雲のなか

 飛行機に乗って雲をながめていると、その無関心さに腹がたった。ガラスケースの中で安全に身を委ね凝り固まったようなその態度は、目線を合わせることを許さない傲慢さで浮いている。飛行機が上昇をやめ、平行に移動してからも雲の様子を上からみていた。身を寄せ合いながら囁きもせずじっとだまっている、この動かなさに腹が立ってくる。微塵もそよぐことがなく、互いによそよそしい。星々の距離のように自分の位置に自信を持ち、安心しきっている。わたあめとかポップコーンみたいで美味しそうだと言うことができたら、この苛立ちも腹に収めて消化することができたかもしれないが、その無表情で呑気な白さはやはり、ただ静止し、しかも目に見えているものが嘘なのだと常にメッセージを発していた。雲は個体ではない。お前の目に見えているのは嘘だ。これが私を苛立たせた。しばらく雲から目をそらさずにいると、何かを思い出せそうなゆるい気分になってくる。機内の気圧のせいか頭に空気が溜まってうまく思い出せない。そしてやはり雲自体に腹がたつのだ。目線を揃えれば何かが見えるかもしれない。雲の下と雲の上の境目にいけば、何かが見えるはずだ。飛行機が下降をはじめ、雲に近づく。私は目を凝らして雲を見つめ、飛行機は雲にダイブした。その瞬間目の前が灰色になり、空の上にいるはずの自分がどこかにずぶずぶと沈んでいった。しばらくして機体が雲を突き破ると、視界がふわりと開いて、晴れた春の田園風景が見えた。私は戻りたい雲を見上げようと飛行機の窓にへばりついたがもう雲は見えない。

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