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セレスティアの炎

【タイトル】
「セレスティアの炎」
殺し屋シリーズ・1部13話

【キャスト総数】
5(男:3 女:2)

【上演時間】
40〜分

【あらすじ】
全ては一発の銃声から始まった。

街の最果てに佇むバー「DEAD END」に
一夜限りの明かりが灯る。

集う招待客に静かにグラスを拭くマスター。

軋みながらも回り続ける
「殺し屋」たちの物語。

浄化の炎が因果の根を焼き払い、
全てが終わりを迎える時が近付く。

【登場人物】
・ベレッタ(女)
業界では「不運(アンラック)」の名で知られる殺し屋。
ゲーム好き。

・ウルフ(男)
業界では「最高峰」と呼ばれる殺し屋。
かつてのシャークの師。

・ブージャム(男)
かつてのバー「デッドエンド」のマスター。
極めて優れた能力を有する殺し屋。

・オウル(男)
ブージャムの右腕である殺し屋。
飄々として掴みどころがない。

・シャーク(女)
3人組(チーム)で仕事を行う殺し屋。
荒っぽい言動が目立つ。

【本編】
 夜の更けきった大都市の一角。
 外れへと続く仄かな街灯の照らす道を男女が歩いている。
 やがて女性が先を歩く男性の背中に話しかける。

ベレッタ:……どういうことッスか、それ。
ウルフ:言葉の通りだ。お前は店内には入るな。
ベレッタ:一人でやる気なんスか?
ベレッタ:手段を選んでる場合じゃないんでしょ。
ウルフ:相手が一人とは限らん。
ウルフ:外に構えている輩は任せると言っているんだ。
ウルフ:中の連中は俺が殺(や)る。

 ため息をつくベレッタ。

ベレッタ:何か私、ダーリンの性格読めてきたッス。
ウルフ:何?
ベレッタ:その回りくどい優しさやめてもらえませんかね!
ベレッタ:いや嬉しいんスよ?
ベレッタ:でもねぇ、今さらじゃないッスか。
ベレッタ:乗り掛かった舟ってやつッスよ。
ベレッタ:何の為に手ぇ組んだのかわからないッス、これじゃ。
ウルフ:従う気がないのなら、パートナー関係は解消だ。
ベレッタ:はぁ!?
ウルフ:今後は余計なトラブルに首を突っ込むのはやめておけ。

 ベレッタを置いて先へと歩いていくウルフ。

ベレッタ:ちょちょちょ、待ってくださいよ!
ベレッタ:勝手すぎるッス! 待ってってば!
ウルフ:……お前はもう十分によくやった。
ベレッタ:えっ……。
ウルフ:一人でもやっていける程の基盤はできた。
ウルフ:下地が優れている分、堅実に仕事をこなしていけば俺を凌(しの)ぐ実力は持っている。
ベレッタ:そ、そんなことが聞きたいんじゃなくってですね。
ベレッタ:ブージャムを殺(と)る為にここまで一緒にやってきたんじゃないッスか。
ベレッタ:利害が一致してるんでしょ。
ウルフ:元はと言えばお前が勝手に付いてきただけだろう。
ベレッタ:いや、まぁそうッスけど……。
ベレッタ:あぁもうシャークさんの気持ちがわかってきたなぁ!

 ガシガシと頭を掻くベレッタ。
 顔を上げ、鋭い視線でウルフを見る。

ベレッタ:いいッスよ、それなら私も勝手にやらせてもらうッス!
ベレッタ:パートナー解消結構ッスよ!
ベレッタ:赤の他人になろうが勝手に付いていきますから!
ベレッタ:文句ないでしょ!?
ウルフ:……好きにしろ。俺に止める権利はない。
ウルフ:ただ命の保証はないぞ。
ベレッタ:殺し屋にそれ言います?
ベレッタ:いつもないじゃないッスか、保証なんて。
ウルフ:ゲームとの違いは理解できているようだな。
ベレッタ:ご心配なく。死ぬ予定はねッスから。

 静かに笑みをこぼし、再び歩き始めるウルフ。
 その背中を追っていくベレッタ。

 バー「デッドエンド」には一夜限りの明かりが灯る。
 カウンターにて一人、静かにグラスを拭いているブージャム。

 入り口のドアがゆっくりと開く。

ブージャム:……いらっしゃいませ。

 控えめな照明。ムーディな店内に2人が足を踏み入れる。

ウルフ:……。
ブージャム:お待ちしておりました、お二人とも。
ベレッタ:うわ……すげぇ、本物ッスか。
ブージャム:お初に、「不運(アンラック)」。
ブージャム:私のことなどご存じで?
ベレッタ:もちろん。有名人ッスよ。
ベレッタ:噂通りやべぇ雰囲気ッスね。
ブージャム:褒め言葉と受け取っておきましょう。

 穏やかに微笑むバーのマスターに目を向けるウルフ。

ウルフ:ブージャム。
ブージャム:立ち話もなんです。どうぞお掛けください、ウルフさん。
ウルフ:何のつもりだ……。この期に及んでマスターの真似事とは酔狂が過ぎるぞ。
ブージャム:ふふ……酔狂ね。近頃同じ言葉をいただいたばかりです。
ウルフ:お前以外の気配もしない。余裕のつもりか?
ブージャム:滅相もない。ただ杯を交わしたいだけですよ。
ブージャム:他意はございません。
ウルフ:……何の為に。
ブージャム:変革の時に。

 つかの間の静寂が訪れる。
 張り詰めた雰囲気に絶えきれずベレッタが口を開く。

ベレッタ:……あの、ウルフさん?
ウルフ:ラガブーリンをもらおうか。
ブージャム:かしこまりました。
ベレッタ:はぁ、酔狂はお互い様じゃないッスか。

 ブージャムの正面に掛けるウルフ。

ブージャム:お嬢さんは?
ベレッタ:いや、私下戸なモンで……。
ブージャム:でしたら「シンデレラ」などはいかがでしょう。
ブージャム:せっかくの良い夜です。
ベレッタ:……んー、粋な人ッスねぇ……。
ベレッタ:じゃ、それで。

 ウルフとベレッタにグラスを差し出すブーシャム。

ブージャム:ロックでよろしかったですね。
ウルフ:ああ。

 グラスを傾けるウルフ。
 ブージャムが静かに口を開く。

ブージャム:あの日、あなたがここへ来られた時から……歯車が回り始めました。
ウルフ:……。
ブージャム:私は噛み合わない歯車を正そうとした。
ブージャム:軋(きし)み、悲鳴をあげる裏の世界はすでに錆びついている。
ウルフ:詩人だな。悪いが文学に聡(さと)い方ではないんだ。
ブージャム:ふっ、何のことはありません。三文小説ですよ。
ウルフ:それで歯車とやらは噛み合いそうなのか。
ブージャム:ええ。最後の一つがあなたです、ウルフさん。
ウルフ:なるほどな。
ブージャム:あなたは殺し屋としての矜持(きょうじ)。
ブージャム:私は私なりの大義。二つが収まることはない。
ブージャム:ならば果たし合うしか道はありません。

 グラスが傾き、カウンターに置かれる。

ウルフ:元来そのつもりだ。
ブージャム:いささか長引いてしまった我々の因縁も今宵で全て終わりにしましょう。

 音一つない静寂が訪れる。
 沈黙を裂くようにグラスの氷が音を立てる。

 瞬間、ウルフがカウンターの下に忍ばせていた銃をブージャムに向け発砲する。
 弾丸はブージャムの頬をかすめカウンターのボトルが割れる。
 すかさず反撃し、間合いを取りながらカウンターの下へ身を隠すブージャム。

ウルフ:チッ……今のがかわされるとはな。
ベレッタ:ウルフさん!
ウルフ:不用意に身をさらすな。
ウルフ:一瞬で殺(と)られるぞ。
ベレッタ:それは勘弁ッス……。
ブージャム:見事です。銃口を向けられるまでわずかな殺気も感じられませんでした。
ウルフ:それをかわす化け物にも恐れ入る。
ブージャム:冷静、堅実……。殺し屋の鑑(かがみ)ですな。
ウルフ:人たらしはカウンターの前だけにしおけ。
ブージャム:ふふ……そうですね。
ブージャム:では殺し屋として、礼儀を尽くさせていただきます。

 カウンターから飛び出し、一気に間合いを詰めるブージャム。
 素早くウルフに銃口を向ける。

ウルフ:何……ッ。
ブージャム:時には大胆に首を狙うのも効果的です。
ベレッタ:させねッスよ!

 ブージャムに銃口を向けるベレッタ。

ブージャム:遅い。
 懐より抜かれた2丁目の銃の弾丸がベレッタの持つ銃を弾き飛ばす。

ベレッタ:いッ……!
ブージャム:身を隠していなさい、「不運(アンラック)」。
ウルフ:ブージャムッ!

 ウルフとブージャムが同時に発砲。
 お互いの腕を弾丸が貫く、
 手にしていた銃が床に転がる。

ブージャム:……ッ!
ウルフ:ぐ……うッ。
ベレッタ:ウ、ウルフさん、腕が……!
ウルフ:おおおッ!

 体当たりでブージャムの体勢を崩すウルフ。
 二人の体が転がりブージャムの持つ2丁目の銃も手を離れる。
 カウンターのボトルが次々に床に落ち割れていく。

ブージャム:……あなたもこんな泥臭い戦いをするんですね。
ウルフ:殺し合いなど……こんなものだッ!
ブージャム:そうかもしれませんな……!

 二人の格闘が続く。
 弾かれた銃を拾い、再び狙いを定めるベレッタ。

ベレッタ:……はぁ、援護もさせてくれないッスか。
ベレッタ:ウルフさんが盾になるように動いてるし……。
ベレッタ:はは、チートでしょあれ……。

 銃を下ろす。

ベレッタ:でも何でさっき撃たれなかったんだろ、私……。

 ウルフの蹴りをガードし反撃するブージャム。
 間合いが取られる。

ブージャム:……歳は取りたくないものですなぁ。
ウルフ:軽口を……叩く余裕はあるようだな。
ブージャム:不思議です、ウルフさん。
ウルフ:何?
ブージャム:死への恐怖も、あなたへの憎しみもまるで感じない。
ウルフ:……。
ブージャム:あるのは高揚感だけだ。
ブージャム:あなたとの命の取り合いは……悪くない。
ウルフ:なら、勝ちを譲ってもらおうか。
ブージャム:それはできぬ相談ですな。

 間合いを詰め格闘する二人。
 やがて正面から蹴りを受け、ウルフが倒れ込む。

ウルフ:ぐうッ……!

 すかさず割れたボトルの破片を掴み、ウルフへと振りかぶる。

ブージャム:終わりです!
ウルフ:ああ、俺の勝ちだ。

 倒れ込んだ先、手元には転がった銃。
 迫る刃より早く向けられた銃口から弾丸がブージャムの体を貫く。

 つかの間の静寂の後、倒れるブージャム。

ウルフ:……ハァッ、ハァッ……!
ベレッタ:ウルフさん! 大丈夫ッスか!
ウルフ:問題ない……。お前は。
ベレッタ:すみません、私……何もできなくて。
ブージャム:……いいえ、お見事でしたよ、お嬢さん。
ベレッタ:っ! あ、あんた……。
ブージャム:あなたの身のこなし……警戒を余儀なくされました。
ブージャム:手数が狭められたのも……敗因のひとつですな。
ウルフ:……ブージャム。
ブージャム:殺しなさい。
ブージャム:今度こそ……あなたの勝ちです。
ウルフ:何なんだ、その顔は。
ブージャム:ふっ……。どんな顔を、していますか。
ウルフ:満たされている。
ウルフ:これから死ぬ男の顔ではない。
ブージャム:そう、ですか……。
ウルフ:悔いはないのか。
ブージャム:ありますよ。
ブージャム:しかしもう随分と昔のことだ。
ブージャム:あの子たちを……守れなかった。
ベレッタ:あの子たちって……。
ベレッタ:な、何の話ッスか。
ブージャム:永く……永く、さまよいました。
ウルフ:そうか。

 ブージャムに銃口を向けるウルフ。

ブージャム:さらばです。
ウルフ:……できれば違う出会い方をしたかった。

 引き金に指がかかる。

 ウルフが引き金を引くより先に銃声が響く。
 第三者の銃弾がベレッタの体を貫く。

ベレッタ:えっ……?

 崩れるように倒れるベレッタ。

ウルフ:ベレッタ!

 次いで銃声。
 ウルフの体が貫かれる。

ウルフ:ぐあああッ!

 倒れるウルフ。
 開け放たれた入り口から硝煙に身を包んだ男が現れる。

オウル:こんばんは。
オウル:皆さんおそろいで。
ウルフ:き……さまッ……!
オウル:最高峰の殺し屋に「不運(アンラック)」。
オウル:さすが、そうそうたる顔ぶれだ。
ブージャム:……オウル……。
オウル:グッドイブニング、ボス。
ブージャム:どうして……ここに。
オウル:仕事終わりに一杯やろうと思いまして。
オウル:良い店があると聞いたのでね。
ブージャム:……。
オウル:それで来てみたらこの有様ですよ。
オウル:全く酒癖の悪い客がいるものですねぇ。
ブージャム:……建前は結構ですよ。
オウル:と、言いますと?
ブージャム:おおむね……察しはつきますが。
オウル:それは話が早くて助かります。

 ブージャムに銃口を向けるオウル。

ウルフ:貴様……何の真似だ。
ウルフ:銃を向ける相手が……違うだろう。
オウル:いやぁ、だって負けたんですよ、うちのボスは。
オウル:それなら僕が全部もらいます。
オウル:安心して任せてください。
ブージャム:やはり……こうなりましたか。
オウル:おや、知った風ですね。
オウル:僕のこと信用してなかったんですか?
ブージャム:それはあなたの方でしょう。
オウル:はい?
ブージャム:あなたは誰一人として信じていなかった。
ブージャム:……初めから。
オウル:……はは。
ブージャム:だが……だからこそあなたを右腕に据えたのです。
ブージャム:一切の情を持たぬ殺し屋。
ブージャム:それも……変革には必要だった。
オウル:それは光栄ですねぇ。

 冷たい笑みを浮かべるオウル。

オウル:ボス。あなたは甘い。宝の持ち腐れとはこのことです。
オウル:あなただけじゃない。
オウル:サソリさんに妹さん……。ブルズアイさんにルージュさんも。
オウル:誰もかれも他人の為に血を流す。
オウル:全くもって馬鹿じゃないですか?
オウル:僕ら殺し屋でしょう?
オウル:数えきれないくらい人殺してるんだ。
オウル:皆して今さら何を一丁前に善人ぶってるんですか。
オウル:ははは……反吐が出ますよ。
オウル:そう思いませんか、ウルフさん。
ウルフ:……。
オウル:ボス。あなたが望んだ変革はちゃんと僕が引き継ぎます。
オウル:あなたの嫌いな猿もいない。
オウル:力と金がものを言う純粋な殺し屋の世界だ。
オウル:邪魔な虫も今日で消えます。
オウル:安心して眠ってくださいよ! ははは!
ブージャム:……その世界では。
オウル:?
ブージャム:ちゃんと笑えるといいですね。

 ふとオウルの顔から笑顔が消える。

オウル:死ねよ、ジジイ。

 引き金に力が込められる。

シャーク:死ぬのはてめぇだろ、クソ野郎。

 放たれた言葉に視線が集中する。
 銃を構えたシャークの姿。

オウル:これはこれは。あなたの出る幕ですか。
ウルフ:……シャーク……!
シャーク:ったく何て有様だ。
シャーク:招待されて来てみりゃ祭りの後かよ。
オウル:いえ、祭りはこれからですよ。
オウル:一緒に楽しみましょう、シャークさん。
シャーク:ごめんだね。
シャーク:チンピラの馬鹿騒ぎには興味ねぇんだよ。
シャーク:付き合ってられるほどあたしも暇じゃねぇ。
オウル:ちなみに拒否権はありませんけどね……ははは。
シャーク:邪魔すんなら殺す。
オウル:良いですねぇ。あなたはわかりやすくて良い。
オウル:どうせ消すタマだ。手間が省けて助かります。
シャーク:ヘラヘラ笑ってんじゃねぇよ!

 発砲するシャーク。
 身を翻し、カウンターの陰に身を隠すオウル。

オウル:はは、相変わらず血の気が多い。

 シャークが傍らのウルフに話しかける。

シャーク:……おい、平気かよ先生。
ウルフ:なぜ来た。
シャーク:勝手にするっつったろ。
シャーク:死んでんのか、「不運(アンラック)」は。

 横たわっていたベレッタの目が薄く開く。

ベレッタ:……すいませんねぇ生きてて。
シャーク:しぶてぇな。今日はツいてるじゃねぇか。
ベレッタ:笑えないッスよ、シャークさん……。
ウルフ:シャーク。
シャーク:何だよ、小言は聞かねぇからな。
ウルフ:……やれるのか。
シャーク:わかんねぇよ。
シャーク:あいつは雑魚じゃねぇ。
ウルフ:……。
シャーク:けど負ける気がしねぇ。任せとけ。
ウルフ:奴も負傷しているように見えた。
ウルフ:足に負担はかけるな。最小限で仕留めろ。
シャーク:チッ、お見通しかよ。
シャーク:あんたの方が重傷じゃねぇか。
シャーク:自分の心配してろって。
ウルフ:……ふん。
シャーク:おい、ブージャム。
ブージャム:また……お会いしましたね。
シャーク:あんたとの話も済んでねぇ。
シャーク:勝手に死ぬんじゃねぇぞ。

 影から飛び出していくシャーク。

ブージャム:……不思議なお方ですね。
ブージャム:先日とはまるで雰囲気が違う。
ベレッタ:あの人……こういう時強いんスよ。
ウルフ:……。
ベレッタ:守るものがあるから。
ブージャム:……守るもの、ですか。

 咳き込むブージャム。
 その中に血が混じる。

ウルフ:ブージャム。
ブージャム:血を……流し過ぎました。
ブージャム:もう……目も見えない。
ウルフ:今しがた勝手に死ぬなと言われなかったか。
ブージャム:ふふ……果たせそうに……ありませんな。
ウルフ:……。
ブージャム:ウルフ……さん。
ウルフ:何だ。
ブージャム:最後に……私の身勝手を聞いてもらえませんか。

 カウンター越しに銃撃戦が熾烈を増している。
 薄ら笑いを浮かべたオウルが声を投げかける。

オウル:そういえばセンチピードさんとブルズアイさんにお会いしましたよ。フラッパーで。
シャーク:そうかい。
オウル:シャークさんだけ見かけなかったのでおかしいなとは思ってたんですよ。
オウル:なるほど、こういうことだったんですね。
シャーク:相変わらずべらべらとよく喋る奴だな。
オウル:すみませんね、美人が相手だとよく舌が回るんです。
シャーク:虫唾が走るぜ。
オウル:釣れないなぁ。本心ですよ?
シャーク:はッ、よく言うぜ。
オウル:え?
シャーク:てめぇの吐く言葉は嘘だらけだ。
シャーク:最初に会った時からそうだよな。
シャーク:いけ好かねぇと思ってたぜ。
シャーク:てめぇの張り付けたニヤケ顔はよ。
オウル:あはは、そっくりだ。
シャーク:ああ?
オウル:サソリさんに、ねッ!

 オウルの発砲した銃弾がカウンターの一角を破壊する。
 すかさず応戦するシャーク。

シャーク:チッ。
オウル:あなたも他人の為に死ぬ口ですか。
シャーク:どういう意味だ。
オウル:馬鹿な人でした。
オウル:足手まといに体を張った挙句に死ぬ。
オウル:まぁお似合いの末路ですよね。

 オウルの言葉にシャークの動きが止まる。

シャーク:おい……ムカデの姉貴だろ、そいつ。
オウル:ええ。
シャーク:てめぇ……。
オウル:良かったじゃないですか。
オウル:妹の腕の中で死ねて。
シャーク:殺すッ!

 シャークが飛び出していく。

オウル:逆上した獣ほど狩りやすいものはありませんよ。

 向かってくるシャークに銃口を向けるオウル。
 1発の銃声が響く。
 カウンターに立てたボトルが割れ、破片や酒がオウルにかかる。

オウル:なッ……何だ、酒……!?
オウル:くそッ、目に……!
シャーク:おらあああッ!

 スキを見せたオウルにカウンターを飛び越えたシャークの鋭い蹴りが入る。

オウル:がッ……はッ……!

 カウンターの奥へ倒れ込むオウル。
 棚のボトルが次々に落ち、割れていく。

シャーク:ハァ……ハァ。
シャーク:余計な真似しやがって「不運(アンラック)」。
ベレッタ:いやいや……今死んでましたよ、シャークさん……。
ベレッタ:いッつつ……。

 被弾した痛みにふらつくベレッタ。

シャーク:おい、大丈夫か。
ベレッタ:はい、何とか……。
ベレッタ:それよりシャークさん。早く逃げますよ。
シャーク:はぁ!? 馬鹿言えよ、まだ何も終わってねぇだろうが!
ベレッタ:いいから! 死にたいんスか!
シャーク:な、何だってんだよ。
ベレッタ:バーベキューの具材になりたいってんなら話は別ッスけど。
シャーク:! ……何だ、この臭い。

 いつの間に店内に立ち込める煙に咳き込むシャーク。

ベレッタ:すぐに火の手が広がりますよ。急いで!

 炎が燃え広がっていく。
 その中心に横たわり目を閉じているブージャム。

ウルフ:最初からこうするつもりだったのか。
ブージャム:……ええ。ここは私にとっての始まりの場所です。
ブージャム:後戻りは……できませんから。
ウルフ:良い店だったんだがな。
ブージャム:ありがとう……ございます。
ウルフ:……安らかに。

 静かにその場を後にするウルフ。
 ブージャムの顔に柔らかい笑顔が浮かぶ。

ブージャム:……ああ、聴こえる。
ブージャム:綺麗で……澄みきった、鐘の音。

 瞳から涙が伝う。

ブージャム:……待たせたね……。

 炎が周りを包む。

 ウルフがシャークと合流する。

ウルフ:シャーク。
シャーク:先生!
ウルフ:急げ、すぐに離れるぞ。
シャーク:でもブージャムが……。
ウルフ:死んだ。

 目を伏せるシャーク

シャーク:……そう、か。
ベレッタ:シャークさん、行くッスよ!
シャーク:あ、ああ。

 銃声が響く。
 弾丸がシャークの足を貫く。
 倒れ込むシャーク。

ウルフ:シャークッ!
シャーク:うぐッ……あああ……ッ!

 カウンターの奥からゆらりと人影が現れる。
 おびただしいほどの出血。
 血を滴らせながら、逆上したオウルが口を開く。

オウル:やって……くれたな、オイ。
ベレッタ:も、もう意識が戻ったんスか……。
オウル:きっちり殺しとけ馬鹿が。
オウル:どいつもこいつも……甘っちょろい奴らばっかだな。ああ!?
オウル:お前らみたいな「殺し屋ごっこ」じゃ……俺は殺(や)れねぇよ。

 地に伏したシャークに銃口を向けるオウル。

オウル:安心しろよ。丸焦げになる前に俺が全員殺してやる。

 シャークを庇うようにウルフが前に出る。

ウルフ:……ベレッタ。
ベレッタ:は、はい。
ウルフ:シャークを連れて行け。
ベレッタ:……ッ。
シャーク:せ……せんせ、い。
オウル:誰も逃さねぇよ、馬鹿が……。
ウルフ:黙れ。

 オウルに銃を向けるウルフ。

ウルフ:死にぞこないの相手は一人で十分だ。
オウル:てめぇ……。
ベレッタ:ウルフさん……。
ウルフ:頼む。

 ベレッタを横目で見るウルフ。
 唇を噛み、ウルフの意志を汲み取る。

ベレッタ:……シャークさん、行きますよッ!

 シャークを支えるベレッタ。

シャーク:お、おい、やめろ!
シャーク:放せてめぇ!
ウルフ:シャーク。
シャーク:っ!

 ウルフの瞳がシャークを正面から見据える。
 その顔には穏やかな笑みが浮かぶ。

ウルフ:すまなかったな。
シャーク:せ、先生ッ!

 シャークを支えその場を離れるベレッタ。

オウル:逃がさねぇって言ってんのが聞こえねぇのか……。

 背を向けたベレッタに狙いを定めるオウル。

ウルフ:聞こえなかったか。
ウルフ:お前の相手は俺だ。
オウル:……チッ、どいつもこいつも……。

 オウルの銃口がウルフに向き直る。

ウルフ:……最後に先生らしいことをさせてくれないか。

 炎の中を行くベレッタとシャーク。

シャーク:ば、馬鹿、放せッ!
シャーク:あたしのことはほっとけ!
シャーク:まだ……まだやれる! 放せよ!
ベレッタ:うるさいッ!
シャーク:……!
ベレッタ:あの人の……気持ち、汲んでやってくださいよ。
シャーク:や、やめろ……。
シャーク:放してくれよ……頼むから。

 炎の勢いが増していく。
 入口が崩れ、瓦礫で塞がる。

 対峙するウルフとオウルの周りを炎が包む。

オウル:……結局あんたも同類か。
ウルフ:どうかな。
オウル:最高峰が聞いて呆れる。

 静かに笑みをこぼすウルフ。

ウルフ:……お前の言う通りだ。
オウル:あ?
ウルフ:「最高峰」の肩書も、師としての立場も……。
ウルフ:どれも俺には相応しくない。
オウル:殊勝な心がけじゃねぇか。気に入らねぇ。
ウルフ:ただ……一人の女の為にお前を殺そうとしてるんだからな。

 目を見開くオウル。
 炎が周囲を焼き尽くしていく中、高らかな笑い声が響く。

オウル:……ククク……何を言い出すかと思ったら……。
オウル:最高ですねぇ。面白くもないジョークをどうも。
ウルフ:ああ。無駄話もここまでだ。
オウル:ええ、ぜひともそうましょう。
オウル:相手が男だとまるで気持ちが乗らないんですよ。

 互いに銃を突き付ける二人。

オウル:なぜここまでするんですかねぇ、あなたほどの人が。
ウルフ:悪いが他にやり方を知らん。
ウルフ:俺は「殺し屋」だからな。
オウル:……はは、くだらない。
オウル:馬鹿ばっかりだ。

 銃声が響く。

 バー「デッドエンド」屋外。
 燃え盛る店の入り口からシャークを支えたベレッタが出てくる。
 火の勢いは増し、残骸が次々と焼け落ちていく。

ベレッタ:ハァッ……ハァッ……!
シャーク:……。
ベレッタ:ぐッ……。

 銃弾による傷と火傷の痛みに耐えかね膝をつくベレッタ。
 足を引きずりながら燃える店に近づいていくシャーク。

ベレッタ:シャークさん……近づいちゃ駄目ッス。危ないッスよ。
シャーク:てめぇ……何で先生を置いて逃げた!
ベレッタ:残ったら三人とも死んでたでしょう。
シャーク:こんなのねぇよ……!
シャーク:何で……いつもいつもあたしを置いていくんだ、ちくしょう……!
ベレッタ:……全く、わかんないかなぁ。
シャーク:……?
ベレッタ:あの人ね、愛してましたよ、あなたのこと。
ベレッタ:男としてか先生としてかはわからないッスけど。
シャーク:適当なこと言うなよ、てめぇ。
ベレッタ:いつもシャークさんのこと案じてましたから。
ベレッタ:無口な分気持ちは伝わってくるもんッス。
ベレッタ:パートナーだったッスからね、これでも。
シャーク:嘘……だ……。
ベレッタ:ったく、ズルいよなぁ。
ベレッタ:結局、私の入り込む余地なんて初めからなかったんスよ。
シャーク:……。
ベレッタ:本当……ズルいッス。

 目頭を拭い、その場を離れるベレッタ。

 炎の前、地に伏せるシャーク。

シャーク:ちくしょう……卑怯だ、あんた。
シャーク:やっと目を見て……吐いた言葉があれかよ!

 涙が溢れ出る。

シャーク:うわあああああッ!

 叫び声が炎へ消えていく。

 いつかの記憶が蘇る。
 在りし日ののシャークとウルフの姿。

シャーク:……シャーク?
ウルフ:ああ。今後はそう名乗れ。
ウルフ:裏に通す名がないと何かと不便だろう。
シャーク:名前……ねぇ。
ウルフ:不服か?
シャーク:いや。……シャークか。
シャーク:いいね、悪くねぇじゃん。
ウルフ:素早く肉をえぐり取るような鋭い牙をお前は持っている。
ウルフ:だが猛然と敵に向かうだけでは、すぐに命を落とす。
ウルフ:そういう世界だ、覚えておけ。
シャーク:はいはい、わかってるよ先生。
シャーク:そんで次のマトは?
ウルフ:……本当にわかってるのか、お前は。
シャーク:じゃあよー、ちゃんとこっち向いて、あたしの目を見て正面から言ってくれよ。
シャーク:全然目ぇ合わせてくれねぇじゃん先生。照れ隠しかよ。
ウルフ:ふん、ガキが生意気な口を利く。

 背を向け、部屋を出ていこうとするウルフ。

シャーク:あっ、どこ行くんだよ!
ウルフ:仕事だ。
シャーク:ちぇっ。
ウルフ:……目を見てほしかったらそれに値する女になることだな。

 ドアが閉まる。

シャーク:何だよ、それ……。

 口を尖らせ、ふてくされるシャーク。
 いつかの思い出は炎とともに燃えていく。

シャーク:(生きる術を教えてくれたのも、生きていく為の名前をくれたのも、この気持ちを教えてくれたのもあんただった。)
シャーク:(あたしは何か一つでも返せたのか。)
シャーク:(叶うなら先生が教えてくれた生きる道で、肩を並べて一緒に死にたかった。)
シャーク:(その時まで最後の笑顔は取っておいてほしかった。)
シャーク:(あたしは止まれねぇんだよ。)
シャーク:(この気持ちを置き去りにしてどこへ向かえばいいんだ。)
シャーク:(教えてくれよ、先生。)

 なおも燃え盛る炎が大きな壁のようにシャークの前に立ちふさがる。
 涙が地面ににじんでいく。

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