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魔法使いのジュリア1 魔法の木のこと

 7歳の少女ジュリアは、魔法を使える女の子。
 大きな木の上に秘密の隠れががあって、棚の中には魔法全書や魔法の薬が並んでいます。
 今回は物語のさいしょの回ですので、この木のことをお話ししましょう。

 それは、とても大きな古い木でした。
 岬の高台へ、土手の細道を登った先の、森の中にありました。
 親友のマーシャと、探検に来ていたときに見つけたのです。
 さいしょこの木を見つけたときは、上の二股のところまで、どうしても登れなかったんです。こぶこぶのところに足をかけて、めいっぱい手を伸ばして、何とかかんとかいこうとしても、どうしてもだめでした。
 そこでジュリアは、いったん家へ帰って、脚立をもってきました。木登りするのに脚立を使うのは反則な気もしましたけど、このさい仕方ありません。それを幹に立てかけて、やっと上まで登ることに成功したのです。
 木の上の、枝分かれしたところは、ゆったりと広くて、居心地まんてん。
「ここなら、誰にも気づかれないわね」
と、ジュリアは満足げに言いました。
「ここを私たちの秘密の隠れがにしましょうよ」
「でも、いちいち脚立を持ってこなきゃいけないのは大変ね。何かよい方法はないかしら」
とマーシャが言います。
 そこで二人は相談して、縄ばしごをつくることにしました。といって、いつも垂らしておいては、誰かに見つかってしまうかもしれません。見張りのものが必要です。
 次に来たとき、ジュリアは、とくに信頼を寄せている三匹のぬいぐるみを連れてきました。ひょう、子ぐま、レッサーパンダです。魔法の粉を振りかけて、

 アブラカダブラ
 あいうえお
 雌牛も生きて動き出す!

と呪文を唱えると、たちまちぬいぐるみたちには息が吹き込まれて、ほんものくらいの大きさに膨らみ、生きて動き出しました。
 この子たちを見張りのものに任命して、普段は縄ばしごを引き上げておき、ジュリアたちが来たときだけ垂らしてもらうことにしました。
「これで問題解決!」とジュリア。
「任せておいて!」動物たちも、胸を張りました。 

 それからジュリアは、学校が終わったあとちょくちょくここへ来るようになりました。木の下に立って口笛を吹くと、見張りの動物たちが枝の上に姿を現して、縄ばしごを垂らしてくれます。それを伝って登り、秘密の隠れがへ。木の上を探検して、登れるだけ高いところまで登ってみたり、本をもってきて読んだりして過ごします。ひょうのふわふわのわき腹に背中をうずめ、のんびり昼寝するのもお気に入り。
 そのうち、木の幹の中が空洞になっているのを発見すると、ジュリアは家から工具箱と板や材木をもってきて、扉を取り付け、動物たちの部屋をつくってやりました。木の中に棚もしつらえて、そこへ《魔法全書》や魔法の薬のビンを並べました。

 そうそう、ジュリアがこの《魔法全書》を手に入れたいきさつも、お話ししなくては。
 それまでも、色んな物語の本を読んで、多少なりとも魔法については知っていました。ジュリアが以前に住んでいたところでは、すぐ裏手に図書館があって、10分くらいで歩いていけたものです。岬近くのいまの家に引っ越してきてからは、図書館はとても遠くなってしまいました。それでも、ママに車で連れていってもらってときどき行っていました。
 けれども多くの場合、そういう本では、いったいどうやって魔法を使うのか、肝心のところが書かれていません。ときどきは魔法の薬の原料について、わりと具体的に書かれているもの、呪文が書いてあるものなんかもあります。そういうものを小さなノートに書き写しては試してみるのですが、効いたためしがありません。前にいちど、空の飛び方についてかなり詳しく書いたものがあって、忠実にやってみたけれど、やっぱりダメでした。いったい何がいけないのでしょう?
 ジュリアの考えでは、ふたつ。
 ひとつには、そういう本の多くは外国のことばを訳したものです。呪文って、訳したら力を失ってしまうのではないだろうか、元のことばのまま唱えないといけないのではないだろうか、ということ。
 もうひとつは、ジュリアが気づかない、何かちょっとした要素が足りないのではないかということ。ねじ一本でも足りないと機械がうまく作動しないように、その日の風向きとか、気圧の関係とか、そういう微妙なことでうまくいかないのでは。
 それにしても、何しろ、一度もうまくいったことがなかったのです。希望を捨ててはいませんでしたが、誰もそういうことについて教えてくれる人もなかったし、そんなわけで、かなりがっかりして、けっこうムッとして、心離れかけていたのでした。
 
 ジュリアの7歳の誕生日が近づいていた、ある日のことです。
 いつもの図書館で、彼女はアルファベット順に並ぶ棚の片隅に《魔法全書》というのを見つけました。赤い革に、アラベスク模様の型押しされた装丁で、タイトルは金色の、複雑な飾り文字で印刷されています。
「あら、こんな本、あったかしら?」
 いつも来ているので、どの棚にどんな本があるか、だいたい覚えていたのです。でも、ときどき、新しい本が入りました。これも、そういうのかもしれません。
 棚から引き抜いて、ぱらぱらめくってみると、「空の飛び方」、「姿の変え方」、「魔法の薬のつくり方」など・・・、それまで色んな物語に出てきたおなじみのやつ、でも肝心な細かい手順など書いていなかったことが、てんこ盛りにたくさん書かれています。
「うわっ、すごい。私、こういうのがほしかったんだ。ちょっと字がこまかくて大変そうだけど、借りてみよう」
 ジュリアは腕に抱えた、借りようと思っている本たちの中にそれを加えました。
 カウンターに持っていくと、司書の女の人は、ほかの何冊かといっしょに、裏表紙の内側のカードポケットから貸し出しカードを取ろうとしました。が、カードポケットがありません。
「あら、つけ忘れているのかしら?」
 彼女は、パソコンの図書目録で調べてみましたが、そんな本は登録がないのです。
「これ、ここの図書館の棚から持ってきたのよね?」
「ええ、もちろん。《ま》のところの棚にありました」
 ジュリアは女の人を、さっきの棚のところへ連れていきました。
「ほら、ここのところから取ったんです」
 指さした先には、この本を抜き取ったのでできた隙間があります。
「変ねえ・・・」
 あらためてページをめくってみると、最初のページの折り返しのところに「ジュリアへ」と書いてあります。
 女の人は、その文字と、ジュリアの顔を見比べていましたが、やがてにっこりして言いました。
「この本はあなたのみたいだわ、ジュリア。誰かさんからのプレゼントよ。大切になさいね」
 ジュリアはびっくりして首を傾げます。そのうち、「あっ!」と、何かを思い出したような顔で、
「あの一角獣が言っていたことだわ・・・」
と呟きました。
「え、何?」
「いいえ、何でもないの」
 女の人は、つけ加えました。
「おうちの人に言うことはないのよ」
 ジュリアは、うなずきました。もとより、そんなつもりはありませんでした。
 そもそも、ママは、ジュリアが本を読むのがあまり好きではありませんでした。ママによると、ジュリアが本を読みだすと「何もしない」からです。ママが「何もしない」というのは、「皿洗いをしない」という意味です。
 そのうえ、ジュリアのうちでは、魔法は禁止でした。なぜなら、ジュリアのママはクリスチャンだったからです。ジュリアが「魔法の○○」とか「ふしぎな○○」とかいう本を借りてきて、楽しく読んでいると、じろっと睨まれて、「そういうの、ほんとはダメなんだからね」と言われてしまいました。
 聖書の中にも、「魔法を使う者は、石打ちにしなければならない」と書いてあります。魔法は、ダメだったのです。
 ジュリアが、《魔法全書》を隠れがに置いた方がいいと考えたのは、そういうわけでした。

 この本を手に入れたジュリアは、まさに水を得た魚。ところどころ難しいことばもありましたけど、どんどん読み進めながら、小さな魔法から次々と身につけていきました。
 「姿を変える魔法」では、まずは、どんぐりをビー玉に変えてみたり、引き出しにしまっていた、抜けた乳歯をどんぐりに変えたり。それから生きているものにも挑戦し、てんとう虫をコガネムシに変えてみたり、コガネムシをアマガエルに変えてみたり。そんなふうにして、時間をかけて修練を積んだすえに、木の上の隠れがを見つけたころには、ぬいぐるみに息を吹き込むなんてことも、できるようになっていたのです。
 森に生えているいろんな種類の草をすりつぶして、ジャムのビンに入れた水に溶かし、魔法の薬をつくる実験をしてみたこともあります。どれも少しずつ色あいの違う、きれいな緑色の瓶詰めが、舗道の敷石の上にずらりと並びました。
 そのときは、熱中するあまり時間を忘れてしまい、気がついたら暗くなり始めていましたっけ。こんなに遅くまで、おもてで過ごしたのは初めてのこと。少し疲れて、でも大満足で、うす青い夕闇に月見草のランプがぽつぽつと灯るなか、おうちに帰ったのでした。

 いうまでもなく、ホウキで空を飛ぶのは、ジュリアにとって、まっ先にやってみたかったことの一つでした。
 《魔法全書》を手に入れる前でさえ、家の近くで、飛ぶ練習をしていたものです。
 家の周りの草地は、道より一段高くなっています。その段差を利用して、ホウキにまたがっては草地のへりから道へ飛び下りる、というのを何度も繰り返していました。
 木の隠れがを見つけてからは、自分用に選んだホウキを一本持っていって、そこに置いておくようになりました。そして練習をつづけるうちに、さいしょはほんの数メートル、そのうちにもっと長い距離を飛べるようになりました。
 木の上の動物たちもいっしょに、岬の森の上を飛ぶのはとても気もちのいいものでした。とくに、5月、6月くらいの、若葉が青々と湧き出るように茂ってくるころは、最高です。森のみどりや沼の水の広がりを見渡しながら、岬の灯台のまわりをぐるっと回って帰ってくるのが、お決まりのコースです。
 でも、それ以上遠くまで行くことはめったにありません。だいたい、ホウキに乗って空を飛べるなんて、人に知られたらめんどうなことになるからです。

 ときどきは、親友のマーシャもこの木の上へやってきました。そこで二人は、あれこれとおしゃべりしたり、めいめい本を持ってきて読んだり。それから、二人のあいだだけで通じる、秘密の暗号を何種類も考えだしたりしました。
 いちばんさいしょに考えたのは「ハンドサイン」で、これは、片手で色んな形をつくって、遠くからでもメッセージを送りあうことができるというものです。どの指を折り曲げて、どの指を立てるかによって、片手ひとつで実にたくさんのバリエーションができるもので、それぞれに「今日」、「行く」、「行かない」、「会える?」、「きけん」、「安全」、「約束」、「いやだね」などの意味がありました。それらを複数組み合わせて、メッセージを伝えるのです。
 それから、秘密の文字というのもありました。二人だけが読める、ひと揃いのアルファベットです。これを使って書けば、万一ほかの人の手に渡っても、意味が分かりません。小さな紙切れにこの文字で書いて、小ビンに入れて床をころころ転がせば、教室の向こうの端のマーシャにもメッセージを送れます。もっとも、授業中にこれをやると怒られますが。ちなみに、これは《空き瓶通信》と呼ばれていました。
 さらには、小石を使った通信というのも。二人のあいだで、色んな色の小石を十個くらいずつ持っていて、それぞれの石は、色によって意味が決まっています。青いのは、「今日遊べる?」、緑のは「ビッグニュース!」、黄色なら「注意せよ」、赤っぽいのは「助けて!」などなど。これを相手のうちのポストに入れておくと、ほかの人には分からずに、メッセージを伝えられるしくみでした。
 こうした秘密の暗号をめぐっては、実にいろんなできごとがありました。それもおいおい、お話しましょう。 

 過ごす時間が長くなるほどに、木の上の隠れがはどんどん居心地の良い場所になっていきました。
 マーシャが色とりどりのクッションをたくさんもってくると、ジュリアはマルチカラーの電球の飾りをもってきて、枝の間に渡しました。
 夕方になってくると、暗くて本を読みにくくなります。そこでふたりは家から、ランプや、使われなくなった小さなシャンデリアなどをもってきて枝に吊るしました。
 夏になると蚊や羽虫に悩まされるようになったので、綺麗な色のオーガンジーの天蓋をかけました。
 色んな者たちがここを訪れました。竜も、風見鶏もやってきましたし、くじゃくもふくろうも、サボテン伯爵もやってきました。ずっととどまるものもいれば、いなくなるものもいましたけれど、これからお話しする多くの冒険が、この場所で起こったのです。

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