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好きなものを好きでい続けることと、その速度や熱量の変化について。

J.R.R.トールキン著「指輪物語」(邦題)が好きだ。
あれはまだ家族で映画を観にいくのが恒例だったころ、タイトルからは全く想像のできない物語を観に行って、ものの見事にどハマりした。

あまりにも壮大な世界観、あまりにも緻密に考え抜かれ具現化された衣装や小物・建築物の数々。
生きる馬の息遣い、柔らかな衣擦れの音、おぞましい黒の言葉、この世にこんな音があるのかと言う音楽、仲間の出会い、別れ、とめどなく流れてゆくどうしようもない運命の力強さ。

年齢がばれるが中学生には刺激が強かった。強すぎたと言っていい。
第1部は劇場公開版を7回観に行った。この作品が初めて1人、もしくは友人と複数人で、保護者なしで映画館に行って鑑賞をすると言う経験だった。
その後、文字の本であれば買ってもらえるという家庭環境をフルに利用して、あるいは貯め続けたお年玉や家事手伝いの報酬を基にして原作や関連書籍を手に入れ、著者が挑んだその壮大な世界作りに感銘を受け今に至る。

いつも通り長くなるので結論を述べると、「一度好きになったものを好きになった当初の熱量と速度で好きであり続けなくてもいい」と言う話です。
船でもヘリでも航空機でも、対象が何であれ。

上記のように人生で初めて尽くしのとんでもない熱狂で、正直家族にも心配されつつ(食事中話すことは中つ国のことのみの我が子、あるいは無言で押し黙り思考を続ける我が子)、やはりある程度の情報を手に入れ終わると落ち着いてくるものだ。
普通に他の本や漫画も並行して嗜んでいたので、その時最高潮に心ときめかせているジャンルは移り変わっていた。
その際に思うことがある。この時もそうだった。ふと自問が浮かぶ。

このジャンル、それほど好きじゃなくなったのか?

答えは力強く否、である。
感覚としてはよくわかる。前よりも最新情報へ飛びつくような貪欲さがなくなった。前よりもそのジャンルの話題を聞いても心が動かなくなった。その変化へのそこはかとなく悪い予感──ではなく本当は不安だけなのだけれども、生き物は安心しないと満足しない。

だが、考えてもみてほしい。
一度激しい勢いで噴火した火山が、しばらくその活動を止め大人しくしているとして、その内部のエネルギーは果たして尽きたと言えるかどうか。地球内部のマントルは尽きたと言えるかどうか。
一度流れ出た溶岩は大地を焼き尽くすが如く己の心模様を塗りつぶし、価値観を変え、そうして外気によりゆっくりと冷えて堆積する。

そう、堆積するのである。人生の一部になる。

これが一番重要で、その堆積や冷却により確かに熱狂や熱量がその場から失われるのは事実だ。
だが、その熱狂を通り過ぎてきた過去そのものは全く一ミリも目減りしない。それどころかその上にまた新たな大地を作り、世界観の裾野を広げ、新たな生命を生み出し肥沃な大地となりうるかもしれない。

雪だって100m積もれば自重で氷になって、当時の大気を閉じ込めたまま南極大陸として横たわったりしている。
ようこそ新しい世界へ。

東京都の方の西之島をご覧いただきたい。
2013年にそれまで「西之島」だった近隣で噴火し、新島となり旧島と結合したあの小笠原諸島の小島を。
ここで推し部署の一つである海上保安庁海洋情報部について語るのはたやすいが、話が逸れすぎるので別の機会にしておく。

そうしてゆっくりと積み重なって行った確かな熱量は、ある日突然またぶり返すようになるかもしれない。
そうでなかったとしても、確か足元の大地を掘り進めればかつてあの時なにかに対して心血を注いでいた気持ちはそこに静かに横たわるのだ。確固として。
時として情熱の発露方法自体は黒歴史であり、頭抱えることもあるのだけども。

時折、それまでと同じ熱量や勢いを失ったことに対して、対象そのものを好きである気持ちまで疑う人と行き違うことがある。
その気持ちと不安は大変よくわかる。その上で安心して欲しい。安心して欲しい。

あなたが昨日、もしくはそのずっと前、初めてそれに邂逅して、とんでもねえなと思ったその心の動きに、一切の陰りはない。

好きな食べ物を毎日摂取し続けなければいけない法律がないように、好きのあり方を縛る一切の法則や鉄則や拘束力はなく、各自が各自の尺度と速度と解釈で持って、好きと思った気持ちを噛み締めて咀嚼して飲み込んで味わえばそれで良いのだ。
誰もそれに文句は言わないし、誰もそれに善悪の判断を下さないし、そもそも善悪の問題ではないし、たとえあなた自身が自発的に「飽きた」と思っていたとして。

残したものを愛そうぜ、たとえ枕に頭埋めて足をバタバタするようなことでも。

これは過去の己に向けた文章なので、偉そうなことを言っているのも何かしらの大人の余裕と思ってください。
過去の私、安心しろ、十年経ってもあなたは「心の住まいは中つ国」とかいって1人でTwitterで156ツイート分くらいゆるい妄想を独自タグで放ったりしている。

今日も楽しく生きています。世界が私に優しい。

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