やさしい嘘をついて|「キャッチミー開封ユーキャン RTA」を観て
鈴木あいれを「若手演出家」だと思ったことはない。ただ、アイデアマンだし優秀(そして精力的な)クリエイターだとは常々思っている。
なので、今回「若手演出家コンクール」で2位になったことは悔しくもあり、「べ、別に悔しくねえし・・・」な気分だ。
しかし、思うこと(そして提案)が主に2つある。
最終的にそれについて書ければいいなと思う。
前置き:
ゲームには目的はあるが重要ではない。
スーパーマリオブラザーズにおいてマリオの目的意識はピーチ姫を救うことにあるが、それは実はあってもなくてもいいストーリーだったりする。プレイヤーが一番充実感を得られるのは、マップの仕組みを攻略した瞬間であり、クッパを回避してマグマに落とした時である。
今回の若手演出家コンクールの審査会では、審査員からは口々に(面白さが絶賛されつつも)「ストーリーがない」「ドラマがない」「登場人物に目的がない」というフレーズが聞こえた。これは全くその通りだと思うが、「だからどうした」と正面から言えるのがコメディアスという団体の魅力であり、鈴木あいれの演劇界における異常性だろう。
中身はないけど面白い
これは何の文章かというと、第66回岸田國士戯曲賞選評におけるダウ90000『旅館じゃないんだからさ』に対する審査員(野田秀樹)のコメントである。
縁起でもないが、今回コメディアスの作品がコンクールに出品されると聞いたとき、この文言が脳裏をよぎった。
コメディアスの作品、特に「キャッチミー開封ユーキャン 」は異常なほどドラマがなく、物語が感情よりも物理法則によって制御される。だから、観ようによっては「中身がない」、作品だと思われること無理からぬことだと思う。
そして、もうひとつ同じ選評からこんな言葉も引用したい。
岡田利規の言葉を借りれば、「変容がもたらされる作品」かどうかが作品の強度を測るのに重要だと思う。ではどうすれば「変容がもたらされる作品」になりうるのか。
思い出したのは「ロウソクの科学」という本だ。
これはマイケルファラデーが少年少女向けに実施した科学の講義をまとめたものだ。ロウソクを中心として「燃焼」「毛細管現象」「融解」などの物理・化学にまつわる現象を解説していく。
単に、現象を散発的に解説しているのではなくて、あくまで1本のロウソクにフォーカスしているのが秀逸なところだ。
そんなメッセージを感じることが出来る。
ロウソクでさえこの複雑さが隠れているとしたら、人間には?宇宙には?
そんな好奇心を爆発させてくれる本だ。
(奇しくも、コメディアスの理念にも似ている)
そして、この本は以下のメッセージで締めくくられる。
これは嘘だ。だけど優しくて素敵な祈りが込められた嘘だ。
まったくの余談だが、ノーベル賞を受賞した吉野彰と大隅良典は幼少期に「ロウソクの科学」を読んだことがきっかけで科学の道に進んだそうだ。
提案① 不純になれ
コメディアスはピュアで純度の高い物理コメディを展開してきた。
しかし、それゆえに物語や現象に意味づけがなされていない。
ロウソクが燃えるのは「僕たちの未来を明るく照らすため」ではないし、
「悔しさをバネに高く跳ぶ」ことはできない。
悔しさは弾性率を持っていないからだ。
でも、それらは祈りの込められた嘘(メタファー)だと思う。
窮屈な箱に閉じ込められた人々が、道具を使って、手探りで謎を解いていく過程に何かメタファーを入れることは、失うものもあるが得るものもあるのではないか。
もう一度、野田秀樹の選評を引用しよう。
提案② SASUKEになれ
今まで2000文字かけて語ってきたことはいったん全部忘れてください。
SASUKEを目指しませんか。
重力を筋肉と判断力で制する。
これは日本のみならず、世界で共通のエンターテインメントです。
英語よりも普遍的な「言語」は物理現象です。
コメディアスの作品は本質的にノンバーバル(非言語)で地球の裏側でも問題なく笑えます。日本のこじんまりした賞を狙うのではなく、ブロードウェイを目指しませんか。
翻訳してライセンス化して海外の劇団に売りましょう。
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