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魔法使いのジュリア8 ひみつの暗号

 ジュリアと親友のマーシャが、自分たちだけの想像の島へ、ほんとに冒険に出かけたときのお話です。
 ジュリアとマーシャ、仲よしのふたりが、お互いだけの間でひみつの通信ができるように色々な方法を編み出したことは、前にもお話しましたね。片手を使ってメッセージを送る《ハンドサイン》、小石をポストに入れておく《小石通信》、ひみつの文字で書いた手紙をビンに入れて送る《空き瓶通信》などです。今回は、こうした通信が大活躍したお話です。
 ジュリアとマーシャの家は、互いに3軒分くらいしか離れていません。そこで、ふたりは、お互いの部屋の窓から窓へ細いロープを渡して、滑車で回せるようにして、そこに手紙を入れた小さな瓶をつけて、スキーのリフトみたいに相手のところまで送れる仕組みをつくり上げていました。
 この装置はおとなりの庭の上も通るので、ママがいい顔をしませんでしたけど、ジュリアは「うんと端っこだし、頭の上を通るから、邪魔にはならないわ。これがダメなら、私たちの頭の上を飛行機が飛ぶのだってダメなはずよ」と言い張って、今のところは何とか使えています。

 でも、ふたりはそれぞれ、自分しか知らないひみつも持っていました。
 たとえばジュリアは、自分の頭の中につくりあげた想像の島を持っています。小さな紙に島の地図を描いて、ひみつの箱にしまっていました。
 島は、ちょっとナスカの地上絵みたいな変てこな形をしていて、たとえ島の地図を人に見られても、まさかこれがジュリアのひみつの島だとは思わないでしょう。
 自分ではカギの形に似ているかなと思うので、カギ島と呼んでいます。
 島の南の方には金色のライオンたちが住んでいて、北の方には色とりどりのシマウマの群れが住んでいます。島の真ん中にはサファイアの泉があって、砂浜には貝殻のボートがつながれています。
 島のどこかに宝物が埋まっていることにしようかとも思っていますが、どの地点に何の宝を埋めるか、まだ決まっていません。
 ひみつの箱は、もとはお菓子の入っていたブリキの箱ですが、金色で、アラベスクの模様がついていて、ふたのところは丸く盛り上がって、本に出てくる宝の箱のような形をしているのです。ジュリアはこの中に、ひみつの文字のアルファベット表や、通信に使う色んな色の小石などとともに、この島の地図を入れていました。

 たぶんマーシャもマーシャで、自分だけのひみつの島を持っているはず。でも、そのことはジュリアは全く知りません。お互い、自分だけのひみつを持っているのも大切なことだと考えていたので、相手のことを詮索したりしませんでした。

 ある日のこと。学校から帰ってきたジュリアは、ひみつの箱が棚から落ちて、ひっくり返っているのを見つけました。ふたが開いて、中身が飛び出してしまっています。あらあら。ときどき猫のエルムがやってきて、机に飛び乗るときにものを落としたりするのです。今日は棚を探検していたのかしら。
 ジュリアは急いで箱の中身を中に収め、箱を棚に戻しました。ママに見られていないといいけれど。ママったら、ベランダに出るときに、なぜだかジュリアの部屋を通るんです。
 と、窓のロープのところにメッセージの小瓶が来ているのに気がついて、開けてみました。すると、中の手紙には、ひみつの文字で

 SOS! カギ島と風の島のあいだにて立ち往生

と書いてあります。あれっ、マーシャはカギ島のこと、知らないはず。それに、風の島って、どこでしょう?
 考え込んでいると、紙ヒコーキが飛んできて、コツンと窓ガラスに当たりました。ベランダから見下ろすと、マーシャが手を振っています。
「どうしたの?」
 ジュリアは、手すりから身を乗り出して、聞きました。
「あら、そっちこそ」
 マーシャが言うには、ポストに赤い小石が入っていたそう。《助けて!》のサインです。それで、ジュリアに何事が起ったのかと飛んできたのです。
「それ、あたしじゃないわ」
 ジュリアは、受け取った手紙をマーシャに見せました。マーシャも、
「あたし、そんなの書いてないわ」
と言います。
「それに、どうしてあたしの島のこと、知ってるの?」
「あなたの島?」
「風の島って、あたしだけの想像の島よ」
「えーっ、そうだったの?」
 ジュリアはびっくり。
「カギ島っていうのは、私のひみつの島なのよ」
 二人は話し合って、どうやらカギ島と風の島が向こうの世界ではとなり同志にあるらしいこと、そして誰かが助けを求めているらしいという結論に至りました。
「でも、その間に何かあるのかも。《あいだにて》って書いてあるから」
「助けに行かなくちゃ!」
「でも、どうやったら向こうの世界に行けるかしら?」
 二人は一生懸命に考えます。
「これが使えるかしら」
 ジュリアはひみつの箱からカギ島の地図を取り出して、広げました。
「これ、私の島よ。緑の草原が広がってるの。頭の中で、よーくイメージしてみて」
 そう言いながら、自分でも心を集中させて、島のようすをなるべくはっきりとイメージしてみました。
 そして二人で手をつなぐと、目を閉じて呪文を唱えます。

 アブラカダブラ ブラブラブラ
 向こうの世界へ、連れていけ!

 すると、とたんに細かい砂嵐のような、何とも言えない空気の流れが巻き起こりました。二人の体はしゅっと粉々に崩れ去って、またたくまにジュリアの島の地図の中に吸い込まれてしまいました。
 気がつくと、二人は広い青空の下、彼方まで広がる草原の中に立っています。
「うわーっ、いつも想像していたけれど、じっさいに来たの初めてだー! 思っていたよりずっと広いわ!」
 二人はもの珍しく、辺りを少し歩きまわってみます。と、
「ジュリア、あれを見て!」
 向こうの木陰に、数頭のライオンが寝そべっているのです。美しい金色のライオンです。二人の姿に気づいて、こちらを見ています。
「うわっ! でも、あたしが想像でつくったライオンだから、襲ってくることはないはずよ。怖がらないで、堂々としていれば大丈夫」
 とは言いながらも、二人とも、少しびくびく。
「エメラルドの目をしているはずよ。もう少し近くで見たいなあ」
「また今度にしましょうよ。今日のところは、誰かさんを助けに行く方が先だわ」
 そうだった。
 しばらく歩くと、サファイアの泉へやってきました。このへんが、島の真ん中のはず。
 こんこんと湧き出る天然の水盤は、すっかり青紫のサファイアでできています。手ですくって飲んでみると、こんなにおいしい水は飲んだことがないくらい、冷たくて甘くて極上の味わいです。
 水盤の底には紫の中に黒い瞳のような模様があって、のぞきこむとじっとこちらを見返してくるようです。その瞳が「早くお行きなさい!」と言っているようで、二人はのどを潤すと、先を急ぎました。 
 島の北部に差し掛かります。そちこちに、色とりどりのシマウマの群れが見え始めました。赤と青のような強い色の組み合わせのものもいますし、白とピンク、水色と卵色のようにやさしい色合いをしているもの、さらには三色やそれ以上のしましまのものもいます。
 左手のほうに、盛り上がった丘の稜線が見えてきました。
「あそこの丘の上に行ってみよう。辺り一帯のようすが見えるはずよ」
 思った以上に、きつい登りでした。草のあいだから岩がごつごつと突き出ていて、足を取られます。突然、足元からぱっと鳥が飛び立って、澄み通る声で鳴きながら空高く昇っていきます。
 ようやく丘のてっぺんにたどり着きました。これまた、想像をはるかに超えた眺めです。いつも紙の切れ端に描いていた島のようすが息を浮きこまれ、実体を得て、眼下にフルカラーで広がっています。丘の向こうには緑の森が始まっているし、島の反対側の端のほうにも、いくつか丘が盛り上がっています。海が岸辺と接するところでは、水の色が少し変わって、淡いエメラルド色やターコイズになっています。そこに白い波のすじが打ち寄せているのが見えますが、遠いので、波音は聞こえません。
 そして、カギ島の東側、海を隔てた向こうには・・・
「風の島よ!」
と、マーシャが叫びました。
「あなたの島?」
「そう! やっぱり私たちの島、こっちの世界でもおとなり同士だったのね」
 風の島も、複雑な地形をしているようです。けっこう遠いので、上から地図を眺めるようなわけにはいきませんが、いくつもの入り江や湾が入り組み、切り立った崖や、岩山が海の上に突き出ていたり、山々や森が広がっているのが分かりました。
「あれは何かしら?」
 北東のほう、風の島よりもう少し近くに、別の島が見えます。小さな島です。やぶに覆われたまるい島で、その周りをいくつかの岩礁が取り巻いているさまは、なにか動物の足あとーーーそう、猫の足あとのようです。
「足あと島だ!」
「あの島、見たとこ、カギ島と風の島から同じくらいのところにあるわね。ふたつの島の《あいだ》って、言えなくもないんじゃない?」
「あの島で、誰かが助けを求めているのかしら?」
「何か見える?」
 マーシャはポケットから小さなオペラグラスを取り出すと、ジュリアに渡しました。
「ありがとう」
 ジュリアはグラスを広げて、よくよく眺めます。まず、まるい島の上を、それから、岩礁の上も一つずつ。すると・・・
「あっ!」
 知らない人が見たら、波しぶきがはねた光の加減で、小さな虹ができているのだと思うだけでしょう。けれど、ジュリアには分かりました。それは、仲よしの七色猫のエルムだったのです。
 あるとき、ジュリアたちが公園の水道で水遊びをしていたときにできた虹から生まれた猫で、七色の毛並みをもった姿が見えるのは、日の光があたっているときだけ。日が陰ると姿が見えなくなってしまうのです。
 いま、エルムは狭い岩礁の上を行ったり来たり、ウロウロしています。聞こえませんが、声も上げているようす。岩礁には波があたって、今にも海に飲まれそうです。
「満ち潮なんだわ!」
 折しも、さあっと日差しが陰りました。エルムの姿がふっとかき消えました。
 目を上げると、遠くの空に青黒い雲むらが湧き出ています。風が吹き出し、海が荒立ってきました。
「まずい!」
 ジュリアはオペラグラスをマーシャに渡し、見たことを説明しました。
「あの雲がやってくる前に、エルムを助けなきゃ!」
 二人は海岸に向かって、丘を駆け下りました。砂浜のどこかに、貝殻のボートがあるはず。けれど、探すのに思いのほか手間取ってしまいます。ようやく、小さく入り組んだ湾の、生い茂った木の下にボートを見つけました。そこにロープで繋いであったのです。
「そうか、ただ砂浜の広いところに放っておいたら、波にさらわれてしまうものね。それにしても、地図にはっきり、ボートの場所を記しておくんだった」
 いよいよ風も強くなり、波も荒くなってきました。
「ボートを出して大丈夫?」
 マーシャが聞きます。
「行くしかないわ。ただ、座礁しないように注意しなきゃ」
 二人はボートを引き出すと、波立つ海へ乗り出しました。オールは一対しかないので、ジュリアが力いっぱい漕いで、沖の岩礁を目指します。
 いくらも行かないうちに、黒雲に追いつかれてしまいました。空全体が暗くなり、ゴロゴロ鳴り出して、稲妻がピカッピカッと光ります。と、ザーッと雨が降り出しました。
「もうちょっと早く来るんだったなあ。のんびりしすぎたわ」
 二人とも、家にいるときなら雷はちっとも怖くありませんが、ここは海上です。危険をなるべく避けるため、体を低い姿勢に保って漕ぎつづけます。
 ようやく、エルムのいる岩礁の近くまでやって来ました。にゃあにゃあいう声が、波音と雷の音のあいだを縫って聞こえてきます。具合のいいことに、稲妻がピカッと光る瞬間にはエルムの虹色の姿が見えました。
「エルム! エルム!」
 ジュリアは呼びかけます。
「聞こえる? 今助けにいくからね!」
「ジュリア! 早く早く!」
 エルムは叫びました。
「もうすぐ波に飲まれちゃう!」
 ジュリアは懸命にボートを操りますが、これ以上近づくことはできません。波に押されて岩礁にぶつかってしまったら、一巻のおわり。
「これが限界よ!」
と、ジュリアは叫びます。
「エルム、ちょっとだけなら泳げる? 海に飛び込んでこっちへ来て!」
「そんなっ! ぼくを何だと思ってるんですか、ジュリア!」
 エルムは悲鳴を上げます。
「ぼく、泳げませんよ、猫ですから!」
「それでも、ほかに方法がないわ! やってみて、お願い!」
 どっちにしても、波しぶきと激しい雨に打たれてすでにびしょぬれのエルム、破れかぶれで、逆巻く波の中に飛びこみます。
「うわーっ! ジュリア、やっぱりダメ・・・ブクブクブク・・・!」
 そこへ、マーシャがボートの縁からめいっぱい身を乗り出して、何とかエルムをつかまえました。水の中から抱き上げると、いつもの軽やかさはどこやら、毛足の長さも災いし、水を吸って重いこと。
「うんしょ、こらしょ!」
 マーシャは揺れるボートの中で踏んばって、ようやくエルムを縁の中へ。エルムは、息も絶えだえです。
「よし、がんばったわね! もう大丈夫よ」
 ジュリアは必死でオールを漕ぎ、足あと島の本島、つまり猫の肉球のてのひらにあたる島へ、ボートを乗りつけました。砂地のところから、ボートが流されないよう充分内地の方まで引き上げると、灌木の幹にくくりつけました。
「さて、雷が収まるまでいられる場所を見つけないと!」
 ジュリアたちは、海岸沿いの岩の洞窟を見つけると、ひとまずそこへ避難しました。
 三人とも、ぐしょぬれです。歯がガチガチなってきました。早くあったまらないと、風邪を引きそう。
 みんなは洞窟の奥の方まで探検して、乾いた流木がいくつか転がっているのを見つけました。それを集めてきて、洞窟の入り口、雨がかからないくらいのところに積み上げます。
 ジュリアは、ポケットの中を探って、マッチ箱を取り出しました。きのう、裏庭でごみを燃やすのに使ったやつです。湿っているけど、何とかつきそう。
「新聞しか、乾いた落ち葉はないかしら?」
 またポケットを探して見ると、エルムがジュリアにあてた、SOSの手紙が出てきました。これも湿っているけど、何とか使えそうです。
 そこで、手紙をくしゃっと丸めて、積み上げた流木の下に押しこんで、マッチで火をつけました。焚火はほどなく、ちょうどよく燃え上がり、みんなは火を囲んで暖まり始めました。
 マーシャはポケットから、キャラメルの箱を取り出しました。これも湿っているけど、問題ありません。みんなはキャラメルを食べながら、嵐が収まるのを待ちました。
「エルム、あなたどうして私たちのひみつの文字を知っていたの?」
「あれ、ひみつの文字だったの? ジュリアが手紙を書いているとき、ぼく、よく机の上で見てたじゃない。それで覚えていたんだよ」
「そうだったのね! でも、びっくりした。何でこんなところに迷い込んでしまったのかしら?」
「自分でも、よく分からないよ。君のとこの棚の上を探検していたときに、うっかり何かの箱を落としてしまったのさ。そしたらガシャン!と大きな音がして、何だかくらくらするような感じがして、一瞬意識がなくなって、気がついたらあそこ、さっきの足あと島の本島に投げ出されていたんだ」
「そうだったの。きっと私のひみつの箱を蹴落としたときに、ふたが開いて、地図の中に吸い込まれてしまったのね」
「そうかな。そのあとぼくはあの岩礁のところまでたどり着いて、ぽかぽか暖かかったものだから、昼寝をしていたんだ。目が覚めたら満ち潮で本島と切り離されてしまって、それで助けを呼んだんだよ。いつも君たちが《空き瓶通信》をやってるのを見てたから、手紙を書いて、ツバメに頼んで君たちのところへ届けてくれるように頼んだ。それと赤い小石も」
「そうだったのね。赤い小石は、マーシャのポストに届いていたのよ。たぶんツバメさん、間違えたのね」

 ほどなく、雨はやみました。空も明るくなってきました。雷も、遠くの方でゴロゴロ鳴っているだけです。
 ジュリアは、時間が気になってきました。こっちの世界ではどんなふうに時間が流れているのか分かりません。ちょっとのんびりしているうちに、百年も経ってしまっていたらどうしましょう。
 けれど、マーシャは、自分の島の方にもちょっと行ってみたいと言いました。それも、もっともなことです。ジュリアも、マーシャが構わないのならぜひ行ってみたいと思いました。
 そこで三人は再びボートに乗り込み、波も穏やかになった海を渡って、マーシャの風の島へ。こんどはマーシャがオールを代わりました。
 風の島も、変化に富んでいて美しい島でした。緑の草木に覆われて、川や滝も見えます。木には色んな果物の実がなっていて、ジュリアとマーシャは歩きながら、ベリー類やさくらんぼの実をつまんで味見しました。
 くじゃくやさまざまな美しい鳥たちが飛び交い、枝角を張り広げた鹿や、たてがみの長い馬や、さまざまな動物たちがいます。
 島の真ん中にはやはり泉がありました。水晶と大理石の大きな泉で、人魚たちが遊んでいます。泉の底には白いビー玉のような真珠がいくつも沈んでいます。
 マーシャは水の中に手を突っ込んで、真珠を二つ三つ取り出すと、ジュリアにくれました。
「きれいね、ありがとう」
 ジュリアはうっとりと真珠を眺めます。
 こういう泉もいいな。でも私のとこの泉も、あれはあれでいいわね。

 そのうちに島をぐるっと一周して、端までやって来ました。
「想像していたよりずっと素敵だったわ。来られてよかったな」
と、マーシャは満足そう。
 けっこうな距離を歩いたので、みんな疲れて、お腹が空いてきました。
「うち、そろそろ晩ごはんだと思うの」
とジュリア。
「うちもだわ」
とマーシャ。
「うちへ帰れるかしら?」
「来られたんだから、もちろん帰れるわよ」
 そこで、ジュリアとマーシャとエルムの三人は、手をつないで輪をつくり、みんなで呪文を唱え始めました。

 アブラカダブラ、ブラブラブラ・・・

 と、そこへ、誰かのだみ声が割って入ります。
「ちょっと待った!」
「えっ?」
 ジュリアがむっとして振り向くと、そこには変な太っちょの小鬼が立っています。
「だれよ、あんた?」
「それはこっちのセリフだね」
 小鬼はずかずかと、遠慮なくみんなの方へやってきました。
「許可なくおいらの領地に足を踏み入れてるのは、どこのどいつだ?」
「ここは私の島よ!」
 マーシャが怒って言います。
「ふふん、そんなの知らないね」
 小鬼はバカにしたように笑いました。
「ここら一帯、七つの海は、ぜんぶおいらの領分さ。さあ、俺の名前が言えるかい? 三回で当てられたら、許してやろう。だが、当てそこなったら、お前たちみんな、一生俺の子分になるんだぞ」
「何なの、それ。あんたに許してもらう筋合いなんかないわ」
「そうよ、出ていきなさいよ」
「ふふん。俺の名前を当てられたらな」
 ジュリアとマーシャは、顔を見合わせました。ジュリアが、小鬼の頭ごしに、すばやく片手で形を作ってみせました。ハンドサインで「やっつけてやるわ!」の意味です。マーシャはうなずいて、「OK!」のサインをつくりました。
「分かった、ルンペルシュティルトゥケンでしょ」
「へへん、ちがうね」
「じゃあ、トム・ティット・トットね!」
と、マーシャ。
「それもちがうね」
 小鬼はにやにやしています。
「さあ、次で最後だぞ。俺の名前は何だ?」
 すると、それまで黙って聞いていたエルムが、えっへんと咳払いをして言いました。
「何と何と、名前は何と!
 あんたの名前は、アッチニイッタリ・コッチニキターリ・サカダッチーノ・トンボガエッリ・サバッサバーノ・サバノミッソーニ三世だ!」
 そのとたん、小鬼の顔が青くなりました。
「何だと! お前、どこで盗み聞きしたんだ? くそっ、次にあったらただじゃ置かないからな!」
 口汚くののしりながら、ぴょんぴょん飛びのいて、逃げていきました。
「やったー!」
 ジュリアとマーシャは、拍手かっさい。
「どうして知ってたの?」
「さっき、足あと島の本島に投げ出されて、歩きまわっていたときに、あいつとすれ違ったのさ。そのときあいつは、自分の名前を歌にして、歌って歩いていたんだ。日が差していなかったから、ぼくの姿は見えなくて、あいつに気づかれなかったよ」
「そうだったのかー! 姿が見えないって、便利なこともあるのね」
「助けたつもりが、助けられた!」
「よくある話さ」
 そのあと改めて、三人は手をつないで輪をつくり、声を合わせて呪文を唱えます。
 
 アブラカダブラ、ブラブラブラ
 もとの世界へ、ひとっとび!

 すると、ぐわんと時空が揺れるような、眩暈のするような感覚が襲ってきて、・・・
 三人の姿が、ひみつの島の地図の中からしゅーっと現れたかと思うと、気づけばみんな、もとの、ジュリアの部屋の中に立っていました。
「ふーっ、戻れたー!」
「やれやれー!」
 ひみつの箱が机の上に開けっ放しになっているのに気づくと、ジュリアはあわててふたを閉めて、戸棚にしまいました。ママに見られなかったかしら。
「ふわ~あ。改めて、ちょっと昼寝するかな」
 エルムはひらりと屋根を超えて、どこかへ姿を消してしまいました。
「あ! あなたのボート、私の島に繋いだままだわ」
 マーシャが、思い出して声を上げます。
「こんどでいいわよ、どうせまた行くでしょ。次行ったときは、あなたがボートに乗って、私の島に遊びに来て」
「OK! じゃあ、またね」
 マーシャも、自分のうちへ帰りました。
 そのとき、ママの声が階下から呼びました。
「ジュリア! 晩ごはんよ!」
 間に合った! ジュリアは
「はーい!」
と返事すると、行きかけて、ふとポケットに手を突っ込み、つややかに光る真珠の粒を取り出しました。そして少しの間、にっこりとして眺めてから、大切に引出しにしまいました。
 

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