あるレコード店に関する曖昧で断片的な記憶。

まだ寒さの残る3月中旬のある昼下がり。駅からモルタルへ続く歩道を歩いていたら、ギターを背負ったカネコアヤノが、ひとりで真正面から歩いてきた。内心びびるが素知らぬ顔でやり過ごす。

モルタルとは

"モルタル"とは、正式名称を"MORTAR RECORD STORE(モルタルレコードストア)"といい、JR高崎線熊谷駅近くに所在する個人経営のレコードショップである。音楽不毛の地とも思われる埼玉県北部ではかなり稀有な存在だ。レコード店といっても、レコードはほぼ売っていなかったような(レコードブームの昨今は取り扱っているかもしれない)。年季の入ったこじんまりとした二階屋で、一階では主にCDを販売している。品揃えのメインは、ラウド・パンクに分類されるような日本のロックがメインだった気がする。店のカウンターのショーケース内には、going steadyの村井守のドラムスティックが飾られていた。

初めての訪問と奇妙な歌声

私は、片手で数えるほどしかこの店を訪れたことはないのだが、初めて訪れた時のことは割と印象深く記憶に残っている。当時、私は高校生で、同じクラスのなんとなくロックに興味がありそうな友人についてきてもらった。根っからの小心者の私は、狭い店内で店員に見守られながら商品を物色することに異常に緊張していた。一方、付き添いの友人はというと、目当てのCDがないかと店員に話しかけていた。友人の心臓の強さを尊敬した。

私は、今すぐ店を出たい衝動を抑えつつ、前述のドラムスティックを確認し、どうにかIdol PunchのBLACK DIAMONDを探し出して購入した。そのときレジをしてくれた店員さんに「ドルパンのポスターいります?」と聞かれ、"へ?なんのポスター?"と思いつつ、「は、はい」と曖昧な笑顔を浮かべ、CDとともにポスターを受け取っていそいそと退散した。

当時、Idol punchに関しては、YouTubeかMySpaseか何かで一部だけ視聴することができた、ディズニーキャラクターのシルエットがでてくるMVの一曲以外、何も知らなかったのだ(今、検索して全編見たらディズニーキャラクターじゃなくて驚いた)。
当時、といったが、実は今もあまりよく知らない。が、この時買ったアルバムに収録されている曲のいくつかは、未だに私のiTunesの再生回数ランキング上位に君臨している。
むしゃくしゃしたときに聴くとスカッとするのだ。それはつまり、このアルバムの再生回数の分だけ、自分がむしゃくしゃしているということであり、私が小さな事で精神を取り乱す器の小さな人間であるということも物語っている。

友人は、目当てのものはなかったようで、"おにんこ"という謎の女性グループのCDをジャケ買いしていた。
後日、放課後の教室で、そのCDを再生したところ、素人っぽい、脱力感というか完全に脱力しきっている、奇妙な歌声が流れてきて、私はかなり面食らった。
が、その場でダラダラしていた、音楽の話題など一つもしたことがないようなクラスメイトたちには、なぜか好意的に受け取られたようで、終いにはその場にいた者たちがCDに合わせて口ずさむという、謎の現象が起きたのであった。

私は、流行りのj-popばかり聴いている者には、この手の音楽は有無を言わさず拒絶されるだろうと考えていたので、この状況はかなり意外だった。同時に、銀杏Boyzのおかげ(せい)で、過激な音楽に多少耐性ができ、人より音楽を理解していると自負していた自分の思い上がりを恥じた。が、これを機に、"おにんこ"の他の楽曲も聴いてみるとかライブに行ってみるとかそういうことは一切なく、ただその一瞬だけ我々の間に妙なグルーヴが生まれたのであった。

2階に潜入

その後、一度か二度、店を訪れた後、長らく足が遠のいていたのだが、社会人になってから、再訪することになる。この時は、おとぎ話のVo.有馬一馬と堕落モーションFOLK2というユニットの弾き語りライブを見るのが目的だった。高校時代には知らなかったのだが、この店の2階では、不定期にインストアライブが行われているようなのだ。

たしか、事前にメールで予約する方式で、1階のカウンターで店員さんに氏名を伝えると、店の奥にある2階に続く階段へ誘導される。
階段の壁面には、かつてここでライブを行ったミュージシャンたちのサインやフライヤーが飾られていた。意外や意外、なかには、曽我部恵一など著名なミュージシャンの名前も並んでいたと記憶している。熊谷にも、サニーデイサービスや、曽我部恵一の楽曲のリスナーは大勢存在するだろうが、ここで曽我部恵一の弾き語りが行われていたことを知る者はどれほどいるのだろうか。
2階に上がると、たしか板張りの、屋根裏部屋っぽい空間が広がっていた。天井は低めで、観客は靴を脱いであがり、床にすわって鑑賞する。長時間座っているとものすごく尻が痛くなる。キャパシティは、30〜40人ぐらいが限度だろう。

外はすっかり暗くなって、会場は薄暗い中に暖色系の灯りが灯っている。BGMはなんとなくこの場にミスマッチなラウンジ系の音楽だった気がする。客層は、堕落モーションのファンと思われる女性が多くを占めるようだ。

この日の私の目当ては、有馬一馬である。おとぎ話の楽曲は高校時代からCDで聴いていたものの、ライブに初めて行ったのはこの数ヶ月前のことであった。新代田FEVERで行われたザ・なつやすみバンドとの2マンライブで演奏された、COSMOSと、曲名は分からないがなんかすごいの(AURORA?)を聴き、あっけに取られ、この日のライブに行くことに決めたのだった。

開演時間。ギターを持った有馬氏が登場。BGMと店主をイジりつつ、弾き語りはじめる。おとぎ話みたいねと笑ってばかりの君は。セレナーデ。遠藤賢司死去の話からboys don't cry。ネオンboys。新曲("ちゃんとやれない"みたいな歌詞)。kids。COSMOS。少年。やはり歌が抜群である。私はというと、妙齢の女性たちの後頭部の隙間から、ぼんやり浮かび上がる歌手の姿を眺めつつ、息を潜めて耳を傾けていたのだった。

続いて、堕落モーションFOLK2。元スパルタローカルズ、現在HINTOというバンドの人たちだそうだ。group_inouとのスプリットシングルを出したことで、HINTOの存在は知っていた。昨日のインストアライブが明るくて不快だったとのことで真っ暗にして1曲。珍妙な面白さのある人たちで、イノウと仲が良いのが頷ける。ライオンハートのコピーなどネタかと思ったがあながちネタでもないらしい。犬猫殺処分ゼロの話から「堕落モーションFOLK2でした〜(ラスト曲イントロ)」という唐突な展開に、時空が歪んだかのような幻影に襲われたのだった。

帰り際、出口付近に有馬氏がおり、男性客と握手をしていた。気持ち深めに会釈しそそくさと店を後にした。

謎のイベンターとカネコアヤノ

次にここの2階に足を踏み入れたのは、フジテレビで深夜にやっていたPARKSという音楽番組でみた、カネコアヤノという人の歌を聴くためだ。

この日ここでこのライブが行われることを知ったのは、break japan という謎のアカウントから発せられたツイートがきっかけであったと記憶している。このbreak japanという存在、個人なのか、組織なのか判然とせず、ネット検索してみても、ほとんど情報がないのだ。Twitter上ではトクマルシューゴに関する情報をよくリツイートしており、ogre you asshole、group_inouのimai、the finなど、普通にしていたら絶対にこの地には訪れないような人たちのライブを熊谷で企画してくれるのだ。japanと冠しているが、企画するライブは知る限り全て熊谷市内のものであった。熊谷近辺の住人でも、これらの面々のライブは、電車で1時間半くらいかければ普通に都内で見ることができるが、この土地で見られるということが嬉しいではないか。あと、終演後、1時間足らずで帰宅できるというのはかなりありがたい。

ここでやっと、冒頭に戻る。モルタルの門前でカネコアヤノと鉢合わせし、少々狼狽した私は、例の通り1階のカウンターで氏名を伝え、無事2階のライブ会場に潜入することに成功した。最後方に着座した後、クッションを貸し出してもらえることに気づくが、そのまま直に床の上に座ることにする。

会場の、普通に客から見える位置で、カネコアヤノがスタンバイしている。開演時間になると、そのままぬるっと客前中央にでてきて、ギターを弾き始める。

会場の雰囲気にマッチして、まるで実家の自室で歌ってくれているかのようである。前列の大学生くらいの男性客が静かに耳を傾けている。すこし切実さを感じる。窓から吹き込む風に髪をなびかせながら"喫茶店はアーケード内〜"と歌っていたような気がするのだが、記憶を脚色しているかもしれない。窓なんて開けているわけないか。武道館でライブを行うようになるとは、この時は思いもしなかったのだった。

続いて、gofish 。男性1人の弾き語りで、完全に初見である。普通のシンガーソングライターかと思ったのだが、歌詞を聞いていると、"頭に詰まったマシュマロを吐き出して思いっきり人にぶつける。運転手はサルで車掌は子猫、乗客はみんな赤ちゃんで一斉に鳴き出す友達はみんなイルカになってしまった"というなかなか難解な世界観である。終演する頃には陽が落ちていた。

痛む尻をさすりつつ、階段を降りると,本日の出演者の物販スペースが用意されていた。カネコアヤノのコーナーの方に人が集まっている。その近くに真っ赤なジャンパーをきた人物がおり、「gofishさんのグッズも売ってま〜す」というようなことを言っている。この人がbreakjapanの正体か。その後私は、"群れたち"のCDを買い、カネコアヤノに"ありがと〜"と言われ、ろくに返事もできぬまま、帰路に着いたのであった。

終わりに

以上が、私の、MORTAR RECORD STOREに関する記憶のほぼ全てである。
足繁く通ったわけでもなく、もう何年も訪れていないので、断片的で、曖昧な記憶だが、ネット上でもこの店についてあまり語られていないようだったので、なんとなくここに掲載してみた。誤った情報があったらごめんなさい。

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