ユダの末路
【タイトル】
「ユダの末路」
殺し屋シリーズ・2部4話
【キャスト総数】
3(男:2 女:1)
【上演時間】
20〜分
【あらすじ】
弾丸を浴びようと、刃で裂かれようと、
がらんどうの身からは虚無が溢れるばかり。
心身を満たす術があるとすれば
迷わず縋りましょう。
虚しさに押し潰される前に――。
夜の帳が降りきった頃、
「ベルトリオ」ファミリーの拠点に
一人の客が訪れた。
その日、街は深い霧で覆われていたという。
【登場人物】
・アッシュ(男)
マフィア「ベルトリオファミリー」三代目頭目。
火傷跡を持つ殺し屋。
・マルコ(男)
マフィア「ベルトリオファミリー」幹部。
アッシュの側近。
・リグレット(女)
「霧のリグレット」の名で恐れられる猟奇殺人犯。
数々のナイフを用いて獲物を刻む。
【本編】
夜の街。闇に棲まう住人たちが目覚め出す頃。
華やかな娯楽に興じる享楽者たちの傍ら、確かな存在感を放つ裏の顔役「ベルトリオファミリー」。
革張りのソファに座る火傷顔の男に側近らしき男が書類を指し示している。
マルコ:……以上がアガリの総額です。
マルコ:直近でファミリーの傘下になった組も計上してあります。
アッシュ:ご苦労様です。随分と儲かってるみたいですねぇ。
マルコ:二代目が大量に隠し持っていた新種のヤクも順調にさばけています。
マルコ:マニアックなバイヤーの間では高値で取引されているようですね。
アッシュ:はは、ヤクなんてさっさと金に換えた方が有益ですよ。
アッシュ:しかし、ボスの羽振りの良さはこういうカラクリだったんですね。
マルコ:ボスはあなたでしょう。
アッシュ:ああ、そうでした。
アッシュ:すみませんね、どうも呼ばれ慣れていないもので。
マルコ:いえ……。
アッシュ:そうだ。傘下の中に「殺し屋もどき」の連中がいたでしょ、確か。
アッシュ:殺しを請け負って、後々に法外な金を要求して粘着質にゆする……。
アッシュ:チンピラの真似事で稼いでるどうしようもない組がね。上手くやってるつもりなんですかねぇ。
マルコ:ああ、奴らに関しては……。
アッシュ:ちゃんと殺しましたか?
マルコ:えっ……。いや、別のシマからの傘下とはいえ、一応は身内ですし。
アッシュ:害虫駆除にも許可を出さないといけないんですか? 面倒ですねぇ。
マルコ:害虫……ですか。
アッシュ:ビジネスにおける「殺し」は信用で成り立っています。
アッシュ:利己的な殺しなんて筋が通りませんし、確執を生むだけですよ。
アッシュ:つまり利益も皆無。金食い虫は立派な害虫でしょう。
マルコ:しかし、ボス……。
アッシュ:まだ言わせます?
アッシュ:何なら僕がやってもいいですけど。
目を伏せ、引き下がるマルコ。
マルコ:……わかりました。すぐに手配します。
アッシュ:わかってくれればいいんですよ。
ソファに深く座り直すアッシュ。
どこか上の空で外を眺める。
マルコ:浮かない顔ですね。
アッシュ:バレました?
アッシュ:ここのところちょっと退屈なんですよね。
アッシュ:やっぱり上であれこれ言うよりプレイヤーの方が向いてるのかな、僕は。
マルコ:殺し屋として、ですか。
アッシュ:ええ。最近よく思い出すんです。
楽しそうに笑顔を浮かべるアッシュ。
アッシュ:あの頃は楽しかった。
アッシュ:三人組のお嬢さん方に最高峰の殺し屋……。
アッシュ:刺激的でしたよ……とても。
マルコ:……。
アッシュ:あ、でも「機械仕掛け」のお嬢さんは良いですね。
アッシュ:「不運(アンラック)」を退けたそうじゃないですか。
アッシュ:ちゃんと坊っちゃんを守り切ったわけだ。
アッシュ:はは……早くまたお相手したいなぁ。
マルコ:信用できるんですか、「不運(アンラック)」は。
アッシュ:殺し屋は信用で成り立ってるって言ったばかりでしょ。
アッシュ:過去のイザコザなんて大した問題じゃないんですよ。
アッシュ:すっかり「殺し屋」の顔になってましたよ、彼女も。
笑みを浮かべるアッシュにマルコが強い眼差しを向ける。
マルコ:……お言葉ですが、私にはボスの目的が計りかねます。
マルコ:もう十分に「ベルトリオ」は大きくなった。
マルコ:初代の一人息子とはいえ今さら脅威になるとも思えません。
マルコ:それより、ウチにアヤをつけてくる連中はまだまだ見られます。
マルコ:そちらに注力した方が得策だと思うのですが……。
頬杖をつき、マルコに向き直るアッシュ。
アッシュ:マルコさんって趣味とかありますか?
マルコ:趣味……ですか? いえ、特には。
アッシュ:僕はね、パズルが好きなんですよ、こう見えて。
マルコ:そ、そうなんですか。
アッシュ:いかに効率よくピースをはめて完成させられるか。
アッシュ:綺麗に組み上がっていく様を見ると楽しくなってくるんですよね。
マルコ:なるほど。
アッシュ:でもね……。
座り直したアッシュに冷たい笑顔が浮かぶ。
アッシュ:それを一気に壊すのも、たまらなく好きなんです。
氷のような冷たさに息を呑むマルコ。
マルコ:……。
アッシュ:坊っちゃんも大きなパズルの1ピースですからねぇ。
アッシュ:今、完成に向かってコツコツと組み上がってますよ。
アッシュ:「ベルトリオ」も……二代目がご執心だった「クイーン」でさえ、ピースのひとつなんです。
マルコ:……最後は壊すつもりなんですか?
アッシュ:さぁ、どうでしょう?
アッシュ:でも……きっと気持ちいいでしょうね。
アッシュ:お偉いさん方が大事に組み上げてきたパズルをバラバラに壊すのは。
マルコ:喧嘩でもするつもりですか……「クイーン」と。
アッシュ:最高に面白いじゃないですか。
アッシュ:リスクを負ってこそゲームは盛り上がる。
アッシュ:まぁ、僕はただの「歩く死体(リビングデッド)」ですから。
アッシュ:何をしようが罪には問われませんよ。
アッシュ:「死人に口なし」ってね。ははは……。
楽し気に笑うアッシュを無表情に見るマルコ。
その時、ドア越しに何者かが倒れる音がする。
咄嗟に懐に手をかけるマルコ。
マルコ:何だ、今の音は……。
アッシュ:おや、お客さんですかね?
マルコ:見てきます。念のため、下がっていてください。
アッシュ:ふふ、心配ご無用ですよ。
銃を構え、ドアに近づいていくマルコ。
瞬間、ドアが乱暴に破られる。
立っていたのは血のついたナイフを手にする女性。
アッシュの顔を見るなり、恍惚とした笑みを浮かべる。
リグレット:……ああ、こちらにおられたのですね。
リグレット:やっとお目にかかれました。
マルコ:動くな! 誰だ、お前は。
リグレット:お会いしとうございました……。
マルコ:動くなと言ってる! そのナイフを捨てろッ!
アッシュ:マルコさん、どいてください。
アッシュ:客ですよ、彼女は。
マルコ:客……?
アッシュ:ご苦労様でした、リグレットさん。
リグレット:ああ、もったいないお言葉です。
リグレット:変わらぬお姿、お声……。
リグレット:この身は歓喜に震えております。
祈るように手を組むリグレット。
リグレット:我が神よ。
アッシュが口にした名前に反応するマルコ。
マルコ:リグレット……?
マルコ:「霧のリグレット」か? 殺人鬼の……。
アッシュ:随分と街を騒がせてるみたいですねぇ。
アッシュ:噂になってますよ。
リグレット:お告げの通り、迷える子羊を狩っております。
アッシュ:ええ……。おかげ様で「ベルトリオ」としての仕事はとても円滑に進められました。
リグレット:しかし……懺悔(ざんげ)せねばなりません。
リグレット:あなたのおっしゃっていた黒い毛並みの羊。
リグレット:あれは……。
アッシュ:手強いでしょう?
リグレット:……はい。
アッシュ:彼らは一筋縄ではいきません。
アッシュ:歯向かう為の牙がある。
アッシュ:その様子だと身を持って知れたようですね。
リグレット:おっしゃる通りです。
リグレット:ですが……次は必ず殺します。
アッシュ:ふふ、期待してますよ。
マルコ:ボス……この女は。
アッシュ:ビジネスパートナーです。
アッシュ:よく働いてくれてますよ。
マルコ:なぜよりによってこんな人殺しを。
アッシュ:利益に繋がる人殺しは大歓迎ですので。
マルコ:……。
リグレット:神よ……。恐れ多くも、私は長く主の温もりに焦がれておりました。
リグレット:どうか抱いていただけませんか。
リグレット:過ぎた願いであるとは承知の上です。
リグレット:ですが、どうか……。
アッシュ:ええ、構いませんよ。
リグレット:ああ、幸せです。
リグレットの腰に手を回すアッシュ。
マルコ:……外しますね。
マルコ:ご用の際は呼んでください。
部屋を後にするマルコ。
マルコ:(「霧のリグレット」とも繋がりがあるとは……。)
マルコ:(騒ぎを大きくすることで警察の目を陽動していたというわけか。)
廊下を歩くマルコの表情が厳しいものに変わっていく。
マルコ:(本人はああ言っていたが……人の上に立つ素質も十分に備えている。)
マルコ:(何より圧倒的とも言える「殺し屋」としての手腕。)
マルコ:(どれだけの死線を抜けてきたかは知らないが、有無を言わせない程の強さがあの男にはある。)
苛立つ気持ちを壁にぶつける。
マルコ:(……クソッ! このままじゃ坊っちゃんが危ない。)
マルコ:(モタモタしてる時間はないぞ。早く手を打たなければ……。)
マルコ:(絶対に坊っちゃんは殺(や)らせない。)
マルコ:(初代に任されたんだ。)
マルコ:(迷いは捨てろ。やるしかない。)
マルコ:(……俺がやるんだ。)
――深夜。
懐に拳銃を忍ばせたマルコが音もなく廊下を歩いていく。
乱れる呼吸を整え、覚悟を決める。
マルコ:(……大丈夫。)
マルコ:(この日の為に奴の側近にまで上り詰めたんだ。)
マルコ:(汚い仕事は全部こなして、十分な信用を得た。)
マルコ:(疑いはないはずだ。)
廊下の先、アッシュの部屋を目指す。
マルコ:……ッ!?
突如、悪寒が走る。
身を固め、廊下の先を凝視するマルコ。
マルコ:誰だ!
暗がりから足音が聞こえていくる。
姿を表したのはリグレット。
リグレット:こんばんは、ミスター。
マルコ:……驚いた。起きていたんですか。
リグレット:あなた、神を信じますか?
マルコ:すまないが、あなたの相手をしてる暇はない。
マルコ:ボスに用があるんです。
リグレット:主はお休みになられております。
リグレット:用件ならば私が承りますよ。
マルコ:あなたじゃ話にならない。
マルコ:いいから通してくれ。火急の用件なんだ。
リグレット:ふふ……抜け抜けと。
リグレット:これだから背教者の言葉は信用できない。
マルコ:何だと?
リグレット:あなた、「ユダ」ですね。
リグレット:匂いでわかりますよ。
リグレット:主に仇なす愚かな獣の匂い。
顔をしかめるマルコ。
マルコ:……意味がわからない。
マルコ:頭がおかしいのか、あんた。
リグレット:悔悟(かいご)も縊死(いし)も、もはや許されません。
リグレット:あなたの矮小(わいしょう)なる命の値打ちなど、銀貨1枚にも満たないでしょう。
巨大なブッチャーナイフを引き出すリグレット。
マルコが身構える。
マルコ:何の真似だ……殺人鬼め。
リグレット:ふふ……贋作(がんさく)の首を奉(たてまつ)りましょう。
マルコ:イカレ女が……ッ!
間合いを詰め、ナイフを振るうリグレット。
鋭い一閃をかわすマルコ。
マルコ:く……ッ!
リグレット:模倣の神……ユダ。
リグレット:ああ……忌々(いまいま)しいッ!
なおもリグレットの強襲が続く。
下がりながら間合いを取るマルコ。
マルコ:(発砲は避けたい。)
マルコ:(奴に悟られないように何とかこの女を……!)
ふと、リグレットの動きが止まる。
リグレット:……許さない……。
マルコ:!?
リグレット:私の愛する神をおびやかす者。
リグレット:根絶やしにしてやる。
リグレット:その身の臓腑(ぞうふ)まで腐っているのか……ふふ、確かめてみましょうか?
マルコ:……う……ッ。
おぞましい殺気に思わず拳銃に手をかけるマルコ。
マルコ:うわあああ!
数発の銃声。
弾丸がリグレットを貫く。
被弾した体は揺れ、床へと崩れ落ちる。
マルコ:……ハァッ、ハァッ……!
マルコ:しまった、銃を……。
マルコ:殺してしまったか、クソッ。
背を向け、ガシガシと頭をかくマルコ。
マルコ:どうする……。一旦離れた方がいいか……?
マルコ:すぐに騒ぎになる……。
マルコ:早く坊っちゃんに知らせないと……!
その時、マルコの背後で何かがうごめく。
マルコ:ッ!?
弾けるように振り返ったマルコの前には血に塗れたリグレットが立っている。
リグレット:不浄なる者へ裁きを。
マルコの腹部に刃が突き立てられる。
大量の出血を押さえながら床に転がるマルコ。
マルコ:が……ッ、ぐああああッ!
リグレットが冷たい目で見下ろしている。
リグレット:……。
マルコ:うッ……ぐ……!
マルコ:お前……なぜ動ける……!?
リグレット:お静かに。
リグレット:主の眠りのさまたげになります。
リグレット:どうぞ、あなたもこのままお休みになられてくださいませ。
リグレット:……永遠に。
マルコ:くそ……ッ。
マルコ:死ねるか……こんなところでッ!
床を這いながらも銃口をリグレットに向けるマルコ。
銃声が響く。
マルコの腕が貫かれ、手にしていた銃が床を転がる。
マルコ:う……ぐあああッ!
暗がりから硝煙とともにアッシュが現れる。
アッシュ:グッドイブニング、マルコさん。
マルコ:ボ……ボス……!
リグレット:申し訳ありません、主よ。
リグレット:かしましさが、お耳に障(さわ)ったことかと存じます。
アッシュ:構いません。
アッシュ:もともと夜型なんで、僕。
倒れたマルコに向き直るアッシュ。
アッシュ:さて、と。面白いショーでしたよ。
マルコ:気付いていたのか……?
アッシュ:と言いますかハナから信用してませんよ、あなた方ファミリーのことは。
マルコ:な……何だと……。
アッシュ:でも、上手く行き過ぎるのもつまらないですし……。
アッシュ:不確定要素はゲームを盛り上げるのに不可欠でしょう?
アッシュ:ただ……あなたにジョーカーは不相応な役回りだったようですね。
マルコ:クソ野郎め……!
リグレット:お黙りなさい。
撃たれたマルコの腕を踏みつけるリグレット。
マルコ:ぐッ、ぅああ……!
リグレット:dust to dust.(ダスト・トゥ・ダスト)
リグレット:チリは在るべき場所へお還(かえ)りなさいませ。
アッシュ:はは……だそうですよ、マルコさん。
リグレットを睨みつけるマルコ。
マルコ:霧の……リグレット。
マルコ:何なんだ……お前は。
アッシュ:冥途の土産というやつですね。教えてあげましょうか。
リグレットに近づくアッシュ。
アッシュ:彼女には痛みの感覚が一切ないんですよ。
アッシュ:いくら血を流そうと何も感じない。
リグレット:……。
アッシュ:あ、でも不死身というわけじゃないですからね。
アッシュ:止血くらいはしといてください。死にますよ。
リグレット:仰せの通りに……。
マルコ:ば、馬鹿な……。
アッシュ:痛みを知らない、がらんどうの可哀そうな子です。
アッシュ:だから僕が教えてあげたんですよ。
アッシュ:こうやって……人の温もりをね。
リグレットの体に腕を絡めるアッシュ。
流れる血が腕にまとわりついていく。
マルコの視界がぼやける。
マルコ:(こいつらは……裏の世界よりもさらに奥……。)
マルコ:(もっと深いところの住人だ。)
マルコ:(絶対に生かしておいてはいけない。)
マルコ:(なのに……ここまでなのか、俺は。)
マルコ:(体が、動かない。)
震える拳を握りしめる。
マルコ:(……申し訳ありません、ボス。)
マルコ:(約束は果たせそうにない。)
あくびをするアッシュ。
アッシュ:あぁ、やっと眠気が来たみたいなので僕は寝ます。
アッシュ:じゃ、後はお任せしますね、リグレットさん。
アッシュ:哀れな子羊をちゃんと救ってあげてください。
リグレット:かしこまりました。
アッシュ:おやすみなさい、お二人とも。
リグレット:どうぞごゆっくり……。
アッシュの足音が遠ざかっていく。
マルコ:(坊っちゃん、すみません。)
マルコ:(「ベルトリオ」を……俺の家族を、どうかよろしくお願いします。)
かすむ視界で見上げるマルコ。
リグレットが光のない目で見下ろしている。
マルコ:……。
リグレット:お祈りは済みましたか、ミスター?
最後の力で言葉を吐く。
マルコ:……地獄に堕ちろ。怪物(モンスター)。
リグレットの顔に冷笑が浮かぶ。
リグレット:それでは、ごきげんよう。
刃が振り下ろされ、床に血が飛び散る。
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