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魔法使いのジュリア2 竜のジャルゴン

 岬の中腹にあるジュリアの家は、赤いとんがり屋根のすてきなおうち。みどりの谷を見下ろす高台の端っこに建っていて、ぐるりを生垣と果樹園に囲まれています。
 ある晩、ジュリアはベランダから、星の観察をしていました。小さな双眼鏡を買ってもらったので、星座盤と突き合わせて、じっさいの星の動きを眺めていたのです。
 でも、小さな双眼鏡はあまり性能がよくないのか、星もちょっぴり大きく見えるだけで、肉眼で眺めるのとそうそう変わりはありません。寒いし、そのうち飽きてきて、
「そろそろ部屋に入ろうかな」
と思ったときのことです。
 森の上を、何かふしぎなものの影が飛んでいくのが目に入りました。鳥にしては大きいし、けものにしては変わったシルエットです。
「あれ? 何だろう」
 ジュリアはあわてて双眼鏡を目にあて、よく見ようとその姿を探しました。が、それはたちまち梢の向こうに消え去ってしまって、それっきり何も見えませんでした。

 そのうちに、近所で妙な話を耳にするようになりました。だれそれさんのところの野菜畑が荒らされたとか、変な足跡を見つけたとか、果物の実が食べられてしまったとか。それから、何やら竜のような生き物を見かけたとか、見たような気がするとか、確かに見たと思うんだとか。
 奥さんたちは、玄関先でひそひそ、不安げに立ち話を交わします。
 回覧板が回ってきて、
「危険な野生生物の目撃情報が寄せられています。登下校の際にはじゅうぶん気をつけましょう。万一、遭遇した場合にはすぐに避難し、市の担当者に連絡してください。決して刺激したり、素手で捕まえようとしたりしないように」
と書かれていました。
 こうなると、ジュリアたちが通ういつもの森の道も、急に違って見えてきます。あのやぶの向こうに竜が潜んでいたら。そう思うと、怖さ半分、期待半分でどきどきします。みんなは口々に竜のことをうわさし、わいわい騒ぎながら学校へ向かいます。
 
 次の週には、市の担当者がやってきました。何台かのバンを連ねてやってきて、ものものしく武装し、放水機と大きな捕獲器を携えています。しばらくその辺りを探してまわりますが、当然、竜は見つかりません。
 あんな恰好で来られたら、どんなまぬけな竜だって、用心して出てこないでしょう。それくらいはジュリアにだって分かります。

 市の人たちが帰っていってしまってから、しばらくしたある朝のこと。
 その朝とても早く、窓の外から、カサカサ、妙な音がして、ジュリアは目が覚めました。カーテンの陰からそうっと外をのぞいてみると・・・
「うわっ!」
 何かがいます! ぬぼっとした大きな体の半分ほどが、茂みのあいだから姿を見せています。あれがこのところみんなの間で騒がれている竜なのでしょうか。
「でっか!」
 そっと観察してみると、図体はでかいものの、エメラルドとすみれ色のきれいな生き物です。あまり獰猛な感じはありません。どちらかというと、おどおどしている感じです。
 そのうち、すももの木を見つけると、注意深く匂いを嗅ぎ、やがて一口二口、食べ始めます。意外におちょぼ口です。こうして果物を食べているところを見ると、草食性なのではと思われました。
「ママたちに見つからないといいけど・・・」
 ジュリアは、こうして竜が自分のうちの庭に来るのだったら、自分だけの秘密にしておいて、しばらく、じっくり観察してみたいと思いました。
 でもまあ、そんなに都合よくもいかなかったのです。

 ある日、ママが窓から庭を見て、
「あら、やだ! また来てるわ!」と騒いでいます。
「どうしたの?」
「竜が、うちの果樹園の果物を食べに来てるのよ」
 あれれ、見つかってしまっていたのか! ジュリアがいっしょになって窓からのぞくと、夢中でむしゃむしゃ食べている竜の姿がありました。ジュリアは、心の中で舌打ち。あんなに堂々と出てきちゃ、だめじゃないの。
「市に連絡したものかしらね」
「待って! まずは、私とマーシャに任せて!」
 ジュリアは急いで走っていって、マーシャを呼んできました。そして、マーシャといっしょに、家の物置から熊手やスコップを持ち出しました。
「危険度は未知数だから、万一歯向かって来た場合には、容赦なく叩きのめしてOKよ。でも、まずは平和に、ちょっとお尻を突っつく程度でね。それで竜がおとなしく出ていくかどうか、見ましょ」
 二人は武器を携えると、竜の後ろから、そっと忍び寄りました。
 それから、せえのでいっしょに「わーっ!」と叫びながら、追い立てたのです。
「ここはうちの果樹園なの! 勝手に入って、取っちゃだめ!」
 お尻を突っつかれた竜はびっくり。慌てて、すたこら逃げ出しました。それでも、果樹園を出ていってしまうのは不本意なようすで、生垣のところに足をかけたまま、ぐずぐずと泣き言を言いました。
「ひどいことするなあ! ちょっとくらい、いいじゃないか。お腹がぺこぺこだったのだもの」
「あら、そうだったの」
 それを聞いたマーシャは、同情してスコップをひっこめました。
「でもあなた、一体どこから来たの?」
「少し前まで、ずっと北のほうに住んでいたんです。でも、その地方では、住んでいた木は枯れてしまうし、食事にしていた果物の実も、だんだんにならなくなってしまいました。竜は毎日、けっこうな量を食べますからね。わずかな実りを、小鳥たちと奪い合いです。そんなことを、いつまで続けるわけにもいきません。それで、最終的には、移住するよりほかなくなったのです」
「そうか、それはたしかに気の毒ね」
と、ジュリアも言いました。
「これで、市に通報がいったらどうなるうかしら?」
「きっと、保健所に連れていかれてしまうわね。最悪、射殺されるかも」
「ひーっ、助けて!」
 竜は震えあがります。
「でも、剥製にされて、博物館に飾られるかも」
「ちっともうれしくありません!」
「それはそうよね」
 二人は相談したあげく、ひとまず、竜を例の隠れがの木へ連れていってやることにしました。
 ジュリアは物置をガサゴソ探して、古い車の防水シートを見つけてきました。
「途中で誰かに出くわすといけないから」
と言って、上からすっぽり被せると、竜の姿は、だいたい隠れました。長いしっぽの先が少しはみ出しますが、まあ仕方ないでしょう。
「あのう、前が見えないんですけど」
「それくらい我慢しなさい」
「ええっ」
「私たち、おしゃべりしながら歩いていくから、声を頼りについてらっしゃい。道から外れそうになったら、また熊手でお尻を突っついてあげるから」
「うーん、あんまりありがたくないなあ・・・」
 こうして、ジュリアとマーシャは、車のシートをかぶった竜を連れて、岬の森の隠れがへ向かいます。
 いくらも進まないうち、菜園の手入れをしているおじさんが、不思議そうなようすで声をかけてきました。
「やあ。いったい、何を連れて歩いてるんだい」
「こんにちは。これ、仮装行列の出し物なの。当日まで秘密なの」
「こんど学校のお祭りで使うの」
 おじさんは、首をふりふり。シートの端からのぞく竜のしっぽを、けげんな表情で見送ります。
 それからも、おそらく二、三人の人に見られたと思いますが、遠くからだったので、声を掛けられることはありませんでした。
 隠れがの木の下に着いて、口笛を吹くと、いつもの動物たちが枝の上から姿を見せ、縄ばしごをおろしてくれます。
「やあ、ジュリア、それにマーシャも。こんにちは」
「この木の上が私たちの隠れがなんだけど、登れるかしら」
「なんの、わけありませんとも」
 竜は翼を羽ばたかせてふわりと浮き上がると、またたくまに木の上にやってきました。大きな図体の見た目と違って、風船か吹き流しのように軽いのです。
「まあ、すごい。きっと鳥と同じような構造の骨格なのね」
と、マーシャが言います。
「鳥と同じ構造?」
「そう、鳥は骨の中が空洞なのよ。だから軽くて、大きな体でも空を飛べるの」
 こういう知識にかけては、マーシャの右に出るものはいません。
「ちょっとかさばる竜だけど、おかまいなくね」
 ジュリアは見張りの動物たちに言いました。
 それを聞いて、竜は、なるべくかさばらないように、枝の上で身を縮めました。
 ジュリアは木の幹の中にしつらえた棚の中から《魔法全書》を取り出すと、何やら熱心にぱらぱらとめくり始めました。
「どう? いけそう?」
「何とかやってみる」
「え? なになに、魔法の本?」
 竜が首を伸ばして本をのぞきこみました。
「ジュリアは魔法が使えるのよ」
とマーシャ。
 それを聞いて、竜は落ち着かなげにもぞもぞしています。
「まさか、私をネズミかなんかに変えるつもりじゃないでしょうね?」
「安心なさい」
 やがてジュリアは棚から数種類の魔法の薬を取り出すと、木の枝に向けてぱっぱと少しずつ振りかけながら、呪文を唱え始めました。

 アブラカダブラ、
 ニョキニョキニョキ
 豊かな実りよ、生えいでよ!

 するとどうでしょう、枝の先からさらにニョキニョキ、すごい勢いで若い枝が伸び始めたかと思うと、いっせいに実をならせ始めました。しかも、種類の違う色んな果物の実なんです。
「さあ、お好きなだけ召し上がれ」
 竜はそれを見ると大喜びで、さっそくむしゃむしゃ食べ始めました。
 そのようすを見ながら、ジュリアは動物たちに相談しました。
「もし本人がその気ならだけど、あの竜も、ここに住まわせてやってもいいかしら?」
「うん、まあ、いいんじゃないですか」
と、レッサーパンダ。
「ほかに行く場所がないということなら、気の毒ですからね」
 ひょうも同意します。
「ただ、あまり大きないびきをかかないでくれれば」
と、子グマが条件をつけました。
 そこで、ジュリアは竜に言いました。
「もしあなたにその気があれば、ここに住んでもいいわよ。ここなら、私とマーシャ以外は知らないから。ただし、あまり大きないびきをかかないようにね」
 それを聞くと、竜は
「ほんとですか! それはたいへんありがたいです。お世話になります」
といって、深々と頭を下げました。
 ジャルゴンという名前は、ジュリアがつけました。「ぐずぐずと愚痴っぽいから」というのです。
 そんなわけで、それ以来、竜のジャルゴンはジュリアの木の上に、動物たちといっしょに住むようになったのです。
 ただし、それからずっとこの木に住んでいたわけではなく、その後もいろいろありましたけど、それはまた、別のときにお話ししましょう。

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