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何故、いま映画『スピリッツ・オブ・ジ・エア』再上映されたのか?

はじめに

2/8(土)より、新宿シネマカリテほか全国順次公開中(3/5に上映終了)、アップリンク渋谷では3/6(金)より続いて上映が決まった映画『スピリッツ・オブ・ジ・エア』。
本作は1988年、当時25歳だったある若き青年によって作られたファンタジーである。

スピリッツ・オブ・ジ・エアポスター

その名はアレックス・プロヤス監督。のちに、『クロウ/飛翔伝説』(94)や『アイ,ロボット』(04)、『ノウイング』(09)、『キング・オブ・エジプト』(16)といったハリウッド大作を手掛ける事になるのだが、本作はそんなプロヤスによる記念すべき第一作目である。
「え?あのキンエジの人の処女作?」と絶妙な面持ちになったそこのあなた、もう少しお待ち頂きたい。
『スピリッツ・オブ・ジ・エア』は、もしかするとアレックス・プロヤス至上最も評価の高い、もっと正しく言うなれば、人の心に残り続ける傑作なのである。
それは何故なのか、そもそも『スピリッツ・オブ・ジ・エア』とは何なのか。その尋常ならざる魅力とは。
今回の劇場公開に際し、各媒体でご紹介頂き、公開劇場にて好評発売中のパンフレットにも様々な情報を掲載したものの、まだまだ言い足りない事があったため、改めてこの場を借りて述べさせて頂きたいと思う。

『スピリッツ・オブ・ジ・エア』とは

まずは何よりも予告編をご覧頂きたい。

どうだろうか、この映像世界。
とにかく広大な大地と空のコントラストが鮮烈、人物は少々ミステリアスでエキセントリックにも見えるかもしれない。物語はこうだ。

《あらすじ》
いつかの終末世界、どこかの国。
どこまでも深く青い空。無限に浮かび流れ行く雲。
一直線の地平線の下に広がる、ウィスキー色の荒野。
たった一軒ポツンと佇む家に住むのは、兄フェリックスと妹ベティ。
フェリックスは、車椅子での生活を送りながら、手作りの飛行機によって空を飛ぶという妄想に取り憑かれ、いつかこの場所からの脱出を夢見ている。一方、偏執的な気質を持つ妹ベティは、この場所を一生離れてはいけないという父の遺言を忠実に守り、十字架に囲まれて暮らしていた。
そんな2人の生活の中に、ある日、スミスと名乗る逃亡者が現れ…。

それは、一度その映像を目にしたら忘れられない世界観を持ち、耳に残る荒涼と哀愁と神聖さを感じさせる音楽を併せ持ちながらも、長らくの間、観る事が困難だった“幻の傑作”である。
幻という形容が果たして正しいかというと異論は認めるのだが、そう言いたくなる由縁を申し上げたい。

日本での劇場公開と評価

1988年に制作された『スピリッツ・オブ・ジ・エア』は、本国オーストラリアで1990年シアトル国際映画祭など数々の正式出品を経て、日本上陸。
1990年、第1回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のヤング・ファンタスティック・グランプリ部門にて審査員特別賞を受賞する。
この時の審査員はジョン・ボイド(俳優)、ジョゼ・ジョバンニ(作家・監督)、テリ-・ジョーンズ(監督)、イ・チャンホ(監督)、根津甚八(俳優)。錚々たる顔ぶれである。

ここから約1年後、3月29日、ギャガ・コミュニケーションズ配給でパルコ SPACE PART3にてレイトショー上映が始まるのである。
CMやMVを数多く手掛けたプロヤス監督だけあって、斬新な映像センスに当時の若者たちは心打たれた。結果、12週間のロングランヒットとなった。
1989年に公開された『バグダッド・カフェ』のような美しい色調や荒野、心地よい音楽という共通点も後押ししてか、日本版オリジナル・サウンドトラックも発売された。
劇場公開が終わると、作品を気に入ったという当時の東宝映像事業部よりVHSがリリース。
しかし、そこから先、作品が心に刻まれた人が多く残り、アレックス・プロヤスはハリウッド進出まで果たしたにも関わらず、DVDやBlu-ray発売の機会は無かった。長らくの間、傑作だったという評判と、時たま高値で取引される中古VHSだけが世間に残っただけで、まるで幻のように姿を見なくなってしまったのである。

スピリッツ_91年チラシ

91年公開当時のチラシ

30年の時を経て、感動の復活

そして、ついに時は来た。
制作から30周年、監督自らが携わったデジタル・リマスター版が2018年メルボルン国際映画祭にて正式出品されたのである。
同時期にピーター・ミラーによる自選のサウンドトラックもリリース。
ほどなくして、日本でのデジタル・リマスター版の公開も決定。
宣伝にあたり、約30年前に公開された作品の当時の情報リサーチから始めた我々だが、とにかく劇中さながら荒野の様相。とにかくノーヒント。
そこから奇跡が起こり、当時、熱意を持って日本劇場公開への道を切り拓いた人物に行き当たる。同時にプロヤス監督との心温まる交流関係を伺い知る機会にも見舞われた。
その詳細エピソードなどは、こちらの記事にまとめて頂いたので、ご一読頂きたい。30年前に情熱を持って作品を完成させた青年と、異国の地で本作に感動し、どうにか劇場公開しようと奔走した青年の出会いと絆は、もう一つの映画のようである。

2/8(土)より、新宿シネマカリテにて遂に始まった劇場公開。
ささやかながら、観た人の心を確実に掴んで離さない模様は、その口コミの熱の高さから伺い知れる。
以下はTwitterに投稿された『スピリッツ・オブ・ジ・エア』への感想のまとめである。


次に、一体何がそんなに凄いのか。
皆さんに素晴らしい感想を頂いた中、乱文乱筆で手前味噌ながらも、そのポイントを語らせて頂きたい。

魅力①一度観たら忘れられない映像美

ポエム10

セルジオ・レオーネ、アンドレイ・タルコフスキー、ルイス・ブニュエル、テリー・ギリアム監督『未来世紀ブラジル』(85)、ジャン=ピエール・ジュネ、マルク・キャロ監督『ロスト・チルドレン』(95)、リチャード・スタンリー監督『ハードウェア』(90)などを彷彿とさせる映像世界。
ロケ地は、『荒野の千鳥足』(71)の舞台となり、『マッドマックス2』(81)や『プリシラ』(94)の撮影地として知られる豪州ブロークン・ヒル。
終末、荒野、広大な自然の中に佇むポツンとした人間や建造物。
登場人物はたった3人というシンプルさと、妹ベティの心情とリンクするかのようにコロコロ変わるゴシック的衣装…。
場面のどこを切り取っても絵になり、その絵画的センスに思わず言葉を失う。地面に建てられたオブジェのような物たちは、ミニチュアで作られ遠近法を工夫し撮影されている。
今ではあまり見なくなった、4:3のスタンダードサイズの画面の中には、プロヤスの心の原風景がこれでもかと展開する。
上記に挙げた作品群、監督、終末世界、荒野、地平線、「荒野にポツン」という構図がお好きな方には必見と言っても良い。

魅力②人生の縮図&観る人により変わる結末への解釈

サブ③

ジャンルを呈するならば「終末黙示録」とアレックス・プロヤス監督は語る通り、限定された世界での物語。
前述の通り登場人物は3人しかおらず、しかも台詞は少ないので映像やセットから背景を読み取るしかない。
物語の軸は「ある人間の希望《夢》と絶望《犠牲》」である。
ネタバレは避けるが、空を飛びたい、ここではないどこかに行きたい、と願い続け、来る時が来た日、何かを得るために何を犠牲にしなければならないのか――という様を見事なまでに独創的な美学と暗喩で描いている。

夢を諦めきれず、いつまでも追いかけ続ける人というのは、どこの世界にもいるものだと思う。その分野は多岐に渡るであろうが、一定して共通するのは「無謀だ」と周りから思われようと、失敗しても、何度でも挑戦し続けてしまう人がいる事である。
仲間と出会い、身内に反発されながらも事態は進展していき…。
そんな誰にでも起こりうる出来事が、実にシンプルに地平線の上で展開していく。人生のある部分の喜びと哀しみのような、言葉にならない区切りのワンシーンは、時を経てもなお心に響く物語である。
また、結末は《希望》とも《絶望》とも取れ、人により解釈が異なる部分も長年多くの人の心に残り続けた要因である。どちらが正解であるとも言えない、言葉に表しきれない感情がスクリーンにの向こうに旅立つ時、この映画は完成する。そして、他では味わえない、何とも言えない余韻に包まれ劇場を後にする事であろう。
また、アレックス・プロヤス監督は、88年の本国公開当時にこのような言葉を残しているので、ご紹介したい。

映画の主題は、制作時の困難に似ているといわれる。『スピリッツ・オブ・ジ・エア』は、目の前に立ちはだかる、時には馬鹿げているとさえ思えるような障害物と戦いながらも、夢を実現させようとする者たちの物語である。
 空を飛ぼうと試みる人々を映した古い白黒フィルムを見て、私はインスピレーションを得た。彼らの努力に感動した私は、同じ質のアイロニーを含んだストーリーを作りたくなった。
 この映画に登場する人々は、エキセントリックで弱点も見せる。彼らのシチュエーションはしばしば滑稽であるが、それは実際に我々が経験している日常ほどではない。
 これは、ある意味での犠牲と失敗についての映画だ。それはただ、笑うしかすべのないものである。     
〈製作・脚本・監督/アレックス・プロヤス〉

魅力③耳に残るアンビエントなサウンドトラック

80年代を中心に多くのMVを監督していたアレックス・プロヤス監督。
十字架や蝋燭などのモチーフが登場するCrowded House 「Don't Dream It's Over」(86)、赤い荒野で撮影されたINXS「Kiss The Dirt」(86)など、同郷オーストラリアのバンドたちの音楽に乗せ、時にユーモラスに、幻想的な世界観を演出してきた。

その映像と音楽の融合は『スピリッツ・オブ・ジ・エア』でいよいよ開花する。ピーター・ミラーによる印象的なサウンドトラックは、憧憬と哀愁を感じさせ、エンニオ・モリコーネやアンジェロ・バダラメンティ、さらにはミニマル・ミュージックで有名なフィリップ・グラスを想起させると高評価を得た。
砂漠を行き交う風のように荒涼と、人間の感情の憂いを包むようにエモーショナルに流れる旋律は劇中ずっと繰り替えされ、一度聴いたら忘れる事なく心を鷲掴みにされる。
オーストラリアのノイズ・インダストリアルバンドのSPKでボーカルも務めたカリーナ・ヘイズが劇中歌を歌う「Spirit Song」(89)のMVでは、本作のフッテージが使われた。

本作のサウンドトラック盤は初公開当時WEAレーベルより発売、日本でも国内盤化されたが、現在は廃盤でオークションなどでは高値で取引されている状態となっていた。
今年2020年、再公開を記念して日本で新たにサウンドトラック盤を発売。作曲者ピーター・ミラーが、2018年に映画公開30周年を記念して未収録楽曲を追加した全32曲・2枚組CDで発売したオーストラリア盤をベースに、ピーター・ミラー自らが再度楽曲をセレクト、曲順も構成し直した全26曲を収録。旧国内盤からカットされた曲もあるが、未収録だった1曲を追加、旧国内盤やオーストラリア30周年記念盤とも異なる新たなバージョンとなった。またジャケットもこの度の再公開用の日本版アートワークを使用した日本オリジナルデザイン。この新たなサントラ盤は『スピリッツ・オブ・ジ・エア』の上映劇場でのみの販売となり、世界的に見ても貴重なリリースとなった。
劇場では現在、サウンドトラックは好調に販売中であり、その人気の高さが伺える売れ行きである。

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以上、大きく分けて3点の魅力を紹介してきたのだが、劇中の宗教的暗喩など、まだ深堀りしきれていない点も多くあり、そちらは各々でご検証頂きたい。
今回の封切り後、異邦人であるスミスが長身かつ寡黙で美麗、ベティの衣装がかわいい、フェリックスの車椅子のデザインがユニーク、などと言った意見も多く寄せられているので、まだまだ魅力は語り尽きない。
アレックス・プロヤスの詳細な経歴については、その来歴とともに本作の魅力を説いた尾﨑一男さん(映画評論家&ライター)による愛に溢れた解説が劇場で販売中のパンフレットに掲載されているので、是非お読み頂きたいところである。

サブ④

サブ②


なお、『キング・オブ・エジプト』(16)以来、新作が制作されていないアレックス・プロヤス監督だが、以下に自身の公式YouTubeチャンネルを開設。
シドニーに自分の映画スタジオを建設し、そこで作品を製作していくことを発表している。
本作をはじめ初期作品のような独創的世界とまた出会える事に期待したい。

なにせ、再公開まで約30年もかかってしまった『スピリッツ・オブ・ジ・エア』。
このような時世ではあるが、この奇跡とも言えるリマスター版の劇場公開の機会に、できる事ならばぜひ足をお運び頂きたいものである。

末筆ながら、言葉足らずな長文にお付き合い頂いた方、既にご鑑賞頂いた方、最初に本作を”発見”した方や、今回の再上映に際しご尽力頂いた方々にお礼を申し上げたい。

加工用1


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