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魔法使いのジュリア3 きまぐれ風見鶏

 7歳の少女ジュリアは、魔法を使える女の子。
 大きな木の上に秘密の隠れががあって、棚の中には魔法全書や魔法の薬が並んでいます。
 隠れがを守るのはひょう、子グマ、レッサーパンダの心づよい三人組。ジュリアがやってきて口笛を吹くと、縄ばしごを下ろして迎えてくれます。
 あるとき、ジュリアの家の屋根から逃げ出した風見鶏が、少しのあいだ暮らしていたこともありました。今回は、そのときのお話です。

 岬の中腹にあるジュリアの家は、赤いとんがり屋根のすてきなおうち。みどりの谷を見下ろす高台の端っこに建っています。
 屋根の上には鋳物の風見鶏がついています。いえ、以前にはついていました。けれどいまは… ええ、それをこれからお話ししましょう。
 気まぐれにころころ意見を変える人のことを「風見鶏」なんて言いますね。ところが、ジュリアのうちの風見鶏の気まぐれっぷりときたら、そんなものじゃなかったのです。何しろ、いつも吹いてる風の向きとは関係なく自分の好きな方向を向いているし、気が向くとくるくる回ったりするんです。
 朝には「コケコッコー!」って鳴いて起こしてくれますが、時間はばらばらなので全然あてになりません。それどころか、そのときの気分しだいで「カッコー!」とか、「ホーホケキョ!」とか、てんででたらめな鳴き方をするんです。
 ママはこの風見鶏が好きではなく、「あの鳥がいつもとんでもない時間に鳴くから、眠れないのよ」とこぼしていました。
 パパも「風見鶏なのにぜんぜん風を見ないのはけしからん」という意見です。
 そこであるとき、パパとママは相談して、風見鶏を屋根から外してしまおうと考えました。それを知ったジュリアは、夜、こっそり屋根に登って、風見鶏に警告しました。
「パパとママがあなたを捕まえようとしているわ。気をつけて!」
「それは大変! でも、どうやって気をつけるの?」
と、風見鶏。
「そうねえ…えっと、それじゃ」
 ジュリアはポケットから魔法の薬の小瓶を取り出すと、小声で呪文を唱えました。

アブラカダブラ
バサバサバサ!
ニワトリだって空を飛ぶ!

 そのとたん、風見鶏はバサバサッ! 羽ばたいて、屋根から飛び上がりました。
「おお! すごいぞ、飛べた飛べた!」
と、風見鶏は大感激。
「シーッ! でもこれで大丈夫ね」とジュリア。
「危険が身に迫ったら、お逃げなさいね」

 次の週末、パパはベランダから梯子をかけて屋根に上がりました。
 ジュリアは庭からはらはらしながらようすを見守っています。というのは、風見鶏ときたら、春の陽射しにうとうととして、危険が迫っているのに気がついていないようすなのです。
 けれど、パパが手を伸ばして捕まえようとした瞬間、すんでのところで気づいた風見鶏は「コケーッ!」と叫ぶや、バサバサッ! 翼を広げて、飛びあがりました。
 ジュリアは、ほっと胸をなでおろしました。
 パパは驚いた拍子にうっかり足を滑らせて、屋根から落っこちてしまいました。危険が去ったと見ると、風見鶏はすぐにまた屋根に戻ってきました。
 パパは腰の骨を折って、三週間入院しました。
「パパには気の毒だったけれど。でもこれで、当分はだいじょうぶね」
 でも、ジュリアは油断していたんです。ある日学校から帰ってくると、風見鶏がありません。
「風見鶏、どうしたの?」
 ジュリアがあわてて尋ねると、ママが答えました。
「業者に頼んで、外しに来てもらったのよ」
「どうして! 私、気に入っていたのに」
 ジュリアが抗議すると、ひどく怒られました。

 ジュリアがしょんぼり、いつもの木の上へやってくると、縄ばしごを下ろしてくれたひょうが心配顔。
「何だか元気ないですね。どうしたんです?」
「うん、ちょっとね」
 ジュリアは答えて、膝を抱えこみました。
 そこへ、バサバサッ! と音がして、やってきたのはあの風見鶏です。
「あら、無事だったのね!」
 ジュリアは喜んで、言いました。
「おかげさまで」
「業者に捕まってしまったのではなかったの?」
「業者は来ましたよ」
と、風見鶏は説明しました。
「屋根へ登ってくるのを見たので、飛んで逃げたんです。そしたら奴ら腰を抜かしていましたけど、それからひそひそ相談したあげく、代わりに帽子を袋の中に入れて、口を縛って奥さんに見せて、『ほら、風見鶏を外しましたよ。持って帰って、こちらで処分しますね』って言って帰りました」
「それならよかった。もう、うちには帰れないわね。あなた、これからはここで暮らすといいわ」
「ほんと? それはうれしいなあ、ありがとう!」
 風見鶏はうれしそうに、大きく息を吸い込んで胸をふくらませました。さっそく、喜びのときの声を上げようと思ったんです。
 ところが、それに気づいたジュリアが慌てて止めました。
「ただし、コケコッコーはなしね!」
「ええっ、どうしてです?」
 風見鶏は、水を差されてむっとしています。
「あなたはもう、いないことになっているんですから!」
 ジュリアは言って聞かせました。
「見つかりたくなかったら、静かにしていなきゃだめよ。あなた、ほかにも色んな鳴き方ができるでしょ。コケコッコー以外なら、何だっていいわ。でも、コケコッコーだけはなし! 分かったわね?」
「えーっ、そんなの覚えてられるかなあ…」
と、何とも心もとない風見鶏。
「ぼくらがよく気をつけて、見ていますよ」
 子グマが代わりに言いました。
「悪いわねえ、みんな」と、ジュリア。
「でも、心強いわ。わたし、いつもいつもはここにいられないから。よろしく頼むわね」

 こうして風見鶏は、ジュリアの木の上で暮らすようになりました。
 日一日と、みどりが濃くなってきました。
 窓を開けると、岬へつづく森がほんとうにきれいです。青い空に弧を描いて、ツバメが飛び交っています。吹き抜ける風の何て気持ちいいことでしょう。
 遠くでカッコーが鳴いています。これから夏が始まるぞ!という、うきうきするような気分です。
 ジュリアは窓のふちに手をついて、しばらく聞き入りました。
 カッコー! カッコー!
 すると、それに応えるように、別のところから
 カッコー! カッコー!
 でも、あれ? ちょっとひとくせある声です。なんだか聞いたことがあるような…。
「あら、あれうちの風見鶏だわ!」
 ジュリアは窓から身を乗り出すと、自分も鳴きまねを返しました。
 カッコー! カッコー!
 すると、それに応えて、にせもののカッコーがまた
 カッコー! カッコー!
と声を上げます。
 すると、こんどは本物のカッコーが
 カッコー!
 ちょっと気を悪くしたふうに割り込んできます。
 ジュリアは楽しくなってきて、ありったけ声を上げて
 カッコー! カッコー!
と叫びました。
 そんなことがあるうち、森のほうから色んな鳥の声がするたび、あれは本物だなとか、あれは実はあの風見鶏だななんて、何となく分かるようになりました。

 ところが、ある朝のこと。
 遠くから聞きなれた「コケコッコー!」という声が聞こえてきて、ジュリアはぎょっとしました。
「まずい! あれをママに聞かれたら…」
 耳ざといママには、ばっちり聞かれていました。朝ごはんのとき、
「なんか、ニワトリの声を聞いたのよ。うちの風見鶏の声に似てるなあと思ったけれど、この近くで、ニワトリを飼ってる人なんかいたかしら」
って言い出したのです。これは大変。
 ジュリアはさっそく木のところへ出かけていくと、
「言ったでしょ! コケコッコーはだめ!」
と、風見鶏に厳重注意しました。
「私はここにいます!って言ってるようなものよ。居所が分かったら、また捕まえに来るわ。それに、この場所はぜったいほかの人に知られたくないの!」
「やはり聞こえていましたか」
 ひょうは、ため息をつきました。
「まずいんじゃないのって、言ったんですけどね」
「えーっ、でも…」
 風見鶏は不満顔。
「ボクはニワトリです。たまにはコケコッコー!って言いたくなります」
「言ったっていいよ。どこか遠くの方でならね。でも、ここではだめ! 約束するわね?」
「はいはい、分かりました」
 風見鶏は答えましたが、渋い顔でした。

 うまくいったのも束の間。
 ある朝、岬の向こうからまたもや「コケコッコー!」が聞こえてきたんです。
「あの声は、ぜったいあの風見鶏よ!」
 ママは言い張りました。
「この辺にいるのかしら、やあねえ、業者に持っていってもらったはずなのに」
「こんど、散歩がてら見てくるよ」
とパパ。困ったことになりました!

「コケコッコーはだめって、言ったじゃないの!」
 隠れがへ出かけていくと、ジュリアはまたも、言って聞かせました。
「約束したでしょ! 覚えてないの?」
「えーっ…」
 風見鶏はこりずに、しかめっ面で首をかしげます。
「約束なんかしましたっけ? ボクはニワトリですから、三歩歩いたら忘れちゃうんです」
 ジュリアは呆れてしまいました。
「そういうことなら… 申し訳ないけど、もうここに置いてあげることはできないわ。あなたのせいでここの隠れがが見つかったら困るのよ」
「分かりました」 風見鶏は言いました。
「では、これから理想の住みかを求めて旅に出ようと思います」
「ごめんなさいね、いい住みかが見つかるよう願っているわ」
 こうして、風見鶏は飛び立っていきました。
 その姿が空のかなたに見えなくなってから、
「言い過ぎたかしら?」
 ジュリアは、動物たちに聞いてみました。
「まあ、やつも悪気はないんでしょうけど」
と、ひょう。
「でも、じっさいぼくたちも困るのだし」
と、子グマ。
「仕方ありませんよ」
 レッサーパンダが言いました。みんなうなずきました。

 次の春になって、ジュリアが木の上で本を読んでいると、手紙が届きました。一羽のツバメがやってきて、「郵便ですよ」と渡してくれたのです。開けてみると、風見鶏からでした。
「ジュリア、いろいろありがとう。ボクはいま、南の島で楽しく暮らしています。気まぐれでぐうたらなボクには最高の住処です。こんどみんなで遊びに来てくださいね」
と書いてありました。
「よくジュリアのこと覚えていましたね、あいつ!」と、子グマ。
 ジュリアはほっとしました。
「素敵な住処がみつかって、よかった! いまごろ思う存分コケコッコー!って鳴いてるわね」

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