カンテラ町の灯【雷鳴】
【タイトル】
「カンテラ町の灯【雷鳴】」
(カンテラちょうのともしび【らいめい】)
カンテラ町シリーズ・5話
【キャスト総数】
4(男:2 女:2)
【上演時間】
20〜分
【あらすじ】
外周にぐるりと吊るされたカンテラの灯。
骸のように聳えた建造物が立ち並び、天を覆う。
常に空気は薄暗く陽の光が地を照らすことはない。
――そこは「カンテラ町」。
青白く揺れる灯がともる町。
その光は彼岸の者から身を守り、
彼岸の者を逃さない。
天が怒っている。
陽の差さぬ地の果ての町に雷鳴が轟く。
カンテラの灯を前にする一組の男女の姿。
覇道と我道、相反する思想がぶつかり合う。
【登場人物】
・紫雲(男)
「しうん」。
「カンテラ町」に訪れた医師。
現在は二番街で療治に勤めている。
・麻由良(女)
「まゆら」。
「カンテラ町」五番街に住む。
強固な錠を売る「錠前屋」。
・黄雲(男)
「きうん」。
紫雲の実兄。
雷の力と太刀を操る武人。
・槐(女)
「えんじゅ」。
黄雲に付き従う麗人。
特殊な「色香」の力を操る。
【本編】
カンテラ町の門外。
外周に吊るされたカンテラの灯を前に佇む一組の男女の姿。
揺れる灯を見つめ、男が口を開く。
黄雲:ここか、「カンテラ町」とやらは。
槐:左様にございます。
槐:外周に吊るされた青白い灯。相違ございません。
黄雲:陰気な場所だ。
黄雲:煤(すす)けた空気が鼻についてかなわんわ。
槐:聞けば一切の陽光が通らず、常に闇が町を覆っているとのこと。
槐:あなた様のような御方には不相応な舞台でございます。
黄雲:奴には相応しい住処かもな。
黄雲:昔から暗がりを好んでいた。
黄雲:いや、好まざるを得なかったと言った方が正しいか。
槐:……姿を現すでしょうか。
黄雲:何、現わさなければ炙(あぶ)り出すまでだ。
男がカンテラの灯に近づく。
黄雲:これが噂に聞く魔除けの灯か。
黄雲:なるほど、名に恥じぬだけの力は感じる。
槐:いかがいたしますか?
黄雲:灯が吊るされているのは外周のみであろう。
黄雲:天に灯を掲げるわけにはいくまい。
槐:承知いたしました。ならば後程に……。
黄雲:うむ、中で落ち合おう。
黄雲:お前の力をもってすれば、まかり通ることなど造作もなかろう、槐(えんじゅ)よ。
槐:ふふ、無論にございます。
黄雲:では先に行く。少し離れていろ。
槐:はい。
頭を下げ、男から距離を取る「槐」と呼ばれる女。
雷鳴が轟くと同時に男の姿は忽然と消えている。
槐:お気をつけて……黄雲(きうん)様。
カンテラ町、「五番街」。
轟く雷鳴に天を見上げる「錠前屋」麻由良。
麻由良:……嫌な空模様ね。天がお怒りだわ。
露店の錠を集め、店じまいを始める。
なおも鳴り続ける雷。
ふと顔を上げる麻由良。
前方の暗がりからこちらへと歩み寄る気配を感じる。
麻由良:あら、いらっしゃい。
麻由良:今日は店じまいにしようかと思ったけれど……珍しい客ね。
槐:麻由良(まゆら)かえ。久しいのう。
槐:相も変わらず陰鬱(いんうつ)な顔じゃ。
麻由良:あなたの下品な風貌(ふうぼう)もね、槐。
麻由良:女の色香は内に秘めてこそ価値の出るものよ。
槐:クク、達者な口も変わらぬわ、小娘が。
腕を組み、麻由良に対して厳しい目を向ける黄雲。
黄雲:……麻由良。
麻由良:お久し振り、「雷(かみなり)」様。
麻由良:この空の荒れ様、まさかとは思ったけれどやっぱり来てたのね。
黄雲:うむ。貴様らの居所を突き止めるのには少々骨が折れたぞ。
麻由良:カンテラは……あなたには意味ないか。
黄雲:無論。俺を誰だと思っている。
麻由良:阿婆擦れ(あばずれ)も、どうせ男を惑わせて灯を消させたんでしょう。
麻由良:お得意だものね。
槐:口の利き方には気を付けよ。
槐:主(ぬし)、置かれている立場が理解できておらぬようじゃな。
麻由良:立場? 一介の商売人を捕まえて何を言っているのかしら。
槐:貴様……。
黄雲:下がれ、槐。
槐:……はい、黄雲様。
黄雲:不毛な問答は無用だ、麻由良。
黄雲:我らが出向いた意味がわからんはずがあるまい。
麻由良:わからないわね。
麻由良:私の錠でも買ってくれるの?
黄雲:「七毒(しちどく)」へ戻れ。
黄雲:再び俺の元へ集い、此岸(しがん)の覇権を握るのだ。
麻由良:……お断りよ。
黄雲:貴様程の力を持つ者が、このような煤(すす)けた町の一角で余生を送ることを潔(いさぎよ)しとするのか?
麻由良:私の生き方に口出ししないで。
麻由良:何を貴(たっと)んで生きるかは私の自由でしょう。
黄雲:……。
麻由良:「七毒」はもう終わったのよ。
麻由良:過去の栄光に縋(すが)るのはやめなさい、「雷」様。
槐:貴様ァ……何と無礼な口を……。
麻由良の言葉を鼻で笑う黄雲。
黄雲:過去、か。違うな。終わったのは我が父の覇道だ。
麻由良:……。
黄雲:俺の覇道はこれより始まる。
黄雲:貴様らにも栄華(えいが)の景色を見せてやると言っているのだ。
黄雲:わからんのか?
麻由良:呆れた。
黄雲:言っても聞かんと言うなら力尽くでも連れ行くぞ。
腰に携えた太刀を引き出す黄雲。
麻由良:女に刃を向けるなんてね。恥ずかしいと思わないのかしら。
黄雲:女として見てほしいのならば、淑(しと)やかさを身につけることだ。
麻由良:言ってくれるわね。
ゆっくりと立ち上がる麻由良。
槐が警戒を強める。
槐:……黄雲様。
黄雲:わかっておる。
麻由良:私の錠は欲を封じ込めるだけじゃない。
麻由良:あらゆる負の感情を余(あま)さず封じる。
黄雲:ああ。それこそ貴様の真骨頂だろう。
麻由良:邪魔をするなら私の「怒り」に飲まれればいい。
麻由良の錠が軋みを上げながら開いていく。
身構える黄雲と槐。
緊迫した空気。
それを裂くように暗がりから声が投げかけられる。
紫雲:そこまでです。
声の主に視線が集中する。
紫雲が暗がりから姿を現す。
麻由良:……「悪食(あくじき)」。
紫雲:錠は閉じておいてください、麻由良さん。
紫雲:巻き込まれてはかないません。
現れた紫雲に向き直る黄雲。
黄雲:壮健のようだな、愚弟(ぐてい)よ。
紫雲:ご無沙汰しております、兄上。
紫雲:そちらもお元気そうで何より。
黄雲:心無い辞令など不要だ。
黄雲:しかしお前から出向いてくれるとは、手間が省けて結構。
紫雲:兄上ほどの御方がこのような地の果てまで何用ですか。
紫雲:私などには計りかねますが……。
黄雲:下手な芝居はよせ。
黄雲:慇懃(いんぎん)な態度は癇(かん)に障るだけだ。
紫雲:気に障ったのならば申し訳ありません。
黄雲:まぁ良い。どうだ、地の果てはゲテモノにも困らんだろう。
紫雲:おっしゃる通りです。私には相応良い住処と存じております。
黄雲:ふん、気に入らんな。不遜(ふそん)な目だ。
黄雲が強い目で紫雲を睨む。
張りつめた空気が流れる。
麻由良:兄弟喧嘩ならよそで勝手にやってもらってもいいかしら。
麻由良:付き合うほど私も暇じゃないのよ。
槐:戯(たわ)けが。これ以上、黄雲様への愚弄(ぐろう)は許さぬぞ。
紫雲を見据えたまま口を開く黄雲。
黄雲:槐、お前は麻由良を抑えておけ。
槐:ご随意(ずいい)に……。
黄雲:紫雲、「七毒」へ戻れ。
黄雲:お前の能力だけは認めている。
紫雲:嫌だと言ったら?
黄雲:二度は言わん。
太刀の切っ先を紫雲に突き付ける黄雲。
紫雲:……。
黄雲:お前には力尽くなどと無粋なことを言うつもりはない。
紫雲:でしたらその切っ先は下ろしていただけませんか。
紫雲:争いたくはありません。
黄雲:ふん、まだ戯言を抜かす余裕があるか。……よかろう。
流れるように八相の構えが取られる。
黄雲:そっ首を打ち落とすまでだ!
一瞬のうちに間合いを詰め、太刀を振るう黄雲。
迅雷のような一太刀を紙一重でかわす紫雲。
避けきれず、頬の切り傷から血が流れていく。
紫雲:……ッ! ……兄上。
黄雲:我が軍門に下るか、死ぬか。好きな方を選べ。
紫雲:なぜ私にこだわるのです。
紫雲:それ程の価値があるとお思いですか?
黄雲:愚問(ぐもん)。なければ出向いておらん。
紫雲:光栄ですね。
黄雲:喰えば喰う程に増強する「悪食(あくじき)」。
黄雲:満たされぬ飢え。餌を求めるたび高みへ近づく体。
黄雲:もうお前は腹を空かせて咽(むせ)び泣くだけの餓鬼(がき)ではない。
紫雲:……引き換えに刻まれた痛みを兄上は理解できるでしょうか。
黄雲:無論、わかるとも。お前はその痛みを乗り越え地位を得た。
黄雲:母喰いの所業は皆を震え上がらせたものだ。
紫雲:……。
黄雲:誇らしいぞ。覇道を歩む者の道には常に骸(むくろ)が転がる。
黄雲:兄は父を、弟は母を供物(くもつ)とした。
黄雲:蛇(じゃ)の道は蛇(へび)だな。
紫雲:何もわかっておりません、兄上。
黄雲:何?
紫雲:母を手にかけたことに後悔などありません。
紫雲:されど私の痛みは毛ほども消えてはいない。
黄雲:ほう……。
紫雲:兄上の言う覇道の先にも救いは見えません。
紫雲の表情が強い意志を帯びていく。
紫雲:私は私の道を行くまでです。
黄雲:……あまり俺を怒らすなよ。
紫雲:天の怒りを買うとは恐れ多いですね。
黄雲:愚弟がッ!
黄雲の怒号とともに雷鳴が轟く。
兄弟の戦いが続く。
麻由良:……それで、あなたもやる気なの?
槐:それは主(ぬし)次第じゃのう。
麻由良:勝機はあるのかしら。
麻由良:女が相手じゃ色香も通じないでしょう。
槐:抜かせ。羽虫を潰すことなど造作もない。
麻由良:ああそう。
槐:試してみるかえ?
麻由良:どうぞご勝手に。
店の方へ戻っていく麻由良。
槐:おい、待たぬか! どこへ行く気じゃ貴様!
麻由良:店に戻るだけよ。客を逃したら困るでしょう。
麻由良:終わったら教えてもらえる?
槐:くっ……。その鷹揚(おうよう)な態度、昔から気に入らぬ。
麻由良:あなたは肩ひじ張り過ぎ。
麻由良:物好きよねぇ。何が楽しくてあんな男に付いてるの?
槐:黄雲様を愚弄するなと言っておろうが……!
麻由良:はいはい、悪かったわよ。一途だものねぇ、あなたは。
槐:……この混沌(こんとん)たる此岸(しがん)を統制できるのは、あの御方しかおらぬ。
麻由良:……。
槐:弟君(おとうとぎみ)も加われば勢力は盤石のものとなろう。
槐:此岸だけではない、黄泉の軍勢が統べる彼岸に対しても然り。
槐:いつの時代も天に立つ者の存在がなければ世は荒れるのみ。
麻由良:果たして統制と呼べるのかしらね。
槐:何が言いたい?
麻由良:支配でしょう、それは。
槐:……同じこと。覇者の下に成される支配こそ誉れであろう。
麻由良:生憎だけど、皆が皆それを望んでいるわけじゃないわよ。
槐:ふん。やはり主とは相容れぬな。
麻由良:ありがたいことだわ。
雷鳴が止まない。
刃をかわし続けるも、次第に消耗していく紫雲。
紫雲:ハァ……ハァ。
黄雲:……紫雲。
紫雲:何でしょう、兄上。
黄雲:何がそれ程にお前を突き動かす。
紫雲:……。
黄雲:首をかける程の価値がこの町にあるというのか。
ふと、目を伏せる紫雲。
紫雲:……医者を。
黄雲:?
紫雲:医者を務めております。この町で。
黄雲:医者……?
紫雲:私の腕で救える命もある。
紫雲:喰らうだけしか能のなかった私が、です。
黄雲:……。
紫雲:長らく不治とされてきた病を治した時……。
紫雲:痛みから解放された人々の顔を見た時。
紫雲:感謝の言葉をいただく時。
紫雲:……何か、満たされた心になるのも事実です。
黄雲:……くく……はははははッ!
高らかに笑いだす黄雲。
黄雲:医者……医者か! くく……そうだな。
黄雲:昔からよく真似事をしていたものな。
黄雲:驚いたぞ。今や真似事ではないと言うのか。
紫雲:はい。
黄雲:見事な二律背反(にりつはいはん)だ。
黄雲:喰らい、治す。一体お前はどこへ向かおうとしている?
紫雲:わかりません。
紫雲:ですが化け物として生まれたのならば、殉(じゅん)ずるつもりです。
紫雲:一方で救う力があるのならば果たしていきたい。
黄雲:ふん。欲深いことだ。
紫雲:それが生きる者の責務と存じます。
黄雲:綺麗ごとを抜かすな、小僧が!
黄雲:お前はすでに後戻りのできぬところまで身を堕とした!
黄雲:なけなしの贖罪(しょくざい)で許されようとするなよ。
黄雲:果たすべき責務と言うならば、覇道を歩め!
黄雲:全てを喰らい尽くし、世を統べる力を身につけてみろ!
紫雲:あなたとは行けません、兄上。
黄雲:紫雲ッ!
紫雲:身を堕としたとしても、畜生(ちくしょう)に成り下がるつもりはない。
黄雲:ならばその首を貰うまでだ!
閃光のような一太刀が紫雲の首元へ振り抜かれる。
静寂が流れる。
紫雲:……。
黄雲:な……に。
振り抜かれた太刀の刀身は折れ、地面へ突き刺さる。
槐:き……黄雲様!
黄雲:馬鹿な。なぜ刃の方が……。
紫雲:兄上。
黄雲:!
紫雲:退いていただけませんか。
紫雲:争いたくないのは本心です。
黄雲:……情けか。
紫雲:左様です。これ以上肉親を喰らいたくない。
紫雲を睨みつける黄雲。
やがて目を伏せ、小さく笑う。
黄雲:ふっ。よもやこれ程とはな。見誤った。
槐:黄雲様……。
黄雲:退くぞ、槐。
槐:……はい。
再び紫雲に向き直る黄雲。
黄雲:紫雲。
紫雲:私の答えは変わりませんよ。
黄雲:わかっている。だがこれだけは肝に銘じておけ。
黄雲:お前は「奪う」側の存在だ。
黄雲:それ以外の感情は全てまやかしに過ぎん。
紫雲:……。
黄雲:俺も同類だ。お前の道の先は必ず俺が行く道と繋がる。
紫雲:さればこそご理解いただけると幸いです。
黄雲:また会おう、愚弟(ぐてい)よ。
黄雲:次は情けはいらんぞ。
雷鳴が轟き、黄雲の姿が忽然と消える。
槐:……紫雲殿。
紫雲:兄上を頼みます。槐さん。
槐:無論です。
麻由良:あら、終わった?
槐:痛い目を見ぬうちに考えを改めることじゃな、麻由良。
槐:「駄犬」にもそう伝えておけ!
麻由良:自分で言ったらいいじゃない。喜ぶわよ。
槐:戯(たわ)けが! 畜生と交わす言葉など持ち合わせておらぬわ!
麻由良:早く行ったら? 置いていかれるわよ、「雷」様に。
槐:くッ……。貴様、いつか潰してやるからな!
麻由良を睨めつけ、踵を返す槐。
麻由良:ハァ、面倒な子。
紫雲:ふっ、可愛らしい方ですね。
紫雲:ともあれご無事で何よりです。麻由良さん。
麻由良:恩を売ったつもりでいるならお門違いよ。
麻由良:あの程度の連中、どうとでもなるわ。
紫雲:勇ましいことです。
紫雲:しかし、これ程早くに彼らがこの地を訪れるとは思いませんでした。
麻由良:随分とあなたにご執心の様子ね、「雷」様は。
紫雲:兄上の覇道とやらには賛同いたしかねますがね。
麻由良:同感。堅苦しいったらないわね。
麻由良:どうかしていたわ、あの頃は。
紫雲:嘆かわしいことですが、思想の違いによる争いは世の常です。
麻由良:兄弟喧嘩は続くわけね。
麻由良:全く、私は静かに商売がしたいだけなのに。
紫雲:そうもいかないでしょう。
紫雲:あなたも「七毒」が一人だ。
麻由良:頭が痛いわ。
紫雲:勝算はありますよ。たとえ本気の兄上が相手であったとしても。
麻由良:……また何か企んでいるわね。
紫雲:ふふ、同じ離反組として精進することとしましょう、麻由良さん。
紫雲:ああ、荼毘丸(だびまる)さんも、ですね。
麻由良:一緒にしないでちょうだい。
紫雲:それでは診察がありますので私はこれで。
紫雲:失礼いたします。
笑みを見せた後、暗がりへと消えていく紫雲。
その姿を見送り、ため息をつく麻由良。
麻由良:……面倒なことになってきたわね……。
見上げた空には暗雲が立ち込めている。
稲妻が走り、雷鳴が爆ぜる。
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