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キーボードシリーズ③ 007とは無関係「ステノグラフに手を出すな」

キーボードシリーズ①「中国語KBに手を出すな
キーボードシリーズ②「外国語KBに手を出すな

の最終回。前回の続き。


007番外編「No Code But Binary」
(邦題:解除コードはバイナリー)

あなたはホントに運が悪い。せっかくの海外旅行中に、テロ事件に巻き込まれてしまうなんて。命からがら逃げこんだ部屋には、007とKGB工作員らしき2人が倒れている。死闘の末の相撃ちか?

ふと顔を上げるとそこには1台のTVモニターが。

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床に倒れた007が、虫の息で呟いている。

「か、解除コードの入力を・・・j- e - t - s - e - t と入力してくれ」

漏れ聞こえる無線の先では、M(ジュディ・デンチ)が叫んでいる。


「ダブルオーセブン、早く解除コードの入力を!」


007に代わり、世界を救うために解除コードの入力を試みるあなた。しかしあなたの目の前にあるのはこれ。

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image:naglly.com(一部加工)


「カーット!おい、脚本家を呼べ!」
「監督、どうしました?」
「この脚本は却下。こんな内容、時代にそぐわない。CCCPなんてもはや存在しないし、なんだ、バイナリーコードって?こんなの世間一般的に知られていないぞ」
「そんなこと言われても・・・撮影スケジュールは決まっていますし」
「ダメ。1時間以内に脚本家に変更させろ。それまで撮影中断!」


撮影所控室にて

脚本家と助監督の会話

「マジに厄介な監督だな。いいじゃん、これくらい」

「そうなんですが、そこをなんとか」

「変更するのは構わないけど、小道具はどうするの?ロシア語とか中国語のKBがあればサマになるけど、今から発注しても間に合わないでしょ?」

「できれば今あるモノで・・・」

「今あるモノって・・・英語版のKBしかないじゃん」

「それでなんとかなりませんか?」

「あのねぇ、君」



007「か、解除コードの入力を・・・j- e - t - s - e - t と入力してくれ」

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j- e - t - s - e - t ENTER

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007「君のおかげで地球は救われた」

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「こんな映画、見たい?」
「見たくないですねぇ」
「だろ?」
「でも監督の指示なので」
「まあ、やってはみるけど・・・あんまり期待しないでよ」


1時間後。撮影再開。


「よーし、ラストシーン・・・・スタート!」


床に倒れた007が、虫の息で呟いている。


「か、解除コードの入力を」


漏れ聞こえる無線の先では、M(ジュディ・デンチ)が叫んでいる。


「ダブルオーセブン、早く解除コードの入力を!」


007に代わり、世界を救うために解除コードの入力を試みるあなた。目の前にあるの見慣れた英語版KB。

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カウントダウンタイマーは 60、59、58・・・


「落ち着け、落ち着け。時間は十分にある」


あなたは007から渡された紙片に書かれた解除コードに目を落とすのだが・・・

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「カーット!脚本家を呼べ!」


「どうですか、監督。改訂版の脚本は?」
「こんなの無理だろ!絶対に間に合わない」
「そんなことないですよ。この程度の文章、1分もあれば・・・ちゃんとネットで調べましたから」


10 Fast Fingers Dvorak World Record


Two-Finger Keyboard Typing


高校生、驚異のパソコン早打ち


「ね、不可能じゃないでしょ?」
「そ、そうだな。よーし、撮影続行!」




前々から思っていたのだが、これら記者さんたちはすべての会見内容をPC入力しているのだろうか?

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image:毎日新聞

録音機器を併用しているから漏れがあっても問題はないだろうが、おそらくすべてを入力するのは不可能だろう。あくまでも想像だが、会見内容を聞きながら脳内で要約、同時進行で記事を作成しているのだと思われる。

ここで思い出されるのが国会や裁判所の速記者。

国会の速記

解説付き速記実演(1:45~)


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all images:google search


速記には田鎖式、早稲田式、中根式、石村式などいろいろと種類があるが、デジタル機器の発展に伴う録音反訳方式の導入が増加し、裁判所や国会においても速記の需要は減少している。

注)反訳・・・元々は速記文字を普通の文字に戻すことを意味したが、最近では「文字起こし・テープ起こし・書き起こし」の事を指す場合が多い


速記であろうと録音からの反訳作業であろうと、デジタル化する際はどうしているのか?まさかコンピューターによる音声自動認識システム?


調べてみたところ、「ステノワード」なるものを発見。ステノワードはその名の通り、ステノグラファー(速記者)のために作られた特殊なキーボード。

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  ⇩ 部分拡大 ⇩

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メインは文字入力用のキーが10個(母音5個+子音5個)。入力はこの10個のキーと下にある4個のキーを組み合わせて行う。

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all:images:ライカツ


このKBは主に「ステノキャプショナー」と呼ばれる字幕製作者が使用しているらしい。テレビ番組の生放送でもリアルタイムで字幕が付いているが、それを行っているのがステノキャプショナー。まさに同時通訳ならぬ同時字幕!


ステノキャプショナー

生放送で字幕入力(1:42~)
KB入力法の説明(2:30~)
ワンアクションで単語入力(3:23~)


神業、職人芸に脱帽。こうなると気になるのは英語版。さっそく

shorthand(速記) stenograph(ステノグラフ)

でググッたところ

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all images:google search


なるほど。手描きの速記は日本語の速記とほとんど変わらない。が、気になった画像がこれ。


Steno Type ・Steno Machine

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all images:google search


おそらく「ステノワード」の英語版タイプライターだろう。簡単に動画が見つかった。

まずはその実力から。


以下はその使い方。


どうやら単語を「文字列」ではなく「音」で捉えるらしい。

まずはキーの配列から。

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赤丸が左手用、青丸が右手用、緑は親指が担当。母音の I が見当たらないが、「EU」を同時に押せばIになる。ここまではわかるが、よく見ると同じ子音が左右にある。動画によれば

「左手は単語の最初(前半)の子音、親指で母音、右手は単語の後半の子音。この3種をピアノの和音のように同時に押して単語を表す」

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SAT 左手S 親指A 右手T (キー3つを同時に押す)
PUT 左手P 親指U 右手T (キー3つ)

STAR 左手ST 親指A 右手R (キー4つ)
START 左手SR 親指A 右手RT (キー5つ)

STALL 左手ST 親指AU 右手L (キー5つ) AUはAWEの発音を意味する
STRAP 左手STP 親指A 右手P (キー5つ)

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RAT(単数) 左手R 親指A 右手T
RATS(複数) 左手R 親指A 右手TS

STAY 左手ST 親指AEU 右手なし(EUはIなのでステイと発音)
WAY 左手W 親指AEU 右手なし(WA・Iでウィエと発音)
TRAY 左手TR 親指AEU 右手なし(TRA・Iでトレイと発音)
HEY 左手H 親指AEU 右手なし(HA・Iでヘイと発音)
TAIL 左手T 親指AEU 右手L(TA・I・Lでテイル)


キーボードにないアルファベットは

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B(左手)・・・PW
C(左手)・・・KR
D(左手)・・・TK
F(左手)・・・TP
G(左手)・・・TKPW
J(左手)・・・SKWR   J(右手)・・・PBLG
M(左手)・・・PH     M(右手)・・・PL
N(左手)・・・TPH            N(右手)・・・PB
X(左手)・・・KP               X(右手)・・・BGS

といった具合に割り振られている。文字数の多い(長い)単語であっても、音節で分けて入力するので表示可能。



EXAMPLE(エグザンプル)ならば2回に分けて

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このサイトでデモ体験出来るが、思うように入力できない。おそらくまだまだ知らないルールがあるのだろう。かなりの訓練を必要とする職人技なので、当然と言えば当然か。


このステノタイプ、現在ではパソコンに接続されて通常の英単語に自動変換されるが、昔は

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こんな具合にタイプライター同様、紙に印字されていたらしい。そして後からこの暗号文(vertical notes) を読み解き、平文化する。

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all images:google search



この動画ではステノタイプ画面内の右側に入力された文字列 (vertical notes)、左側に自動変換された英文が表示されている。


なおこのステノマシン、日本語版も存在するようだが詳細は不明。本当にこれで日本語入力できるのだろうか?

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ステノワードに比べればキー数は多いので不可能ではないと思うが・・・

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他にも「ソクタイプ」というステノマシンの別バージョンが古くからあるらしい。

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いやはや、中国語に始まったキーボード探索だが、かなり奥の深い世界である。興味は尽きないのだが、のめり込むと抜け出せなくなりそうなので、このあたりで手を引こうと思う。




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