもまだナイフを離さねぇのなら……。
クルム:俺があんたを殺す。
リグレット:……世迷言が過ぎますよ、ミスター。

 自嘲気味に笑うクルム。
 なおも出血は止まらない。

クルム:(確かにな……。なんてザマだ。)
クルム:(どうしちまったんだ、俺は……。)
クルム:(もっと合理的な奴だったろうがよ。)
クルム:(仕方ねぇよなぁ、嬢ちゃんの為だ。)
クルム:(だってよォ、あいつに背を預けてる間は「悪霊」が全く出てこねぇんだ。)
クルム:(それに……どれだけ救われたかな。)

 後ずさる形でリグレットから距離を取っていくクルム。
 やがて先程割れた大窓の近くまで移動する。
 窓から強い夜風が吹き抜けている。

リグレット:あなた、何を。
クルム:疲れたんでな……。休暇をもらう。

 縁に手がかけられる。

クルム:じゃあな、怪物(モンスター)。

 浮遊するように窓から身を投げるクルム。

リグレット:ッ!

 窓から外を見下ろすリグレット。
 すでにクルムの姿は見えず、大都会のネオンだけが輝き続けている。

リグレット:(あの高さから身を投げて助かるはずがない。)
リグレット:(それにあの傷……。)
リグレット:(……フフッ、死んだ死んだ……。)
リグレット:(神に仇なす者は、皆死ぬ。)
リグレット:(あなたもですよ、ホープ。)
リグレット:(さぁ、早く迎えにきてごらんなさいよ……。)
リグレット:(その希望も全て断ち切ってあげますから。)

 胸に湧いた一抹の邪念を振り払うように笑うリグレット。
 黒服がまた一人倒れ、通路の先へと姿が消えていく。

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