ウマ娘で学ぶ競馬史 #28 矜恃と夢と (2008)
みなさん、ウマ娘やってます?
自分の周りの人間はごく1部のキャラが好きなエンジョイ勢と競馬好き以外はほとんどがアプリをアンインストールしていて、徐々にウマ娘ブームが下火になりつつあるな、という実感があります。
1.5周年でどこまで巻き返せるんでしょうか。
どんな物事にも低迷期は来ます。
ウマ娘低迷期(?)の話をしましたが、今回紹介する2008年の中央競馬もなかなかの低迷期です。
そんな中で燦然と輝く天皇賞(秋)。
今回は3頭の名馬を中心に物語が動いていきます。
(今回はすごく話が脱線するのでご了承ください)
混迷の時代
2008年の競馬はアドマイヤムーンとダイワメジャーが引退し、より牝馬の時代が加速する。のだが…
正直に言ってしまうと、この時代はダートの方が面白い。名馬がわんさかいる。
同じ馬主、騎手で大活躍したことから「砂のディープインパクト」と呼ばれた不死鳥カネヒキリ。
ダイワスカーレットと同じく名牝スカーレットインクから派生した「緋色の一族」の代表格で、史上初のGI/JpnI9勝を挙げた名馬ヴァーミリアン。
地方所属馬史上最強の呼び声も高いフリオーソ。
地方ドサ回りで最強の座を誇示し続けたスマートファルコン。
そしてサクセスブロッケン!!!!!!
さらにはボンネビルレコード、ブルーコンコルド、シーキングザダイヤ、フジノウェーブ、新世代のスーニなど、地方ダートはまさに全盛期だった。
(競馬史ダート編もいつか書く予定)
対して芝はもうウオッカとダスカとプスカくらいしか見どころがない。
だが、彼らが紡いだドラマは時代を変える名勝負ばかりだった。この3頭を中心に08年の競馬を見ていこう。
まずは08年牝馬クラシック路線を見ていく。
クラシックを占う2歳戦線。
阪神JFは昔から競馬を見ている者にはたまらない一戦となった。
1番人気がクロフネ産駒オディール
2番人気がアグネスデジタル産駒エイムアットビップ
3番人気がジャングルポケット産駒トールポピー
6〜7年前に競馬を賑わせた馬達の産駒大集合SP。
それでは結果を見てみよう。
ガッツポーズの濃さで鞍上が誰かわかる。もちろん池添はんです。勝ち馬はトールポピー。
グータッチを交わしたのは当時若手だった藤岡佑介騎手。ファルブラヴ産駒レーヴダムールで2着に食いこんでいる。
というわけで、ジャングルポケット、ファルブラヴ、アグネスデジタル、クロフネ産駒の順で決した。
全頭紹介済なだけにこちらとしてもやりやすい。
もちろんトールポピーとレーヴダムールの2頭が桜花賞最有力候補になるわけだが…
レーヴダムールはここで引退となった。
理由を説明するには、この馬の母、レーヴドスカーについて語らないといけない。
(脱線パートその1)
社台グループがジャパンカップに出た馬や日本馬が出た海外レースに出走した牝馬を買い漁る癖があることは、ここまでシリーズを読んでくれた方なら分かるだろう。
レーヴドスカーという馬は、テイエムオペラオーVSメイショウドトウVSファンタスティックライトのジャパンカップで、不調だったステイゴールドにハナ差先着した牝馬だ。
これが戦績だが、見ての通りほぼカレンブーケドールな善戦っぷりだ。
この馬が輸入され、レーヴダムールをはじめとする「レーヴ一族」の馬が繁栄したりしなかったりする。
輸入された理由は「血統面の良さ」が大きかったと思われる。
血統表を見ると
ゼダーン(トニービン祖父)
リヴァーマン(ナリタタイシン祖父)
サーゲイロード(ニホンピロウイナー曽祖父)
ブラッシンググルーム(サクラローレル祖父)
グリーンダンサー(スーパークリーク祖父)
と、日本馬でも血統表で名前を見かける馬がズラリ。
これならそこそこ走るだろうし、なによりサンデーの血が入ってないのでどんな種牡馬もつけられる。
とりあえずほぼ同じ方法で輸入したファルブラヴをつけたらダムールが生まれたのだろう。
(難しい話ですみません)
で、ここからが本題。
レーヴドスカー産駒は吉田勝己氏の目論見通り、めちゃくちゃ走った。しかし、それと同時に嫌なものもついて回った。
それが「レーヴドスカーの呪い」。
レーヴドスカー産駒は高い競争能力と同時に異常なまでの体質の弱さを発揮し、ほとんどが古馬になれずに引退するというものだった。
ダムールは阪神JFの後に状態が悪くなり、復帰を目指していたが…翌年の秋に亡くなった。
そう。レーヴ一族は骨折とか屈腱炎のような生易しいものではなく、普通に亡くなる。
産駒が11頭いてうち4頭が5歳になるまでに死亡、6頭が故障引退。無事に引退できた馬は3頭のみ。
ここまでくると生物として正しいのかすら怪しく思えてくる。
ということで3歳牝馬路線は(人気上は)トールポピーの一強となった。
桜花賞
チューリップ賞で2着に甘んじてしまったものの、特に他に目立った馬もおらず1番人気になったトールポピー。
しかしその実、実力が拮抗していたこの世代。
こういう時は誰が勝ってもおかしくない。
大大大接戦を制したのは、12番人気のフレンチデピュティ産駒レジネッタ。
この馬の勝利の背景には、知られざる物語があった。
(脱線パートその2)
まずは地方競馬について語らせてほしい。
90年代前半までは馬だけでなく騎手も隔絶されていた地方と中央。
ルール改正により安藤勝己が中央移籍可能になってから、上手い地方騎手が続々と中央に殴り込んできた。
桜花賞のシーザリオに名古屋所属の地方騎手吉田稔が騎乗したり、「代打で地方騎手を乗せる」のが当たり前になっていた。
「地方騎手の方が馬を動かせる」というのが通説になっていたからである。
そしてその経験を経て中央に転入したのが、デルタブルースやアドマイヤムーンに騎乗した岩田康誠、この後取り上げる内田博幸、そして上のレースでレジネッタに騎乗した小牧太であった。
地方のどの競馬場にも上手い騎手はいるにはいるが、当時は特に抜けて「騎手のレベルが高い地区」があった。
南関東、兵庫、笠松。
南関東のレベルが高いのは今の御神本、矢野、森、笹川騎手たちの大活躍を見ていれば分かるが、意外にも昔からレベルの高い競馬が繰り広げられていたのが兵庫(園田)だった。
00年代の兵庫は激戦だった。
2003年のリーディング上位は岩田康誠、小牧太、赤木高太郎の3名。次点で田中学、木村健。さらに少し離れて若手の下原理と続く。
この中から04年には小牧太と赤木高太郎が、06年には岩田康誠が中央に移籍。
その後、06年には木村健が兵庫リーディングになり、後に中央のチューリップ賞を制覇。地方通算3000勝を突破し、兵庫ダービーを5勝している。(現在は調教師)
07年は田中学が兵庫リーディング。後に地方競馬全国リーディングにもなり、19年に通算4000勝を達成。4000勝した騎手は中央を合わせて18名しかいない。
22年現在はイグナイターで武豊の騎乗する中央馬ヘリオスを倒しJpnIII2連勝、ジンギで兵庫競馬を無双し快進撃が続いている。
(乗り方が綺麗かつ上手いので個人的に兵庫で1番好きな騎手である)
16年は下原理が兵庫リーディング。地方競馬全国リーディングにもなり、22年6月現在で重賞76勝。
重賞では田中VS下原のマッチレースになることが多い。
未だに当時のトップジョッキーが第一線で活躍している。つまり当時の兵庫が騎手的には全盛期だったとも言えるのだ。
そんな時代にリーディング争いをしていた小牧太が上手くない訳がなく、とりあえず小牧と岩田で馬券買っときゃ当たる時代が何年か続いていた。
だが、「地方で上手い」と「中央で上手い」は必ずしも同じではない。
彼はそのジレンマに苛まれた男だった。
園田競馬の王道の勝ちパターンは
「とにかくスタートを上手く出て前につけ、そのまま勢いを殺さず向こう正面に入り、3コーナー入る手前から追い出して(スパートかけて)馬場のやや外に出して最後まで伸ばす」
だ。
中央でこれがハマるレースはほとんどない。
特に東京競馬場はこれと真逆のレースセンス(どこまで追い出しを我慢できるか、馬群を捌けるか)が要求される。
小牧は苦戦した。
並の中央ジョッキーよりは勝利数を稼いでいたものの、アンカツのようにGIで存在感を発揮することはできず、後から移籍した岩田にも勝利数で負けていた。
アンカツは天才で「地方と中央では乗り方が全く違う」と自分から乗り方を変えてすぐに順応していたし、岩田は元から「テンプレ通りの競馬はつまらない」と与えられたコースで様々なレース構築をするタイプ。内田や戸崎は直線超長い大井と超短い浦和で騎乗する機会が常日頃からあったため、騎乗の引き出しは無数にあった。
中央移籍組の中で、中央仕様の騎乗を確立できず苦戦していたのは、園田の小牧太と、笠松の柴山雄一(以前紹介したシンボリグランやロックドゥカンブでGI出てた人)だった。
勝利数こそある程度は稼げるものの、GIで勝てないまま苦悩の日々が続く。
そんな小牧を救ったのがレジネッタだった。
大混戦の桜花賞を見事に抜け出し勝利。
単勝12番人気、3連単700万の大逆襲となった。
(2着3着もえぐい大荒れ)
ゴール後、ただでさえ涙もろい小牧はインタビューで男泣き。この勝利がきっかけで小牧騎手は絶好調になり、重賞での好走率もUP。評価も上がった。
しかしオークスは別の意味で波乱の展開になってしまった。
1着は2歳女王トールポピー。
もちろん池添はいつものガッツポーズを見せたのだが…
このレース映像を見た限りでは特に何も違和感はない。が…
こっちだとトールポピーのヨレっぷりがわかるだろう。
明らかに他馬に影響が行っているが、ルール改定により「走行妨害が無ければ被害馬が先着していたとは言えない」ため、「降着なし」という裁定になった。
しかし現場は荒れに荒れており、勝利ジョッキーインタビューはパトロールビデオを見て顔面蒼白になった池添謙一に「下手くそー!!」とヤジが飛ばされる地獄絵図となった。
悲劇の女王
トールポピー
父 ジャングルポケット 母父 サンデーサイレンス
全兄 フサイチホウオー 全妹 アヴェンチュラ
14戦3勝[3-3-0-8]
主な勝ち鞍 阪神JF オークス
08世代
まだ新ルールが定着していなかったこともあり、中々に後味の悪い勝利となってしまった。
池添騎手はこれで牝馬GI完全制覇を達成したのだが、トールポピーがその後勝利を挙げる事は無かった。悲しいね。
ローズSで人気を背負ったトールポピーとレジネッタがどちらも敗れ、もう何が勝つかわからなくなってしまった秋華賞。
まさか桜花賞を超える大波乱が起きるとは、誰も予想できなかった。
目を引く白い馬はユキチャンというクロフネ産駒の白毛馬。ディープやキンカメ、クロフネでお馴染み金子さんが購入したシラユキヒメという白毛馬から産まれた馬。
関東オークス勝ち馬で、メイケイエールの祖母。
地方で走っていたが、話題性と一発狙いで秋華賞へ出走。大敗に終わったが古馬になってJpnIIIを2勝。
そういう意味でも地方が熱かった。
さて、勝った馬はブラックエンブレム。ウォーエンブレム産駒のフラワーC勝ち馬。
重賞馬なので順当な勝利だが過去3レースで負け続けていたため単勝30倍の11番人気。
2着はローズS2着のムードインディゴ。後にユーキャンスマイル、ルビーカサブランカの母になる馬だったが、さほど評価されず8番人気。
3着のプロヴィナージュに至ってはユキチャンの関東オークス2着馬。買えるわけない。もちろん16番人気。
11番人気-8番人気-16番人気。
3連単1000万円。
100円が1000万になる世界線。
後にも先にもここまで荒れた三冠は無い。
桜花賞、オークス、秋華賞の馬連を全て当てれば300円が24万3000円になってたらしい。狂ってる。
余談 〜ウォーエンブレムという馬〜
(脱線パートその3)
このレースに関しては荒れた以外の印象が無いので、ブラックエンブレムの父ウォーエンブレムについて話をしておこう。
血統の話になるため小難しい話になる。飛ばして頂いてもOK。
ウォーエンブレムはアメリカの二冠馬。
日本の二冠馬が強い馬ばかりなのと同じで、ウォーエンブレムも相当強い馬だった。
社台グループは憂いていた。
サンデーサイレンスという種牡馬が成功したのは良かったが、成功しすぎたのだ。
21世紀の日本競馬はどこを見渡せどサンデー、サンデー、サンデー。
元々は零細血統の出のサンデーサイレンスが世界的に類を見ない一大勢力となってしまっていた。
あらゆる牝馬にサンデーが配合されたから、子世代はサンデーの血が入った牝馬が多くなる。
そうなるとその牝馬にはサンデー系種牡馬の種は付けられないというジレンマ。
社台グループが求めたのは、「サンデー系以外で日本の馬場に通用する種牡馬の血」だった。
この2つの記事にも書いたが、21世紀は三大始祖のうち2つの直系子孫はほぼ絶えた。
代わりに、ダーレーアラビアン直系のエクリプス系という太い幹から、主流血統が4つに枝分かれした。
(Eclipse first〜のあのEclipse)
それがノーザンダンサー系、ネイティヴダンサー系、ヘイルトゥリーズン系、ナスルーラ系だ。
サンデーサイレンスが属するのはヘイルトゥリーズン系。また、ブライアンズタイムもこの系統であるため、ヘイルトゥリーズンの血が飽和していた。
そこで社台は他3つの系統から「サンデーの血を薄められる種牡馬」を探した。(今でも探してる)
サンデーの影響で高速化した日本競馬。鈍重な欧州競馬の血統の種牡馬では結果が出ない。社台グループは米国の馬の血に活路を求めた。
そこで目を付けたのがネイティヴダンサー系種牡馬。
ネイティヴダンサーの孫にあたるミスタープロスペクター(馬名の意味:探鉱者)は20世紀末に種牡馬として大活躍し、血という名の金脈を掘り当てた。
そのミスプロの直系子孫にあたるのが、エンドスウィープとキングマンボ。
つまり、アドマイヤムーンとスイープトウショウ、キングカメハメハとエルコンドルパサーの父だ。
だがエンドスウィープとエルコンドルパサーは早くに亡くなり、キングカメハメハも種牡馬として成功するかはまだわからない状況。
そこで21億の大金をかけて日本に輸入したのがミスプロ系種牡馬のウォーエンブレムだった。もちろん期待されていた。
が、ウォーエンブレムは日本の馬産界に大きな衝撃を残すことになる。
なんと彼はほとんどの牝馬に興味を示さず、流星がない栗毛の小柄な牝馬にしか種付けしなかったのだ。
はっきりいってこんな馬はほとんどいない。
なんとかしようと懸命に対策を講じたものの、吉田照哉さんが「もう疲れた(笑)」と冗談交じりに話すほどに大苦戦。
失敗種牡馬として終わらせようとしたその時にブラックエンブレムが秋華賞を制覇。他にも重賞馬が何頭も出てきて、ただものではないその成績に期待するホースマンも多くなった。
その後もなんやかんやあったのだが、結局7年種牡馬やって子孫は中央で105頭。(タキオンは8年で1100頭)
でもそのうち56頭が勝ち上がり、重賞を9勝した。普通に種付けできてたらリーディングサイアーも狙えたレベルだ。
その後はどうにもならなくなったのでアメリカに戻って去勢され、余生を謳歌したらしい。
これが「ウォーエンブレムがただの小柄栗毛専の紳士だった」という笑い話なら良かったが、実態はそうではない。
ウォーエンブレムは「現役時代の反動で種付けできなくなっていた可能性が高い」のだ。
ウォーエンブレムは無名の厩舎から快進撃を続け、途中からアメリカリーディング調教師のボブバファート厩舎に転厩され、成功を収めた。
そんなボブバファート厩舎は、2021年のケンタッキーダービーで1位入線馬メディーナスピリットにドーピングをしていたことがわかっている(もちろん失格)。なおメディーナスピリットは数ヶ月後に急死した。
バファート師はアメリカ三冠馬アメリカンファラオ、ジャスティファイを管理したことで知られているが、そのどちらもドーピング疑惑があり、ジャスティファイに関しては限りなく黒に近いグレーだ。
もちろんウォーエンブレムも例外ではなく、馬主によると「現役時代にステロイドを投与され続けていたから、注射なしでは種馬として機能しない」とのこと。
(悲しいことにウォーエンブレムの現役時代は米国ではステロイドは合法で、競走馬の約半数がステロイドを投与されていたらしい)
つまり、ウォーエンブレムは現役時代に薬漬けになったせいで、EDに限りなく近い状態に陥っていたということになる。
ちなみに栗毛は馬の目には最も視認しやすい色らしい。小柄は…その方が受胎させやすいからかもしれない。ウォーエンブレムはミリで残された生殖本能に従っていただけなのかもしれない。
この事件のあと、社台グループは米国から種牡馬を輸入することが極端に減った。(後に15年の時を経てバファート厩舎のドレフォンが輸入されている)
2010年代、中央競馬芝路線が世界に名を残す中でダートだけが停滞したままだったのは、社台グループが種牡馬や牝馬を米国から輸入しなかった影響も大きいのではないかと思う。
話を戻そう。
エリザベス女王杯はダイワスカーレットとウオッカが伝説の天皇賞に出走したため、それ以外の馬で女王を決める形になった。
しかし1番人気には二冠牝馬カワカミプリンセス、2番人気は昨年オークス2着、ナリタトップロードの子ベッラレイアと主役は揃った。
彼女らを迎え撃つのが3歳馬。武幸四郎からルメールへの乗り替わりで一発逆転を狙うリトルアマポーラ、そして初めてのGI挑戦となる未知なる女王ポルトフィーノだった。
ポルトフィーノ陣営はこの1戦に賭けていた。
父クロフネ、母エアグルーヴという優れた血統に非凡なる競走能力を持った彼女は期待されていた。
しかし桜花賞を脚部不安で回避し、オークス前に骨折し休養。秋華賞はギリギリ賞金が足りず出走できず。
三冠を掴めなかったぶん、エリザベス女王杯で古馬もまとめて頂点に立つ。その思いで舞台に立った。
同じ角居厩舎のウオッカに次ぐ女王になれるように。
武豊は強く手綱を握りしめた。
そしてゲートは開く。
お分かりいただけただろうか。
それは、綺麗な一本背負いだった。
首を大きく下げ、そのまま武豊を振り落としたポルトフィーノ。
振り落とした推進力で一気に先団まで位置を上げ、斤量の利を活かして先頭に躍り出た。
そして突如カメラから消える。
最後の直線に入り、内に切り込むレインダンス。
伸びるリトルアマポーラに食らいつくカワカミプリンセスとベッラレイア。
しかし外から一気にポルトフィーノ。
リトルアマポーラに馬体を合わせる暇も見せず、すんなりと先頭でゴール板を通過した。
…もちろん失格です。
ということで、勝ったのはルメール騎乗アグネスタキオン産駒リトルアマポーラ。
結局JRA賞最優秀3歳牝馬はこの馬。例年はオークス馬だけど、今回ばかりは仕方ない。
では、こっちもこっちでそこそこ荒れた牡馬クラシックを見ていこう。
この年の皐月賞、ダービー、菊花賞の馬連全当てだと4万1000円。ちょい荒れてる。(21年は8000円もいかない)
皐月賞
激動の桜花賞から1週間。
感動の勝利が中山を賑わせた。
朝日杯3着の雪辱。圧巻のレース。
22歳、川田将雅渾身の逃げ切り。
7番人気の伏兵がレースを支配した。
キャプテントゥーレ
父 アグネスタキオン 母 エアトゥーレ
母父 トニービン 半姉 アルティマトゥーレ
半弟 クランモンタナ シルヴァーソニック
20戦5勝[5-2-3-10]
主な勝ち鞍 皐月賞 デイリー杯 チャレンジC連覇
08世代
レース直後、川田将雅はガッツポーズした。
後に彼は的場均騎手をリスペクトして馬上でのガッツポーズをやめているので、恐らくこれが最後だっただろう。貴重な名シーンである。
そんでレース後のインタビューも初々しい。
当時から一般的な22歳とは受け答え方が違うが、現在の彼のような謎のプレッシャーは感じないし嬉しそう。
川田騎手自身にとってキャプテントゥーレは騎手人生の中で最も大切な馬の1つだろう。
トゥーレがいたから有力馬への騎乗機会が増え、スーニという名馬にめぐり逢い、スーニで全国を旅した経験が活きて「地方重賞の鬼」としての今がある。
その縁もあって、彼はなるべくトゥーレと血縁関係にある馬には乗ることにしている。
そのうちの1頭がシルヴァーソニックなのだが…
まさかシルヴァーソニックがポルトフィーノするとはね………(22年天皇賞春)
トゥーレはこの後もマイル〜2000mでかなり活躍する。名前も何度か出てくるが深く触れる機会はもうないため、生涯をサラッと解説しておこう。
今後の競馬史で主役になるような馬たちと最後の最後まで叩きあったトゥーレ。
引退後は種牡馬になったがなぜか産駒が全然走らず大失敗に終わってしまった。牧場ではジャスタウェイと仲良くしてたらしい。
(ジャスタウェイはなぜか芦毛と仲良くなるらしい)
こうして皐月賞が幕を閉じたのだが、この世代の主役となる馬はここにはいなかった。(厳密には1頭いたけど芝じゃなかった)
NHKマイルカップ
毎日杯を勝ったが中山の小回りコースで差し切れない可能性を危惧しここを狙ったのは、現役馬では22年NHKマイル2着馬マテンロウオリオンを管理する昆厩舎のアグネスタキオン産駒だった。
それはまるで、テイエムオペラオーを差したアグネスデジタルのような末脚だった。
“勇者”と謳われた馬と同じ時代に活躍した名馬の血が、勇者の背を知る名手の手によって、初めて踏み入れた府中の舞台で光を放った。
そして彼らはあの舞台へ向かう。
日本ダービー
まさかのマツクニローテ。
この電撃参戦には理由があった。
なんとキャプテントゥーレは骨折。世代屈指の期待馬が父と同じ舞台で骨折したのだった。血は争えない。
皐月賞では前を逃げたトゥーレを捕まえられる馬がいなかったこと。
NHKマイルでのあの差し脚。
タキオン産駒なので2400に距離不安はないこと。
全てを勘案し、ここにピークを合わせた。
もちろん1番人気になったのだが、それ以上に話題を集めた馬がいた。
この世代には強いダート馬が3頭いた。
3歳から海外で経験を積み、結果こそ残せなかったものの地方GI馬カジノフォンテンの父になったカジノドライヴ。
非凡なダート適性を見せながらなぜか皐月賞に出走し大敗、その後日本を代表するダート馬になったスマートファルコン。
そして………
サクセスブロッケン!!!!!!
(詳しくは上の記事を読んで欲しい)
ここまでダートで無敗ながらダービーに出走してきた!!!!!!。
3番人気に押し出されたが、結末は順当だった。
最後の直線。
どん詰まったのを無理やりこじ開け、そこから異次元の末脚で外からゴールに飛び込んできたその馬は…
前人未到、不滅の記録とされたキングカメハメハの変則二冠。そして武豊のダービー連覇。
その玉座にただ1頭、ただ1人、辿り着いた者達。
蒼穹の覇者
ディープスカイ
父 アグネスタキオン 母父 チーフズクラウン
17戦5勝[5-7-3-2]
主な勝ち鞍
変則二冠(ダービー NHKマイル) 神戸新聞杯 毎日杯
主な産駒 クリンチャー
08世代
澄み渡る青空のもと行われたダービー。
ディープスカイは第75代ダービー馬の座に輝いた。
鞍上の四位洋文はこれで堂々ダービー連覇。
この後は勝つことこそ無かったものの毎年のように掲示板に入ってきていた。
そして…サクセスブロッケン!!!!!!は…
18着に…敗れました…
まあ、この断末魔がミーム化され、今でも(変なノリで)愛されているのが救いだろう。
ちなみにスマートファルコンが皐月賞18着で!!!!!!がダービー18着だが、ジャパンダートダービーは!!!!!!が1着、スマートファルコンが2着である。なんやねんそれ。
(こんだけネタにされているがシンボリクリスエス産駒初のGI馬は!!!!!!である)
00年代前半はデジタルやイーグルカフェのように芝ダート行ったり来たりで勝てる馬もいたが、後半になると厳しくなってきた。これは中央の砂が深くなったからだ。ダート馬が弱くなったとかではない。
(でも遥かなる時を超えアグネスデジタル2世が生まれたりする。あと10年くらいしたら出てくる)
そんな!!!!!!だが、最近腰の骨を折ってかなり危ない状態らしい。少しでも良くなってほしいものだ。
菊花賞はディープスカイが神戸新聞杯1着→天皇賞ローテで回避、神戸新聞杯2着ブラックシェルが屈腱炎で回避、3着オウケンブルースリが順当に勝つという流れなので雑に紹介。
拳を掲げるウチパクさん。ジャングルポケット産駒としては珍しい東京以外でのGI勝利になった。
ちなみにオウケンブルースリもカルストンライトオと同じで伸ばし棒付けたいけど9文字制限で付けられなかった組である。そんな馬名付けんなよ…(小声)
3着になったナムラクレセントはトウカイトリックばりに毎年名前を見かけるし逃げ馬なので記憶に残る。
今世紀の春天はクレセントとトリックがいるかどうかで年代を判断できるくらいだ。(過言)
華の時代
ウオッカがダービーで牡馬をなぎ倒してから、女王たちの時代は急激に加速した。
古馬戦線を見ていこう。
ウオッカはドバイ遠征。エルコンドルパサー産駒ヴァーミリアン、京都記念を勝ったアドマイヤオーラらと共に頂点を目指したが、勝利には手が届かず。
しかし、ドバイシーマクラシックで思わぬ結末が。
オーストラリア産まれ、南アフリカ育ちのフジキセキ産駒サンクラシークがこのレースを制覇したのである。
同日に日本で行われた高松宮記念でもフジキセキ産駒ファイングレインが勝利を収めており、強さを証明する形になったが、もっと大きな事実が残った。
今まではサンデーサイレンスや他の外国産種牡馬の産駒が世界で輝いていただけ。
内国産種牡馬フジキセキの産駒が遠く離れた血で育ち、アジア最高峰レースで祝杯を上げたことは、これからに大きな期待を抱かせた。
そして同年11月。シンガポールの地で日本人厩舎が育てたステイゴールド産駒エルドラドが馬具フル装備でシンガポールゴールドカップ(国内G1)を3勝することになる。
「育成次第で日本馬の血は世界を獲れるところまで来ているのではないか」
その予感はあっという間に現実に変わるのだった。
(2010年につづく)
大阪杯は相変わらずダスカ劇場だった。
ダスカが先頭に立つとラップタイムが締まるので仕掛けると潰れる。並び立っても抜かせないので詰む。GIIだとなおさら厳しくなる。(メンバーがGIより薄くなるので)
メイショウサムソンとの直接対決も真っ向勝負で撃破。金鯱賞を3連覇したタップのように、ダスカの出るGIIはもう敵無しだとすら思わせた。
しかし彼女は本当は万全の状態ではなかった。
先程、ヴァーミリアンという馬がウオッカと一緒にドバイに行ったという話をした。
本来、ダスカもそこについていく予定だったのだ。
しかも、ダートのレースに出る予定だった。
ヴァーミリアンとダイワスカーレットは同じスカーレット一族の牝系。
ヴァーミリアンの曾祖母がダスカの祖母。
当然そうなれば能力や適性も似てくる。事実スカーレット一族はダート馬がめっちゃ多かった。
それに、脚部が丈夫というわけではない彼女。ダートの方が長く走れる。
だからフェブラリーSで適性を確かめ、ドバイワールドカップに出られたら出たいというのが春の予定だった。
が、調教中に飛んだウッドチップで右目を負傷。
角膜炎を患ってしまった。
仕方なく目が回復したころに一番強いメンバーが出るレース(大阪杯)を目指したということだ。
でも真面目なダスカはこのレースで本気を出しすぎて脚の骨がかなりヤバい状況になってしまった。
なので秋まで休むことになる。
踏んだり蹴ったりである。
天皇賞(春)は新興勢力の台頭が目立った。
1番人気はウオッカのダービー2着、大阪杯は59kgトップハンデで3着と頑張った菊花賞馬アサクサキングス。続いてメイショウサムソン。
3番人気が阪神大賞典勝ち馬アドマイヤジュピタ。
レースを見ていただこう。
ジュピタは出遅れをかました。
長距離レースは出遅れや枠順の不利が小さいように思えてしまうが、そんなことはない。
どんなレースもスタートをよく出て理想のポジションにつけた方がいい。長距離レースはコーナーのロスがあるから余計にそうだ。
しかしジュピタは後方外めで脚を溜めた。
折り合いを付けることに従事し、反撃の機会を待っていた。
最後の4コーナー、手応えが怪しくなるポップロックを横目に位置を上げるメイショウサムソン。
その真後ろからスパートをかけ、あっという間に先頭に立った。
母の父リアルシャダイ由来の抜群のスタミナと、父フレンチデピュティ由来の加速時の爆発力。
もう勝敗は決したかと思われた瞬間、豊が鞭を振るった。
メイショウサムソンは根性で二の脚を使う。
そして差し返した。
それでもなお、ジュピタの勢いには勝てなかった。
ギリギリの勝負だった。
その後アドマイヤジュピタは休養ののち浅屈腱炎で引退に追い込まれている。
4歳秋から覚醒し5歳春で花を咲かせそのまま引退したジュピタ。木星というより彗星のような生涯だった。
ヴィクトリアマイルには、帰国したウオッカの姿が。
ウオッカ以外にGI馬はNHKマイル勝ち馬ピンクカメオしかおらず、しかも最近は不調が続いていた。
普通にやれば負けるはずのないレース。
だが、思わぬ形で脚をすくわれる。
スローペースのレースに弱いウオッカ。
折り合いに専念し最後の直線で末脚爆発かと思いきや、前にいたのはマイル路線で強烈な成長を遂げてきていた馬だった。
未完のマイル女王
エイジアンウインズ
父 フジキセキ 母父 デインヒル
11戦6勝[6-2-2-1]
主な勝ち鞍 ヴィクトリアマイル 阪神牝馬S
07世代
フジキセキ産駒の躍進は止まらない。
本質的にはマイラーで東京大得意のウオッカ相手に、土を付けた衝撃。
マイル戦でウオッカを下したのはダイワスカーレットとこの馬だけ。
エイジアンも蹄の不調などがありこのまま引退となったが、走り続けていれば違う未来もあったはずだ。
ちなみに馬主さんはウイニングチケットと同じ人。
もしもウオッカとダスカがアニメとかで掘り下げられる機会があれば、この馬もいずれはウマ娘になるかもしれない。マーチャンみたいに。
安田記念
ただでさえ負け続きなのにVMにも負けてそのまま休養ではダービー馬の名が廃ると考えた陣営は、中2週でウオッカをここに出した。
何度も言うが、ウオッカは割と掛かるためスローペースに弱い。逆に、道中のペースが速ければ速いほど勝ちに行ける。
1000m通過タイムがVMより2秒以上早かったこのレース。ウオッカにとっては最高のレース展開。
鞍上は四位が結果を残せなかったためドバイ前で武豊に乗り替わり、今回は武豊がスズカフェニックスに乗るため岩田康誠に乗り替わった。
岩田の代名詞ともいえるインコース強襲で先頭を捉えると、みるみるうちに後ろを引き離していく。
1番人気スーパーホーネットは馬群の中。届きそうもない。
香港馬アルマダを3馬身半も突き放してのゴールイン。もちろん安田記念史上最大着差での勝利だ。
ダービーが嘘だったかのようにマイラーに転身したウオッカ。彼女の本領発揮はここから始まった。
宝塚記念
ウオッカもダスカも出ないしそもそもGI馬が2頭しかいないという、とてもグランプリとは言えないようなレースになってしまった。
このあたりが暗黒期を感じさせる。
しかもオークスに続いて疑惑の直線。
勝ったエイシンデピュティは名の通りフレンチデピュティ産駒。大阪杯2着、金鯱賞1着という臨戦過程を思えば納得の戴冠である。
鞍上はウチパクさんこと内田博幸。
後のゴルシワープの人。
地方で知らない人はいないほどの名手で、人柄がいい、どんな馬でも乗る、めっちゃ勝つ。(ちょっと天然なことくらいしか)欠点がない素晴らしい騎手だった。
ちなみに日本競馬年間最多勝利記録を保持している。(524勝とかいう不滅の大記録。昨年リーディングの森泰斗ですら360勝。地方競馬だけで年間465勝したこともあるらしい)
そんなウチパクさんはこの年にJRAに移籍。
ピンクカメオでNHKマイルを勝って以来、JRAに移籍してからは初の中央GI勝利となった。その後も菊花賞でオウケンブルースリを勝利に導いている。
が、その裏でアサクサキングスの斜行。
上のレース映像の最後の直線、違和感を覚えた人は多いだろう。
直線に入るタイミングで外に膨れてサムソンの追い出しのタイミングをズラし、鞭が入ると大きく右に動いてインティライミの進路を完全に潰した。この際、佐藤哲三騎手は鞭を落としてしまっている。
しかもその後、キングスは坂で大失速した。
すんごい後味の悪いレース。この後四位さんは軽く干された。
勝ち馬エイシンデピュティは脚部不安で長期休養。
故障が相次ぐのもこの時代の悪いところ。
サムソン陣営は不安を抱えながら凱旋門賞への遠征に向かうことになってしまった。
この時代の古馬GIは11レースだったが、2008年はうち7レースを牝馬が制した。
スプリンターズステークス
眠れぬ夜を越え、頂点に輝いた騎手がいた。
駆け抜ける不夜城
スリープレスナイト
父 クロフネ 母父 ヌレイエフ
18戦9勝[9-6-1-2]
(〜1200m 12戦9勝[9-3-0-0])
主な勝ち鞍 スプリンターズS 北九州記念 CBC賞
06世代
時は江戸の世。黒船が来航し世間が慌てふためく様と、上喜撰という上等な茶をかけて詠まれた狂歌だ。
この歌から命名されたスリープレスナイトは、目が覚めるような記録と記憶に残る走りを魅せた。
ダートで走っていた馬が芝重賞で勝ち、そのままストレートでGI制覇。まさに黒船来航のような衝撃。
この馬のドラマはそれだけではない。
90年代の日本競馬は、若手騎手が超有力馬に乗ってクラシックに出ることも多かった。
上村洋行騎手もその中の1人。サイレンススズカでダービーに出た。(結果はご存知の通りだが)
しかしその後上村騎手は伸び悩んだ。飛蚊症を発症したからである。
飛蚊症は割とメジャーな病気。日常生活で軽度だったら支障はないが、ジョッキーみたいな動体視力命の職でこうなると厳しい。
治すために手術も何回かしたがなかなか効果が出ず、ようやく元に戻ったのは2004年のことだった。
そこからなんとか信頼回復のためにコツコツ勝利を稼ぎ続け、ハーツクライの橋口厩舎の馬に乗り、橋口先生の誕生日にGI初制覇。
デビューから17年、喜びが涙となって溢れ出た。
眠れない夜を越え、期待の新人はやっとGIジョッキーの夢に辿り着いたのだった。
マイルチャンピオンシップ
スリープレスナイトは体質が弱く、年内は休養。
素質はGI級、川田将雅の同期藤岡佑介を乗せたスーパーホーネット、後述のGIで4着に食い込んだカンパニー、そしてキングヘイロー産駒ローレルゲレイロが人気上位。
しかし勝利を飾ったのは麗しき4番手。
ブルーメンブラット。
ドイツ語で花びらを意味するその馬は、アドマイヤベガ産駒最後のGI馬となった。
そして、鞍上の吉田豊にとっても現状ではこれが最後の中央GI制覇。
後に地方GI南部杯を制覇しているが、国際GIとなると2022年のドバイターフまで待たなければならない。
1994年のノースフライト振りのマイルCS牝馬制覇。
本格化して1年半。そこから1度も掲示板を外したことのなかった実力がようやく花開いた瞬間だった。
このレースを機に引退を表明したブルーメンブラットは、繁殖牝馬として22年桜花賞出走馬フォラブリューテなどを産んでいる。
最強を決める戦い
天皇賞(秋)
伝説の一戦の予感に府中はざわめいていた。
復帰初戦のダイワスカーレット。
そして毎日王冠からの臨戦となったウオッカ。
ダービー馬ディープスカイ。
この3頭がどんなレースをみせてくれるのか。
そこが争点だった。
それは関係者にとっても同じだった。
ウオッカ陣営は「ダイワに勝つにはここしかない」と考えていた。
有馬で大敗したあと、すっかり「府中専用機」のイメージが付いてしまったウオッカ。
打倒ダイワスカーレットでここまでやってきたが、彼女はマイル路線には出てこない。倒すなら東京の2000。もう後がなかった。
一方、ダイワスカーレットは休養明けでひどく興奮していた。
ただでさえ真面目で前進気勢が強すぎる彼女。
休み明けとなると余計にその傾向が強くなる。
長期放牧から帰ってきたときには540kg近かった馬体をなんとか40kg削った陣営。
それだけハードな調教を課したため、今までとはまるで違うテンションだった。
アンカツは慎重にゲートに入った。
↓の動画で、井崎先生は「ダイワスカーレットは1000m59秒切るペースを経験したことが無いからそうなると厳しいかもしれない」と述べている。
それを踏まえてレースを見ていこう。
ダスカは思いっきり掛かった。
アンカツの騎乗技術がそう思わせないような走りにしているが、乗りながら「このペースだともたない」と思ったらしい。
向こう正面でウオッカと同じ角居厩舎のトーセンキャプテンにマークされ、いつもなら落ち着けるところでさらに掛かってしまった結果、1000mを58秒7で通過。紛うことなきハイペースだ。
直線に入ってダイワスカーレットはまだ先頭。
トーセンキャプテン含め先団にいた馬は皆沈んでいく。中団にいたディープスカイとウオッカが先頭に向かって襲いかかる。
激アツ実況に後押しされた名勝負。
(大接戦のゴールと言っているがドゴーンにしか聞こえないためネタにされている)
ディープスカイとウオッカが馬体を併せて伸びてきた。さすがに苦しくなるダスカ。
しかし道中のハイペース追走で苦しくなっていたのはダスカだけではなかった。
先頭に立ちほんの少し末脚が鈍ってしまったウオッカとそれに追従するディープスカイ。
ダスカはまだ残ってる脚で最後まで伸びようとする。
後方は皆バテバテで、最後方ポツンで脚を余すことに専念していた横山典弘のカンパニーだけが馬群を捌いてすごい脚で3着争いに加わってきた。
ダスカに抜かされたことを察知し、鞭を入れられもうひと伸びするウオッカ。真ん中で苦しくなるディープスカイにカンパニーが猛追する。
入れ替わるかギリギリのところで大接戦ドゴーン!!
着順が分からないまま写真判定に移る。
ウオッカ陣営は戦慄した。
あそこまで万全の体制で、調子も抜群にいい状態で、得意なコースで、得意なハイペースを追走して、それでも同時にゴールインなのかと。
相手は休み明け、それも道中ハイペース逃げでこの結果。どこまで強いのかと。
13分に渡る写真判定の結果は、わずか2cmの差でウオッカの勝利。
何にも勝る大きな殊勲だったが、同時に角居調教師は「もう勝てないだろう」と恐怖を覚えたという。
ここまで2戦2勝2敗。されど力量差は広がるばかりだった。
ファン目線だと名勝負だが、陣営からすると血の気が引いた一戦だったのかもしれない。
次のGIはジャパンカップだが、諸事情で裏のGIIを紹介させてもらう。
今世紀に入ってからのアルゼンチン共和国杯は、5年に1回ペースでなぜかスーパーGIIになる。
この年は後のGI馬が2頭、重賞馬が多数出走し豪華メンバーで行われた。
その中でも強烈な勝ちっぷりを見せた馬がいた。
テイエムプリキュアと石神深一(後のオジュウチョウサンの相棒)が斤量(激軽49kg)にものを言わせ逃げ粘るところを豪快に捉えたのが、グラスワンダー産駒スクリーンヒーロー。
2着ジャガーメイルは香港ヴァーズに遠征して3着と大健闘。3着アルナスラインも翌年強くなる。
ジャパンカップ
歴戦の勇士達の姿がそこにはあった。
天皇賞で激戦を繰り広げたディープスカイ、ウオッカ。
昨年の有馬記念で波乱を演出したマツリダゴッホ。
菊花賞馬アサクサキングス、オウケンブルースリ。
3年目のシンガポール遠征は残念な結果に終わってしまった門別の星コスモバルク。
アル共杯勝ち馬スクリーンヒーロー。
そして…
凱旋門賞で夢やぶれたメイショウサムソン。
彼の背には在りし日の相棒がいた。
武豊が鎖骨を骨折し、ウオッカは岩田に乗り替わり。
サムソンは石橋守で出走となった。
喧嘩別れではなく凱旋門のための乗り替わり。
元々わだかまりも無かったし、石橋騎手は快く依頼を受け入れた。
当日、ファンからの温かい声援に胸が熱くなったという。
凱旋門賞からのハードローテに、スローペースからの瞬発力勝負。根性で粘るタイプのサムソンには厳しい展開になった。
なんか馬体を併せると伸びないという、ディープインパクトみたいな悪い癖があったディープスカイ(血縁関係はない)は、大外から差そうと左鞭を入れながら加速。
しかしそれを読んでか進路を変えてきた馬がいた。
後の歴史を変える偉大なる父。その馬の名は…
銀幕の英雄
スクリーンヒーロー
父 グラスワンダー 母父 サンデーサイレンス
23戦5勝[5-6-2-10]
主な勝ち鞍 ジャパンカップ アルゼンチン共和国杯
主な産駒 モーリス ゴールドアクター ウインマリリン
07世代
ミルコ・デムーロの神騎乗により、9番人気の伏兵が勝利を収めた。
グラスワンダー(仕上がり早、左回り苦手、マイル向き)の子のくせに晩成で左回り2400mのGIで勝利するというね。祖母もダイナアクトレス(スプリンターズS勝ち馬)だし。
この馬がGI馬になって種牡馬になったことによりピクシーナイトとジャックドールが生まれ、吉田隼人はGIを勝利した。間接的にソダシに吉田隼人を乗せたのはスクリーンヒーローといっても過言ではない。
これで98世代の牡馬の有力どころは(セイウンスカイを除いて)全頭が平地GI馬を輩出したことになる。98のヤバいところは種牡馬としても成功してるところ。
セイウンスカイは…血統がね…
有馬記念
勝ち続ければ全ての馬が敵になると、テイエムオペラオーが身をもって証明した。
それでも勝つ事はできるという事も同時に。
絶対の勝者は圧倒的な“強み”を持っている。
オグリキャップが根性、ディープインパクトが速さ、トウカイテイオーが精神力だとするのなら、この馬におけるそれは、何だったのだろうか。
もう天皇賞の時の彼女はいなかった。
序盤で少しペースを緩め、中盤から徐々にピッチを上げていく。
最後の4コーナー、引退レースの武豊騎乗メイショウサムソンが先頭に立とうとした瞬間、ギアを一つ上げ、カワカミプリンセスもろとも突き放していく。
外から差しにきたスクリーンヒーロー。しかし直線に入ってもなおスピードは落ちない。昨年の覇者マツリダゴッホは厳しいマークを受け苦しい展開。アサクサキングスも沈んでいく。先行、差し勢総崩れ。
最終的に飛び込んできた馬は全て後方で脚を溜めていた追い込み馬たち。しかし中山の直線は310m。
よほどの豪脚が無ければ届かない。
アドマイヤモナーク、エアシェイディといったノーマークでレースを進められた後方待機勢が2、3着に入り、並み居る強豪を全て真っ向から叩き潰して勝利した。
37年振り、牝馬の有馬記念制覇。
世代最強、現役最強は私だとここに知らしめたのだった。
そんな消耗戦で一番消耗したのはダイワスカーレット自身だったのかもしれない。
翌年、浅屈腱炎で引退となったダイワスカーレット。
結果的に引退レースとなった有馬記念。
最強女王はターフを去り、双璧を成すウオッカがこれからを担っていく…かと思いきや。
ダイワスカーレット主戦、安藤勝己は有馬記念から2週間前に大きな勝利を挙げていた。
それは、見る者全てを魅了する“絶景”の女王。
新時代のヒロインを担うその姿、その走り。
彼女だけが、“絶対”であり続けた3年間。
馬の名は、ブエナビスタ。
偉大なる女王の時代は、まだ続く。
まとめ
ということで次回はブエナビスタの時代です。
(なんか余談書いてたら前回より長くなっちゃいました)
ようやく競馬暗黒期は終わり、2010年代の希望の時代へ道が開けてきます。
好きな時代に差し掛かるのでいつも以上に熱が入りそう。
次回もよろしくお願いします。
それでは。
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