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サンセットに届ける。〜前編〜


今年も8月12日がやってきた。
あれから10年。
また暑い暑い夏のこの日を迎えた。

8月14日。
8月12日に行けなかったから、手を合わせに行こう、とショップへ向かう。
ショップの駐車場にはいつものように何台かの車が停まっていた。
うち1台のバンは相変らずリヤのドアが開けっ放し。これもいつもの風景だ。
「やあ。」
そんなようなことを伝えて駐車場にいたみんなに会った。
これもいつもと変わらない光景。
駐車場で少しみんなと話してお店の中へ入った。

「12日に来れなかったから手を合わせに来たよ。」
そう伝えて、私は飾られた写真に手を合わせた。
「あれから10年なんてほんと早いね。。」
オーナーの友人と話す。

以前にあったサーフショップ「BROS」はみんなのホームだった。
私がはじめてここに来たのは確か18.19歳の頃だ。
その頃、いつも真っ黒に日焼けした女性を見かけていた。その方とは全く接点がなかったけれど、なぜだか私はその方に興味が沸いていた。
そしてある日突然、思いきってその方に話しかけてみたのである。
「あのぅ、なにかスポーツされていらっしゃるんですか?」
今考えるとチャレンジャーだ笑。突然知らない若い子にそんな風に話しかけられ、その方もきっとびっくりしたことだろう笑。
するとその方は、にっこり笑ってこう言った。
「ボディボードっていうマリンスポーツをしてるんです。波乗りです。よかったらここのお店に行ってみて。」
ボディボード。。それってなあに?
当時は今のようになんでもかんでもググって調べられることなんてない時代。
得体の知れない言葉。。でも私は、その方が放つなんともいえない雰囲気、そうだ、風が吹いてるみたいなさらっとした空気感に、たった一言二言話しただけなのにちょっと魅了されてしまった。
知りたい。。
素直にそう思ったのが確か30年ちょっと前の4月の終わりだった。

その週末の夕方。もう夜に近かった気がする。
得体の知れない領域に足を踏み入れるのってちょっと勇気が必要だったりする。
あの女性の空気感がなんなんだろうと知りたかった私は、
「よくわからないけどサーフィンみたいなのがあるらしいから行ってみようよ」
と、無理矢理友人を誘い、一緒にその方が教えてくれたお店へ行ってみることにした。

ガラン。
見たことのないメーカーなのかブランドなのかのシールが無造作にベタベタと貼ってある扉を開ける。
開けた瞬間。。思わずあっ、と声に出してしまった。。
「こんばんは!ど~も!」
あごひげもじゃもじゃでハーフみたいな顔立ち。なんだか今まで会ったことのない人種。。
それがサーフショップBROSのオーナー草間さんだった。
なんだか自由。まさに「フリーダム」って言葉がぴったりくる、みたいな空気感。。
「あのぅ、〇〇さんに聞いてきました。ボディボードってなんですか?」
こんな質問をしたのを覚えている。
「ああ、これねこれ。」
草間さんはそう言って、はじめるならこれとこれとこれを買って、みたいな説明をしてくれた。しかもそれはそれは陽気に笑。
「あ、ではそれ全部買います。」
友達もつられて二人でボード、リーシュコード、フィン、ウェットスーツやボードケースまで全部買った。
「で、どうしたらいいんでしょうか~?」
私は尋ねた。
「毎週土曜と日曜にうちにいるプロの女の人がスクールやってくれるんだ。そこに来るといいよ。」
へぇ~、プロとかいるんだ。。ふむふむ。。
「わかりました。それではよろしくお願いします。」
ちょっとだけわくわくしながら、私は買った道具一式を抱え、家に帰った。

その週末の朝。
なんだかよくわからない状態のまま、買ったもの一式と水着とタオルを持ってショップへ。はじめてのスクール参加だ。
しかしまずお店の駐車場に入るのに勇気が必要だった。
駐車場内でスケボーをしている人たちがいる。ビールを飲んで盛り上がってる人たちもいた。(朝なのに)
出会ったことのない人種の皆さん、みたいな感じで、まず駐車場に入りにくい笑。
新しいカルチャーの空気。なんだか圧倒されたけど、なんだろう、同時にわくわくした!
自由だ!

「はい、では今日スクールに参加の方?」
みたいな感じで、髪の毛がグリーンと金髪の中間みたいなショートヘアのかっこいい女性が現れる。この人が教えてくれるプロの方、通称ブギーちゃんだった。
私は緊張しながら手を挙げて、はじめましてのスクールに参加する皆さんと話した。
聞けば私のように今日がまったくはじめての方、何回目かの方、もう大会に出ている方などレベルもいろいろだった。
そして今考えてみれば、当時の日本にプロの女性なんて数名しかいない時代だった。私はかなり環境に恵まれていたのだ。

「さ、行きますよ」
慣れない感じでボードを抱え、徒歩で海に向かう。
ショップのコーナーを曲がればもう海だ。
へんてこりんなビーサンを履いて私はみんなについていく。
駐車場に居る自由な雰囲気の人たちがヒューヒュー言って、私たちを送り出してくれていた。

海水浴しか行ったことがなかった海。それも、多分小学生の時かな、それ以来の海だ。
砂浜でレクチャーを受け、ドキドキしながら海に入る。
チャポッ。
ひやっとした感覚が裸足の足先を包んだ。
ああ。。思わず声が出そうになった。
次第に冷たさがウエットスーツに染みわたってゆく。
考えてみればまだゴールデンウィークに入ったばかりの5月初旬。
水はかなり冷たかった。
でもなんだろう。今まで経験したことのないこの高揚感。
私は自分の心の中になにかが生まれたことを感じていた。

それから、毎週末は海にいます、みたいな生活を送りはじめた私。
スクールが楽しみで楽しみでそわそわしていた。
しかし本当に楽しみだったのは、あの自由で愉快な仲間たちに会えることだった。
はじめてから一か月が経った頃、ブギーちゃんがみんなに向かって
「さあ、みんな、大会に出るんだよ、はい」
と、言った。始めて間もないのにもう大会??
えっ、まだ早くないですか?みたいに聞いたのだけど
「なんでも経験。やってみないとわかんないからね。とりあえず出る。」
そう言われ、ピヨピヨの私たちはみんなで大会に出ることになってしまったのだ。

はじめての大会はボディボード。
当時は自分のヒートの時間が、確か15分だったか20分だったと思う。
「パォ~~ッ!」
スタートの合図でボードを抱え、海に走る。
本部テントの横に出されるフラッグの色を沖にいる海の中で確認しながら残り時間を知る。
MCが盛り上げているが、緊張と焦りで声は聴こえなかった。
夢中で波を追いかけ、波に巻かれてまた沖へ向かう。
喉がカラカラになり、体が動かなくなる。
「パォ~~ッ!」
終了の合図。ああ。はじめての大会があっけなく終了してしまった。
納得のいかない自分に悔しさが顔に出ていたのだろう。
戻ってきた私に仲間が「どんまい」と声を掛けてきた。
結果はもちろん1コケ。(1ラウンド目で敗退)当たり前だった。
私以外のみんなが悔しい結果となっていた。
みんなで慰めあっていると、ブギーちゃんがやってきて、
「最初はこんなもん♪ いい経験できたね」
と言ってくれた。
これが、私たちのコンペティターへのスタートとなったのだ。

季節は春から夏へ。
朝は日の出前に起き、海に向かい、海から昇る朝陽を浴びながら1ラウンド。それから仕事に向かうようになっていた。
仕事が終わってからもそそくさとまた海へ。夕方も海に。
こうして朝も夕方も海に入るようになり、まさに海を中心に生活をしていた。
一日のはじまりを朝陽を浴びながらラウンドするのは最高だったけど、夕方の海は更に最高だった。
空の色は次第に青から黄金色へ。
変化してゆく空のグラデーションを楽しみながら、心の中でたまらない瞬間を味わう。
こうして海の中でサンセットを迎えるのだ。
そして周りを見渡せば、仕事帰りに集結した仲間たちがいる。
すぐそばに、この瞬間を共に味わえる仲間が居るのは最高だ。
波に乗れなくても、このたまらない瞬間を感じているのが、私はとても幸せだった。

ラウンド後、海からあがると、みんなで車のリヤに腰かけ語り合う。
今はどこの波がいいとか、地形がいいとか。ギアの話、仕事の話、恋愛の話まで笑。
こうして暗くなるまで語らい、また明日な、と声を交わしてバイバイ。
そしてまた、次の朝を迎えるのだ。
週末になれば、夕方セッションをした後にみんなでビールを飲んだり、駐車場や海でバーベキューをしたり。ギターを手に歌う人がいたり、ナイトサーフィンしたりもした。
なんだかジプシーみたいな空気感。
たまらなく自由を感じて、私はこの生活がとても気に入っていた。

そんなみんなをいつも見守ってくれていたのがオーナーの草間さんだった。
海の中で波待ちをしている時も、彼はいつもハッピーな人だった。
「go ahead!」
波が巡ってくると仲間に大声で声をかける。
「なんとかなるさ〜。エンジョイ。」
それが彼のくちぐせだった。

~つづく


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