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魔法使いのジュリア7 大平原と宝石の谷

 ジュリアの家のうしろの方、何軒かの家が固まって集まっている先には急な土手があって、一度に人ひとりがやっと登れるくらいの細い道がついています。そこを登った先には、草がほとんどジュリアの肩くらいまで丈高く生い茂った、大きな平原が広がっていました。
 まだ、近所にマーシャが引っ越してくる前のことです。ジュリアは、ほかの何人かの子供たちといっしょに、この平原へ探検に出かけたことがありました。

 この日、ジュリアはインディアンの戦士です。羽飾りをつけ、自分でつくった弓矢を携えています。
 弓は、しなやかな木の枝を削って、両端に刻み目をつけて麻ひもを張ったもの。矢も、まっすぐな木の枝を削ったもので、先端には縦に切れ目を入れたところに、平たく鋭い石の破片を差し込んでぐるぐる縛り、反対側の端には羽をつけています。けっこう凝ったものなので、一本つくるのに時間がかかります。それを何本も、肩に掛けた矢筒に入れていました。
 ほかの者たちもみな、短剣や、果物ナイフや、石投げ器で武装しています。
 何しろ草が生い茂っているので、道を開いて進んでいくのは大変です。何に出くわすか分からないので、声をひそめ、抜き足差し足で進まなくてはなりません。
 しばらく行くと、かなたの方から地響きのような音が聞こえてきました。
「伏せて!」
 ジュリアの声で、みんなは草の間に身をうずめます。
 目を凝らしていると、少し先の草の開けたあたりに大きな動物の群れが現れて、地唸りを立てながらみんなの前をどどどっと走りすぎていきます。ヌーのような、大きな角を生やした生き物で、目が4つあります。
「あれ、四ツ目オオツノジカよ」
 ジュリアのとなりで伏せていたレイナが、声をひそめて言います。
「いまは群れで移動する季節なの」
 群れがすっかり行ってしまうと、みんなは隠れ場所から出てきて、ほこりを払いました。
「すごい大群だったね!」
「うっかりしていたら、踏みつぶされそう!」
 言い言いしながら、また進み始めました。

 そのうち、ジュリアがまた、立ち止まります。
「待って! 何か聞こえない?」
 ミシミシ、草を踏み分けて、何かがやって来る気配がします。
 と、またもや大きな動物が現れました! 鎧のような硬い皮膚に覆われた白いサイ、しかも親子連れです。二頭の小さなサイの子を連れています。
「動いちゃだめ! 子供がいるから、ふだんより気が立っているはずよ」
 みんなその場で凍りついたようになって、そろそろと身を低め、しゃがみ込みます。
 そのとき、グレッグ、男の子のひとりが緊張のあまり尻もちをついて、ポキッと音を立ててしまいました。
 親サイがこっちに目を向けました。血走った小さな目が、みんなの目に入りました。
 と、蹄で地を蹴ったかと思うと、こちらへ向かってきました!
 すかさずジュリアは弓に矢をつがえ、サイに向かって放ちます。別の方から、小石も飛んできます。
 サイの硬い皮膚には、矢も石も歯が立ちません。ただ当たっただけで落ちてしまいますが、攻撃されているのに気づいて、サイは足をとめました。つづいてもう一本、矢がサイの肩をかすめます。石がわき腹に当たります。
 サイは鼻を鳴らし、しばらくあたりをうろうろしていましたが、やがて子供たちを引き連れて去っていきました。
「ふーっ、助かった!・・・」
 みんな、張り詰めていた思いを解いて、ほっと息をつきました。
「音をたてちゃだめって、言ったじゃないの!」
「インディアンの忍びの術を、もっと学ぶことね」
 みんなはいっそう声をひそめ、まわりのようすに注意を払いながら進んでいきます。

 と、またまた何かの音が聞こえてきましたが、こんどはシューシューいうのと、誰かがのたうち回っているようなようす。しかも、何かとても大きなものです。
「みんな、ちょっとそこで待ってて! あたし、偵察に行ってくる」
 ジュリアはそっと忍び足で近寄って、草のあいだからようすを伺います。
 すると、見えました! 大蛇が、身をよじらせて苦しんでいるのです。怒った赤い目をしています。どうやら、何かに挟まれて動けないようす。首をもたげると、らくらくとジュリアの背を越すくらいの巨体です。
 「オオカミ用の罠にかかっているんだわ!」
 ジュリアはみんなのところに戻ると、どうするか相談しました。なんとか罠を外してやりたいところですが、素手で近づくには危険すぎます。
「私、眠らせ薬を持ってるわ!」
 仲間のひとりが言い出しました。ある種の草の葉を煮出してつくったものです。
 話し合ったすえ、眠らせ薬をジュリアの矢の先端に塗り、大蛇の体に打ち込んでみることに。とてつもない巨体なので完全に眠らせることはできないかもしれませんが、やってみる価値はあるでしょう。
 みんなに手伝ってもらって矢の先に眠らせ薬を塗り、それからジュリアは慎重に近づいていって、まず一矢、罠の歯に挟まれたしっぽの辺りに打ち込んでみました。大蛇は、痛みにいっそう激しく身をよじらせます。しかし、しばらくしても薬が効いたようすはありません。
 ジュリアは大回りに移動して、こんどは頭に近いほうにまた一矢、放ってみます。大蛇は頭を振り、のけぞります。だが少しずつ、動きが鈍くなってきました。
 さらに、両方の真ん中あたりを狙い、胴体にまた一矢。だいぶ静かになってきました。目がとろんとして、半ば閉じられました。完全にとはいきません、このへんが限界でしょう。
 そこでジュリアが合図をすると、みんなは草のあいだから出てきました。数人がかりで大蛇の頭を抱えて、牙をむいたり噛みついたりできないように抑え込み、そのあいだにジュリアとレイナが力を合わせて、罠の嚙み合った歯の部分から大蛇のしっぽを外してやりました。
「いい? 放すよ! みんな気をつけて、下がって! ・・・それっ!」
 やがて自由になった大蛇は、少しのあいだ、ふらふらしながら頭を巡らせています。やがて、緩慢な動きながらも、草をポキポキ折りながら身を滑らせて、去っていきました。
「やったー!」
「救出作戦、成功ー!」
 みんなは飛び上がって、喜び合いました。

 やがてみんなは、平原の果て、大きな木立の茂る丘のふもとへやって来ました。小さな川が流れています。
 子供たちは木のあいだを少し探検したり、木登りしたあと、ひと休みすることにしました。川辺に石のかまどをつくってお茶を沸かし、熱くなった石の上にぺミカンを乗せて焙ります。
 みんながお昼を食べながら、ここまでの冒険を語り合っているところへ、
 ずしん! ずしん!
 大きな足音がして、何かが近づいてきました。さっきの大蛇より、さらに大きなものです。みんなの上に、急に雲が垂れ込めたような暗い陰が差しました。
 姿を現したのは雲突くような大男、一つ目の巨人です。
 みんなが慌てて丘の木の間に逃げ込んで息をひそめていると、巨人は丘を一足に跨ぎ超えて、彼方へ去っていきました。
「あれ、キュクプロスよ!」
 レイナが言って、みんなに神話の物語を話してくれました。
「ギリシャの神様の末裔で、もともと雷の精なのよ。キュクプロスか、その親類か、子孫の誰かね」

「この先には何があるんだろう?」
 ひと休みすると、ジュリアは、高い木に登っていって見渡しました。
 丘の向こうにはさらなる丘々が連なり、その向こうには山々が始まって、遥か彼方まで広がっています。
 と、丘のあいだに、何やら日の光をあびてきらきら光っている一帯が目に留まりました。
「宝石の谷だわ! うわーっ、きれい!」
 ジュリアは木から降りると、見たものの話をしました。そこで、みんなでそこへ向かってみることに。
 だれも今までこんなものを見たことがありません。岩肌に色とりどりの宝石の鉱脈が走り、かけらがそこらじゅうに散らばっています。
 足場は悪く、注意して下りないと滑ったり、鋭い破片で擦りむいたりしてしまいます。けれども、ほどなくみんな岩底へたどり着き、夢中でそこらを探検したり、宝石のかけらを集めたりし始めました。
「宝石って、きれいにカットしてアクセサリーになっているのより、原石のほうがずっと面白いなあ。結晶になっていたり、縞模様が入っていたり」と、ジュリアは思いました。とりわけきれいだなと思うかけらを、次々と手に集めていきます。
 ところが、そのうち何だか手のひらがべとべとするような気がして、よく見てみると、血がついているのでした。指のつけ根から茶色っぽい血のしずくがぷっくりと膨らんで、滴り落ちます。ジュリアは、自分でも気づかないうちに、鋭い宝石の破片で手を切ってしまっていたのでした。
 ジュリアは、びっくりして手に集めていた宝石を取り落とし、急いで傷口をハンカチで縛りました。傷口を洗えるような水場は、この近くにはありません。
 と思う間もなく、頭上の崖の上に、オオカミの群れが姿を現しました。さっそく血の匂いを、風の中に嗅ぎつけて現れたのです。
「みんな、オオカミよ!」
と、ジュリアは叫びました。
 オオカミたちは急な崖を二、三頭ずつ下って、じりじりと近づいてきます。
 ジュリアは弓に矢をつがえ、次々と放ちました。しかし、矢筒にはもう、あまり矢が残っていません。サイの注意をそらすためにも使ったし、大蛇を眠らせるためにも使ったので、ずいぶん減ってしまったのです。
 グレッグも必死に石を投げつけて応戦しますが、オオカミの数にはかないません。
 と、さらに谷の向こう側に、巨人キュクプロスの姿が現れました!
「いやー! あいつに見つかったら私たちおしまいだわ! ひとたまりもなく握りつぶされちゃう!」
と、レイナが悲鳴を上げます。
 みんなの上に、巨人の陰が重くのしかかります。

 と、そのとき。谷の反対側、こちら側のはしに、あの大蛇の姿が現れました! 驚くべき身軽さで、見るまに身を滑らせて近づいてくると、巨大な鎌首を持ち上げて、巨人に向かってシューシュー息を吹きかけます。鋭い牙を見せてカッと口を開き、目はどんなルビーよりも赤く燃え盛っています。子供たちは、思わず岩陰に身をひそめます。
 巨人はたじろいで、後じさりし始めました。オオカミたちも、キャンキャンいいながら、しっぽを巻いて崖を這い上り、逃げ去っていきます。
 それから大蛇は首を低くすべらせて、恐怖に固まっているジュリアたちのところへ近づいてきました。ゆっくりした、穏やかな動きです。
「助けてくれるの?」
 ジュリアは聞きました。
 見ると、先ほどまで燃えていた大蛇の目は、いまはしずかな青い色になっています。
 ジュリアは心を決めました。
「あたし、怪我をしてしまったから、このまま私といっしょにいると、みんな、ずっとオオカミや野生の獣につきまとわれるわ。私、申し訳ないけど、先にうちに帰る。みんな、楽しんでね」
 そうして、ジュリアは大蛇の首によじ登りました。ほかの子たちは、手を振って見送りました。

 ジュリアを乗せた大蛇は、宝石の谷をあとに、見るまに丘々のあいだを抜けていきます。見渡すと、かなたの稜線は青くかすみ、幾重にも連なって、はるか遠く空へ溶け込んでいます。三階分くらいの高さでしょうか、パノラマのような壮大な眺めです。
 やがて、見慣れた景色が目につきはじめ、あっというまに、ジュリアの住む岬の家の近くまでやってきました。
「もう、ここで大丈夫よ」
と、ジュリアは大蛇に言いました。
「あなた、ママに見つからないほうがいいわ。見つかるといろいろめんどうなことになるわよ」
 けれど、大蛇は聞かず、ジュリアの家の前までやってきて、ようやく下ろしてくれました。
 見ると、ガレージに車がありません。
「あら、ママ、出掛けているわ。よかった! ご親切に、ありがとう。お互いに、これからはよく気をつけて、怪我しないようにしましょうね」
 大蛇を見送ると、ジュリアは家に入って、急いで傷口を洗い流し、消毒し、戸棚から絆創膏を取り出して貼りました。これも、ママに見つからないうちにできてよかった! 見つかると、いろいろめんどうなんです。
 それにしても、あの宝石を、ぜんぜん持ってこられなかったのは残念だな。
 ふと、ポケットの中に何かごろごろする感触を感じて手を突っ込んでみると、かたいものに触りました。
 ジュリアは、指を怪我しないよう、慎重にポケットをひっくり返してみました。
 すると、出てきたのは、宝石のかけらがちょっぴり。ルビーにサファイアにエメラルド、水色のはアクアマリンでしょうか。
「まあ、きれい。土手から滑り落ちたときに、入ったのかな。それとも、大蛇からの贈り物かしら」
 ジュリアはしばらくうっとりと眺め入ったあと、大切に引出しの中にしまったのでした。

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