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ノーブルセレブリティとギリシア神話

現時点で、「水本ゆかりとギリシア神話」をその2までお届けいたしました。

前回の考察では[素顔のお嬢様]水本ゆかり+とイピゲネイアの関連性について詳しく述べたつもりですが、その一方で私には、[お嬢様の一幕]涼宮星花+に言及する余裕が、全くありませんでした。
しかしお揃いの衣装デザインまでいただいている仲ですから、やはり彼女についても是非ふれておきたいものです。

そこで今回はまず、共通する衣装を備えた星花・ゆかりのユニゾンデュエットが古代ギリシアの姫君たちをモチーフとすることについて触れ、そこから[花園の春風]西園寺琴歌+も含めたノーブルセレブリティについて共通点を探っていきたいと思います。

さて、さっそく単刀直入に申し上げてしまいますが、私個人として[お嬢様の一幕]涼宮星花+は、古代アテナイの姫君・オーレイテュイアをモチーフにしたものに違いないと考えています。

私が古代アテナイと呼んだのは、ペルシア戦争やペロポンネソス戦争の時代に生きた人々から見ても古代にあたる時期のアテナイです。それは、まだアテナが都市アテナイの守護者と定められて間もない頃ということになりましょう。

かつてアテナイは、大地から生まれた半人半蛇の王に統治されておりました。彼の名はケクロプスとか、エリクトニオスとか、エレクテウスとか様々に呼ばれていたようですが、それぞれが別の神であったか、同じ神の別号であったかは、もはや私にはわかりません。とにかく、アテナイ市民はギリシアに最初から暮らしていた血筋である(=ドーリス人でもアカイア人でもない)ことを誇りとしていて、複数ある王の名はいずれもゼウス以前から崇められていた土着の神の名でもあったのでしょう。

以下は叙事詩『イーリアス』の軍船表から引用したものです。

つづいては、守りも固き城の町、かつて豪勇エレクテウスが王たりし国アテナイに住まうものども、このエレクテウスは五穀を実らす大地の子、ゼウスの姫アテネが育て上げ、このアテナイの豊かに富む自らの社に住まわせた――(松平千秋・訳)

この時点で既にエレクテウスもアテナも、ともにゼウスの政権下に組み入れられた後だということがわかりますが、いずれにせよオーレイテュイアはこのエレクテウスの娘であるとされています。

『イーリアス』に描かれる以前の最初期のアテナイ市民に、ポセイダオンとアテナという二柱の古き神々(もしかすると、まだゼウスと血縁関係になかったかもしれません)を伝えて、ギリシアを去った人々がいました。彼らはもともとボイオティアの古都オルコメノスやトロイゼンなどに暮らしていましたが、アカイア人の南下に合わせて海を渡り、イオニア人としてエーゲ海の島々や小アジア沿岸部、黒海沿岸部など地中海世界全域に散らばっていきました。

彼らの冒険をギリシア本土に残った人々が語り継いだ結果、アルゴー船の伝説が生まれたという説があります。あるいはそれは、アトランティス伝説にも影響を及ぼしているのだとか…(こちらはオカルト臭い話になるので、あえて詳細を書きません)。

ともあれこのアルゴー船の冒険には、古代のアテナイ人の姿も見受けられます。遥かな海の向こうに憧れて同行を名乗り出たアテナイ人もいたということでしょう。そのひとりはミノタウロス退治の英雄テセウスですが、彼よりも先に船員名簿に挙げられている英雄として、ハルピュイアを撃退したゼーテスとカライスがいました。彼らはオーレイテュイアの息子たちです。オーレイテュイアがどれほど古い時期から信仰を集めていたかは、このあたりの事情からも察することができます。

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しかしあくまでも本稿で取り扱うべきは息子たちの物語ではなく、[お嬢様の一幕]と関連するオーレイテュイア自身の物語であるべきでしょう。私が知っているそれは、およそ以下のようなものです。

《ある日王女はアテナイから郊外に出て、森でニンフェと遊んでおりました。
その場所はどうも、イリソス川を渡った先の、アグライ付近だったそうです。
ここでオーレイテュイアは北風神ボレアスにさらわれてトラキアに運ばれ、その妃となりました。》

このボレアスが、先ほど述べたゼーテスとカライスの父親です。ところでオーレイテュイアがアテナイで崇められた理由は、彼女が古のアテナイ王女だったというだけの理由ではなかったようです。彼女には、以下のような歴史にまつわる逸話もありました。

《それはペルシア戦争中(紀元前492年)に起きた出来事でした。
マルドニオス率いるペルシア軍船団が、嵐による大打撃を受け、撤退を強いられたのです。
思わぬ吉報を受けた当時のアテナイ市民は「神風が吹いたのは、ボレアスが妃の母国であるアテナイを守ろうとしたからに違いない!」と信じ、イリソス川のほとりに、この夫妻の祠を建てました。》

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こうしてみると、イピゲネイアとオーレイテュイアには、ふたつの共通点があります。

第一に、いずれも神隠しで遠く異郷に連れ去られたギリシアの姫君であるという点。これには、[素顔のお嬢様]+と[お嬢様の一幕]+のデザイン上の共通点である上下にセパレートした衣装が関わっています。これについて私は「水本ゆかりとギリシア神話その2」で、以下のように述べました。

古代ギリシアの女性はキトンと呼ばれる一枚布の服をまきつけていました。つまり、[素顔のお嬢様]のような上下にセパレートした衣装は、通常ありえません。これは小アジアやトラキア、黒海沿岸の巫女をイメージしています。

[お嬢様の一幕]涼宮星花+がトラキアに連れ去られたオーレイテュイアをイメージしているとすれば、いわゆる純ギリシア風ではない衣装を着ても不思議はありません。さらに、オーレイテュイアと星花の両者がともに、この衣装の露出度を恥ずかしがってもおかしくはないという状況が生まれるのです。

そして共通点の第二は、イピゲネイアとオーレイテュイアが、古代ギリシア人の挑んだ大きな戦で、ともに印象的な風を吹かせたことです。

[素顔のお嬢様]水本ゆかり+が月のアクセサリをつけている点をアルテミスの巫女・イピゲネイアをイメージしたからだと見るなら、[お嬢様の一幕]涼宮星花+が水滴のアクセサリをつけているのは、オーレイテュイアがイリソス川付近でボレアスにさらわれたこと(思えばイラストのポーズも、さらわれる直前の川遊びっぽいような)や、海戦での活躍と関わるものと思われます。

戦に臨んだオーレイテュイアも、時にはこんな表情をしたでしょうか。

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ところでノーブルセレブリティのリーダーにしてセンターは西園寺琴歌です。
初登場時は他に方法がなかったので初期N+と初期R+でお仕事をしましたが、記憶に残るゆかりの誕生日ライブや、アニメ25話で彼女が着た衣装は、[花園の春風]+のものでした。

この[花園の春風]西園寺琴歌+は、星花・ゆかりとは全く異なるデザインをしています。これはどういうわけでしょう。彼女は、ギリシア神話の登場人物には、擬えられていないのでしょうか?

花園と春風、その両方と関連性の深いギリシアの女神といえば、おそらく誰もがなんとなく聞き覚えのある花の女神フローラです。
この女神もやはり、西風ゼピュロス(ボレアスの兄弟)に攫われて、トラキアでその妃となります。そのもっとも有名な姿は、ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』に描かれたものでしょう。グラブルにもこの姿で現れますね。

[花園の春風]+自体のイラストを見ても、そこにはフローラとの関わりを示唆する要素があります。もちろん咲き乱れる花こそがもっとも重要なシンボルですが、今回はもうひとつの特徴的な要素・荷馬車に注目してみましょう。

古代ギリシアの人々は、風神の本拠地がトラキアにあると考えていました。
偏西風がヨーロッパ大陸の山脈につきあたって流れを変えた結果、南側の海へと吹きつける風のイメージは、それほど彼らにとって強烈だったのです。
この風がたとえば南フランスのプロヴァンスあたりではミストラル(蘭子の台詞に出てきますね)と呼ばれ、ギリシアのあたりではトラキア颪と呼ばれていたわけです。

日本にも六甲颪というのがあって、こちらは阪神タイガースの応援歌になっていますが、それはさておき。四風神はトラキアと関連性が高いせいか、トラキアの名産品である足の速い馬としてイメージされることがありました。
ギリシア神話の主神ゼウスは白い牡牛に化けてカドモスの妹エウロペをさらいましたが、彼ら風神は、想い人を背中に乗せた逞しい馬の姿で、一目散にトラキアまで駆け戻ったものでしょう。

ゼピュロスの場合は、この多少乱暴ともいえる行為の結果、惚れたニンフェのフローラを泣かせてしまいます(略奪婚も多かった時代とはいえ、まあ…)。
とはいえ彼の性格はゼウスに似ておらず、どちらかというとペルセポネ一筋のハデスに近かったようです。ゼピュロスはフローラに平謝りして求婚しなおし、ニンフェから女神に昇格させました。
こうして彼は冥府の王ハデスに並ぶ愛妻家として知られているので、たまには妃フローラのお仕事も手伝ったものと思われます。
ただ待つだけではなく花を咲かせるため各地へ飛び回る妃に影ながら連れ添うというのは、アイドルとPの関係に近いものがあります。それこそが[花園の春風]+に荷馬車の描かれた理由だったのではないでしょうか。

しかし問題は、[花園の春風]のモバゲー版に「南風が…肌をくすぐりますわ」という台詞があるところです。
ここの解釈にはかなり悩みました。なぜなら、ギリシア神話において、春風は西風の受け持ちだからです。
春風ならばゼピュロスと関わりがあり、その妃であるフローラをイメージしているはず。しかし台詞は南風に言及している……? これはいったい、どういうことなのでしょうか。

もしかしたらそれは、[花園の春風]の仕事についての言及ではなかったのかもしれません。
私の考えとしては、これを「アイドル西園寺琴歌がこの先何度も水着の仕事を成功させることの伏線(予感)」として捉えることで、水着のお仕事=南風という関連性を見出し、問題を解決したいと思います。

この解決法を採用することによる最大のメリットは、アニメで登場した
ノーブルセレブリティと神崎蘭子のユニット名を推測できるところです。

[花園の春風]が西風を表わしたものだとすると、南風に該当するのは、四人の中で唯一水着SRだった[渚の天使]神崎蘭子+だということになります。
既に述べたように、[お嬢様の一幕]涼宮星花+はオーレイテュイアで、北風を担当します。そして最後に、小アジアとギリシアをつなぐ東風を担うのが、アルテミスの巫女イピゲネイアと重なる[素顔のお嬢様]水本ゆかり+です。

するとどうでしょう、彼女たち四人をそれぞれ四方位の風神に当てはめることが可能となったではありませんか。それなら彼女たちのユニット名はおそらく≪アネモイ≫と呼ばれていたのではないか…? というのが、私の想像です。

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さて、[花園の春風]西園寺琴歌+がフローラであると推定することが許されるならば、もうひとつだけ解決しておくべき問題が残っています。それは、イピゲネイア/オーレイテュイア/フローラという三人の姫君たちの共通項はなんだったのかということです。

トラキアやタウリケといった遥か北の異郷は、たしかに古代ギリシア人にとって僻地でした。しかし軽蔑一辺倒で片付けることもできなかったらしく、そこには世界の果てへの憧れを見出しうる逸話も存在します。

雪降るアルプス以北への憧れから思い描かれる光景は、エリュシオンと大枠で重なりつつも、また細部の異なるものです。この楽園で暮らす祝福された人々は、ヒュペルボレオイ(北風の彼方の民)と呼ばれました。風神に連れ去られたフローラやオーレイテュイアはもちろん、イピゲネイアと一心同体の女神アルテミスもこの地に大鹿を飼っているため、時折足を運んだものでしょう。

しかし日本で唐突にヒュペルボレオイと言われても、伝わらない部分が多い気がします。そこでシンプルな英語でニュアンスを汲んでみたところ、琴歌・星花・ゆかり三人のユニットはノーブルセレブリティと名付けられたのではないでしょうか。

日の沈まぬ白夜の国に棲み、白鳥を愛するこの種族ヒュペルボレオイは、アルテミスの弟神アポロンが予言の力を獲得して太陽神として定着する経緯にも携わったと言われています。

ノーブルセレブリティもまた、ヒュペルボレオイとアポロンの関係のように、Pがアイドルマスターとなる経緯に関わってくる特別な存在なのかもしれません。よろしければあなたも彼女たちと一緒に、アイドルマスターを目指してみませんか?

――と、このように堂々と宣伝を開始したところで、本稿「ノーブルセレブリティとギリシア神話」は、無事完結の運びとなります。ご読了、ありがとうございました!(了)