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エスカミーリョの衣装

オペラ・カルメンには二人の対照的な男性が登場する。一人目はかなり真面目であまり華やかな女性に興味がなかったドン・ホセ。もう一人は、闘牛士でカルメンをホセから奪い取ったエスカミーリョ。この記事ではエスカミーリョにフィーチャーしていく。
第二幕でエスカミーリョ(バリトン)によって歌われる「闘牛士の歌」。闘牛士とは正確にはマタドール(matador)と呼ばれる「闘牛にとどめを刺す役回り」のことである。
「闘牛士の歌」の歌詞の中でピカドールやバンドゥール(banderille)といった単語が出てくる。スペインの闘牛では他にピカドール(picador/闘牛で馬上から突いて牛を弱らせる役)、バンデリリェーロ(banderillero/短い槍で刺す役)などがいて、マタドールであるエスカミーリョが最後にとどめを刺す役なのだ。

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マタドールは常に非常に精巧で高価で装飾された衣装を着ている。彼らの纏う衣服は「光の衣裳(トラッヘ・デ・ルーセス)」と呼ばれている。
こんなにも夥しい金襴や刺繍は、路傍で着ていたなら下品で滑稽な服装になり下がり、嘲笑の的になるに違いありません。闘牛士は、金糸刺繍を施した<三つ揃え>闘牛ズボン、上着、チョッキを着用している。助手は銀糸刺繍か、Azabacheと言う黒糸を施した服を着用することが義務付けられている。

素晴らしい闘牛を見せた者には、主催者からオレハ(牛の耳)が贈られ、さらに喝采が止まない場合は角、そして尻尾が贈られる。
こうした劇場を包む感動によって、その闘牛の価値が決まるのだ。
ですが常に人間が生き残るわけではない。
砂の上に散った闘牛士、命を落としたマタドールは、殉教者のごとく厳かに葬送される。

命を落とすことがある危険な職業に加え、スペインではヒーローのような存在だ。そのため衣装には、勇ましさの中にきらびやかさを感じた。

闘牛というと、牛と人が闘うものと多くの人が誤解しているようだが、そうではない。
むしろ、共同して一つの悲劇へと上り詰める身体芸術だ。
最も近似しているのはダンス、接触は即惨事を意味しつつも狂おしく接近するダンス。
死を賭したワルツでありタンゴなのだ。

ただひとつ言えることは、国民的な規模で“死”を扱う、おそらく唯一現存するスペクタクルだということだ。

調べていく中で、エスカミーリョの衣装の背景についての理解を深められた。衣装には、闘牛士としての性格に加え、エスカミーリョ(闘牛士)の人気を表すきらびやかさが込められていると感じた。舞台芸術を鑑賞するうえで、衣装の背景に注目することで、また違った楽しみ方ができると思った。

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