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「よくわからない」の下書き。

春も終わり、初夏になりはじめた頃。
あの子は、自分のことを、
「ふわふわとしている」と言っていた。
なるほど、それはしょうがないことだ。

じめじめと、陰鬱な梅雨が始まる頃。
あの子は、自分のことを、
「よくわからない」と言っていた。
なるほど、それは大変なことだ。

じりじりと照り付ける太陽が、
夏の訪れを告げる頃。
あの子は、自分のことを
「ほんとうにだめなにんげんだ」と言った。
ううん、本当にそうなのかな。

どろりと肌に纏わり付くような
蒸し暑さが、夏の風情を表す頃。
あの子は、本当のことを言った。
そうか、それは仕方のないことだ。

あの子のことはよくわからない。
いや、そんなはずはない。
僕は一番あの子を知っているつもりで、一番の理解者であろうとしていたはずだ。本当はそういう可能性があるっていうことも頭の片隅に置いていたからこそ、心のどこかでは準備が出来ていたのかもしれない。

それでも、あの子のことはよくわからない。
あの子だって、自分をよく分かっていないし、
僕だって、僕のこともよく分かっていない。

辛いはずなのに、さほど辛くもなく。
怒るべきなのに、さほど怒るわけでもなく。
僕の心は凪いでいた。

よくも悪くも僕の意識は。
ずっと風に吹かれる凧や風船のように
ふわふわとしていた。
暗い海底に沈んでいきそうな、
あの子とは対称的に。

とにかく、そんなことがあった。
下書きに残されたこの文章を振り返る。
思い出したくないわけでもなく
ただただ、思い出せないこともある。

小雨が降る秋に一度だけ
どろりと黒い泥に飲まれて、
煮えたぎった泥水を飲ませて。
そんなこともあったけれど。

秋が過ぎて、冬が来た。
この代わり映えしない日常は、
いつだか、夢にまで見た光景にも
似ているのかも知れないけれど。

「よくわからない」と言い合えることにも
何らかきっと意味はあるのだろうなと。
これを書き始めた、およそ半年前の僕が。
「よくわからない」まま、締めくくる。

未来も希望もクソくらえだ。
過去も思い出も捨ててしまって。
とりあえず今を綴ると脈絡はなくなって。
今、まさに書きながら、
この駄文の〆さえも「よくわからない」。

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