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【物語】『輝夜姫別談』

1.
「輝夜姫は大層我が儘で、婚約者候補に無理難題を吹っ掛けてはことごとく足蹴にしてるそうだ」
「おお、嫌だねぇ。なんて女だよ」
 草原に寝転ぶ若い男の耳に、農民たちの噂話が入ってくる。
 頭上には透き通るような青空、爽やかな風が頬を撫でる。乗ってきた馬が男へ鼻をすり寄せる。馬を撫で、彼はつぶやく。
「どうやら面白い娘がおるらしい」

2.
 体を清め、白い衣に袖を通す。
 なんだかちょっとウキウキする。

 いつも小難しい仕事ばかりで、息抜きと言えば馬を駆るくらい。
 噂話をいくつか聴けば、輝夜姫のことは検討がついた。

「姫の言う通りに、龍探しへ行った者は苦労したであろうなぁ」
 髪を結う僕(しもべ)へ言う。
「中には、紛い物で姫の心を得ようとした御方もあられたそうで。余程、美しい姫なのでしょう。御館様もお気をつけあそばせ」
 嫌味を含んだ物言いに、男は肩をすくめた。
「俺のかっこよさに姫が目を回さねばよいがな…なんだその目は、自信があるのはよいことであろうが」 
 衣を翻し、男は颯爽と出かけていった。
 館の猫等はそれを見送り、やれやれまたいつもの遊びか、と丸くなった。

3.
 庭先でため息をこぼす輝夜姫。

 空はあんなに美しく、大好きなお父様やお母様もいる。しあわせなのに、悲しい。

 今がずっと続けばいいのに。

「これはこれは。あまりにじっとしておるから、頭に蝶がとまっておりますよ」
 突然、声をかけられ驚いた。傍らに知らぬ男が一人立っているではないか。
白衣の、呪い師の様な佇まい、怪しい様で不思議と怖くない。犬の様なくりくりした目を姫へ向けている。

「ほら、これが」
 姫の髪をそっと撫でた男の指先に一羽、黄色い蝶がとまっている。

「逃げないのですか」
 輝夜姫はいろんな驚きを忘れ、蝶をまじまじと見つめる。小さい蝶はとてもかわいい。
 男の顔を見上げる。彼も蝶を嬉しそうに眺めている。「私の真似をしてごらんなさい」
 男の言う通りに、姫が手を差し出すと、蝶がそこへ移った。掌に蝶がいる。

 姫は跳びはねるほど嬉しいけれど、蝶を驚かさないようにじっと息をひそめた。
 蝶を手にし、はたと気がつき横をみると、見知らぬ男は消えていた。

4.
 数日後の夜、輝夜姫は寝所で涙を溢していた。
 もうすぐ月が満ちてしまう。そうしたらお父様やお母様とお別れしなくてはいけない。

「泣かないでにゃ」
 膝元に見知らぬ白猫がいた。

「お前は話せるのかい?」
 びっくりする輝夜姫。猫は目を細める。 
「うふふ。竹から生まれたお姫様も、私が珍しいかにゃ」
「そうでした。お前も竹から生まれたの?」
 姫は猫をそっと抱く。やわらかくて、あったかい。
 猫はゴロゴロと喉を鳴らす。

「私はずっとここに居たいの…。でも月へ帰らなくてはならない。それがとても悲しくて…」
「悲しいのに、男たちへ意地悪したのはなぜ?」
 猫が姫へたずねた。
「…だって、私はお父様とお母様と一緒に暮らしたいんだもの…お嫁に行きたくない」
「にゃるほど」
「私なりに、一生懸命なの…でも、うまくいかない…」
 俯く輝夜姫。姫の手を、それより大きな手がつつむ。「それなら、こういうのはどうでしょうか?」
 猫が、白い衣を着たあの男に転じていた。とても美しい顔をしている。
 いや、驚くのはそこじゃない…なぜ男がこんなところに。あわわわ…と狼狽える輝夜姫。
「静かに。私はあなたの味方だ。信じてほしい。」男は神妙な顔を示し、姫へ耳打ちした。
 姫は「それがいいです」と顔を綻ばせた。

 男もにっこりした。

5.
 とうとう、満月の夜。

月から来た使者たちが大勢、輝夜姫の館を囲む。
追い払おうとした人間達の弓矢は、月人たちへ届かない。全てへし折られた。

兵たちは輝夜姫を守ることができなかった。

しずしずと月人たちへ歩み寄るかぐや姫。
俯き、袖で顔を覆い泣いている。
使者たちは姫を慰めの言葉をかける。
「さあ、羽衣を纏うのですよ。地球での辛い記憶など忘れ、我々としあわせに暮らしましょ…ん?お前は誰じゃ…!?」
姫の衣を纏う者が素早く、使者が持つ羽衣を奪い彼へかけ、ことばを唱えた。
「あら…我々は何をしにきたのか…?そうか…?散歩か…?すっかり忘れていた…では戻ろう…」

使者たちはぼんやりと、大人しく月へ帰っていった。静かな夜が戻った。

「わーい、うまくいった。さすがは俺!地球最高の男であるな!」
輝夜姫のふりをしていた者が、衣を脱ぎ捨てた。
上半身裸でのびをする美男子が現れる。
「みんなもおつかれさまー。平和がもどってよかったね」笑顔を振りまいた。

その姿にどよめく人々、姫にいい所を見せようと息まいていた若武者は青くなっている。
「なんと!輝夜姫は男であったのか!」
「あ、ごめんね~。俺、美しいから惑わせちゃった」
男はみんなへ微笑むと、鳥に転じ飛び去った。

残された者たちは唖然として、その姿を見送るしかなかった。

6.
 それから数ヶ月過ぎた。噂話も落ち着き、失恋した男達も立ち直る頃。

 とある山里に輝夜姫と両親はいた。

 新しい生活は大変だけど、家族で仲良く畑を耕している。

 青空の下。
 草むしりする輝夜姫は、男が一人、近づいてくるのを見つけた。
 脱走を助けてくれた白い衣の猫男だ。
「元気そうですね。魚をとりましたので一緒に食べませんか」藁紐にぶら下げた鮎を見せる。
「まあ、猫さまは魚がお好きで」ふたりでくすくす笑う。

「おかげで、鍬を握るコツがわかってきました」
 姫は手の豆を見せる。だいぶ日にも焼けた。
 うんうん、と頷く男。

「芋がとれたら猫さまへ焼き芋を作ります。とても美味しいから」
 握りこぶしをつくる姫があんまりに無邪気なので、男が吹き出す。

「やはりあなたは、山で暮らすのがよいのう」
「竹生まれですから」

 風が羽衣のようにやわらかく、ふたりを包み吹き渡る。

 (了)



おまけ


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