みてわかる電子回路「バイポーラトランジスタの原理」

ここでは、バイポーラトランジスタの動作原理についてみていきましょう。
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PN接合ダイオードの復習

バイポーラトランジスタの動作を理解するために、まずはPN接合ダイオードについて簡単に思い出しましょう。PN接合ダイオードとは、P型半導体とN型半導体の接合面が持つ性質を利用した電子デバイスです。PN接合には空乏層という自由に移動できる電子や正孔が存在しない領域が存在します。そこではイオン化不純物原子の電荷がむき出しになっており、N→Pの向きに内部電界が発生しています。

ここで外部からの電圧をN型半導体側よりもP型半導体側が正になるように印加することを、順方向バイアスをかけるといいます。このとき指数関数的に大きな電流が発生し、PN接合付近の空乏層の厚みが減少します。

逆に外部からの電圧をP型半導体側よりもN型半導体側が正になるように印加することを、逆方向バイアスをかけるといいます。この時はほとんど電流が生じず、またPN接合付近の空乏層の厚みが増加します。逆方向バイアスが非常に大きい時は降伏という現象による電流が生じますが、特殊な場合を除いてこのような状況は発生しません。

二つのPN接合ダイオード

さて、ここで順方向バイアスを印加されたPN接合ダイオードと、逆方向バイアスを印加されたPN接合ダイオードを考えましょう。これらのP型半導体領域を共通にすると、N型-P型-N型という順番で接合された電子デバイスが生まれます。このとき、なにか新しい現象は生じるのでしょうか?
特に何もおきません。単に二つのPN接合ダイオードをつないだだけなので、個々のPN接合ダイオードは、つなぐ前の動作を個別に淡々と行い続けるだけです。

自由電子と正孔の動き

もしこれらのダイオードが互いに影響を及ぼしあうとすれば、左側のN型半導体から中央のP型半導体の中に拡散した自由電子が、右側のN型半導体まで及んだ場合でしょう。普通これらの自由電子は、P型半導体中に大量に存在する正孔との再結合によって、ある一定の距離進むと全て消滅してしまいます。このため、左側のN型半導体の自由電子が、右側のN型半導体にまで及ぶことは通常はありません。

ここで、 N型-P型-N型の中間層であるP型半導体を、数$${\mu}$$m程度まで薄くしていったとします。すると、左側のN型半導体からP型半導体中に拡散によって注入された自由電子のなかには、P型半導体中の正孔と再結合せずに右側のN型半導体まで貫通するものが現れだします。このような自由電子のため、右側のPN接合ダイオードは逆方向バイアスされているにもかかわらず、右側の端子に電流が生じることになります。

このようにして、N型-P型-N型という構造をつくり中間層を数$${\mu}$$m程度にまで薄くすると、3つの端子をもつ新しい電子デバイスが誕生します。

バイポーラトランジスタ

このような構造の電子デバイスは「バイポーラトランジスタ」と呼ばれます。英語ではBipolar Junction Transistor と呼ばれるため、頭文字をとってBJTと略すことにしましょう。BJTの3個の端子は、エミッタ(Emitter)、ベース(Base)、コレクタ(Collector)と名付けられます。エミッタは、この電子デバイスでの主役となる自由電子を放出(Emit)する端子です。コレクタは、この電子デバイスでの主役となる自由電子を収集(Collect)する端子です。そしてベースは、この電子デバイスの動作を制御する拠点(Base)となる端子になります。各端子に生じる直流電流は、それぞれ $${I_{\rm{E}}}$$ [A] 、$${I_{\rm{B}}}$$ [A] 、$${I_{\rm{C}}}$$ [A] と書くことにしましょう。すると、電流保存則から、 $${I_{\rm{E}} = I_{\rm{B}} + I_{\rm{C}}}$$ が成り立ちます。なお、$${V_{\rm{BE}}}$$ [V]はエミッタ(E)を基準としてベース(B)端子に印加される直流電圧、 $${V_{\rm{CE}}}$$ [V]はエミッタ(E)を基準としてコレクタ(C)端子に印加される直流電圧とします。

BJT静特性(IB-VBE特性)

図中のデバイス構造のなかで、左側のPN接合に生じる電流はエミッタ電流 $${I_{\rm{E}}}$$ [A] に等しく、N→Pの向きに拡散する自由電子と、N←Pの向きに拡散する正孔によって生じます。それはベースとエミッタの間に印加された電圧 $${V_{\rm{BE}}}$$ [V] によって発生し、単一のPN接合ダイオードで生じる現象とほぼ同じだと考えてもよいでしょう。このため、電流量は $${V_{\rm{BE}}}$$ に対して指数関数的に増加します。このとき、P型半導体中に拡散したあとの自由電子は右側のPN接合ダイオードへと流入するため、単なるPN接合ダイオードとは状況が多少異なります。いっぽう、右側のダイオードが逆方向バイアスされているため、ひとまずは左側のPN接合ダイオードでの現象が右側のPN接合によって何らかの影響を受けることはないと考えておきます(細かく見るとアーリー効果などの2次的な影響あり)。

単一のPN接合ダイオードでは、N→Pと拡散した自由電子はすべてP型半導体に接続された端子に収集されて電流となります。ところがBJTでは、 N→Pと拡散した自由電子の多くは、P型半導体のベース端子に収集されることなく右側のPN接合ダイオードの中に流入してコレクタ端子で収集されます。このため、ベース端子に生じる電流 $${I_{\rm{B}}}$$ [A] は左側のPN接合ダイオードに生じる電流 (したがって $${I_{\rm{E}}}$$ ) の一部でしかなく、その割合はほぼ一定です。ベース電流 $${I_{\rm{B}}}$$ は左側のPN接合ダイオードに生じる電流($${I_{\rm{E}}}$$ )と同様に $${V_{\rm{BE}}}$$ の指数関数によって与えられ、その大きさはある一定割合だけ小さいと考えることができます。以上から、$${V_{\rm{BE}}}$$ と $${I_{\rm{B}}}$$ の関係は下図のようになります。

BJT静特性(IB-IC特性)

BJTでは、 左側のN→Pの向きに拡散した自由電子のかなりの部分はベース端子に収集されることなく、右側のPN接合ダイオードの中に流入してコレクタ端子で収集され、コレクタ電流 $${I_{\rm{C}}}$$ [A] となります。残りの自由電子はN型半導体中で正孔と再結合することを通して、ベース端子に生じる電流 $${I_{\rm{B}}}$$ [A] となります。基本的にこの割合は、中間層であるP型半導体の幅や不純物原子濃度によって決まり、電圧や電流の大きさにはそれほど依存しません。このため、ベース電流 $${I_{\rm{B}}}$$ とコレクタ電流 $${I_{\rm{C}}}$$ の間には比例関係が成り立ち、図のような直線の関係となります。

BJT静特性(IC-VCE特性)

つぎに、$${I_{\rm{C}}}$$ と $${V_{\rm{CE}}}$$ の関係を見ていきましょう。
$${V_{\rm{CE}}}$$ が大きいときには、BJTは右側のPN接合ダイオードが逆方向バイアスされており、そこに生じる電流は左側のPN接合ダイオードから突き抜けてきた自由電子によって担われます。このような自由電子が右側のPN接合での内部電界で右向きに加速され、取りこぼすことなくしっかりとコレクタ端子で収集されていれば、その電流量は左側のN型半導体から中間のP型半導体に注入される自由電子の総量に依存するでしょう。このためコレクタ端子での電流量は左側のPN接合での状態を左右する $${V_{\rm{BE}}}$$ のみによって決定されます。つまり、コレクタ・エミッタ間の電圧 $${V_{\rm{CE}}}$$ がある程度大きく、右側のPN接合が十分に逆方向バイアスされていれば、コレクタ電流 $${I_{\rm{C}}}$$ は $${V_{\rm{CE}}}$$ に殆ど依存しません。

一方、VCE の大きさが十分でない場合には、右側のPN接合ダイオードは十分に逆方向バイアスされておらず、右向きの内部電界の強度が不十分です。このため、左側のPN接合ダイオードから突き抜けてきた自由電子は、コレクタ端子によってしっかり収集されることなく、ベース領域に戻ってしまい、コレクタ電流は減少します。
以上から、$${I_{\rm{C}}}$$ と $${V_{\rm{CE}}}$$ の関係は図のようになるでしょう。

BJT静特性のまとめ

ここまでの話をまとめると、BJTの各端子での電流や電圧の関係は、図のようになります。この図はBJTの「静特性」とよばれ、BJTの回路素子としての性質を一覧するために広く用いられる図です。