奴隷化してる心
嬉しの森へようこそ!しぃ乃です♪
子ども時代、自分を世話してくれる親や、祖父母の嫌な顔を見たくなくて本当の自分を出せずに過ごさなければならない家庭で育つと、人の顔色を伺う癖がつき、自分に感情があることすら記憶しないまま大人になってしまう人がいます。
心が誰かの奴隷になることが当たり前になってしまって、自分を生きているかということを問うこともせず、気が付かないまま、奴隷のまま。
たまに本当の自分の望みがチラリと出てきても、「自分には無理だから。」と、一歩踏み出そうと思うこともせずに、泡が弾けて消えるように、一瞬で望みが弾けて消える。
そんな方とお話をさせていただく機会が多々あります。
そして私は、やっぱり教えて育てられてしまう、今までの教育は怖いなぁ〜。と思ってしまいます。
お母さんのいうことを聞けない子はダメな子。
勉強しない子はダメな子。
お母さんはできないダメな子は嫌いです。いい子になりなさい。
お母さんが自分を好いてくれるように、本来の自分を殺して、お母さんがお父さんが、おじいちゃんが、おばあちゃんが好いてくれる人格を作る。
学校に行けば、先生に気に入られるような子を演じ、友達から慕われるように優しくてしっかりとできる子を演じる。
そうしているうちに、自分の中にある感情に出会えなくなってしまう。
部活に、宿題に、塾と考える時間も奪われ、ますます本来の自分と離れていってしまう。
忘れられてしまった本来の自分は不安になり、その不安は心に影響し、心を安定させるために、誰かの奴隷となる。
誰かの奴隷になれば自分を持たずに生きることができるけれど。
でも、それで幸せなのだろうか?
私は、幸せだと感じながら生きる人がたくさんの世界で生きたい。
私にできることはほぼないけれど、自分の中をできる限り整理をして、困っている人の話を聴くことがあり、解決法を求められた時にはその人に必要だと感じた「本当の自分と出会う方法」を伝えることができたらと思っています。
嬉しの森住人 嬉森しぃ乃
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