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マリオネットの後悔

【タイトル】
「マリオネットの後悔」
殺し屋シリーズ・2部10話

【キャスト総数】
5(男:2 女:3)

【上演時間】
30〜分

【あらすじ】
時折、夢に見る。
深い深い暗闇の中で、手にかけてきた者たちが
虚ろな目を向けてくる。
神を騙る贋作者、忠義のマフィア、
聖職者の顔が剥がれたシスター、無垢な子どもたち……。

されど私に「後悔」は一握りとして許されない。
暗闇を抜け、四方を霧で囲まれたとしても。
ましてや伸ばされたその手を掴むことなど……。

激化を極める「メガロポリス・タワー」の大抗争。
時を同じくしてクイーンの所有する「シアター」に
カットインするスポットライト。
舞台に立つのは機械仕掛けの殺し屋と、痛みを知らぬ殺人鬼。

あの日伸ばせなかった手を差し出す。
がらんどうの怪物は落とした心を探し続けていた。

【登場人物】
・ホープ(女)
業界では「エクスマキナ」の名で知られる殺し屋。
銃やナイフの扱いに長ける。

・レオ(男)
マフィア「ベルトリオファミリー」初代頭目の一人息子。
現在は組から離れている。

・アッシュ(男)
マフィア「ベルトリオファミリー」三代目頭目。
火傷跡を持つ殺し屋。

・リグレット(女)
「霧のリグレット」の名で恐れられる猟奇殺人犯。
数々のナイフを用いて獲物を刻む。

・シャーク(女)
3人組(チーム)で仕事を行う殺し屋。
荒っぽい言動が目立つが「最高峰」と呼ばれる程の実力者。

【本編】
 ホープたちの拠点。
 陽が傾き始めた頃、一室でホープとレオが向かい合っている。
 顔を伏せたレオが静かに口を開く。

レオ:……本気で言っているのか?
ホープ:私、冗談は苦手。

 怒りも悲しみもなく、ただホープを見つめるレオ。
 ホープの視線がそっと外される。

ホープ:それが一番合理的なの。
レオ:一人国外に逃げて、名と身分……家族も捨てて安穏と生きることが?
ホープ:……。
レオ:そんなことを俺が納得すると思って言ってるのか。
ホープ:思わない。
レオ:じゃあ……。
ホープ:思わない、けれど。

 レオの目を見つめ返すホープ。

ホープ:わかってほしい。
レオ:無駄だ、俺も行く。
レオ:いいか、これはお前たちだけの問題じゃないんだ。
レオ:こうしている間にも俺の家族は次々死んでる。
レオ:アッシュの野郎がここまでイカれてるとは思わなかったが……。
レオ:あいつらは「ベルトリオ」にしか居場所がない。
レオ:だから……戦って取り戻すしかないんだ。
ホープ:……。
レオ:馬鹿だと思うだろう?
レオ:だが皆「ベルトリオ」という組織を愛しているんだ。
レオ:親父が作り上げたあの場所を。
レオ:俺も、そんなあいつらが好きだ。
レオ:ボスの器には程遠いかもしれないが、逃げるわけにはいかない。
レオ:俺は……親父の息子なんだから。

 拳銃を手に取り、懐に収めるレオ。

レオ:……心配するな。金ならちゃんと払うさ。
レオ:俺が死んでも、必ず渡すように組員へ念書を残しておく。
ホープ:違う。

 真っ直ぐな瞳を向けるホープ。

ホープ:死なせたくないのよ、あなたを。

 面食らうレオ。
 やがて小さく笑う。

レオ:……ははッ、「機械仕掛け」の言葉とは思えないな。
ホープ:からかわないで。
レオ:大丈夫だ。簡単に死ぬつもりはない。

 ホープの肩に手を置くレオ。

レオ:それよりお前は自分の成すべきことに集中しろ。
レオ:アッシュもそうだが……マネージャーも助け出さないとならないだろう。
ホープ:……ええ。
レオ:それに……友人のこともな。

 脳裏には変わり果てたかつての親友の姿が映る。

ホープ:(銀(イン)が身柄を拘束された。)
ホープ:(実行犯は私たちのマト……「ベルトリオファミリー」三代目頭目、アッシュ。)
ホープ:(招待を促す文面からは諧謔心(かいぎゃくしん)と狂気がにじんでいた。)
ホープ:(明らかに罠が張られている。)
ホープ:(一緒だったクルムが簡単にやられるとは思わないけれど……。)
ホープ:(最悪の事態も入れておかなければならない。)
ホープ:(それでも、私だって逃げるわけにはいかないんだ。)
ホープ:(「殺し屋」として……あの子の友だちとして。)

 「メガロポリス・タワー」。
 激化していく抗争を傍目に、「シアター」へと向かっていく二人。

 「シアター」、大ホール。
 暗闇に包まれた館内は静寂に満ちている。

 ステージの方へと歩を進めていく二人。

レオ:……暗いな。随分と立派なステージということは分かるが……。
ホープ:離れないで。できる限り身は低くして……静かに。
レオ:わかってる。
ホープ:……気配はする。油断しないで。
レオ:ああ。

 銃を構え警戒を強める二人。
 その時、暗闇から声が投げかけられる。

アッシュ:やぁ、お待ちしてましたよ、お二人さん。

 身構え、視線を巡らす。

レオ:アッシュか。
アッシュ:ええ、お久しぶりです。
アッシュ:「機械仕掛け」のお嬢さんも、またお会いできて嬉しいですよ。
ホープ:……暗くて見えないのだけど。
アッシュ:ははッ、すみませんね。これも演出の一つです。
レオ:いつまでショーマンを気取ってるつもりだ。
レオ:もうただの悪ふざけで済ませられると思うなよ。
アッシュ:わかってませんね、坊っちゃん。
アッシュ:人生は喜劇ですよ。あなたの言う悪ふざけでドラマは盛り上がるんです。
レオ:お前のイカれた問答に付き合うつもりはない。
レオ:さっさと出てこい! ぶち殺してやる……。
アッシュ:はいはい、わかりましたってば。
アッシュ:マナーの悪いお客さんだなぁ。

 ライトが点灯し、アッシュの姿があらわになる。

アッシュ:これでいいですか?
アッシュ:んー、ちょっと明るくしすぎたかな……。
レオ:アッシュ……!

 激しい怒りを浮かべ、アッシュの元へ向かおうとするレオ。

ホープ:待って。
レオ:っ!
ホープ:頭を冷やしなさい。思うツボよ。
アッシュ:さすが、殺し屋が堂に入ってますね、お嬢さん。
ホープ:……ひとつ聞きたいのだけど。
アッシュ:何でしょうか?
ホープ:こんな非合理なことをして何になるの?
アッシュ:ハァ、またその手の質問ですか。
ホープ:裏の王を気取りたいのなら、「クイーン」に手を出すのは愚策でしょう。
ホープ:いくらあなたの組織が強くても、喧嘩を売るべき相手じゃない。
ホープ:殺し屋は……闇に紛れて生きて然るべき。

 ホープの言葉に対し、アッシュがあざ笑うように首を振る。

アッシュ:裏の王になることが目的だなんて言いましたっけ、僕。
ホープ:違うの?
アッシュ:最初に言ったじゃないですか。僕はあの人の「変革」を成し遂げたいだけだって。
レオ:変革……だと。
アッシュ:今宵のショーで、馬鹿みたいに思考停止で生きている市民の皆さんはこう思うはずですよ。
アッシュ:「クイーンも絶対の存在じゃないんじゃないか?」って。
アッシュ:そして偉そうに上からふんぞり返っていた方々も思い知ることになる。
アッシュ:「我々の脆弱な正義で市民を守ることはできないのではないか?」……とね。
レオ:何が言いたいんだ、お前は。
アッシュ:「混沌」ですよ、坊っちゃん。
アッシュ:混沌は恐怖を煽り、恐怖にさいなまれた皆さんは新しい依代を求める。
アッシュ:ここまで言えばわかりますか?
レオ:……その依代とやらにでもなる気か。
アッシュ:イエス! 誰だって最後は力を持つ者にすがりつきます。
アッシュ:「殺し屋」に利権が認められる世界もそう遠くなさそうですよ?
レオ:お前の馬鹿げた思想に俺の家族を巻き込むな。
アッシュ:はは……家族ですか。

 薄く笑みを浮かべ見下すアッシュを真っ直ぐに見るレオ。

アッシュ:随分と良い目をするようになりましたね。
アッシュ:もう「坊っちゃん」は卒業かな?
レオ:与太話は済んだみたいだな。

 銃口を向けるレオ。

アッシュ:おや……それはあなたの仕事じゃないでしょう?
アッシュ:ボスは子守でもやっていてください。可愛いファミリーたちの……。
レオ:てめぇ……ッ!
ホープ:挑発よ。抑えて。
アッシュ:今も隣のビルで健気に働いてくれていますよ。
アッシュ:本当の「家族」の為にキリキリと。

 レオが目を見開く。

レオ:……何だと……?
アッシュ:最強のマフィアといえど人間ですね。
アッシュ:身内にはとことん甘いみたいだ……労働の餌には困りませんでしたよ。
レオ:……どこまで腐ってんだ……てめぇはァッ!

 弾かれるように飛び出していくレオ。

ホーブ:駄目ッ!
アッシュ:さ、ショーの始まりですよ、お嬢さん。

 アッシュに照準が定められ、引き金に指がかかる。

レオ:死ねッ!

 銃声。
 レオの撃った弾丸は標的から大きく外れる。
 震える体で振り返る。

リグレット:……不浄なる者へ、裁きを。
レオ:お……お前……ッ!

 血が床へ滴り落ちる。
 背にナイフが突き立てられている。

ホープ:レオッ!
リグレット:不届きが過ぎますよ、ミスター。

 ナイフが引き抜かれる、
 傷口を押さえ、倒れ込むレオ。

レオ:う……ぐ……ッ。
アッシュ:不用意に飛び込むのは良い的ですよ。
アッシュ:覚えておきましょうね、坊っちゃん。
レオ:アッシュ……!
アッシュ:ん、思ったより傷が浅いですねぇ。
アッシュ:正直ここまで動けるとは思ってませんでした。
レオ:……さっさと殺せ……。
アッシュ:馬鹿言っちゃいけません。
アッシュ:まだショーは始まったばかりです。
アッシュ:ほら、ちゃんと観えますか? 一緒に楽しみましょう。

 座席に腰掛けるアッシュ。

レオ:外道が……。
アッシュ:夜は長いんですから。
アッシュ:ねぇ、リグレットさん?

 舞台上、静かに対峙するホープとリグレット。

リグレット:……。
ホープ:リグ。
リグレット:本当に来たのですね。
ホープ:うん。……迎えに来た。
リグレット:ふふ……変わりませんねぇ。その真っ直ぐな瞳。
リグレット:あの頃と何も変わっていない……何も。
ホープ:帰ろう、リグ。ここにいちゃいけない。

 リグレットの顔から笑みが消える。

リグレット:どこへ帰るのですか?
リグレット:今さら差し出した手で、私をどこへ連れて行ってくれると言うの?
ホープ:……。
リグレット:「マザーランド」はもうないのよ。
リグレット:優しいシスターも神父様もお友だちも……もうどこにもいない。
リグレット:私の帰る場所など、とうの昔に消え去りました。
ホープ:ううん。あなたはまだ閉じ込められてる。
リグレット:……何ですって?
ホープ:前に街で向き合った時から感じてた。
ホープ:あなたはまだ檻の中で苦しんで……泣いてる。
リグレット:……。
ホープ:でもそれは私のせい。
ホープ:あの時、私は弱くてリグの手を取れなかった。
ホープ:だから今度は逃げない。
リグレット:もういいんですよ……ホープ。
リグレット:あなたの抱く希望はまやかしです。
リグレット:空虚に手を伸ばしたところで徒労というもの。
ホープ:……だったら、この手で……。

 固く手を握りしめる。

ホープ:引っ叩いてでも連れて行くから。

 リグレットの顔に再び冷たい笑みが浮かぶ。
 巨大なブッチャーナイフが引き出され、ホープの元へと歩き出す。

リグレット:ああ……ハハ、哀しいですね。
リグレット:哀しくて哀しくて……笑いが止まりません。

 同じくナイフを引き出し、構えるホープ。

リグレット:さぁ、ここはあなたと私の舞台ですよ。
リグレット:このがらんどうの胸に刃を突き立てて……痛みを教えてくださいませ。
リグレット:それが叶わぬのならば……。

 ナイフを振り上げるリグレット。

ホープ:……リグッ!
リグレット:あなたの首を主に奉(たてまつ)るのみです。

 刃と刃がぶつかり合う。
 暗闇に火花が散る中、リグレットから目をそらさないホープ。

ホープ:(嘘じゃない。今だってあなたは泣いてる。)
ホープ:(あの男があなたの心を救ったと言うのなら、なぜそんな哀しい顔をしているの。)
ホープ:(どうして私を殺そうとするナイフが振るえているの。)
ホープ:(……希望は捨てない……絶対に。)

 鋭い刃の応酬がホープに襲いかかる。

リグレット:あああああッ!
ホープ:ッ!

 刃をいなし、間合いを取るホープ。
 すかさずリグレットが距離を詰め、刃を振るう。

アッシュ:……これじゃあ勝負になりませんねぇ。
レオ:な、何……?
アッシュ:見てください、「エクスマキナ」さんのザマ。
アッシュ:殺す気なんかさらさらない。非情な「機械仕掛け」が聞いて呆れますね。
レオ:当たり前だ……お前と一緒にするな。
アッシュ:でも、このままじゃ自分が死ぬだけですよ。
アッシュ:あの子の方は何のためらいもない。
レオ:……。

 頬杖をつき、二人の戦いを眺めるアッシュ。
 口元に楽しげな笑みが浮かぶ。

アッシュ:どうするんでしょうね。
アッシュ:また「暴走」でもしてみますか?
アッシュ:そうすれば少しは楽しめるかな。
レオ:お前……なぜ、そのこと。
アッシュ:ははッ。ほら、見逃しますよ、坊っちゃん。
アッシュ:しっかり見届けてあげなきゃ……お嬢さんの選択を。

 痛む傷口を押さえながら身を起こすレオ。

レオ:……ホープ……!
レオ:頼む……死ぬな……!

 リグレットのナイフがホープの頬をかすめる。
 切り傷から血が流れ落ちていく。

リグレット:……いつまでお遊戯を続けるつもりですか。
ホープ:……。

 ホープは真っ直ぐにリグレットの目を見つめ続けている。

リグレット:死ぬのですよ。
リグレット:私を殺さなければあなたが死ぬだけ。
リグレット:至極真っ当な道理です。
ホープ:……そんなことをしに来たんじゃない。

 揺らがない口調にリグレットが怒りを浮かべる。

リグレット:「殺し屋」でしょう、あなた……?
リグレット:あなたも「魔弾の射手」も……なぜ引き金を引かない。
リグレット:なぜ刃を振るわないッ!
リグレット:度しがたい……ありもしない幻想に命を賭して、愚かという他ありません。
ホープ:殺し屋である前に……一人の人間だから。

 穏やかに微笑むホープ。

ホープ:友だちは殺せないよ。

 屈託のない笑顔に目を見開くリグレット。
 だんだんと苦悶の表情が浮かんでいく。
 ブッチャーナイフが手から離れ、音を立てて床に落ちる。
 頭を抱え苦しむリグレット。

リグレット:……やめて……やめてよ……!
リグレット:そうやってまた裏切る。
リグレット:あなたは知らないのよ。もがいてももがいても、闇に引きずられていくようなあの感覚……。

 胸を押さえ、動悸が激しくなっていく。

ホープ:リグ……!
リグレット:大丈夫……大丈夫。
リグレット:神からたまわったこの刃で、背信者の息の根を止めてご覧に入れます。
リグレット:ぐ、ぐちゃぐちゃにして……刺さなくちゃ。
リグレット:に、「日課」を……。

 一本のナイフを引き出すリグレット。
 対するホープは手にしていたナイフを手から離す。

ホープ:遅くなってごめん。
リグレット:……ッ!
ホープ:ごめんね、リグ。
リグレット:……殺してよ……!

 血のにじむほどにナイフを握りしめたリグレットがホープに近づいていく。
 その様子を眺めながらアッシュが肩をすくめる。

アッシュ:あっけない幕切れになりそうですね。
レオ:やめろ……。何を考えてる、ホープ……!
アッシュ:こんな安っぽいティアジョーカー、望んでないんだけどなぁ。
レオ:くそォッ……!

 力を振り絞り、立ち上がろうとするレオ。
 アッシュがその体を踏みつける。

レオ:ぐあああッ!
アッシュ:締まりませんが幕は幕です。
アッシュ:お行儀よくしといてくださいね、坊っちゃん。
レオ:う……ぐ……ッ。

 ホープの眼前に佇むリグレット。
 苦しみながらもナイフを振り上げる。

リグレット:う……うう……。

 全てを受け入れるように穏やかな目でリグレットを見つめるホープ。
 刃が振り下ろされる。

リグレット:うあああああッ!
レオ:ホープッ!

 瞬間、館内に一発の銃声が鳴り響く。
 次いで訪れた静寂の中、砕け散ったナイフの破片が落ちていく音だけが聞こえる。

リグレット:……え……っ?
ホープ:……!
レオ:何だ……誰が撃ったんだ……今の銃声は……!?

 咄嗟に闇の中を見上げるホープ。

ホープ:……クルム……?

 アッシュが席を立つ。

アッシュ:……チッ。
レオ:待て……どこへ行く気だ。
アッシュ:答える必要あります?
レオ:大人しく観ていろと言ったのは……お前じゃなかったか?
アッシュ:うるさいなぁ。

 レオの手を踏みにじるアッシュ。

レオ:うああ……ッ!
アッシュ:台本にない演出は困るんですよねぇ……全く。

 一方、砕け散った刃の破片を見下ろし放心するリグレット。
 震えるように言葉がこぼれ落ちる。

リグレット:あ……あの方からいただいたナイフが……。
リグレット:大事な、私の宝物。私の……すべて。
リグレット:砕けて……粉々に……そんな。
ホープ:リグ。
リグレット:こ、殺さなきゃ。あなたを殺さなきゃいけないのに……。

 顔を上げたリグレットの目から涙が溢れ出す。

リグレット:シスターや皆と同じように、やらなきゃいけないのに。
リグレット:私にはもう、それしか……。
ホープ:生きるためだったんでしょ?
ホープ:……私と同じだね。
ホープ:生きるために、たくさん人を殺してきた。
リグレット:……。
ホープ:だから、リグが救われるんならそれでもいいよ。
ホープ:ナイフなら私のを貸してあげるから。

 なおも変わらずに笑顔を向けるホープ。

ホープ:リグにだったら、いい。

 リグレットの目からはとめどなく涙が溢れ続けている。
 嗚咽の中、震える声が混じる。

リグレット:……どうして、そんな顔するの……。
リグレット:私の手を引っ張ってくれた、あの時と何も変わってない。
ホープ:私は変わらないよ。……あなたも。

 手を差し出すホープ。
 リグレットがその手を掴む。

リグレット:(その手は暖かかった。)
リグレット:(後悔すらも許されない程に身を堕とし血にまみれた私の手を、この子は何のためらいもなく掴んできた。)
リグレット:(この温もりを求める資格なんて、とうの昔になくなってしまったのに……。)

 涙の中、リグレットが弱々しく微笑む。

リグレット:……ありがとう……。
ホープ:リグ……?

 リグレットの手がそっと離れる。
 ホープの手には血がべっとりと付いている。

リグレット:ヘザー。
ホープ:ッ!
リグレット:本当は一緒に行きたかった。
リグレット:手を引いてもらうんじゃなくて……自分の足で、一緒に。
ホープ:うん……だから……。
リグレット:できなかったのよ。私は弱いから。

 リグレットの口から血が溢れ出す。
 ふらつき、倒れそうになる体をホープが受け止める。

ホープ:リグ……。どうしたの。ねぇ。
リグレット:……痛い……。
ホープ:えっ……。
リグレット:これが痛いってことなんだね。
リグレット:シスターも皆も、こんなに痛かったんだ。
ホープ:何……言ってるの。
リグレット:……わたし……。

 天を見上げるリグレット。

リグレット:……お祈りの時間だよ。
リグレット:皆を呼んでこなくちゃ。
リグレット:神父様が……礼拝堂で、待ってる。
ホープ:リグ。
リグレット:ヘザー……ほら、行こう。
リグレット:ミアも一緒だよ。

 伸ばした手がホープの頬に触れる。
 ホープがその手を掴む。

リグレット:ヘザー……ヘザー。

 血は止まらない。

リグレット:……ごめん、ね。

 リグレットの手が落ち、動かなくなる。
 呆然と佇むホープ。

ホープ:……リグ……?
アッシュ:あ、死にました?

 虚ろな顔を上げた先には硝煙の上がる銃を持つアッシュの姿。

ホープ:何、を……。
アッシュ:いや、銃声にも気付かないなんてどれだけ自分たちの世界の中だったんですか?
アッシュ:役者ですねぇ。女優に転職したらどうです?

 腕の中で動かないリグレットに何度も呼びかけるホープ。

ホープ:リグ。ねぇ、返事してよ。リグ。
アッシュ:死んでますってば。
アッシュ:不死身じゃないんだから。
ホープ:……うそ。
アッシュ:それにしても何だったんですかねぇ、さっきの一発は……。
アッシュ:魔弾さん……は死んでるはずですし、ホントのユーレイかな?
アッシュ:ははは……まぁいいや。

 無機質な目を向けるアッシュ。

アッシュ:さ、どうします?
アッシュ:いや、どうしますも何も……仕事を全うしなきゃいけませんよね。
アッシュ:殺し屋なんですから、お嬢さんは。
ホープ:……。
アッシュ:いつかの時みたいに踊ってくださいよ。
アッシュ:あの時より深く、頭を空っぽにして……。
アッシュ:もっと素敵な円舞曲(ワルツ)が踊れるはずです。
アッシュ:さぁ、お手をどうぞ。

 焦点の合わない目を向けるホープ。
 その口は振るえている。
 やがて涙が溢れ出る。

ホープ:……あ……あああ……ッ。
アッシュ:……。
ホープ:い、嫌だ……嫌。
ホープ:リグが……嘘よ。こんなの……ッ。

 リグレットの体を抱き、泣き崩れるホープ。
 それを見下ろし、大きなため息をつくアッシュ。

アッシュ:ガッカリさせないでくださいよ……。
アッシュ:せっかくここまでお膳立てしてあげたのに。
ホープ:……目を……開けて……。
アッシュ:チッ。……あーあ、もういいか。

 なおも亡骸に呼びかけるホープに対し、銃口を向けるアッシュ。

アッシュ:死ねよ。

 乾いた銃声が響く。
 床を貫いた弾痕から硝煙が揺らめく。

ホープ:(絶望の淵の中で……殺されてもいいと思ってしまった。)

アッシュ:……!
ホープ:……あ……。

ホープ:(その手が私を助けてくれるまでは。)

アッシュ:ふふ……はははッ!

ホープ:(私はこの手を知ってる。)
ホープ:(ぶっきらぼうだけど暖かくて……優しい手を。)

 ホープの体を支えたシャークが真っ直ぐにアッシュを見据える。

シャーク:死ぬのはてめぇだろ……クソ野郎。
アッシュ:……クク、最高の演出をどうもありがとうございます。
アッシュ:お久しぶりですねぇ。
シャーク:変わらねぇな、カンに障るそのニヤケ顔はよ。
アッシュ:あなたも相変わらず美人だ。
アッシュ:いや、あの頃よりずっと綺麗になったかな……。
アッシュ:積み重ねたものがそうさせるんですかねぇ……シャークさん。
シャーク:お喋りに付き合うつもりはねぇ。

 銃口を向けるシャーク。

アッシュ:血の気の多さも変わらず、と。
アッシュ:やるのは構いませんけど、お荷物抱えたままで平気なんですか?
シャーク:……。
アッシュ:よかったら上にあがりましょう。
アッシュ:展望デッキになってて、夜景が綺麗ですよ……。
アッシュ:きっと気に入ってもらえると思います。
シャーク:反吐が出るぜ。
アッシュ:ははッ。じゃ、先に行ってますね。

 ひらひらと手を振り、闇へ消えていくアッシュ。

シャーク:……チッ、気取りやがって。

 震える口を開くホープ。

ホープ:せん、せい……。
シャーク:やめろっつったよな、その呼び方。
シャーク:……立てるか。
ホープ:……。

 シャークの手が離れる。
 師の目を見つめるも言葉が出てこないホープ。

ホープ:(話したいこと、たくさんあるはずなのに。)
ホープ:(悲しさと嬉しさで頭がぐちゃぐちゃになって……言葉が出てこない。)

シャーク:……後はあたしに預けろ。
ホープ:えっ……。
シャーク:お前はダチのそばにいてやれ。

 立ち上がり、闇へ消えていくシャーク。
 目を伏せた先に、静かに目を閉じたまま動かないリグレットの顔が映る。

 傷を押さえながらやってきたレオがホープの背に話しかける。

レオ:……ホープ。
ホープ:何もできなかった。
ホープ:リグも守れなくて、自分の仕事もこなせない。
ホープ:怒りに任せて戦うことすら……何も。
レオ:……。
ホープ:ねぇ……何なの、私は。
ホープ:何のためにここにいるの。
レオ:お前はよくやった。
レオ:自分を責めるな。
ホープ:やめて。そんなの聞きたくない。
レオ:見てみろ……友だちの顔。

 ぼやけていたホープの焦点が合いはじめる。

レオ:穏やかだ。恨みを残しているようには見えない。
ホープ:……うあ、ああ……っ。

 涙がこぼれ落ち、リグレットの頬を濡らす。

レオ:お前が逃げずに向き合ったからだよ。
レオ:最後はちゃんと伝わったんだ。
ホープ:でも……リグは……ッ。
レオ:ああ、この落とし前は必ずつけさせる。
レオ:アッシュは……俺が殺す。
ホープ:……駄目、行っちゃ。
レオ:もう守ってもらわなくて結構だ。
レオ:契約は満了の扱いにしておく。
ホープ:違うっ!

 顔を上げ、レオを見つめるホープ。

ホープ:……もうこれ以上……死んでほしくない……!
レオ:……。

 静かにホープを抱き寄せ、笑顔を見せるレオ。

レオ:格好つけさせてくれよ。
レオ:好きな女の前なんだ。

 立ち上がり、去っていくレオ。
 顔を伏せ、床に手をつくホープ。

ホープ:(立て。立って戦え。)
ホープ:(引き金を引け。)
ホープ:(都合よく助けてくれる神様なんてもう信じてない。)
ホープ:(先生が教えてくれたじゃない……。)
ホープ:(戦うんだ。私は「殺し屋」なんだから。)

 ホープの手が固く握りしめられる。

 「シアター」上階、展望デッキ。
 街の光に囲まれた景色の中、銃声が鳴り響く。
 遮蔽物に身を隠し、相手に語りかけるアッシュ。

アッシュ:ふぅ……ムードの欠片もありませんねぇ。
アッシュ:いきなり発砲ですか。
シャーク:お喋りしに来たんじゃねぇっつったろうが。
アッシュ:まぁまぁ……。
アッシュ:あ、さっきリグレットさんのナイフ撃ったのって、やっぱりあなたですか?
シャーク:……んな暇あったら、てめぇのドタマ吹っ飛ばしてるよ。
アッシュ:ははは、ですよねぇ!
アッシュ:実に非合理……「最高峰」のやることじゃない。
シャーク:……。
アッシュ:どんな気分です? その肩書を背負うのは……。
アッシュ:「先生」も喜んでるんじゃないですか?
アッシュ:ねぇ、シャークさん。

 つかの間の静寂。
 やがて身を隠していたシャークが姿を現す。

シャーク:何生き急いんでんだ、お前。
アッシュ:……はい?
シャーク:せっかく死に損なったタマなのによ。
シャーク:借りモンのマフィアと群れて馬鹿騒ぎしやがって……。
シャーク:癇癪(かんしゃく)起こしたガキとやってることが変わんねぇぞ。
アッシュ:ご挨拶ですねぇ。
シャーク:負ける気がしねぇんだよ。今のてめぇには。

 応えるように笑みを浮かべたアッシュが姿を現す。

アッシュ:随分と挑発が上手になったじゃないですか。
シャーク:そりゃどうも。
アッシュ:もちろん乗ってあげますよ。
アッシュ:喜んで……ねッ!

 素早く銃口を向けるアッシュ。
 一発の銃声が響く。

アッシュ:……ッ!
シャーク:遅ぇ。

 弾かれたアッシュの銃が床を転がっていく。
 すかさず間合いを取り、予備の銃を取り出す。

アッシュ:……はは、参ったなぁ。
アッシュ:まさか目で追えないなんて……。いつ撃ったんですか?
シャーク:もういい、喋んな。
アッシュ:はぁ?
シャーク:今のでハッキリした。
シャーク:正面から得物向けられても、何も感じねぇとはな。
アッシュ:……何が言いたいんです?
シャーク:死んでんだよ、お前。
シャーク:「殺し屋」として……とっくによ。

 投げかけられた言葉にぽかんとした表情を見せるアッシュ。
 やがて高らかに笑い出す。

アッシュ:……クックッ、なら僕は何なんですか?
アッシュ:ただの「人殺し」ですか?
アッシュ:どこかで聞いた気がしますねぇ……この詭弁(きべん)。
シャーク:……知ったことかよ。
アッシュ:どっちでもいいですよ、そんなの。
アッシュ:「人殺し」はオモチャを与えられた猿だとでも?
アッシュ:殺しに美学を持ち込むのはやめましょうよ……くだらない。

 アッシュの瞳に狂気がにじむ。
 その焦点はシャークとは別の「何か」に向けられている。

アッシュ:だからァ、僕が代わりにやってやるって言ってるじゃないですか!
アッシュ:あなたはそこで黙って見てればいいんですよ……。
アッシュ:それしかできないんでしょうが……あァ!?

 狂ったように銃弾が乱射される。
 素早く身を隠すシャーク。

シャーク:……イカレ野郎が。
アッシュ:ちょっとちょっと……何隠れてるんですか。
アッシュ:踊ってくださいよ。そのためにここまで来たんでしょう?
シャーク:悪ィが、てめぇの一人踊りだよ。
アッシュ:はははッ!

 銃撃戦が展開される。
 硝煙の中、死角からシャークの銃口がアッシュを狙う。

アッシュ:ふふ……本当に強くなりましたねぇ。

 おどけたように手をひらひらと動かす。

アッシュ:でも、勝ち誇るのはちょっと早いですよ?

 違和感に気付くシャーク。
 アッシュが一瞬の隙きを突いた蹴りを繰り出し、再び間合いが取られる。

シャーク:……てめぇ、まさか……。
アッシュ:気づきました?
シャーク:クソ野郎が……ッ。
アッシュ:あなたには特に見てもらいたかったんです。
アッシュ:下卑た街のネオンなんかより余程胸が躍るでしょう?
アッシュ:思い出すじゃないですか……あの夜を。

 睨めつけるシャークの額に汗がにじんでいく。
 周囲に焼き焦げる匂いと黒黒とした熱気が立ち上っていく。

シャーク:とことんまでナメた真似してくれるじゃねぇか。
アッシュ:クク、大丈夫ですか?
アッシュ:顔色が悪いですよ。
シャーク:全く問題ねぇよ。
シャーク:言ったろうが、てめぇには負ける気がしねぇってな。

 銃口を向けるシャーク。

シャーク:……キッチリ殺してやる。

 狂気的な笑みを浮かべるアッシュ。

アッシュ:怪物は地獄の業火に焼かれるのが有名な筋書きでしたっけ?
アッシュ:はは……良いですねぇ。
アッシュ:ま、僕は天国に憧れる気なんてこれっぽっちもありませんが……。

 大きく手が広げられる。

アッシュ:まだまだ幕は引かせませんよ。
アッシュ:面白くなるのはこれからなんですから。

 銃声が響く。
 さらに激化を続ける真夜中の戦いの中、「シアター」は炎に包まれていく。

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