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煙草の匂いがする僕は香水の名前が分からない。

香水の名前を僕はよく知らない。
多分、3つか4つくらいしか名前を知らない。
その知ってる名前と匂いが一致しない。
流行りの曲のドルガバの香水も散々にネタにしてきてはいるものの、どんな匂いか分からない。

なぜなら1番興味を持って覚えていくべき、そんな1番オシャレに気遣う時期に香水から距離を置いたから。

高校生の頃だ。
体育の後でもないのに朝から教室に強い匂いが充満するようになった。1人の女子生徒が香水を付け始めたのだ。少し前くらいから化粧を始める子も出てき始めた矢先のことだ。きっと年頃だからなのだろう。上級生のクラスの前を通った時に感じる「甘い匂い」のようなものが何倍にも凝縮したレベルでクラスに溢れるようになっていた。

それと同時期くらいのことだ。
「○○先生ってさ、多分さ。ウルトラマリンつけてるよね」隣の席で強めの甘い匂いを放ってたギャル!!が話しかけてきた。

(ウルトラマリンって何。海用のウルトラマン?いや、ウルトラマンに出てくる海用の兵器? でもそんな名前のやつなかった気がするんだけどな...)

みたいな馬鹿なことが一瞬過ぎったが、それが香水の話だということを前後の文脈で理解した。

「ああ、あれウルトラマリンっていうのか」
「多分そうだよ、彼氏がつけてる」
「▲▲先輩? 意識して嗅いだことねえから分からん」
「ウケるwww 嗅いでたらヤバいってw」

とりあえずその日。僕は○○先生がウルトラマリンをつけているということを知った。あの爽やかな感じだけど妙にヌラリとした匂いはウルトラマリンってやつなのかと、その時に知った。

あくる日の帰り、雑貨屋に寄った。
確か知り合いの誕生日で、何か気の利いたものの1つ、見繕うかという理由だった。
本物かどうかも怪しいブランド品の群れ、高校生が手を出すには少し高い価格。普段なら通り過ぎる、その棚の横に何故だか、目を引かれた。

香水の棚だった。
ガラスケースに入れられた箱と瓶。
そしてガラスケースの前には小さいプラスチックのケース。どうやら嗅ぐ様のものらしい。
そういえばウルトラマリンって言ってたな、どこだろう。ああ、あった。
キャップを外して、嗅いでみた。
ああ、○○先生だ。
棚を見ると男性向け、女性向けといった感じで札が貼られていた。ウルトラマリンは男女どちらにもオススメと書かれていた。

(そういえば○○先生、ホモって噂あったな)

よくよく見ると商品名と価格を示すプレートには簡単に匂いの説明も書いてあった。気になったボトルを開けて嗅いでみる。女性向けはどれもクラスで嗅いだことのあるような甘い匂いがした。男性向けのものはなんとも言えないものが多かった。さっぱりとした匂いのものもあれば、独特のエグ味みたいなものを感じるものもあった。

「なにかお探しですか?」

突然の声に振り返ると、女性の店員さんが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。

「・・・プレゼントを探しに」

咄嗟に出た言葉だった。元々の目的から外れてはいるものの、嘘ではない。

「香水をお探しで。彼女さんにですか?」

「いえ、友人です。」

「では女性用ですね。売れ筋はこちらで...」
「??」

次から次にどんどん匂いを嗅がされる。

「どうですか?」
「花みたいな匂いっすね」

「こちらはどうでしょう」
「なんか色気がある匂いっすね」

匂いの言語化というものは、こうも難しいのかと痛感した。というかそもそも僕は強い匂いというのは得意ではない。花の匂いを嗅ぐと鼻が詰まってしまう性質なのだ。どんどん鼻が詰まってくる。

「こちらはどうでしょう。」

甘い匂いがした。ただ、甘い匂いの奥にどこか柑橘類のような、さっぱりとしたようなものを感じる匂いだった。この匂いは嫌いではない。

「あ、これいいっすね」
「こちらはRush 2ですね。」
バカみたいにピンクな容器だった。
でかでかと2と書いてある。
そして当時のブランド品なんかに興味が無い僕でも知っている「GUCCI」というブランドだった。

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 「こちらになさいますか?」
「ああ、ではそれで...」
「ではこちらへ」

なんやかんや促されるまま。気付いた時には手元にはラッピングされた香水の入った紙袋があった。

しまった。香水を買う予定ではなかった。
辛うじて1000円ほどの小瓶にしたから良かったものの、高校生の僕には手痛い出費だ。
香水を送るような特別な間柄でもないし、特別な間柄になることを望んでる訳でもない。
とはいえ、あれだけ接客してもらって返品するというのも気が引ける。仕方がない。
僕はこの香水を自分で使うことに決めた。

そして後日、また今度は別の雑貨屋で本来の目的である誕生日プレゼント用のお菓子の詰め合わせを買った。ちなみに僕の誕生日がその1ヶ月後くらいに来たが、お返しは貰わなかった。というのも向こうに彼女が出来たから「要らない」とその時点で断ったのだ。それなりに色々と気を使う。高校生には高校生の世界があるのだ。僕は彼の恋路を応援していたのだ。(まぁ半年後くらいに別れるのだけれど)

秋口、制服が中間服になり、上着を羽織る生徒も増えてきた頃だ。僕は初めて香水を振った。ふわっと自分のガサツな部屋にあの甘い匂いが立ちこめる。なんだか急に大人になった気がした。
おお!オシャレだ!オシャレだぞ!と。
変にテンションがあがった。

学校へ向かう道中、たまにふわっと香る自分の匂いが普段と違うことにもテンションがあがった。制汗剤のスプレーをかけた時とはまた違う香りに心が弾む。

クラスへ向かう道がてら登校時間が重なった部活仲間が聞いてきた。

「なんかお前今日つけてる?」
「香水ふってる」
「また何でだよ、らしくねえな」
「いいだろ別に」

クラスへ入り、席に着く。
教室の中に入ると、香水をつけてる女子が多い都合、自分の匂いはさほど自分自身では分からなくなってしまった。後から知ったが、鼻というのは「慣れ」があるらしい。おそらく朝の彼以外は特に誰も気に止めることなどないんだろうな、そう思っていた。

そうこうしているうち授業が始まり、教室には古文教師の眠くなるような声が静かに静かに響いていた。
隣の女子が僕を小突いてくる。
メモ帳を畳んだ手紙だ。筆跡とそのまま彼女が送られってくるアイコンタクトから、その女子の遥か遠くのギャルからの回し物であることを理解した。
開封する。

「今日、香水つけてる?なんの香水?」

ペンを手に取り下に書き込む。

「RUSH 2をつけてる」

そしてすぐさま、また隣の女子に渡す。

しばらくして今度は後ろの男子が僕を小突いてきた。
また手紙だ。今度はこっちからか。
見覚えのあるメモ帳をまた先程と同じように開いた。

「男子がつけるイメージなかったからビックリした。でも全然あってると思うよ」

「ありがとう」と添えて、折り目通りに畳んで今度は前の男子の肩を叩き、アイコンタクトを送ってギャルへと返した。

授業が終わり、途中で寝ていて聞き取れていなかった箇所を板書を消される前にノートに書き写す。

「ねえ、うらざき(仮名)!」
ギャル!!!の群れがそこにはいた。とはいえ、そこまで仲の悪い間柄でもないから、ちょくちょくあるいつもの光景なのでさほど身構えることもない。

「なになにどしたの」
「いや、なんで香水つけてんのかなって」
「あー....」

少し迷ったが、素直に事の顛末を話すことにした。

「そうなんだwwwwwwウケるwwwww」
「まぁ嫌いな匂いじゃないしいいかなって」
「あーねー わかるわかるそういうのある」

いつもの流れなら、ここらへんで終わるはずだった。ギャルはウケたら帰る。しかしこの日は違った。取り巻きのうちの1人が変な表情をしてる。

「でもこれ女性用じゃない?」
「えっ?」
「そんな感じの匂いだなって」
「・・・あっ!あーーーー!!!」

「えwwwwwwwなに急にwwwwwwww」

そうだ。そうだった。これは女性物だ。
僕はすっかり見落としていた。よくよく考えたら元々「友人の女の子へのプレゼント」として買わされた品なのだ。そうだ、あの時僕は店員の「では女性用ですね」を否定せずに、そのまま接客されていた。そして、商品の下の説明書きをほとんど見れないまま、勧められるがままに接客されていた。思えばラッピングも随分可愛い感じになっていた。

「あ、そうだわ。いや多分これ女性用だ」
「えwwwwwwwwどういうことなのwwwww」
「いやだからさ、色々おかしな点はあったんだよ。今考えるとなんだけど、袋も随分可愛らしかったんだ。リボンも赤色だったし」
「じゃ、今、女性用って知ったの?wwwww」
「もうそれ彼女作って彼女にあげた方がいいんじゃないのwwwwwwww」
「え、私この匂い好きだし全然いらないなら貰うよ?wwwww」
「でも うらざきはこれ気に入って買ったんだし貰うわけにいかなくない?wwwwwwww」

もうこうなると、僕のことはほぼ置いてけぼりだ。どんどんギャル!のボルテージは加速していく。

「いや、マジで恥ずかしいわこれwwwww」
もちろんに僕もその流れには乗る。こうなってしまったら話のペースに着いていく方が得策だ。

「でも別に変じゃないんだよねwwwww」
「そうそう、似合ってる似合ってる」
「雰囲気とかとあってるよね、眠そうな感じとか。なんかしっくり来る」
「わかる!○○先生のわざとらしいウルトラマリンよりよっぽどマシwwwwwwww」
「マジでアイツ何回ふってんだろうねwwwwwwwwほんと横通るたびにウルトラマリン〜!だもんwwwwww」
「ってか、マジでこないださー!!」

何だかんだ常日頃から女子生徒からヘイトを稼いでいた○○先生のおかげで、その時は事なきを経た。ありがとうウルトラマリン。ありがとう、ありがとう。
ひとしきり盛り上がった後、ギャルたちは自分の席に帰っていった。10分間の休みというのはこういうものである。いつの間にか、写し損ねていた板書はきれいさっぱり消えていた。

そして次の授業が始まった。なんの授業だったかは思い出せないがぼんやりと考えていた。

「女子ってこええな。普段の振る舞い1つで、香水きっかけで、あそこまでぶっ叩くのか。こわいこわい」

翌日の朝。
僕は香水をふるかどうか迷った。
昨日の今日のことというのもあったし、今後これから先いつどこで僕はギャルのヘイトを稼ぐのかと考えたら少し怖くなったのだ。ある意味で弱みを握られたように等しい状況だ。

少し考えて僕は手首にだけ香水をふった。
ここで逆につけなくなったら変にまた弄られる気がしたからだ。そして、かれこれその小瓶がなくなるまでおよそ1ヶ月くらい僕は香水を少しずつ振った。

しかし出来ることなら早く使い切りたい。
そんな一心で休みの日は強めにふっていた。
男友達と遊ぶのに香水をふるという謎のルーティンをこなしていた。今考えるとだいぶヤバいと思う。

そして、使い切った後。
僕はもう香水を買わなかった。

それからしばらくして。
男友達が聞いてきた。

「もう香水つけないの?」
「使い切ったからな、金ないし」

嘘だ。小瓶を買うくらいの余裕はある。

「なら良かった」

「は?」

「だって、お前さー。休みの日はトイレの芳香剤みたいになってたんだもん」

返す言葉が一瞬出てこなかった。
使い切りたかったんだよ、許してくれ。

それから10年近く香水は買わなかった。微妙にトラウマになっていたのだろう。香水の匂いと名前を一致させるというのも気が乗らなかった。おかげさまで同世代の男性と比べても多分僕は格段に香水に疎い。

好きな人から、たまに香水の匂いがしても。
とてもいい匂いがしていても。その匂いで風景を思い出すことが出来たとしても。なんかCHANELで何かの番号だって聞いたことがあるはずなんだけれど。
僕はその香水の名前がピンと来ないし、わからない。

だから僕はドルガバの香水を知らない。
嗅いだことがあっても名前を知らないのだ。

だからそんなこんなで、
今日も僕の身体からは煙草の臭いが燻っている。

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