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徐 昊辰さん(映画ジャーナリスト)登壇トークイベント書き起こしレポート

昨年1月に中国で公開され、興行収入約181億円を上回る大ヒットを記録した話題作、映画『無名』が、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネマート新宿ほか全国順次公開中。

公開初日より満席回続出の大ヒットを記念して5月18日(土)にヒューマントラストシネマ有楽町にて映画ジャーナリスト徐昊辰さんを招いて実施されたトークイベント回。ご要望にお応えして、文字起こしレポートを以下に掲載。
実際の雰囲気を生かすため、今回は表記を極力話し言葉のままにしております。


よろしくお願いします。
皆さん暑い中お越しいただきありがとうございます。私は徐昊辰と申します。日本と中国両方で映画ジャーナリストの仕事をしています。今日はよろしくお願いいたします。
座ってお話させていただきます。
『無名』は、去年の旧正月に中国で公開されまして、ご存知だとは思いますけどコロナの影響で映画市場はすごく影響を受けていて、中国でも2022年は厳しい、ゼロコロナ政策もあって映画業界が大きな打撃を受けたんですが、幸いコロナが落ち着いていて、映画市場も2023年から復活するような形になっていって、2023年の旧正月にかなり多くの大作が集中して公開されるようになりました。もともと中国では旧正月にみなさん一緒に映画を見に行く習慣があって、だからかなり多くの話題作、大作が旧正月に集中して公開する傾向が最近はあって、だいたい5~6作プラス小さい作品が上映されるんですけど、中国の映画市場だと日本の年間分の興行収入の数字、つまり2,000億くらいの興行収入が旧正月だけであり、世界、北米に匹敵するような映画のマーケットにはなっています。
『無名』は昨年2023年の旧正月に上映された作品なんですけど、その時はコロナの影響もあるから大作は待っている状態でして、チャン・イーモウ監督の『満江紅』という歴史的大作があって、Netflixでも1作目配信されている『流転の地球』の続編の作品(『流転の地球―太陽系脱出計画―』)も日本でも既に公開されたんですけど、その続編も公開されて大作がものすごく多い状況のなかで『無名』はその中で、その当時上映される前に凄く注目されていた1本です。

本国版ポスター

チェン・アル監督に関して、ここでちょっと簡単に紹介させていただきたいと思います。チェン・アル監督は実は若くはないんです。もう50代近く、47歳です。北京電影学院という中国の映画を勉強する名門出身でして、90年代の末に卒業制作は『犯罪分子』という作品を発表したんですけど、今でも調べればYoutubeで無料で配信されていて、英語字幕もついているのですが、伝説の卒業制作と言われています。かなり多くの方が評価されている作品です。そのあとチェン・アル監督は卒業されて上海フィルムセンターに行って仕事を始めたんですけど、チェン・アル監督は実は上海の出身ではなくて湖北省出身なんです。なのに自分の作品はほとんど上海と関わっているという謎の、なんというか上海に対して物凄い感情を持っている監督です。

チェン・アル監督

今は上海に住んでいないんですけど、ずっと前から上海の映画フィルムセンターでの生活は本人にとって大きな影響を与えていて、映画を撮るなら上海という街がいいんじゃないかなという考えを持っているんです。ただ同時に、チェン・アル監督は物凄くこだわりを持っている監督で、やっぱり予算がないと自分がやりたいことができないと、なかなか映画を撮らない主義でして、卒業制作から今まで合計5本しか撮っていません。以前2,010年代中半に中国で1本の大作を撮りまして邦題は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海』という作品です。日本からは浅野忠信さんも出演したんですが、あの映画は全編上海語で進んでいて、中国国内でも凄い興行収入は出してはいないんですけど、業界の中では物凄くチェン・アル監督の評価が高くて、この監督はもっと撮れるんじゃないかなという話がずっとあったんです。その後はチェン・アル監督はやはりこだわりのある監督ですから、しばらく自分のやりたいことを集中して本を書いて、ようやく『無名』という作品に進むことになったんです。他の記事を読むとトニー・レオンさんも前作を観て、チェン・アル監督の世界観に興味を持ち、この映画に参加することになったんですけど、なぜチェン・アル監督が上海に対してこんなに興味を持っているかというと、やっぱり1940年代の上海はかなり特別というか、あの時は第2次世界大戦中ということで上海は日本軍に占領されていた時期なんですけど、昔の19世紀末から20世紀の頭にかけて海外の占領がどんどん上海に進出していって租界もあって、欧米の方も入っていて、日本軍もいて、さらに中国の国内でも物凄く複雑な事情で、この映画の中でも人物がどこに従属しているのかこの人物は何者なのかというところもかなり中国人でもわかりにくく、1時間観てやっとなんとなく分かるようなそういう複雑な構成です。

簡単に言うとさっき話した日本軍と欧米の方を含めて、あとは中国側だと共産党と国民党の重慶政府と汪兆銘の南京政府、そのあたりが混ざっている状況でして、誰が良い人なのか、誰が悪い人なのか、その時代は本人でさえわからない状況です。この時代を描く中国映画は凄く多くて、最近ですと日本でもロウ・イエ監督の『サタデー・フィクション』という作品も公開されたんですけど、この時代だからこそいろいろ人物像とかキャラクターものが作れると思っている監督が実はかなり多いです。確かに2,000年代中盤あたりから中国は「潜伏」というテレビドラマが出ていて、これがスパイもののブームのきっかけとなっていて、そのあとはもう大量のスパイドラマ、スパイ映画が作られていて、スパイものだから誰が良いとか誰が悪いとかもそうなんですけど、サスペンス性ミステリー性を持っているので観客にとっては楽しみの一つなので、今でもたくさん作られています。ストーリー性重視の作品と同時に映画監督も作家性のあるものをたくさん出していて、例えば有名なものだと『ラスト、コーション』という作品なんですけど、これはトニー・レオンさん主演のアン・リー監督の大傑作ですね。最初『無名』を見た時も同じ空間、時空、ユニバースに行ったようなそんな2作品じゃないかなと思っていて、この『無名』の中に登場したジャン・シューインもタン・ウェイが演じたワンに近いんじゃないかなという感じもあります。

そういった時代だからストーリーがいろいろ展開できるんじゃないかなということで、チェン・アル監督はその時代だからいろんな物語が作れるんですけど、やっぱり旧正月なので難解な作品になってしまうと観客は見たら疲れるんじゃないかなというところもあるので、できるだけシンプルに誰でも分かるような作品にする必要があり、その辺も凄く工夫して映画制作で色々と力を入れられています。チェン・アル監督はいわゆる時間軸を全部入れ替えるやり方が多かったんですけど、今回も最初に観たら確かに「この人は誰?」「この人は良い人?」「この人はどっちに所属しているのか?」という疑問が出てきたんですけど、だんだん後半に入るとなんとなく関係性が分かるようになっていって、最終的に豪快なアクションも含めて楽しめる一本となっているんじゃないかと思います。作品は昨年の旧正月で10億元弱の興行収入を記録したんですけど、日本円だと円安の影響もありますが200億円くらいになって大ヒットしました。もちろんチャン・イーモウの作品はさらに大きな数字を記録しました。私がこの作品の凄さ感じたところは、旧正月はやっぱりファミリーで映画を見に行く方がほとんどでして、どうしてもコメディの作品あるいはヒューマンドラマの作品のヒットが多かったんですが、『無名』はどちらかといえば頭を使う作品で、それでもここまで大ヒットしたというのは、作品全体の評価が中国国内でも高かったということなんです。チェン・アル監督はこの作品が中国で公開される前に4つの願望を言ったので、ここで簡単に紹介させていただきます。まずはこの映画がヒットできる映画になってほしいというのがチェン・アル監督の1つ目の願望なんですけど、さっきも話したように監督は映画制作にこだわりがある監督で、どっちかというとアートよりの傾向のある監督なんですけど、せっかく映画を作るならお金になってほしいということで、映画は自分が満足するだけではなく、観客も出演者もスタッフも喜べる作品になってほしいということです。2つ目は、やっぱり観客が楽しめる映画になってほしいです。3つ目はこの映画を見てチェン・アル監督はどんな監督なのか分かるような映画になってほしい、つまり作家性というところなんですけど、この映画は去年上映されたあと、物凄く評価されて、本国での認知度が一気に上がりました。そして4つ目は、ワン・イーボーさんに対する思いというかワン・イーボーさんは俳優としてもっと多くの人に評価されてほしいというのが願望でした。

この映画が上映される前にワン・イーボーさんは既にたくさんヒットしたドラマに出演していたんですけど、映画はまだ少しだけ出た程度だったので、楽しみにしていた観客もいつつ、どうなるだろうという考え方を持っている方も多かったので、上映前にネットでは激しいディスカッションになっていました。私は仕事で映画関係者・映画ファンが周りに多いんですけど、上映後はワン・イーボーさんに対する評価が物凄く高かったんですよね。ここで中国の映画ライターさん、映画マニアのワン・イーボーさんに対する評価を簡単に紹介させていただきます。まず1つ目は、北京映画大学教授のワンさんから。「この監督は物凄くワン・イーボーの良さが分かる監督です。彼の一番良いところが撮れていて、ワン・イーボーはこれからいい役者になれるんじゃないか」ということです。もう1つは人気インフルエンサーからなんですけど、「ワン・イーボーの映画は初めて観たんですけど、この作品を観て非常に良い役者に出会った」ということです。もう1人は映画評論家の方なんですけど、「ワン・イーボーさんのボディ・ランゲージがとにかく良かったです。スパイものなので、セリフで勝負するよりは動きが重要で、監督との相性が良いんじゃないか」ということです。これからも演技派になっていけるんじゃないかなと思います。さらにもう1人の映画ファンからも「ワン・イーボーの役は複雑なキャラクターで、目の動き、顔の動きで物語を語るとても難しい役で、見事に演じきっている」という高い評価です。実際、この作品を観てワン・イーボーさんに対する国内の評価が今までのファン層とは違ってより広がっているので、去年はワン・イーボーさんにとっても大切な一年と言ってもいいんじゃないかなと思います。旧正月の2月は『無名』が公開されて、その後、5月に日本ほど長いGWではないんですけど、3連休のお休みがあり、『ボーン・トゥ・フライ』(日本では2024年6月28日(金)公開)という作品が公開されたんです。この時も凄くヒットし、その後『熱烈』(日本では2024年9月6日(金)公開)という作品も中国国内で公開されて年に3本公開されて全部大ヒットしたというのが、今の中国映画市場においてもなかなかないことというか、奇跡なような感じと言ってもいいと思います。ここで中国の映画市場について簡単に説明させていただきますと、中国の歴代の興行収入のランキングの中で1位の作品は60億元に近い作品で日本円だと1,200億円です。基本中国のヒットの基準だと10億元だとメガヒットです。5億元を超えたら大ヒットと言えるんですけど、中国が北米と同じような大きなマーケットにはなってはいつつも、映画を撮ったら簡単にヒットするわけでもありません。特に今は全世界でスターが少ない状況にはなっているのでこの人がヒットするという作品は本当に少なくなっていて、中国でも"この人が出ているから観に行く”という作品が少なく、悪ければ観に行かない、ということなんです。ワン・イーボーさんが去年『無名』を始め、この3本が中国で連続ヒットしたのも、まずは本人の知名度、人気ももちろんあるんですけど、作品自体の出来の良さが中国映画界で評価されたということです。


ここで自分の話を紹介させていただきますが、私は日本で映画ジャーナリストの仕事をしているんですけど、上海国際映画祭のプログラマーとして主に日本映画のセレクトを担当もしています。ちょうど昨年の6月の上海国際映画祭で、私もコロナの影響で中国に久しぶりに帰って映画祭に参加しました。去年の映画祭のクロージング映画が『熱烈』で、ちょうどその時偶然ワン・イーボーさんと控室で会って挨拶をして、それまで会ったこともなくどんな方か知らなかったのですが、物凄く真面目で丁寧な方でして、オーラを感じましたし、その後も授賞式の間も、映画祭の空気に慣れつつ映画の関係者たちとの交流もたくさんされていて印象に残りました。こうしてワン・イーボーさんの映画が日本で大ヒットしたことが私にとっても大変嬉しかったです。何故かというと、中国では政治事情もあり、東アジアではなかなかマスコミの影響などで、映画の交流が民間では進んでいるけれど、そんなに上手く展開できていないということが個人的にはもったいないと思っていて、上海国際映画祭をやっていて、もうちょっと多くの日本映画を中国に紹介したいという気持ちが強くて、こういうことでもっと日中の交流ができると思っているんです。北米は世界最大の映画マーケット、2位は中国、3位は日本なんですね。日本と中国、そして韓国がもっと色々一緒に映画製作ができたら、北米を超える映画市場になれるはずなのに、今はなかなか前に進まないっていうのが、まず民間の交流がもっとあったら色んなことができるんじゃないかなと思っています。そこでお互いに中国人はもっと日本映画を観る、そして日本でもっと多くの中国映画を上映する、そういうことが重要ではないかなと思っています。中国は映画市場が大きくて、海外の映画が上映されることは今でも制限はあるんですけど、この10年間の中国映画市場の成長で、海外の作品への注目度は凄く上がっていて、北米の次に日本映画の注目度は高いんですね。上海映画祭でも毎年50本くらいの日本映画をやっていて、毎年すぐ売り切れることも多く、中国で日本映画の関心度が高いんです。そこで私が感じるのは、もっと日本でも中国の映画が上映できたらいいなと思っていて、この10年間、日本に来ていて中国のメジャー作品が日本で上映される機会が少ないんじゃないかなと。東京国際映画祭でも作家性重視の作品が公開されるので、もっと中国の一般のヒットした作品が日本で上映され、日本の皆さんにも今の中国の映画はどうなっているのか、中国のスターはどういう人がいるのか知ってほしいと思っています。そんななか今回、日本で『無名』が上映され大ヒットしたことは物凄く重要なことじゃないかなと思います。こうして、色んな中国のメジャー作品が日本で上映されて、もっと多くの日本の方々が中国映画を知ることになったら、今後より日本と中国、そして他のアジアの皆さんで一緒に映画を作ることができ、もしくはワン・イーボーさんが日本の映画に出演したり、逆に日本の俳優が中国のチェン・アル監督の作品、既に浅野忠信さん森博之さんも出演されたんですけど、こういった交流がどんどんできたらより美しい未来が見えるんじゃないかなと今回『無名』の上映と大ヒットで感じたことのひとつです。 

(MC:徐さんから見てワン・イーボーさんの魅力はどこにあると考えてらっしゃいますか?) 

そうですね。私も映画の仕事をしている人間ではありながら、ワン・イーボーさんのドラマ作品は少しだけ見ているという程度で大変申し訳ないのですが、『無名』を観て感じたのは、ワン・イーボーさんは、さっきも話したように、動き、ボディ・ランゲージですね。言葉ではなくその姿勢、その顔、その目でいわゆる映画言語を伝えるというところが……初めての映画大作でここまでできるというのは実はかなり難しいことなんです。そこが、やはり良い俳優さん、良い演技派になれるのではと感じられると思います。チェン・アル監督もワン・イーボーさんの良さを分かっていて、一番良いところを観客に見せたいという思いがあり、お互いの信頼関係もできているので、チェン・アル監督の次回作『人・魚』にもワン・イーボーさんが出演することが決まっています。チェン・アル監督本人のお話によると『無名』はスーパー商業映画で、あっちはスーパーアート映画という言い方になっているので、どういう作品になるのか凄く楽しみにしています。


◆『無名』公式HP

◆『無名』公式X(Twitter)
https://x.com/mumeimovie

◆『ボーン・トゥ・フライ』公式HP

◆『熱烈』公式HP

◆『熱烈』公式X(Twitter)
https://twitter.com/oneandonly0906

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