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短編小説:商品レビュー「悪行」

AirPodsPro第二世代(Lightning)を買って1ヶ月後に、TypeC対応のAirPodsPro第二世代が発売された。わざわざ4万近く払った代物が、高々1ヶ月で少し時代遅れなアイテムに成り下がってしまった。
それはまあいい。
iPhoneがTypeCに対応する、という人類の夢が叶ったささやかな代償だと思って受け入れよう。許せないのはその後だ。TypeC対応のAirPodsPro第二世代のケースを、Appleは15000円で売り始めた。たかがケースに15000円。常軌を逸したAppleの悪行と言わざるを得ない。
私は怒った。たぶん天国のジョブズも怒った。

しかし悲しいかな、Apple信者の私はiPhoneを手放せない。その勇気がない。それどころか、先日ついにiPhone15を購入した。そう、人類の夢、TypeC対応のiPhoneである。まさか生きているうちに手に取れるとは・・・

そうなると、なお腹立たしいのはLightningにしか対応していないAirPodsである。ついに我が家で唯一となった、Lightningのメス口を有する4万円のイヤホン。私がそいつを見つめる視線はシンデレラに対する継母のようであったことだろう。

この憎たらしいガキを一体どうしてくれようか。
メルカリで売って、TypeC対応のAirPodsを買うか?
いや、Apple様に15000円を上納してケースだけ買うか。
どちらの選択肢も、納得がいかない。

そんなとき、悪魔が私に囁いたのであろう。
Amazonのリコメンドにこの商品が現れたのである。

2959円。崩れかけた膝を支えて懸命に画面を見つめた。
純正品の1/5の価格である。
カーソルは自然と「今すぐ買う」へと動いた。

いや待て。サードパーティ製の商品など、異教徒の免罪符。
こんなものに魂を売るのか。7500円で純正のiPhone用シリコンケースを購入したこの私が、どこの馬の骨とも知れぬ異教徒の商品に手を出すのか。
逡巡。
カートに入った商品を決済するまでに、一体どれほどの時間が流れただろう。

商品レビュー欄を何度も見返す。
「これで必要十分!」・・・そうなのかも知れない。
「本家よりむしろコッチ」・・・なわけねぇだろ。
「普通に使えています」・・・だろうな!!

穴の空いた心の底に、真っ黒なドロドロしたレビューが溜まっていく。
「どうせ3000円だ」

意識が戻った時、私の手にはこの商品があった。白いケースを開くと当然、何も入っていない。すっからかんの"がらんどう"である。私は恐る恐る、自分のポケットからAirPodsを取り出し、偽物のケースに純正のAirPodsを入れた。すると、私のiPhoneがAirPodsが充電されていることを通知した。こいつは、自分の連携相手がよく顔の似たレプリカだということに気づいてないらしい。哀れ。哀れな"スマート"フォンだ。

だが無理も無い、見分けのつかないほど精巧に作られた偽物。贋作。イミテーションだ。しかし、充電端子はTypeCに対応している。それが3000円。初めてタバコを吸った日のような罪悪感で雨の降る外の街並みを眺めた。

ジョブズ、あなたは私を裏切り者とおっしゃるでしょうか。いえ、どう罵っていただいてもかまわない。今は開くたびに「ピコーん」と安っぽい音を鳴らす、この偽物が我が子のように愛しい。

かくして、私の家からLightningケーブルは淘汰された。一つの時代が終わったのである。新しい時代の始まりが、本当に私の求めていたものなのか自問自答している。

雨音を綺麗に消し去るAirPodsPro第二世代のノイズキャンセリングが、
傷ついた私の心を慰めている。
そんな気がした。

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