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2022年1月7日の和田輪。

正確には1月8日か。

和田輪(ex. maison book girl)の復帰ライブとなった、「吉河まつり2022」に行ってきた。

ライブハウスのフロアはいつもある程度混沌としているものだが(混沌の程度#とは)、この日は一層いろんな人がいたような気がする。
(要するに和田輪のオタクと、ディアステ勢に代表される秋葉原の住民たちと、深夜イベントになじんだ人たち、またはそのうちの複数を兼ねている人、ということだ。)

東京のコロナウイルス感染症は「第六波」と言われる拡大傾向にあったものの、(というかそろそろどれが"第何波"だったのか思い出せなくなっているのだが。)未だ医療ひっ迫と呼ばれる状況にはなく、だからまん延防止措置の適用による深夜営業の制限も行われていない状況に奇跡的に(または、かろうじて)現出した光景であった、ということはできるのだろう。

会場に入ったらいきなり物販コーナーに和田輪がいた。
新しいアー写となった緑色のワンピースを纏って。

物販に持ってきたCDはあっという間に売り切れた。

生歌唱としてはトップバッターになった吉河順央さんや、和田輪の出番直前にDJをやっていたBOZOさんが、異口同音に「和田輪のソロ最初のライブがこんなイベントでいいのか。」と言う。
和田輪自身が機会をとらえて秋葉原の文化に対する愛を表出してきたことを振り返れば、これは互いの愛とリスペクトの交換であった、と言っていいのだと思う。

個人的にはBOZOさんのDJに入ってた3曲が印象的だったのだよね。
maison book girlの"faithlessness"(Tomggg
remix)と、ミドルエステート(根本凪&諭吉佳作/men)の「たべられる?/たべられない?」と、アーバンギャルドの「平成死亡遊戯」。

maison book girlとして歩いてきた彼女の足あとのひとつと、ディアステージの現在地(根本凪のでんぱ組/虹コン脱退でそれすらも過去になってしまったが)でもあり、ブクガを聴いてきたオーディエンスでもある新しい才能・諭吉佳作/menの手によるアイドル曲と、和田輪自身のルーツの一つであったアーバンギャルドと。
(Tomgggと「平成死亡遊戯」自体は、どちらかという彼女の盟友であった矢川葵のイメージが強いけれども。)

それはまるで旅人の帰還のような。
と書いてしまうと、なんか大切な意味が抜け落ちてしまうような気もするのだが。

別の言い方をすれば。
単数形の"girl"の一部であった和田輪が、一人の女性シンガーとして存在しうる場所の一つとして、深夜のライブハウスのごった煮イベント(失礼)を手に入れた、ということなんだと思う。

そしてステージに和田輪が現れる。
フロアの空気はどうだったか。
ある者は息を詰めるように、ある者はただ彼女との再会を無邪気に喜んで。

ただそこには、和田輪が歌う空間だけがあった。

歌声は記憶より少し柔らかで豊かになっていた。
それはmaison book girlの世界観で歌う彼女との使い分けか、または単に踊りながら歌うという制約から解き放たれたが故か、または技術的な成長やフロアの雰囲気に合わせたものか、まではわからないけれど。
彼女のためのオリジナル曲「邪悪な人たち」「鉄塔ダンスフロア」に続いてのMCで、「短い人で約半年、長い人では7~8年ぶりだと思う。お久しぶりです。」と語りかけた後、カバーで「渚にまつわるエトセトラ」「月の裏で会いましょう」を軽やかに歌唱する。
そういえば「狭い物語」のPVは、見ようによっては月面みたいな景色だったか。

ともあれ、「普通の人たち」は寝静まった「日付の裏」で聴く音楽としては素晴らしいチョイスだったと思う。

これからの彼女はどんなステージを選んでどんな歌を歌うのか。
それがどこであって、何であっても。

"last scene"は、次の物語につながった。
僕らの朝は、次の歌で明けていく。きっと。

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