セント・ベルの亡霊
【タイトル】
「セント・ベルの亡霊」
殺し屋シリーズ・1部11話
【キャスト総数】
4(男:2女:2)
【上演時間】
20分
【あらすじ】
かつてその地には清らかな鐘の音が響いていた。
荘厳な音色に人々は安らぎ、祈りを捧げる。
人は皆生まれながらに神の子どもである。
いずれの者にも祝福を――
それも今や昔の話。
セント・ベルは朽ち果て、
錆びついた鐘は二度と鳴ることはない。
大都市は発展を遂げ
かつての美しき鐘の音に思いを馳せる者はいない。
ただ一人、歪んだ街をさまよう亡霊を除いて。
【登場人物】
・オウル(男)
ブージャムの右腕である殺し屋。
飄々として掴みどころがない。
・スコーピオン(女)
ブージャムの部下である殺し屋。
荒々しい言動が目立つ。
・ブージャム(男)
かつてのバー「デッドエンド」のマスター。
極めて優れた能力を有する殺し屋。
・シャーク(女)
3人組(チーム)で仕事を行う殺し屋。
荒っぽい言動が目立つ。
【本編】
都心からはやや離れた殺し屋稼業を営む事務所。
その内部で銃撃戦が繰り広げられている。
ひとり、ひとりと倒れていく事務所お抱えの殺し屋たち。
銃声が止み、硝煙の中から男女の2人組が現れる。
オウル:はい、お終いと。
オウル:こんなところですかねぇ。
スコーピオン:こっちも全部バラしたぞ。
オウル:お疲れ様です。
スコーピオン:とんだザコ連中だったな。
スコーピオン:カチコミ食らったくらいでみっともねぇうろたえ方しやがって……。
スコーピオン:同業と思いたくもねぇ。
オウル:くだらない仕事で日銭を稼いでいた方たちです。無理もありませんよ。
オウル:それにしても傑作でしたねぇ、得物を向けられた時の彼らの反応ときたら……。
オウル:あ、サソリさんの顔が怖すぎたのかな?
スコーピオン:そろそろ手が滑って殺しちまいそうだよ。
オウル:ジョークです、ジョーク。
スコーピオン:笑えねぇっつってんだろ。
オウル:さて、仕事も終わりましたし帰りますか。
スコーピオン:待てよ、待機だろうが。
スコーピオン:ボスの用事が済むまではよ。
オウル:ああ、そうでしたっけ。
スコーピオン:まぁ、別に帰ってくれてもいいぜ。
スコーピオン:お前と二人きりなんざ胸糞悪ぃしな。
オウル:あれ、怒ってます?
オウル:もうジョークって言ってるじゃないですか。
オウル:サソリさんほど笑顔の似合う女性はいませんよ。
オウル:ほら、もっと笑顔で。
スコーピオン:……次のシノギは背中に気をつけとけよ。
オウル:本心なのになぁ。
近くのソファに腰掛けるオウル。
オウル:それにしても何の用事なんですかね、ボスは。
オウル:何か聞いてます?
スコーピオン:セント・ベルに用があるんだと。
オウル:セント・ベル?
オウル:目と鼻の先じゃないですか。
オウル:でもあそこって今はほとんど廃墟でしょ?
スコーピオン:……聞いてないのか。
オウル:何をです?
スコーピオン:生憎だが、お前と違って口は軽くねぇんでな。
オウル:あ、気になるなぁ。教えてくださいよ、暇なんだし。
部屋の奥でかすかに物音がする。
とっさに銃口を向けるスコーピオン。
スコーピオン:シッ、黙れ。
スコーピオン:残ってるみてぇだな、腰抜け野郎が。
オウル:おや、まだいましたか。
スコーピオン:さっさと片付けるぞ。
オウル:イエス・マム。
オウル:ああ、お先にどうぞ。
スコーピオン:は?
オウル:背中に気をつけろと忠告されたばかりなもので。
スコーピオン:つくづく癇(かん)に障る野郎だな。
銃を抜き、奥へ進んでいくスコーピオン。
同じ頃、セント・ベルの外れ。
朽ちた墓標の前に佇むブージャム。
やがて静かに口を開く。
ブージャム:申し訳ありませんが、ここでの流血沙汰はご遠慮願えませんか。
瓦礫の影から姿を見せるシャーク。
シャーク:……いつから気づいてた。
ブージャム:墓前に立ってからです。
ブージャム:見事ですな。正確な位置までは気取(けど)ることができなかった。
ブージャム:手練れとお見受けしますよ。
シャーク:お褒めの言葉、痛み入るよ。
シャーク:久しぶりじゃねぇかマスター。
ブージャム:ええ。お元気そうで何よりです、お嬢さん。
シャーク:あんたがブージャムだったとはな。
シャーク:バーは酔狂でやってたのか?
ブージャム:そうですなぁ。
ブージャム:酔狂と言われればそれまでですが……。
ブージャム:「殺し屋」という生き物を間近で感じたかったのです。
ブージャム:何を見て、何を考えて引き金を引くのか。
シャーク:あんたも同類だろうが。
ブージャム:同業ではありますが同類ではありません。
シャーク:そうかよ。
シャークの持つ銃がブージャムに向けられる。
シャーク:じゃあ、あたしが今何を考えてあんたに銃向けてるかわかるか?
ブージャム:察しはつきますよ。
ブージャム:ですが先ほども言った通りここでは争いたくありません。
シャーク:みてぇだな。殺気の欠片も感じねぇよ。
シャーク:だがそれで銃下げるようなお人好しじゃねぇぞ、あたしは。
ブージャム:いいえ、あなたは撃てませんよ。
シャーク:ああ!?
ブージャム:一本芯の通ってるお方だ。曲げることを嫌う。
ブージャム:良いですね。殺し屋としては珍しいですが。
シャーク:何わかった気になってんだ……てめぇ。
ブージャム:ただの感想です。マスターとしてのね。
ブージャム:元、ですが。
銃口を向けるシャークに背を向ける形で墓標に向き合うブージャム。
シャーク:オイ舐めてんのか!
シャーク:簡単に背なんか向けやがって……。
シャーク:こっち向けよ!
ブージャム:芯の強さは結構ですが感情に任せてリスクを取るのはおやめなさい。
シャーク:何……。
ブージャム:仕事で来たのではないはずだ。
ブージャム:私をマトとしているのはウルフさんですからね。
シャーク:……。
ブージャム:「他人のマトには手を出すな」。
ブージャム:ルールでしょう?
シャーク:そのルールをぶっ壊そうとしてんのもあんたらだろ。
ブージャム:ふっ、全てご存じのようだ。
シャーク:安くはなかったけどな。
シャーク:まぁ、おかげで面白ぇ話も色々と聞けたぜ。
ブージャム:ならば話は早い。
ブージャム:我々の邪魔はご遠慮願いたいですな。
シャーク:そうもいかねぇよ。
銃を構え直し狙いを定める。
ブージャム:なぜ?
シャーク:あたし自身のけじめだよ。
シャーク:あんたを殺(と)らねぇと前へは進めねぇ。
ブージャム:……ふむ。
振り返り、シャークを正面から見据えるブージャム。
ブージャム:恐れを知らぬ目だ。
ブージャム:それに見合う腕もある。
ブージャム:だからこそ残念です。
シャーク:あ?
ブージャム:自らのエゴの為に引き金を引けば、その度にあなたは身を貶(おと)す。
ブージャム:私にとって忌むべき存在へと成り果てます。
空気が張り詰めていく。
息苦しいまでの重圧に飲まれるシャーク。
シャーク:……はッ、ようやくやる気になったかよ。
シャーク:そうだ、殺す気で来い!
シャーク:じゃねぇと意味がねぇ。
シャーク:腑抜けたあんたに勝ったところで何にもならねぇからな!
ブージャム:力量の差を測れぬとなれば殺し屋としては致命的ですよ。
シャーク:舐めてんじゃねぇよ……。
ブージャム:大海を知らぬ蛙(かわず)になるなと言われませんでしたか。
シャーク:黙れッ!
シャーク:さっさと構えろよ……クソ野郎ッ!
銃声が響く。
一人残らず狩りつくされた殺し屋事務所。
ソファに腰掛けていたオウルが頓狂な声を上げる。
オウル:……あっ!
スコーピオン:何だよ、うるせぇな。
オウル:思い出しました!
オウル:はいはい、セント・ベルね。
オウル:そう言えば聞いてましたよ僕も。
オウル:人の昔話ってあまり興味がないのですっかり忘れてました。
スコーピオン:そうかい。そりゃよかったな。
オウル:確かお墓があるんでしたね。
オウル:奥さんと娘さんの。
スコーピオン:ああ。
オウル:殺されたんでしたっけ。
スコーピオン:馬鹿な殺し屋にな。
オウル:そうそう、現場を見られて焦った挙句の口封じにね。
オウル:はは、三流もいいとこだ。
スコーピオン:そういう程度の低い連中は業界から丸ごと消される。
スコーピオン:そこに転がってる奴らみてぇにな。
オウル:ごもっともです。
オウル:気持ちいいでしょうねぇ。
オウル:マーケットのシェアを根こそぎいただくのは。
スコーピオン:経済は「クイーン」に任せとけばいいだろ。
オウル:裏には裏の市場があるんですよ。
スコーピオン:まぁ金策に興味はねぇけどな。
オウル:それにしてもわざわざお墓参りですか、ボスは。
オウル:時間の無駄でしょ。
スコーピオン:まぁ、その辺の機微(きび)はお前にはわかんねぇだろうな。
オウル:ええ、家族なんていませんし。
スコーピオン:……ふん。
オウル:あの人、強さは申し分ないんですけど妙に甘いところがありますからね。
スコーピオン:おい。
オウル:仕事でも女子供は殺(と)らないのは、ご家族のことが関係してるのかな?
スコーピオン:オウル!
オウル:はい?
スコーピオン:口を慎めよ。
スコーピオン:お前の無神経は知ってるがボスに向けられると気分悪ィ。
オウル:これは失礼しました。
スコーピオン:ボスの目的が私怨(しえん)だろうが仇討だろうが関係ねぇ。
スコーピオン:結果として裏の世界が変わるんならそれでいい。
オウル:とか言って本当は同情してるんじゃないんですか?
オウル:見かけによらず優しいですからね、サソリさんは。
スコーピオン:……。
オウル:えぇと、銃口がこっち向いてますけど。
オウル:せめて何か言ってくださいよ。
スコーピオン:……私らとは違う闇があるんだよ、あの人にも。
薄ら笑いを浮かべるオウル。
オウル:因果な世の中ですねぇ。
オウル:全く悲しいものだ。
スコーピオン:顔と台詞が合ってねぇっつってんだろ。
セント・ベルの外れでは数発の銃声が響いている。
ブージャム:(そう。誰しも心に闇を抱えて生きている。)
ブージャム:(私も例外ではない。)
ブージャム:(妻と娘を失ったあの日から、虚(うろ)のように深い闇が私の中に横たわっている。)
ブージャム:(それは2人の命を奪った「殺し屋」に対する憎悪の結晶なのだろうか。)
ブージャム:(いや、私が真に憎んでいるのは「殺し屋」の真似事に浸る「猿」たちだ。)
ブージャム:(この街は歪んでいる。)
ブージャム:(しかし、歪みきったこの街を変える力を持つのも殺し屋に他ならない。)
ブージャム:(ならば私は深淵を覗き込む怪物となろう。)
再び訪れた静寂の中、シャークの膝が折れ地に伏せる。
足に負った傷をおさえ息を乱す。
シャーク:ぐッ……!
シャーク:クソが……!
ブージャム:若さは武器にも枷(かせ)にもなるものです。
シャーク:おい……何勝ち誇ってやがる。
シャーク:何も終わってねぇだろうが!
シャーク:まだやれるぜ、あたしは……。
ブージャム:終わりです。勝敗を決めるのはあなたではない。
シャーク:黙れッ! 殺せよ。きっちり殺せ!
ブージャム:ここで殺生はしないと再三申しました。
シャーク:ちくしょう……何なんだよ、あんた!
ブージャム:何者か……ですか。
ブージャム:そうですね、私が一番知りたいものです。
シャーク:あんたを殺して……舐めた連中、全員鼻を明かしてやる!
シャーク:舐めんなよ……。あたしを舐めんなッ!
ブージャム:そんなことの為に仲間も置いてここまで来たのですか。
シャーク:……ッ。
ブージャム:何も見えていないようだ。
ブージャム:シャーク、とはよく言ったものですね。
ブージャム:止まることを知らない。
シャーク:うるせぇ……。
シャーク:偉そうに上から物言ってんじゃねぇ……!
ブージャム:足を洗いなさい。
ブージャム:あなたはこの世界には向きません。
怒りで言葉が続かないシャーク。
やがて涙がこぼれる。
シャーク:あ……あたしにはこれしかねぇ。
シャーク:ずっと……そうやって生きてきた!
シャーク:先生と会って……「殺し屋」を教えられて……。
シャーク:ずっと……!
ブージャム:……。
シャーク:何で……こんな弱ェんだ、あたしは……!
ブージャム:やれやれ、歳ですかな。
ブージャム:涙には滅法弱くなってしまった。
シャーク:ぐッ……! この野郎……!
ブージャム:お静かに。そろそろ時間です。
シャーク:じ、時間?
ブージャム:ええ。
目を閉じ耳をすませるブージャム。
ブージャム:ほら、聴こえるでしょう。
ブージャム:綺麗な鐘の音だ。
ブージャム:澄みきって……心が洗われる。
シャーク:何言ってんだ……てめぇ。
ブージャム:セント・ベルたる所以(ゆえん)です。
シャーク:何も……聴こえねぇよ。
ブージャム:妻と娘も、私にとってはこの鐘の音のような存在でした。
ブージャム:あまりにも儚い。
ブージャム:年端もいかぬ少年の手で簡単に奪われるくらいにね。
シャーク:……その墓は。
ブージャム:二人ともこの場所が大好きでした。
シャーク:……。
ブージャム:申し訳ありませんね。
ブージャム:与太話に付き合わせてしまって。
シャーク:結局仇討ってことかよ。
シャーク:あんたがやろうとしてんのは。
ブージャム:どうでしょう。
ブージャム:ただ、歪みきったこの街にのさばっている猿を見ていると怒りが込み上げてくるのは確かです。
ブージャム:このままではさらに舵取りは利かなくなる。
ブージャム:なればこそ先導は必要でしょう。
シャーク:……イカれてやがる。
ブージャム:おっしゃる通りですな。
シャークに背を向けるブージャム。
シャーク:待てよ……!
シャーク:あんたが殺し屋を間引くってんならあたしも対象だろ。
シャーク:ここで生かすんならまた歯向かうぜ。
ブージャム:……本当は。
シャーク:?
ブージャム:止めてほしいのかもしれません。
シャーク:何だと……。
ブージャム:恨みを残してさまようのも少々疲れました。
ブージャム:私を止めるのがウルフさんでも「不運(アンラック)」でも、あなたであっても、それは運命というものでしょう。
ブージャム:だが私が勝てば裏の世界は変わる。
ブージャム:賽(さい)は投げられています。
シャーク:……チッ。
シャーク:あんたみてぇな奴……初めてだよ。
ブージャム:私もあなたのような殺し屋は初めてです、シャークさん。
ブージャム:混じりけのない純粋な殺意。
ブージャム:向けられて悪い気はしませんな。
シャーク:あたしは曲げねぇぞ。
シャーク:あんたをぶっ殺してやる。
シャーク:先生も殺(や)らせねぇ。必ずだ。
ブージャム:ふふ……お待ちしております。
シャーク:舐めやがって……。
ブージャム:よろしければ全てが始まった「あの店」へお越しください。
ブージャム:ウルフさんも招待してあります。
ブージャム:極上の一杯をご用意しましょう。
静かに背を向けるブージャム。
顔を伏せ、地面を殴るシャーク。
シャーク:……痛ぇな、くそっ……。
事務所の前に立つオウルとスコーピオン。
そこへブージャムが合流する。
ブージャム:お待たせしました、お二人とも。
オウル:ああ、用事は済みましたかボス。
ブージャム:ええ。そちらもお疲れ様でした。
ブージャム:さすがの手際ですね。
スコーピオン:次はどこだ?
ブージャム:少々骨のある仕事になります。
ブージャム:お二人には苦労をおかけるすことになりそうです。
スコーピオン:気にすんな。必要な仕事だ。
オウル:今日みたいにむさ苦しいところは遠慮したいですけどねぇ。
ブージャム:ご安心を。とびきりの美女が相手です。
オウル:へぇ、それはいいですね。
オウル:俄然やる気が出てきましたよ。
ブージャム:申し訳ありませんが私はまた別で動きます。
ブージャム:そちらの対応はお任せしますよ。
オウル:はい。
スコーピオン:ああ。
ブージャム:プランも大詰めです。
ブージャム:多少歯車は狂いましたが問題ありません。
ブージャム:粛々(しゅくしゅく)と、合理的に進めましょう。
セント・ベルを後にする3人。
朽ち果て、錆びついた鐘が見下ろしている。
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