勝利の女神
ギャンブルの世界では、しばしば、神の存在が論ぜられる。
特に『勝利の女神』の存在が・・・。
梶田 光二(仮名)は、大のギャンブル好きだった。
特に競馬には目がなかった。
でも彼は下手だった。
負けてばかりだった。
それも彼の場合、あと一歩のところで、負けることが多かった。
そんな時、彼は・・・
また貢ぐ君か、本当に勝利の女神様は、お金がかかるんだから・・・
・・・と、つぶやきながら・・・
いつか、きっと振り向かせてやる!
・・・と、再戦を期するのである。
ある時、彼が正月の初詣で・・・
おみくじを引くと『大吉』だった。
それにはさすがに、大吉だけあって、良いことばかり書いてある。
『待ち人来る』
『捜し物見つかる』
『事故にあわず』等々・・・
そして、『金運』の所には・・・
『思わぬ大金を手にする』と書いてあった。
これは今年は縁起が良いなぁと思い、正月競馬が楽しみになった。
彼は彼の軍資金である・・・
ボーナスの残り20万円を握り締め出陣しようとした時・・・
脳裏に、あのおみくじがよみがえった。
親しき女友達が福をもたらす。
ギャンブラーは縁起を担ぐものである、彼もそうだった。
彼は、彼女の和美に電話をして呼び出した。
和美はデートの誘いだと思い、めかしこんでやって来た。
そして嬉しそうに・・・
どこに連れて行ってくれるの?
・・・と尋ねるのだった。
そんなん決まってるがな、競馬場や!
すると、和美はがっかりして・・・
なんや、競馬に行くのに私を誘ったんか、お金ならないでー。
・・・と言うと・・・
お金はあんねん。
今日は、お前に勝利の女神になってもらおうと思って誘ったんや。
だから女神様らしく、もうちょっと、笑顔でいてくれや。
・・・と言うので・・・
和美は、ニコッと微笑みながら・・・
そこまで言うんやったら、ついていったるけど・・・
晩ご飯はどこかで、おいしいもん、食べさせてや。
おうっ、任せとけ!!
フランス料理でも、なんでも、たらふく食わせたるわ。
なんて言っても、今日は大金が入る予定やからな。
フランスパンにならなければいいけど。
・・・と和美は心配ながらも・・・
二人は和やかに競馬場に向かった。
競馬場に着くと、光二は専門紙を凝視しながら真剣に検討を始めた。
和美はかまってくれない光二を見ながら・・・
どうせ今日も負けるんだろうな。
お金がもったいないなぁ。
競馬なんかに使うお金があるんなら・・・
私に服の一着でも買ってくれれば良いのに。
・・・と思っていたら・・・
光二が『決まった、買ってくるからここで待ってて』と言って・・・
人込みの中に消えて行った。
しばらくして帰ってくると、買ってきた馬券を見せながら・・・
1-2、3万円
2-3、1万円
2-8、1万円
どれが入っても50万円以上になるわ!
もう当たったつもりで、算盤を弾いている。
私はそれを見て・・・
光二、5万円も買ってどないしたん。
いつもより、0が一個多いやんか?
すると、光二は・・・
今日は勝負に出るから、ボーナス全部もって来たんじゃ。
でも何も心配いらん、今日は絶対勝つから・・・
あと5分もせんうちに、50万円が俺のもんや!!
・・・と、嬉しそうに答えるのだった。
それを聞いて、あきれて何も言えない私に・・・
レースの開始を告げるファンファーレが届いた。
各馬がゲートに入って行く、各馬そろった。
場内がシーンと静まり返る、ガシャ、スタートしました。
その瞬間、静寂から、どよめきが起こった。
一頭落馬している、何と彼の買っている2番の馬だ。
5分で50万円どころか、1秒で5万円がゴミと化した。
あーあ、もったいない、やっぱりあいつはついてないわ。
5万円あったら、あのスーツが買えたのになぁと・・・
彼女がこの前、後ろ髪引かれる思いであきらめた・・・
服を思い出して悔やんでいると・・・
ある計画を考えついた。
そして、彼女は実行した。
落胆している光二を元気づけ・・・
次は、私が買ってきてあげるわ。
今日の私は、勝利の女神様なんやから・・・
私が買って来たら、当たるかもよ。
それを聞いた光二は、元気を取り戻し・・・
そうだな、お前が買わなかったから、さっきは、はずれたんだな。
・・・と勝手に敗因を分析し、それならと、次のレースの予想を始めた。
そして、次は本命しかない!
7-8、5万円。一本勝負!
そう言って財布からお金を取り出し、彼女に渡した。
彼女はそれを持って、人込みの中へと消えて行った。
私は、どうせ当たらないからと馬券を買わず・・・
5万円をポケットに入れて彼の元に帰った。
光二が、馬券をもらおうとするので・・・
あんたが触ったら当たらないかもしれないから、私がもっとく。
・・・と言うと・・・
彼もその方が良いかも。
・・・と、私に任せるのだった。
ファンファーレが鳴ってレースがスタートした。
今度も落馬してと願っていたら、反対に好スタートを切った。
7番・8番とも先頭でぐいぐい逃げている。
やばい、止めて!
だれか2頭を抜いてー!
・・・の願いも空しく・・・
ぶっちぎりで2頭は逃げ切った。
青ざめる私に、光二は・・・
よっしゃー、当たった!
8倍つくから40万円になった!
・・・と、うれしそうに言う。
40万円?
そんなお金もってないよ。
どうしようと思ったが、どうしようもないので・・・
光二が馬券をくれと言う前に、彼をたきつけた。
やったね!40万円だよ!
40万円!!
あんたの言ってた大金だよ。大金!!
もちろん、もう帰るよね?
この辺で辞めるのが、分相応だもんね。
分相応?
この言葉に自尊心を傷つけられたのか・・・
俺の言うとった、大金言うのは・・・
たった40万円くらいの事と違うわ!
一桁上や!!
・・・と、息巻いて・・・
よ~く見とけよ。
次のレース全額勝負行ったるから!
・・・と俄然、張り切りだし・・・
一段と熱を入れて予想を立て始めた。
決まった!!
次も本命や!!
3-8に全財産50万円!!
一点勝負、大勝負や!
そう言い、財布から残りの10万円を取り出して彼女に渡した。
40万円で良いやん。
10万円は食事代にしまっておいてー。
・・・と言うが聞き入れず・・・
頼んだぜ、女神様!
・・・と目を輝かせながら言うので・・・
私は罪悪感で、逃げるように人込みの中へと消えて行った。
心苦しかったが、仕方がないので・・・
その辺に落ちている、はずれ馬券を何枚か拾い時間をつぶし帰って行った。
馬券を見せろと言うかとちょっと緊張したが・・・
彼はそんなことおかまいなしにレースに集中していた。
ファンファーレが鳴った。
私は一生のお願いだから3番か8番のお馬さん・・・
落馬してー!
・・・と目をつむって願っていると・・・
一瞬の静寂の後、どよめきが起こった。
これはと思い目を開けて見ると、1頭落馬している。
やったー!と思ったのもつかの間・・・
落馬したのは3番でも8番でもなく、5番の馬だった。
それも悪いことに5番の落馬のあおりをくって・・・
4番と6番の馬が大きく出遅れていた。
これで勝負は5頭に絞られた。
どんどん追い詰められて行く私は・・・
倒れそうになりながら5頭を見つめた。
直線に向いた3番と8番が2頭そろって上がって来た。
先頭に躍り出た。
もう駄目だー!
・・・と天を仰いだ時・・・
白馬に乗った王子様が、すごい勢いで追い込んで来た。
1番の馬だ!!
私は最後の力を振り絞って・・・
行けー、行けーと叫んで応援した。
1番、3番、8番全くそろってゴールインした。
確率は3分の1、そう思ったら目の前が真っ白になり・・・
その後、真っ黒になり、私はその場に座り込んだ。
そんな私に光二は・・・
1着は3番で決まりやから・・・
問題は2着。
おれの目には8番が勝っていた。
これで300万円いただきや!
最悪でも同着やから、150万円は手に入るわ。
・・・と、上気して話しかけてくる。
1着は3番で決まり・・・。
すると、確率は2分の1・・・
そう思うとまた目の前が真っ暗になり倒れ込んだ。
こんなに時間が経つのが長く感じたことはなかった。
写真判定に時間がかかっていた。
こんなに長いと2着は同着だな。
・・・と、誰かが掲示板を見ながらつぶやいていた。
同着でも私は終わりだ。
サラ金に追われて、水商売に落ちて行く・・・
ドラマのワンシーンを思い浮かべていたら・・・
後ろで光二の大声が聞こえた。
やっぱり当たったのね、これで私は・・・
・・・と嘆いていたら・・・
うそやろの声。
私は、その天使の声に導かれるように・・・
後ろの掲示板を振り返ると・・・
3・1・8の順
あの白馬が2着に入っている。
一気に地獄から天国に舞い上がった。
私は、うれしさのあまり跳びはねそうになったが・・・
今度は反対に落胆して、座り込む光二を見るとそれもままならず・・・
うそー信じられない。
当たったと思ったのにー。
・・・とか言いながら・・・
集めておいた馬券を破り捨てた。
落ち込む光二に・・・
残念だったね。
でも今日はスリルを味わえて楽しかったよ。
・・・と言って慰めたが、元気にならない彼氏に・・・
元気出しなよ。
明日も競馬あるんでしょう?
お金なら、私が貸して上げるからさ。
・・・と優しく言うと・・・
男には、彼女が女神に見えるのだった。
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