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インフェルノの炎

【タイトル】
「インフェルノの炎」
殺し屋シリーズ・2部11話

【キャスト総数】
5(男:3 女:2)

【上演時間】
30〜分

【あらすじ】
全身に負った火傷が疼く。
この身に燻った衝動と呼応するように。

業火が「シアター」を侵食していく頃、
展望デッキでは銃弾が飛び交っていた。

「最高峰」の殺し屋、「ベルトリオ」の意志を継ぐ若き獅子、
友を失った「エクスマキナ」――。

最終楽章を迎えた大演目。
大都市に嵩取る権力の象徴を踏みにじり、
火傷顔の悪魔が嗤う。

その背後では亡霊が佇んでいた。

【登場人物】
・ホープ(女)
業界では「エクスマキナ」の名で知られる殺し屋。
銃やナイフの扱いに長ける。

・レオ(男)
マフィア「ベルトリオファミリー」初代頭目の一人息子。
現在は組から離れている。

・シャーク(女)
3人組(チーム)で仕事を行う殺し屋。
荒っぽい言動が目立つが「最高峰」と呼ばれる程の実力者。

・アッシュ(男)
マフィア「ベルトリオファミリー」三代目頭目。
火傷跡を持つ殺し屋。

・ブージャム(男)
かつての殺し屋。
時折アッシュに語りかけるように現れる。

【本編】
 「シアター」の上層に位置する展望デッキ。
 眠らぬ街のネオンを眺めるアッシュの背に一人の男が語りかける。

ブージャム:「何を生き急いでいる」……ときましたか。
アッシュ:……。
ブージャム:なかなか本質に迫る問いですね。
アッシュ:そうですか?
アッシュ:聞いたところで理解できないんじゃ不毛でしょ。
ブージャム:なぜそう思います?
アッシュ:単純なことですよ。他人同士だからです。
アッシュ:真に他人を理解できる人なんて存在しない。
アッシュ:「信頼」「信用」……全て当人の無責任から生まれます。
アッシュ:ビジネス上は不可欠ですが、個人間では極めて無益でしょう。
ブージャム:なるほど。
アッシュ:あなただって僕に噛みつかれて感じたんじゃないですか?
ブージャム:おや、噛みつかれた覚えはありませんがね。
アッシュ:ははッ……ムカつくなぁ。

 手すりに頬杖をつき、遠くを見るアッシュ。

アッシュ:ちょっと愚痴を吐いてもいいですか?
ブージャム:ええ、どうぞ。
アッシュ:やっぱり僕、人の上に立つのは向かないみたいです。
ブージャム:向き不向きはありますからね。
ブージャム:致し方のないことでしょうな。
アッシュ:いや、そういうことではなくてですね。
ブージャム:?
アッシュ:「権力者」というものに対して抵抗があるみたいです。
アッシュ:自分が思っているよりずっとね。
ブージャム:ほう。
アッシュ:大小関わらず、権力を振りかざす連中にどうしてもイラついちゃうんです。
ブージャム:当然の感情かもしれませんね。
ブージャム:暴君の凋落(ちょうらく)は歴史を見れば明らかです。
アッシュ:はは……当然ですか?
ブージャム:私はそう思いますが。
アッシュ:僕が初めて殺した暴君が父親だったとしても?

 つかの間の沈黙。

ブージャム:……ええ、近しい存在となると影響も大きい。
アッシュ:ふっ、父の言葉は違いますねぇ。

 男がアッシュの横に並び、同じ景色を見る。

ブージャム:初めてですね。
アッシュ:はい?
ブージャム:あなたが自分のことを語ったのは。
アッシュ:問題ないでしょう。
アッシュ:あなたはもういないのだから。
ブージャム:……そうですな。
アッシュ:「死人に口無し」ってね。

 うつむき、控えめに笑うアッシュ。

ブージャム:どうするつもりですか?
アッシュ:何がです?
ブージャム:この勝負、あなたが勝てば晴れて嫌悪していた権力者の仲間入りですよ。
アッシュ:はは、ヤな質問だなぁ。
ブージャム:かと言って、今さら後戻りはできますまい。
ブージャム:あなたが仕掛けたゲームの掛け金はそれ程に莫大なものだ。
アッシュ:戻るつもりなんてありませんよ。
アッシュ:このショーで世の中は変わるんですから。
アッシュ:嬉しいでしょう? あなたの悲願が成されるんだ。
ブージャム:私の為なんですか?
アッシュ:……。
ブージャム:他人の信用は無益と言っていたあなたが。
アッシュ:……ねぇ、ボス。
ブージャム:もう、あなたのボスではありませんよ。
アッシュ:はッ。

 笑みをこぼし、男に対して背を向ける。

アッシュ:まぁ、黙って見ていてください。
アッシュ:ショーも大詰めですよ……楽しまなくちゃ。

 去っていくアッシュ。
 男は何も言わずに背を見つめている。

 火の手が広がっていく「シアター」。
 展望デッキでは二人の殺し屋の戦いが続いている。
 銃を握るシャークの額に汗が伝う。

シャーク:……ッ。
アッシュ:随分と動きにキレがなくなりましたねぇ。
シャーク:黙ってろ、クソが。

 発砲するシャーク。
 遮蔽物に身を隠したアッシュに笑みが浮かぶ。

アッシュ:どんなに強がっても……「最高峰」と言えど人間ですね。
アッシュ:ましてや、か弱い女の子。
アッシュ:無理のない話です。
アッシュ:怖いんでしょう? 炎が。
シャーク:……てめぇの減らず口を聞かされるだけの腐ったショーとやらに嫌気が差してるだけだ。
アッシュ:ククッ、あなたが聞き上手だからですよ、シャークさん。
シャーク:調子に乗んなよ……!

 陰から飛び出すシャーク。

アッシュ:おやおや、不用意に……。
シャーク:ッ!

 アッシュが構えると同時に間合いに入り込んだシャークが銃口を向ける。

アッシュ:はッ……やいなぁ!
シャーク:死ねッ!

 銃声。弾丸が互いの体をかすめる。
 すかさず再び間合いが取られ、銃撃戦が続く。

アッシュ:ふぅ、手に負えませんねぇ。
シャーク:チッ、チョロチョロ逃げ回りやがって……。
アッシュ:あなたに追われる立場なんて光栄だなぁ。
アッシュ:だけどいいんですか?
アッシュ:本当に振り向いてほしい男は僕じゃないでしょう。
シャーク:……あ?
アッシュ:とぼけないでくださいよ。
アッシュ:一人しかいないでしょ、そんな人。
シャーク:てめぇ……何が言いてぇんだよ。
アッシュ:聞きたくないですか?
アッシュ:あの人の最期。

 ふと、シャークの手が止まる。

シャーク:適当なこと言ってんじゃねぇぞ。
アッシュ:それはもう美しいものでした。
アッシュ:最期まであなたの為に戦っていましたよ。
シャーク:……!
アッシュ:炎に焼かれながらね。
アッシュ:愛のなせる業(わざ)、と言ったところですか。
シャーク:て……めぇッ!

 正面から銃口を向けるシャーク。

アッシュ:やっとスキを見せてくれましたね。

 それよりも早く響く銃声。
 肩を撃たれたシャークの手から銃が落ちる。

シャーク:ぐッ……う……!

 見下ろしながら銃口を向けるアッシュ。

アッシュ:十分過ぎるほどに楽しませてもらいました。
アッシュ:じゃ、ご退場いただきましょうか……シャークさん。

 銃声が響く。
 シャークから距離を取るアッシュ。

シャーク:……!
アッシュ:ホント、横槍入れるのが好きみたいですね……あなたたちは。

 アッシュの向けた視線の先には銃を構えたレオが立っている。

シャーク:お前……。
レオ:何もかも思い通りにいくと思うなよ、アッシュ。
アッシュ:はは……もちろんですよ。
アッシュ:予定調和のゲームほどつまらないものはない。

 レオに向き直り、おどけた表情を見せる。

アッシュ:ですが、はたして坊っちゃんにジョーカーが務まりますか?
アッシュ:無理ですよねぇ……。たかだかピエロなんだから。
アッシュ:あの……名前何だったかな……。
アッシュ:……あぁ、そう。マルコさんと同じです。

 銃を構えるレオの表情は揺らがない。

アッシュ:クク……子は親に似るもんですねぇ。
レオ:言いたいことはそれだけか?
アッシュ:……はい?
レオ:お前の言う通りだ。
レオ:親父の力をかさに着て、自分のケツも拭かないような道化だよ、俺は。
アッシュ:へぇ……。
レオ:挙句の果てには「殺し屋」にすがる始末だ。
レオ:何も自分で成そうとはしてこなかった。

 引き金に指がかかる。

レオ:だからこれは俺がやらなきゃいけない。
アッシュ:何ができるんです?
アッシュ:あなたが銃を向けているのも「殺し屋」ですよ。
アッシュ:無様にすがりつこうとした……。
レオ:もうすがるつもりはない。
レオ:自分でケリをつけると決めた。
アッシュ:……チッ。ガキが一丁前に……。

 自らの言葉に一切の曇りを見せないレオに苛立ちを浮かべるアッシュ。
 その背後に男が現れる。

ブージャム:……曇りのない良い目をしている。
アッシュ:引っ込んでてください。
ブージャム:自らの弱さを受け入れ、腹を据えた者は化けますよ。
ブージャム:ましてや彼は若い。全く末恐ろしいですね。
アッシュ:はッ……気持ちで強くなれるとでも?
アッシュ:馬鹿馬鹿しい。
ブージャム:なれますよ。人間は意志の生き物なのですから。
アッシュ:ああ……あァッ! うるさいなぁッ!

 怒りをあらわにするアッシュ。

アッシュ:綺麗事、綺麗事……。
アッシュ:いくら御託を並べたところで実現する力がなけりゃ意味ないでしょうが。
アッシュ:考えたらわかるでしょ……口だけの男に誰がついていくんですか。
ブージャム:ですが、ただ力でねじ伏せるやり方というのも変わりませんよ。
アッシュ:そのくらいが丁度いいんですよ、この街は。
ブージャム:左様ですか。

 男が目を細める。

ブージャム:……そこで、あなたはちゃんと笑えるんですか?
アッシュ:消えてろ……って言ってるんですよッ!

 明らかに様子のおかしいアッシュに怪訝な顔を向けるレオ。

レオ:あいつ……何が見えている?
シャーク:……亡霊だろ。
アッシュ:クク……ははは。

 顔の火傷に触れ、狂気的な目を向けるアッシュ。

アッシュ:何をボーッと突っ立っているんですか。
アッシュ:殺(と)れる時に殺(と)らないと……。
アッシュ:だからあなたは甘いんですよ、坊っちゃんッ!
レオ:ッ!
シャーク:撃てッ!

 レオとアッシュが同時に発砲する。
 それぞれの弾丸が互いの腕を貫く。

レオ:ぐゥ……ッ!
アッシュ:駄目ですよ、こんなものじゃ。
アッシュ:僕を止めたいのなら、しっかりとここを潰してもらわないと。

 トントンと自らの胸の中心を指すアッシュ。
 瞬間、勢いを増した炎で両者を分断するように足元のデッキが崩れ落ちる。

レオ:アッシュ……!
アッシュ:神様か悪魔か知りませんが、まだまだ僕の味方のようですね。

 背が向けられる。

レオ:待て……逃げるなッ!
アッシュ:今さら逃げようもありませんよ?
アッシュ:あの階段の上が最上階です。
レオ:……!
アッシュ:あなたは別に逃げてもらって構いませんよ……坊っちゃん。

 炎の向こう側で階段を登るアッシュの姿が消えていく。

レオ:……ハァッ、ハァッ……!
シャーク:おい、平気かよ。
レオ:こっちの台詞だ……。
レオ:ひどいザマだぞ、「最高峰」。
シャーク:へっ、違ぇねぇな。
シャーク:情けねぇよ……我ながら。

 肩の傷を止血し、消えていった背中を見据えるシャーク。

シャーク:もう下手は打たねぇ。
シャーク:あいつはあたしがキッチリ殺(と)る。
レオ:いや、ここは俺が……。
シャーク:お前は戻ってあいつを助けてやってくれ。
レオ:……。
シャーク:頼む。

 その時、後ろから現れた人影がシャークに語りかける。

ホープ:私なら大丈夫。
レオ:ホ、ホープ! お前……。
ホープ:やらなきゃいけない……私が。
シャーク:お前……ダチは?
ホープ:お別れしてきた。もう大丈夫。

 強い目でシャークを見るホープ。

ホープ:後は任せて、先生。
シャーク:……はッ、あん時と同じ目じゃねぇか。
レオ:嘘をつくな。
レオ:平気なはずがないだろう……あんなことになって。
ホープ:……。
レオ:奴は俺に任せて、お前は……。
ホープ:あなたの方が重傷じゃない。
レオ:っ……。
ホープ:先生も、ひどい怪我。
シャーク:……やれんのか。
ホープ:うん。仕事は完遂する。
シャーク:じゃあ止めやしねぇよ。
シャーク:せいぜい悔いの残らねぇようにやれ。
ホープ:ありがとう。

 歩き出すホープ。

レオ:待て。
ホープ:?
レオ:俺も行く。
ホープ:駄目。
レオ:一人で行かせるわけないだろうが。
レオ:もうお前だけの問題じゃないと言ったはずだぞ。

 ため息をつくホープ。

ホープ:……あなたは思ってる以上に頭が固い。
レオ:お互い様だと思うがな。
ホープ:好きにして。
レオ:ああ、そうさせてもらうさ。

 最上階の階段へと向かっていくホープとレオ。
 シャークが二人の背を見送る。

シャーク:……ったく、痴話喧嘩かよ。
シャーク:余裕じゃねぇか、あいつら……。

 炎が勢いを増す。
 顔を上げ、燃え盛る火を見据える。

シャーク:(まだ吹っ切れてねぇんだな、あたしは。)
シャーク:(あの夜と同じ炎の色だ。)
シャーク:(今でも馬鹿みてぇにあんたの影を探しちまう。)
シャーク:(情けねぇ。まだ行き止まりの中にいるんじゃねぇか。)

 床を拳で打つ。

シャーク:……あいつに教えられてんじゃあ、世話がねぇな。

 シャークの目に強い意志が宿る。

 「シアター」、最上階。
 黒い煙が立ち上り、じわじわと火の手が周りを包み始めている。
 街のネオンを見下ろすアッシュに男が語りかける。

ブージャム:何を考えているのですか?
アッシュ:あなたも僕の正気を疑ってるクチですかね。
ブージャム:いいえ、そのような意味ではありませんよ。
アッシュ:何と言われてもねぇ。
ブージャム:後悔はないんですか?
アッシュ:はあ?
ブージャム:あのお嬢さんの言うように、裏の王になるという選択肢もあったはずです。
アッシュ:ははッ、なれると思ってるんですか、この僕に。
ブージャム:素質はあると思ってますよ。
アッシュ:上に立つのは柄じゃないって言ったじゃないですか。
アッシュ:あなたとは違うんですよ。
ブージャム:では……あなたは。

 男がアッシュと向き合う。

ブージャム:何が欲しいのでしょうか。
アッシュ:……。

 つかの間の沈黙。
 建造物が焼け落ちていく音だけが聞こえる。
 無機質な目を男へと向けるアッシュ。

アッシュ:殺し屋が欲しがるものと言えばひとつでしょう。
ブージャム:ですが、それが全てではないと思いますよ。

 呆れたように首を振り、ため息を落とすアッシュ。

アッシュ:……初めて会った時からそうだ。
アッシュ:その全てを見透かして悟ったような口振り……気に入りませんでしたよ。
ブージャム:……。
アッシュ:何度殺してやろうと思ったことか。
ブージャム:しかし最後まで殺しそこねた。
ブージャム:あなたらしくもない。
アッシュ:そうですね。
アッシュ:結局、あなたは一人で逝った。
アッシュ:随分と満足そうな顔してたじゃないですか。
ブージャム:……悔いを残すには、いささか永く生き過ぎました。
アッシュ:僕はねぇ、ボス。

 再び街のネオンへと目を向けるアッシュ。

アッシュ:あんたの組み上げたパズルも壊してやりたかった。
アッシュ:「殺し屋」として全てを持っていたあんたの……。
ブージャム:ええ。だからこそあなたを右腕として据えたんです。
アッシュ:馬鹿でしょ!?
アッシュ:何でそこまでわかってて僕を選んだんですか。
ブージャム:それ程の意志がある人間がいなければ、私の「変革」は成し得ませんでしたから。
アッシュ:はは……結局、成し得てないじゃないですか。
ブージャム:ふふ、おっしゃる通りですね。
アッシュ:全く馬鹿馬鹿しい……本当に。

 くるりと視線を移すアッシュ。
 その先にはホープが立つ。

アッシュ:あなたもそう思いませんか……ホープさん。
ホープ:……。
アッシュ:正直、あなたが来てくれるとは思いませんでした。
アッシュ:一人ですか?
ホープ:ええ。これは私の仕事だから。

 ナイフを引き抜くホープ。

ホープ:あなたを殺(と)る。私の全てをかけて。
アッシュ:光栄ですねぇ。
アッシュ:そこまで想われちゃ応えないわけにはいきません。

 銃を構えるアッシュ。

アッシュ:さ、始めましょう。
アッシュ:最終楽章(フィナーレ)ですよ。

 ホープが地面を蹴るとともに銃声が鳴り響く。

レオ:(……策はあるのか。)
ホープ:(ひとつだけ。)

 自らの銃をレオに差し出すホープ。

レオ:(おい……どういうつもりだ、この銃は。)
ホープ:(あなたは銃の扱いはイマイチだけど、気配の消し方は上手い。)
レオ:(褒められているのか、それは。)
ホープ:(私が正面で引き付ける。)

 横目でホープをうかがうレオ。

レオ:(……俺でいいのか?)
ホープ:(あの男は強い。まともに撃ち合っても分が悪いわ。)
ホープ:(必ずスキを作るから、一撃で決めて。)
レオ:(そういう意味じゃない。)

 足を止めたレオにホープが振り向く。

レオ:(あいつは友人の仇だろう。)
ホープ:(……あなただって家族を奪われてる。)
レオ:(いや……俺は。)
ホープ:(あなたがやるべきよ。)
レオ:(……。)

 再び歩き出すホープ。

ホープ:(それに、私の役割をあなたが担うのは無理。)
レオ:(えっ。)
ホープ:(構える間に殺されてるわ。)
レオ:(……全く、一言多いんだよお前は。)

 火の手がじわじわと侵食する最上階。
 ホープのナイフが鋭くアッシュを狙う。
 刃をかわしたアッシュが間合いを取る。

アッシュ:……正直なところ、あなたはもう駄目かと思ってたんですけどね。
アッシュ:良い動きじゃないですか。研ぎ澄まされてる。
ホープ:……。
アッシュ:さっきまで子どもみたいに泣いてたのに。
アッシュ:ちゃんとお別れできたんですか? お友だちとは。
ホープ:ええ、心配いらない。

 ホープの瞳は冴え渡っている。

ホープ:いつかまた会える。
ホープ:私たちは同じ業を背負ってるんだから。
アッシュ:へぇ……。
ホープ:その時まで、私は私の仕事を成すだけ。

 アッシュに笑みが浮かぶ。

アッシュ:はは、待ちくたびれましたよ。
アッシュ:やっと「殺し屋」として僕の前に立ってくれたんですね。

 大きく手が広げられる。
 呟くように言葉を漏らすアッシュ。

アッシュ:あなたなら僕の欲しいものをくれるかな。
ホープ:……何?
アッシュ:いいえ。さぁ、続きを踊りましょう。
アッシュ:モタモタしてるとすぐに会うことになりますよ……リグレットさんに。

 お互いの距離が詰められる。
 一方、陰で息を潜めているレオ。

レオ:(抑えろ。息を殺せ。指先に意識を集中しろ。)

 ゆっくりとアッシュに向け照準を定める。

レオ:(チャンスならあいつが必ず作る。絶対に逃すな。)

 銃声が響き、弾丸がホープの腕をかすめる。

ホープ:……くッ……。
アッシュ:良いですねぇ……ただ互いのタマを取り合うだけの時間。
アッシュ:合理性のクソもない……心地いいじゃないですか。
ホープ:……あぁぁッ!
アッシュ:そうそう、その顔。綺麗ですよ、ホープさん。

 突き立てられた切っ先をステップを踏むように避けるアッシュ。
 その時、足元の床が焼け落ち、バランスを崩す。

アッシュ:おッ……と。
ホープ:!

 レオの構えた引き金に力がこもる。

レオ:(今だッ!)

 一発の銃声が響く。
 倒れた体から血が流れていく。

アッシュ:……やるじゃないですか、坊っちゃん。
レオ:……アッシュ……ッ!

 撃たれたのはレオ。

ホープ:レオッ!
レオ:ぐぅ……うッ。
アッシュ:死を覚悟しましたよ、今のは。
アッシュ:警戒はしてたんですけどねぇ……見事に不意を突かれました。
ホープ:……どうして。
アッシュ:体が勝手に、と言いますか。
アッシュ:はは、これじゃ僕の方が「機械仕掛け」ですね。

 唇を噛み、アッシュを睨むホープ。

ホープ:(タイミングは完璧だった。気配の消し方も狙いも。)
ホープ:(それなのにこの男は……見ることもせずに、レオを。)

ホープ:……化け物……。
アッシュ:化け物(モンスター)はリグレットさんの代名詞だと思いますが……まぁいいや。

 撃たれ、地に伏しているレオに銃口を向けるアッシュ。

レオ:ホープ……。
アッシュ:ほら、また目の前で大事な人が死にますよ?
アッシュ:それでも澄ましてられますかね。
レオ:俺のことは……いい!
レオ:こいつを……殺すことだけ考えろッ!
アッシュ:無駄ですよ、坊っちゃん。
アッシュ:見殺しになんてできません。
アッシュ:「エクスマキナ」はもう人の心を知ってしまったんですから……ねぇ?

 目を伏せるホープ。
 ナイフの切っ先を下げる。

ホープ:……。
レオ:馬鹿野郎……ッ!
アッシュ:人生は喜劇ですが、クローズアップで見ると悲劇の連続と言います。
アッシュ:「愛」は奥深さを与えるスパイスですね。
アッシュ:殺し屋も例外じゃない。
レオ:やめろ……! やるなら俺をやれ!
アッシュ:ヒロインの死は悲劇の筋書きに付き物でしょう?
レオ:やめてくれ……。
レオ:ホープ! 諦めるなッ!
レオ:仕事は完遂するんだろ……なぁッ!

 顔を上げるホープ。
 その表情には憂いが混じる。

ホープ:……ごめんなさい。
アッシュ:はは、美しいですね。
アッシュ:愛を知った顔は。

 アッシュの指先が引き金にかかる。

アッシュ:お仕事ご苦労さまでした。
アッシュ:さようなら。
レオ:ホープッ!

 銃声が響く。
 時が止まったかのような静寂の中、男がアッシュの背に語りかける。

ブージャム:どうにも私には……。
アッシュ:……。
ブージャム:あなたは人の愛を拒んでいるように見えますね。
アッシュ:引っ込んでてください。
アッシュ:もう終わりますから。
ブージャム:確かに時として愛は悲劇を生む。
ブージャム:私自身もそうであったと言えます。
アッシュ:自分のやったことは間違いだったとでも?
ブージャム:左様です。
ブージャム:愛ゆえに私怨を燃やし、「変革」という甘い言葉で正当化を図りました。
ブージャム:結果は……ご覧の有様です。
アッシュ:違うでしょう。
アッシュ:それはあなたが弱かったからだ。
ブージャム:ふっ、返す言葉もありません。
アッシュ:……ッ何ヘラヘラしてんだよ……!

 激昂するアッシュ。
 しかし男の顔を見ることはない。

アッシュ:いらねぇだろ、愛だの信頼だの……ッ!
アッシュ:んなもん全部、この腐った街のエサになるだけだろうが!
アッシュ:つけこまれて利用される。
アッシュ:だったらてめぇが食い尽くす側に回るしかねぇだろ……!
ブージャム:こんな街だからこそ必要なのかもしれませんよ。
アッシュ:あ……?
ブージャム:ご覧なさい。
ブージャム:あれが答えです。

 ぼやけていたアッシュの視界が明瞭になっていく。

 そこにはホープを守るように立つ人影の背がある。
 弾丸をその身で受け、血が流れている。

ホープ:……あ……。

シャーク:(ザマぁねぇな、ホントによ。)
シャーク:(けど……あんたも同じようにやっただろ?)

ホープ:……せんせい……?
シャーク:……聞け。

 シャークの開いた口からは言葉と血が混じる。

シャーク:あたしの体でお前は死角になってる。
シャーク:こいつを使え。

 ホープの手に銃が置かれる。

ホープ:先生……ッ。
シャーク:黙れ。一発で決めろ。
シャーク:あたしが倒れたら……すぐにだ。

 シャークの体が揺れる。

シャーク:キッチリ……殺せ。

 頷き、涙をこらえたホープが銃を構える。
 シャークが倒れるとともにその姿があらわになる。

アッシュ:……ッ! てめぇッ……!
ホープ:……うああああぁぁぁッ!

 銃声が響く。
 ホープの放った弾丸がアッシュの胸を貫く。
 胸の出血を押さえ、膝が地面に折れる。

アッシュ:……お見事……。
ホープ:ハァッ、ハァッ……。
アッシュ:どうやら終幕のようですね。

 顔を上げ、ホープを見る目にはなおも笑みが浮かんでいる。

ホープ:何がおかしいの。
アッシュ:……。
ホープ:リグを殺した時も、自分が死ぬ時でさえ笑ってる。
ホープ:どうしてそんな顔ができるの?
アッシュ:なぜって……。楽しいから笑うんですよ。
アッシュ:当たり前でしょ?

 天を仰ぐアッシュ。

アッシュ:「変革」は成ったんですよ。
アッシュ:死人に過ぎない僕が権力を踏みにじってやった。
アッシュ:クク……こんなに愉快なことはない。
ホープ:……そう。

 静かに銃を下げるホープ。

アッシュ:おや……マトを前に銃を下げるなんて……。
ホープ:死人を弾く趣味はない。

 冷たい目が向けられる。

ホープ:さっさと……リグに謝ってきて。
アッシュ:ククッ……はは、はははははッ!

 笑い、血を吐くアッシュ。

アッシュ:……ッ。
アッシュ:そう、ですね。ヒールは……このあたりで退場しましょうか。

 一歩一歩と屋上の淵へと後ずさっていく。

アッシュ:……お嬢さん。最後に、ひとつ。
ホープ:……。
アッシュ:この街を保っていた均衡は崩れました。
アッシュ:クイーンの権威が失墜した今……もっと面白いことになりますよ。
ホープ:あなたの声はもう聞きたくない。
アッシュ:ふふ……あとはどうぞ、ご自分の目で。

 屋上の淵へと辿り着く。
 ゆっくりと手が広げられる。

アッシュ:……それでは、良い夜を。

 アッシュの体が夜の闇へと落ちていく。
 その姿は燃え盛る炎の中へと飲み込まれ、消える。

 最後の情景の中に男の姿が浮かぶ。

ブージャム:何か思い出していたのですか?
アッシュ:生憎ですが、走馬灯に映すような綺麗な思い出がないもので。
ブージャム:……左様ですか。
アッシュ:何もないんですよ。
アッシュ:心臓を撃ち抜かれたのに、何ひとつあふれてこない。
アッシュ:何もない、心底つまらない人生でした。
ブージャム:そうでしょうか?
ブージャム:私の元で働いていたあなたは、とても良い顔で笑っていたように見えましたがねぇ。
アッシュ:……はぁ?
ブージャム:少なくとも、あれは何もない人間にできる顔ではない。
アッシュ:……。
ブージャム:年寄りのたわ言です。聞き流してください。
アッシュ:……あはははははっ!

 男の言葉に対し朗らかに笑うアッシュ。

アッシュ:ボス。
ブージャム:何でしょう。
アッシュ:また一緒に遊んでくださいよ。
ブージャム:構いませんよ。
ブージャム:ただもう一人、あなたのことが大嫌いなお嬢さんも一緒ですがよろしいですか?
アッシュ:はは……殺されないようにしないと……。

 目を閉じるアッシュ。
 男の姿が消えていく。

 屋上は炎の勢いが増し、全てを飲み込もうとしている。
 重傷の二人を抱え、少しでも高い位置へと上っていくホープ。

ホープ:ハァッ、ハァッ……!

 シャークの目が薄く開く。

シャーク:馬鹿……野郎。何、してんだ……。
ホープ:す、少しでも高いところへ……。
ホープ:ここはもう火の手が回る。
シャーク:あたしは……いい。
シャーク:そいつだけ……連れて行け。
ホープ:嫌。二人とも、絶対に死なせない。
シャーク:いい……ッつってんだろうが……離せ。
ホープ:もう喋らないで。

 迷いなく前を向くホープに苦笑するシャーク。

シャーク:……ったく……その目……変わってねぇ。
ホープ:色々あったんだよ。
ホープ:話したいこと、たくさんあるの。
ホープ:だから……頑張って。
シャーク:……わかったよ。

 ホープの足が疲労で折れる。

ホープ:ハァッ、ハァッ……ぐッ……。
ホープ:大丈夫……。二人とも、もう少しだから。ねぇ。

 顔を伏せた二人から返答はない。

ホープ:レオ……先生。

 唇を噛み締め、天を仰ぐホープ。

ホープ:(神様には祈らない。)
ホープ:(どうせ助けてくれないんでしょ?)
ホープ:(だったら悪魔でも何でもいい。)
ホープ:(私の命をあげるから、この二人だけは助けてよ。)
ホープ:(私は死んだっていいから。)
ホープ:(だって……向こうであなたに会えるでしょう?)

ホープ:……リグ……。

 意識を失い、倒れるホープ。

ホープ:(薄れゆく意識のなかで、あなたの名を呼んだ。)
ホープ:(最後に見上げた夜空にひとつ、光が瞬いたような気がした。)

 倒れた三人の周りを炎が包んでいく。

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