トリガーハッピーの師弟
【タイトル】
「トリガーハッピーの師弟」
殺し屋シリーズ・2部9話
【キャスト総数】
4(男:1 女:3)
【上演時間】
30〜分
【あらすじ】
大都心に聳える権力の象徴、「メガロポリス・タワー」。
街の支配者たる「クイーン」の本拠地が「悪霊」によって占拠された。
市長を人質に籠城する暴徒に早急な対策を講じる警察隊。
迎え撃つは火傷顔の頭目が率いる裏社会最強のマフィア「ベルトリオファミリー」。
とあるフロアでは一人一人と血を流し倒れていく市長のSPたち。
猟奇殺人犯の「霧のリグレット」が凶刃を振るう。
同じ頃、激化する抗争に紛れタワーに侵入する者たちの姿。
――「殺し屋」。
一夜にして伏魔殿と化した現代におけるバベルの塔。
最初の撃鉄はゲーム好きな二人の師弟の手で起こされた。
【登場人物】
・センチピード(女)
3人組(チーム)で仕事を行う殺し屋。
腕の立つゲーマー。
・ブルズアイ(女)
3人組(チーム)で仕事を行う殺し屋。
奔放で色男に目がない。
・ベレッタ(女)
業界では「不運(アンラック)」の名で有名な殺し屋。
無類のゲーム好き。
・ウィリアム(男)
クルムの友人である保安官。
裏社会にも通じている。
【本編】
深夜の大都会の喧騒に紛れ、サイレンの音が甲高く鳴り響く。
中心地にそびえる高層ビル「メガロポリス・タワー」。
今まさに凶悪な暴徒の襲撃を受けている権力者の象徴を大勢の警官が包囲している。
ビルを見上げながら通話する男の姿。
ウィリアム:一言で言うなら最悪だな。
ウィリアム:……いや、訂正しよう。状況はさらに悪くなってる。
ウィリアム:主犯格はマフィア「ベルトリオファミリー」三代目頭目、「アッシュ」と呼ばれる男。
ウィリアム:さらに連続猟奇殺人犯「霧のリグレット」の両名。
ウィリアム:市長を人質に取った上、確認されただけでも10名以上のSPを殺害。
ウィリアム:目下、アッシュ派の構成員たちと交戦中。依然として劣勢、と。
男は疲れたように目頭を押さえる。
ウィリアム:全く……奴(やっこ)さん方は一体何を考えてる?
ウィリアム:盛り上げてくれるじゃないか……。
ウィリアム:サスペンスドラマなら良い数字が取れそうだ。
通話先の相手がウィリアムに指示を出している。
応えるように小さくため息が漏れる。
ウィリアム:……ああ、わかってる。人手が足りてないんだろう?
ウィリアム:俺も出るよ。腕も本調子じゃないし、できれば鉄火場には出張りたくなかったんだがなぁ。
ウィリアム:じゃあ切るぞ。コキ使われた分、美味い酒でもおごってもらうからな。
通話が切られ、銃を携えるウィリアム。
合図とともにタワーの内部へと侵入していく。
ウィリアム:やれやれ、裏のゴタつきは裏で始末をつけるんじゃなかったのかな。
ウィリアム:カタギを巻き込まないでくれよ、お嬢さん方。
内部はすでに銃弾が飛び交っている。
――別フロア、通路。
二人の女性が並んで歩いている。
ブルズアイ:こっちでいいのぉ? ムカデちゃん。
センチピード:ええ。連絡通路を抜けて、あとはひたすら上。
ブルズアイ:やっぱエレベーター使った方がよかったんじゃなぁい?
ブルズアイ:こんなに歩かされるなんて思わなかったわぁ。
センチピード:駄目よ。張ってる連中を殺(と)ったりでもしたら後から湧いてくる。
センチピード:あれが「ベルトリオファミリー」でしょ? 噂の。
ブルズアイ:でしょォね。どの子も「いかにも」って感じィ。
ブルズアイ:好みじゃないわぁ。
センチピード:数だけは多いわ。穏便にいきましょう。
ブルズアイ:はァい、了解。
センチピード:……あの子と違って聞き分けが良くて助かるわね。
ブルズアイ:ふふっ、何気に三人で仕事するのって久しぶりじゃない?
センチピード:さっそく別行動なワケだけど……。
センチピード:全く、相変わらず気負ってるわね。
ブルズアイ:そうねぇ。相手が相手だし頭に血が上ってないといいけど。
センチピード:「最高峰」が伊達じゃないってところ、見せてもらいたいものだわ。
ブルズアイ:ちゃちゃっと終わらせて、早く飲みに行きたいわぁ、私は。
センチピード:そうね……。
ふと、センチピードの足が止まり手でブルズアイを制止する。
ブルズアイ:ん、何ィ?
センチピード:待って、ブルズアイ。蟻が一匹。
ブルズアイ:え? 蟻ちゃん?
物陰に語りかけるセンチピード。
センチピード:コソコソ立ち回るのは得意なんだっけ?
やがて影から姿を現す一人の女。
気まずい笑顔を向ける。
ベレッタ:ハァ、バレた……。やっぱダメかぁ。
ブルズアイ:あら、ベレッタちゃんじゃない!
ブルズアイ:ハァイ、元気ィ?
ブルズアイ:私ってば、つくづくあなたの気配読むの苦手みたい。
ベレッタ:へへ、どもども。
ベレッタ:こっちとしては見逃してくれても良かったんスけどねぇ……。
センチピード:やっぱりこうなったわね。「不運(アンラック)」ちゃん。
ベレッタ:ツいてないッス……。
ベレッタ:でもなァ、破格なんスよ。一人頭で目ン玉飛び出すくらいのペイでして。
ベレッタ:いやぁ羽振り良すぎっしょ。ビンボー人はツラいッス。
センチピード:すっかり三下に磨きがかかってるわね。
センチピード:餌をぶら下げられて、あの男の言いなり?
ベレッタ:んー……。
頭を掻くベレッタ。
ベレッタ:でもまぁ、そんなモンじゃないですかね、殺し屋って。
ベレッタ:金の為に殺すだけッスよ。元カレも言ってました。
ブルズアイ:あははッ、元カレねぇ。
センチピード:その元カレを殺(と)った相手かもしれないんでしょ、そちらのボスは。
ベレッタ:昔の男は引きずらないタイプなんス、私!
ベレッタ:ひとしきり泣いたらキレイさっぱり忘れちゃいます!
ブルズアイ:良い性格してるわねぇ。
ブルズアイ:嫌いじゃないわよ、そういうの。
センチピード:本当、おめでたいわ。
センチピード:……虫酸が走る。
センチピードの殺気が漏れる。
ベレッタ:あれッ……な、なんか怒らせちゃいました?
センチピード:ブルズアイ、先に行ってて。
センチピード:ルートはさっき教えたとおり。
センチピード:この馬鹿の相手は私がする。
ブルズアイ:手伝わなくて大丈夫?
センチピード:平気よ。効率良くいきましょう。
ブルズアイ:りょおかぁい。そんなワケで通ってもいーい? ベレッタちゃん。
ベレッタ:どうぞどうぞ……。
ベレッタ:お金は惜しいけど、お二人相手はちょっとキツいかなって思ってたんで……。
ブルズアイ:どうもォ。じゃ、後でねぇムカデちゃん。
手をひらひらと振り、先へと進んでいくブルズアイ。
ベレッタに向き直るセンチピード。
センチピード:私一人なら何とかなりそうな言い草ね。
ベレッタ:そ、そういう意味じゃないッスよぉ。
ベレッタ:やけに突っかかるじゃないッスか、師匠。
センチピード:こんな不愉快な弟子、取った覚えはないわ。
懐からナイフを引き抜くセンチピード。
ベレッタ:気が進まないのはホントなんスよ。
ベレッタ:センチピードさんは数少ないゲーム仲間ですし。
センチピード:よく言うわ……。
センチピード:ゲーム以下のタマってわけね、私は。
ベレッタ:参ったなぁ……。
拳銃を抜くベレッタ。
センチピード:今度は腕の一本じゃ済まないわよ。
ベレッタ:うう……ツいてないッス。
空気が張り詰めていく。
銃声とともに間合いが詰められる。
――別フロア、通路。
銃撃戦が繰り広げられている。
遮蔽物に身を隠し、拳銃を構えるウィリアム。
ウィリアム:チッ……キリがないな。
ウィリアム:さすが裏でデカい顔をしていただけはある。
部下に呼びかける。
ウィリアム:おい、増援を要請しろ!
ウィリアム:奴ら数だけじゃない。なかなか肝も据わってる!
ウィリアム:気を抜くなよ!
反撃するウィリアム。
苦々しさを顔ににじませる。
ウィリアム:クルム……お前、来てるんだろ。
ウィリアム:何やってんだ……。
そこへ、ひとつの足音が近づいてくる。
咄嗟にウィリアムが振り向き、銃口を向ける。
ウィリアム:ッ! 止まれッ!
ブルズアイ:ハァイ、ごめんなさいねぇ。
ブルズアイ:邪魔よぉ。そこでドンパチされると。
ウィリアム:……君は……。
ブルズアイ:遠くからちょこちょこ突っつき合って楽しそうねぇ。
ブルズアイ:ケーサツは事後処理だけ上手くやっといてちょうだいな。
ウィリアム:……ブルズアイか? 殺し屋の。
ブルズアイ:だぁれ、あなた?
ブルズアイ:……あら。
ウィリアムの顔を覗き込むブルズアイ。
ブルズアイ:良い男じゃない。
ブルズアイ:残念、こんな時じゃなかったら遊びたかったわぁ。
ウィリアム:……ふっ、美人だな。姉妹そろって。
ブルズアイ:んー? ルージュの知り合い?
ウィリアム:ああ、世話になってるよ。
ウィリアム:コーヒーも美味いし良い店だな、あそこは。
ブルズアイ:ただのカタギってわけじゃなさそうね、あなた。
ウィリアム:ケーサツの中でも汚れ役だよ。
ウィリアム:この通り、いいように使われてる。
ブルズアイ:ふゥん、大変なのねぇ。
弾丸が遮蔽物を直撃する。
ウィリアム:っと……。世間話をしてる場合じゃなかったな。
ウィリアム:仕事しないと……。
ブルズアイ:お仕事って何の?
ブルズアイ:汚れ役って言ってたけどまさか私らのシノギの真似事ぉ?
ウィリアム:まさか……餅は餅屋だ。
ウィリアム:市長が人質に取られていてね。
ウィリアム:救出が最優先……次いで犯人の身柄確保がお達しさ。
ブルズアイ:悪いけど後半は諦めてちょうだい。
ウィリアム:わかってる。表向きの話だ。
ウィリアム:そもそも君たちに仕事を依頼したのも俺だしな。
ブルズアイ:あらぁ、そうだったんだ。
ブルズアイ:まぁ、そういうことなら仕事はきっちりこなすわよぉ。
ブルズアイ:むしろ……ふふっ、もう終わらせてたりして。
ウィリアム:何だって?
ブルズアイ:ウチのリーダーがね。
ウィリアム:……シャーク、か。
ブルズアイ:強いわよぉ、あの子。もう敵わないかも、私。
ウィリアム:ふっ、あのブルズアイにそこまで言わせるとは大したものだ。
ブルズアイ:このまま帰っても怒られちゃうでしょぉ?
ブルズアイ:功労賞のお膳立てくらいはしてあげるわ。
ブルズアイ:私も向こうに行きたかったし。
銃弾の飛び交う中、前に進んでいくブルズアイ。
ウィリアム:お、おい待て! 危ないぞッ!
ブルズアイ:誰に言ってんのぉ?
悠然と歩きながら対立するマフィアの構成員に銃口を向けるブルズアイ。
ウィリアム:……!
ブルズアイ:ほらほらァ、よく狙いなさい坊やたち。
ブルズアイ:威嚇のオモチャじゃないのよ、それは。
目にも留まらぬ速さで発砲される数発の銃弾。
狙っていた構成員たちが倒れていく。
その様子を見たウィリアムが部下に呼びかける。
ウィリアム:す……進めっ!
ウィリアム:道が開いた! 市長室まで急げッ!
ブルズアイ:急げ急げぇ。
部下たちが走り去っていく。
苦笑するウィリアム。
ウィリアム:……はは、参ったな。さすがだ。
ブルズアイ:あ、そうだ。ねぇ、あなた。
ウィリアム:ウィリアムだ。すまない、助かったよ。
ブルズアイ:ウィリアムちゃん、妹とはどこまでいってんの?
いきなりの質問に面食らうウィリアム。
ウィリアム:……むしろ、お姉さんからアドバイスをもらいたいね。
ウィリアム:お近づきになれるコツとか。
ブルズアイ:何だぁ、これからかぁ。
ブルズアイ:先に言っとくけど、あの子のこと泣かせたら殺すからねぇ。
先へと進んでいくブルズアイ。
ウィリアム:……肝に銘じておくよ。
それに続きウィリアムが歩いていく。
――一方、センチピードとベレッタが交戦中の別フロア。
常に間合いを詰めるように戦うセンチピード。
ベレッタが鋭く振られるナイフをかわしていく。
ベレッタ:うわ……っと!
ベレッタ:ひィ……ナイフのキレやばすぎィ……。
センチピード:あなた、ショートレンジ苦手でしょ。
ベレッタ:えっ。
センチピード:ファストドロウの速さはケタ違いだけど、エイムが下手くそ。
センチピード:だから詰められてリズムが崩れると持ち直すのに時間がかかる。
ベレッタ:か、勘弁してください……。
センチピード:得意の土俵で戦うつもりはないわよ。
ナイフがベレッタの頬をかすめる。
ベレッタ:あッぶね!
ベレッタ:……うーん、「エクスマキナ」さんと違って大振りもなし、と。
ベレッタ:んじゃあ、土俵にご案内するまでッスよ!
素早く距離を取り構えるベレッタ。
センチピード:……まぁ、そう来るわよね。
ベレッタ:もーらいっ!
センチピード:もうひとつ言わせてもらうと、小道具への警戒もしといた方がいいわよ。
足元へ何かを投げ込むセンチピード。
あっという間に硝煙弾の煙が辺りを包んでいく。
ベレッタ:う……っわ、出ましたねぇ、十八番の硝煙弾……。
ベレッタ:クッソ、何も見えねぇ……。
周りを見渡すベレッタ。
センチピードの気配が忽然と消える。
センチピード:(……さて、どうしようかしら。)
センチピード:(大体の位置は掴んでるし仕掛けてもいいけど……。)
センチピード:(外したらこっちの位置が逆にバレるしねぇ。)
センチピード:(身体能力と反射神経に関しては化け物クラスだし、無意味に動けば殺(と)られるのは目に見えてる。)
ベレッタ:(……とか考えてそうだなぁ。)
ベレッタ:(わかるッスよ、師匠。そこそこ付き合いも長いですもん、私たち。)
ベレッタ:(思い返せば色々ありましたねぇ。)
ベレッタ:(あんなことやこんなこと……。)
ベレッタ:(……やべ、二人でゲームしてる姿しか思い出せないッス。)
硝煙が徐々に晴れていく。
センチピード:(やるなら一発必中。)
ベレッタ:(残念ッスよ、ホント。)
静寂を断つように鳴り響く銃声。
硝煙が晴れ、二人の姿があらわになる。
センチピード:……ふぅ、やっぱり化け物ね、あなた。
ベレッタ:へへ……恐縮ッス。あ、動かないでくださいね。
センチピードの額に銃口をつきつけるベレッタ。
片腕からは血が流れている。
センチピード:「肉を切らせて骨を断つ」とは言うけれど……。
センチピード:普通は反応できないわよ。
センチピード:どういう神経してるの?
ベレッタ:当たりどころが悪かったら死んでたッスけどね。
ベレッタ:いてて……もー、せっかく腕、治りかけだったのに……。
センチピード:大したものだわ。
センチピード:ゲームもこれくらい楽しませてくれればいいのに。
ひらひらと両腕を上げるセンチピード。
ベレッタの顔が曇る。
ベレッタ:……はぁーあ。
センチピード:何? その顔。
ベレッタ:私、まだ師匠に勝ったことなかったのになァ。
センチピード:じゃあ見逃してくれるの?
曇り顔から一転、屈託のない笑顔を向けるベレッタ。
ベレッタ:すいません。ゲーム買えないのはもっとツラいんで!
センチピード:……あなたらしいわ。
引き金が引かれ、銃声が響く。
――別フロア、連絡通路。
先へと進んでいくウィリアムとブルズアイ。
ウィリアム:もうすぐ市長室が見えてくる。
ウィリアム:情報が正しければそこにいるはずだ。
ブルズアイ:素敵な夜景ねぇ。
ブルズアイ:お偉いさんが好きそうな眺めだわ。
ウィリアム:余裕があるな……。
ウィリアム:あれだけの数を相手にしておいて。
ブルズアイ:んー、全然駄目よ、あの子たち。
ブルズアイ:みィんな引き金に迷いがある。
ブルズアイ:あんなのじゃ虫も殺せないわぁ。
ウィリアム:迷い……だって? なぜだ?
ブルズアイ:知らないわよぉ。
ブルズアイ:思春期なんじゃない?
ウィリアム:「ベルトリオ」も一枚岩ではないということかな。
ウィリアム:こちらとしては好都合だ。
ブルズアイ:ま、青臭い坊やたちのことはどうでもいいんだけどぉ。
ブルズアイ:それより市長さんを助けたとなったら、私ってば有名人?
ウィリアム:それは困るだろう、君にとっては。
ブルズアイ:困るどころじゃないってぇ。廃業しちゃうわ。
ウィリアム:心配ない。その辺りの隠蔽工作は市長にとってお手の物だよ。
ブルズアイ:ふゥん……それはそれで癪(しゃく)ねぇ。
ブルズアイ:あーあ、なァんかやる気なくなってきちゃった。
ブルズアイ:帰ろうかなぁ。
ウィリアム:まぁ、そう言わないでくれ。
ウィリアム:恩を売っておいて損はない人だよ。
ウィリアム:何なら俺からも美味い酒でもおごろう。
ブルズアイ:なかなか世渡りが上手ねぇ、ウィリアムちゃん。
ウィリアム:上手く渡らないと命がないものでね。
ウィリアム:……見えたぞ、あそこだ。
市長室のドアが見えてくる。
周囲は不気味なほどに静まり返り、音ひとつない。
ブルズアイ:外には誰も張ってないわねぇ。
ウィリアム:合図で開けるぞ。いいか?
ブルズアイ:オッケー。
カウントの後、勢いよくドアを開けるウィリアム。
銃を構えるブルズアイ。
しかし中はもぬけの殻。
ウィリアム:……チッ。
ブルズアイ:Its too late(イッツ・トゥ・レイト)。
ブルズアイ:まぁ、そんな気はしてたけどねぇ。
ウィリアム:君のところのリーダーがすでに済ませた、ということは?
ブルズアイ:ざぁんねん、それはないかな。ほら、これ。
テーブルに置かれたワイングラスの下に一通の手紙が挟まれている。
ブルズアイがウィリアムに渡す。
ウィリアム:これは……。
ブルズアイ:主催者からのお手紙ね。
ブルズアイ:ホンット、癇に障る坊やだわ。
ウィリアムが手紙の内容を読み上げる。
ウィリアム:……「レディス・アンド・ジェントルメン。ご足労いただき感謝します。
ウィリアム:今宵、シアターにて最高のショーをご覧に入れます。
ウィリアム:変革の時を、どうぞお見逃しのなきよう。」……。
ブルズアイ:頭までウェルダンに焼かれてとことんイカれたのかしら。
ブルズアイ:何がしたいのか、さっぱりわかんないわぁ。
ウィリアム:「シアター」か……。
ウィリアム:全く人を食ったことをしてくれる。
ブルズアイ:何なの、それ?
ウィリアム:名の通りだよ。
ウィリアム:市長はプライベート・シアターを所有する程、大の歌劇好きでね。
ウィリアム:官僚たちの社交の場として使われることもある。
ブルズアイ:道楽もそこまでいけば立派ねぇ。
ブルズアイ:じゃ、坊やはそこにいるってわけ?
ウィリアム:これを信じるならな。
ウィリアム:悪いがもう少し付き合ってくれるかい?
ブルズアイ:はいはぁい。
ウィリアム:確かこのビルとの直通経路があったはずだ。案内する。
ブルズアイ:歌劇ねぇ。楽しめる演目ならいいけど。
ウィリアム:デートプランの内容としては悪手だろうな。
ウィリアム:さ、急ごう。
ブルズアイ:了かぁい。
市長室を後にするウィリアムとブルズアイ。
ブルズアイ:……あっ。
ウィリアム:どうした?
ブルズアイ:そういえばムカデちゃんの方は終わったのかしら。
別フロア、通路。
弾丸が壁を貫いている。
目を押さえ、ふらつくベレッタ。
ベレッタ:……うわッ……えっ、何これ……!?
センチピード:本当にあなたはお喋りが過ぎるわね。
後ずさるもベレッタの目は開かない。
ベレッタ:ヤッベ、何も見えねぇ……。
ベレッタ:ちょ、ちょっとちょっと、何なんスか今の!?
センチピード:目に頼りすぎなのよ……あなたもシャークも。
センチピード:その自慢の武器が潰されたらどうしようって考えないの?
ベレッタ:……せ、閃光弾ッスか?
センチピード:そ。手札尽きたと思ったでしょ。
ベレッタ:で、でも取り出す素振りなんて……。
センチピード:持ってたわよ、硝煙で隠れた辺りからずっと。
センチピード:良いものね。技術が進む程コンパクトで使いやすくなっていく。
ベレッタ:ッかー、やられたなァ……。
ベレッタ:でもまだまだ……。
素早く懐に手をかけるベレッタ。
ベレッタ:……あ、あれっ……。
センチピード:予備の銃ならここ。
センチピード:今どきリボルバーなんて使ってるのね。
ベレッタ:そ、それ元カレから貰ったやつ……。
センチピード:昔の男は引きずらないんじゃなかったっけ?
ベレッタ:うう……。
リボルバー銃をくるくると回すセンチピード。
センチピード:さ、あなたの手札は尽きたみたいだけど、どうするの?
ため息をつき、手を上げるベレッタ。
ベレッタ:……降参ッス。完敗ッスよ、師匠。
センチピード:ふぅん……いさぎいいじゃない。
ベレッタ:「不運(アンラック)」なんてドぎつい称号を背負って数年、よくここまで生きてこれたわァって感じッス。
ベレッタ:あとはもう来世に期待! 悔いなし! シーユーアゲイン! ……ッス。
爽やかな笑顔を見せるベレッタにセンチピードがぽつりと言葉を漏らす。
センチピード:死んだらゲームはできなくなるわねぇ。
ベレッタ:……。
センチピード:あ、そういえば「トリガーハッピー」の新作、発売日決まったんだっけ。
ベレッタ:……。
センチピード:従来の「ワールドランカー」モードに加えて今作から新たにチームで競う「ユナイテッドバトル」モードも導入されるんだってね。
センチピード:楽しみだわ。予約特典アツいわよ。
ベレッタ:……うわあああああああッ!
膝から崩れ落ちるベレッタ。
ベレッタ:鬼ィッ! 悪魔ァッ!
ベレッタ:師匠の外道ォォォッ!
センチピード:ははッ、これに懲りたらマトにかける相手は選びなさい。
あざ笑い、銃口を下げるセンチピード。
ベレッタ:は……はァ!?
ベレッタ:いやいや……あり得ないでしょ!
センチピード:何が?
ベレッタ:と……殺(と)らないんスか? 私のこと。
センチピード:だって、殺(と)ったところで金にならないじゃない。
ベレッタ:い、いやそうッスけど……。
センチピード:タダで死ぬのもゴメンだしね。スッキリしたしもういいわ。
センチピード:私のマトはあなたじゃないの。
ベレッタ:……。
センチピード:しばらくしたら目は開くわ。
センチピード:その頃にはあなたの依頼人も死んでるでしょうし、私たちを狙っても無駄骨よ。
センチピード:じゃあね。次までにはゲームの腕、磨いときなさい。
リボルバー銃を床に投げ、背を向けるセンチピード。
去っていく気配に肩を落とすベレッタ。
ベレッタ:……かなわねぇ〜……。
ベレッタ:やべぇー、今月どうしよォ……。
ベレッタ:ゲームどころじゃないッスよぉ。
ベレッタ:もういっそルージュ姉さんとこにバイトで雇ってもらおっかなぁ……。
ベレッタ:あぁ、腕も痛ぇし目も見えねぇし……ツいてないッス、マジで……。
通路の先でセンチピードとブルズアイが合流する。
ブルズアイ:あっ、ムカデちゃーん。やっほー。
センチピード:あら……もう終わったの?
ブルズアイ:それがさぁ、いなかったのよマトォ!
ブルズアイ:何かとなりのでっかい劇場にいるんだって。
センチピード:ハァ? どういうこと?
ブルズアイ:意味わかんないのよ、あの坊や。ドンパチしたいだけなのかしら。
センチピード:ふぅん……まぁいいわ。
センチピード:それで、見た顔ね……そちらの彼。
ウィリアムが笑顔を見せる。
ウィリアム:やぁ、また会ったね。
ブルズアイ:あらぁ、面識あるんだ。
センチピード:一応、依頼主だし。何、もう手出したの、あなた。
ブルズアイ:ふふッ、予約済みィ。
ブルズアイ:ね、それでベレッタちゃんは? バラしたの?
センチピード:いいえ。痛い目にはあってもらったけど。
ブルズアイ:優しいわねぇ、ムカデちゃん!
ブルズアイ:さすがに次マトにかけられたら殺(や)っちゃうかもぉ。
センチピード:止めはしないわ、その時は。
ウィリアム:ベレッタ……「不運(アンラック)」か?
センチピード:さすが、詳しいわね。
ウィリアム:頼もしいことこの上ないな……。
ウィリアム:やっと肩の荷が下りそうだよ。
ウィリアム:アッシュとリグレットの凶行も今日でお終いだ。
ブルズアイ:そうすんなりいけばいいけどねぇ。
ウィリアム:君たちなら心配いらないと思うが……。
ブルズアイ:厄介なのよねぇ。理性のないワンちゃんの相手は。
センチピード:そうね。理詰めの相手よりよっぽどタチが悪いわ。
センチピード:合理性とは真逆の生き物だから。
先へと進んでいく三人。
ウィリアム:(この夜の事件は後にメガロポリスの犯罪史に名を残した。)
ウィリアム:(警察、「ベルトリオファミリー」、殺人鬼、そして殺し屋の入り乱れる全面抗争。)
ウィリアム:(もちろん彼女たちの活躍が表沙汰になることはない。)
ウィリアム:(市民には知る由もない、バックステージの演目なのだ。)
ウィリアム:(立場上、俺はキャストでもオーディエンスとしても立ち回らなくてはならない。)
ウィリアム:(この日を境にして、裏の情勢は確実に傾いていくことになるだろう。)
深いため息をつくウィリアム。
ウィリアム:(……やれやれ、しばらくあのカフェには通えんな。)
タワー内の抗争は激化を続けていく。
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