見つめないでね『宝くじ』
杉野 一平(仮名)は、ごく普通のサラリーマンだった。
彼は、絵に描いたような普通の人であった。
彼の家族も極めて普通の妻と、普通の子供が一人いるだけで・・・
まさしく日本の平均的家庭そのものであった。
そんな彼の生活は、これまた普通で平凡なものだった。
しかし、彼は、この普通の人生に満足している訳では無かった。
出来れば、人も、うらやむような華やかな人生を送りたかった。
しかし、現実はそれを許さなかったし、その勇気もなかった。
そんな彼の唯一の抵抗が、これまた平凡ではあるが宝くじだった。
例えそれが、はかない夢と分かっていても・・・
それに、すがりつかなければ生きて行けなかった。
誰かは当たっている。
どこかで当たっている。
一気にリッチになっている。
そう思う事で、少しだけ自分の可能性を確認出来る気がした。
一等の7億円って、どんなお金だろう・・・。
当たったら貯金なんかせずに使い切ろう。
そうすると、1日2万円使っても、100年かかる。
毎日一杯飲んで帰れるわ。最高やなー。
そんなささやかな夢を見ながら・・・
年末ジャンボ宝くじの季節を迎えていた。
彼は、スポーツ新聞の運勢欄を味方に・・・
10枚3000円分をバラで購入した。
そして、それを家に持って帰ると・・・
だれも知らない秘密の隠し場所にそっと保管し・・・
抽選日を心待ちにして、忙しい師走を頑張っていた。
そんなある日のこと、テレビのニュースで、宝くじが話題になっていた。
皆さん、もう一度、昨年買った・・・
年末ジャンボ宝くじを点検して見て下さい。
まだ未換金の高額当選券が多数残っています。
一等の7億円が、3本も未換金のままです。
有効期限は1年ですので、くれぐれも御注意下さい。
・・・とアナウンサーが、信じられなそうに伝えていた。
彼はこれを聞いて地団駄を踏んだ。
誰が、そんなもったいない事するんやー。
神様も神様や!!
そんな有り難みの分からん奴に、当たりくじをやらずに・・・
自分にくれれば良いのに・・・。
そしたら、たんまりお返しするのになぁ・・・
・・・と、うまく行かない世の中を恨めしく思ったりしておりました。
そんな思いを抱きながら、彼は抽選日を迎えた。
目覚めは最高だった。
夢に、縁起の良い白蛇がわんさか出て来て・・・
なおかつ、自分にまとわりつき、天に昇って行くと言う夢を見たからだ!!
これは今日の抽選が楽しみだ!
・・・と一人ニヤニヤしながら、その時を待っていた。
女房・子供は、友達との約束があるらしく、出かけていたので・・・
彼は、誰に気兼ねすることなく、至福の時を楽しんでいた。
隠して置いた宝くじを取り出して、封を切る。
『どの番号が当たるのかなぁ~?』
などとダイヤの原石を鑑定するが如く調べていると・・・
一つ面白い番号があった。
それは『組番号55の123456』である。
かー、GOGOの123456。
なんだか、クラブ活動の掛け声みたいな番号だな。
これなら覚え易いから当たったらすぐに分かる。
そんなことを考えているうちに、抽選が生中継で始まった。
末等から順に抽選が行われて行く。
6等、5等、4等、3等、2等、そしてドリーム賞・・・
今までに、当たったのは、例年と同じく末等の300円が1本だけ・・・
後は1等にかけるのみである。
なんとか一矢報いたいと願っていたら、1等の抽選が始まった。
矢が次々に刺さって行く。
しかし、当たらない。
そして、ついに最後の抽選となってしまった。
彼はこん身の力を込めて祈った・・・
当たれー!
そんな彼の願いを知ってか知らずか、矢は淡々と突き刺さって行く。
『組番号55の1・2・3・4・5・*』
『おっー、おおー』
彼は、的が止まる度に何と言えば良いのか分からないが・・・
感動・驚き・祈りと言った・・・
有りと有らゆる感情が一緒になって・・・
体内をエンドルフィンと共に駆け巡っていた。
そして最後の下一けた、彼は、ただ見つめるだけになっていた。
次の瞬間、彼は全身の震えを抑えることが出来なくなった。
『6』
最後の一けたは『6』
1等は『組番号55の123456』
ああったたっつった。
彼は震えの為、ちゃんとしゃべれなくなっていた。
そして、しばらくの間、そこら中をのたうち回るのだった。
また、これは夢ではないかと何度も・・・
何度も、ほっぺたをつねってみるのだった。
そして夢でないことを知ると・・・
彼は、狂ったように笑い出すのだった。
その笑いも一段落つくと・・・
今度はニヤニヤしながら、何度も何度も当たりくじを眺めるのだった。
『組番号55の123456』
『654321の55組』
表から読んでも裏から読んでも、ちゃんと当たっている。
彼はそれを確認すると、またニヤニヤするのだった。
彼はこの繰り返しを、ただひたすらやっていた。
そして、何十回、いや何百回か、繰り返した時・・・
『それ』は、起こってしまった。
なんと、彼の宝くじに・・・
突然、穴が空き始めたのだ。
ブスッ、ブスッ、ブスッと・・・
さっきまで、ほころんで、とろけていた彼の笑顔も・・・
この天変地異を前にひきつるほかなかった。
そして、彼はこの事態に仰天しながらも何が起こったのか・・・
もっと良く知る為に、その穴を凝視するのだった。
7億円の当たりくじに穴があいている・・・
彼は、にわかに信じ難い事実を前に・・・
より一層凝視するのだった。
すると、どうだろう。
なんと今度は穴が大きくなり始めたのだ。
彼も、これはいかんと、すぐに離れたのだったが・・・
時既に遅く、宝くじは、はちの巣のようになってしまい・・・
何が何やら分からなくなってしまっていた。
彼は、この異常事態に、ただ、ぼう然と立ちすくむほかなかった。
しかし、こんなことで7億円をあきらめることなんて出来はしない。
彼は、ぼう然としながらも必死に対策を考えるのだった。
そして、彼は原型を留めない宝くじを分厚い辞書に挟んで・・・
宝くじチャンスセンターへと急いだ。
そして、偉いさんを呼び出し事情を説明するのだった。
すると、その偉いさんは・・・
またそんないたずらして。
いるんですよ毎年・・・
当たりくじに、突然、穴が空いたのなんのと言う人が・・・
そんな番号の確認が出来ないような・・・
ボロボロの宝くじを持って来られても、どうにもなりませんよ。
・・・と言いながら、去って行こうとするので・・・
買った売り場も、時間帯も覚えてるので・・・
もし1年経っても、当たり主が現れなかったら・・・
信じて下さい!
そう、泣きながら懇願したのだが・・・
男は『残念ですが・・・』と・・・
短く最後通牒を言い残すと・・・
足早に、去って行ってしまった。
がっくりとうなだれる彼に・・・
師走の北風が冷たく吹き付けていた。
人間には特殊な能力が、まだまだ眠っています。
これらは極限状態になった時、顔を出すことが多いようです。
『穴が空くほど見る』と言いますが・・・
これは昔、人間が持っていた能力の一つかも知れませんね。
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