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9999万円のギャンブラー

おい晴美、金貸してくれ。

男は、いつもの調子で無心した。

なにー、またあんた、ばくちですったんか?

ええ年してぶらぶらして、ええかげん目覚ましー。

私の彼はギャンブラーなんて、他人様に言えんし・・・

ましてや親になんか、よー言われへん。

このままやったら一生結婚できへんやないの?

あんたの事好きやし愛してるけど、このままやったら絶対に不幸になる。

なぁ、だから仕事してーなぁ。

あんた東大出るくらい頭ええねんから・・・

どこでも就職できるやろ?

だからなぁ、ええかげんギャンブラーになる夢はおいといて・・・

ギャンブルは、趣味にしてーなぁ、ほんと、この通り、お願い!!

そう言って晴美は頭を下げたが・・・

 

男は、おかまいなしに、いつもの口上を始めた。

おれの体の中を流れている血液は、バク血と言うんじゃ!!

おれには,天賦の才があるんじゃ!!

おれは、ばくちで一財産、いや百財産は作れる男なんじゃー!

・・・と、得意げに話し始めた。

 

晴美はこれを聞くたびに、過ぎ去りし過ちを思い出す。

それは二人が付き合い始めた頃・・・

晴美が競馬場に連れて行ってと、彼に頼んだ時の事である。

その頃、若者達の間で競馬場に行くのが・・・

おしゃれだと流行していたので、晴美も気軽にお願いしたのである。

それに彼は、ドのつくほどの真面目の堅物だったので・・・

競馬場に行く事が・・・

二人の付き合いにプラスになると思っての事でもあった。

 

しかし、それが大きな間違い・・・
水戸黄門を城から出してしまったかのように・・・

彼は、変わってしまった。

それも黄門様のように行く先々で・・・
事件を解決して悦に入るみたいに・・・

買う馬券、買う馬券すべて当たるのである。

彼は、バク才と言う、印ろうの魔力にとりつかれてしまった。

そして、その魔力は、彼を日に日に変えて行ってしまった。

それまでは、誰も調べないような細かい所まで調べ上げて勉強し・・・

万全の態勢で試験に挑んでいたのに・・・

魔力のせいなのか、山を張り・・・

その山の部分しか勉強しなくなるし・・・

また、占いやジンクスにも凝り出す始末。

根が真面目なだけに、一方向にどんどん突き進んで行く様で・・・

その変わり方は、彼を知る人を驚かせるのに・・・

充分過ぎるくらいであった。

 

まず、彼のギャンブラーへの転身を知って、彼の父親が倒れた。

それを聞いてお見舞いに行った時・・・

彼の父親が泣きながら話してくれた事がある。

私のお祖父さんが、大のばくち打ちで・・・

一代で莫大な財産を築いたが・・・

それに習えと思った私の親父が、すべての財産を使い果たし・・・

揚げ句に借金まで抱えて夜逃げ、一家離散。

それを見ていたから、私はギャンブルなど一切せず・・・

真面目にここまで頑張って来たし・・・

息子にも真面目が一番と、身をもって教えて来た。それが・・・

そう言って目に涙を浮かべていた。

一体あいつに何があったんだ?

・・・と本当に悔しそうに、コブシを握り締めブルブルと震わせていた。

 

それを聞いた私は、ズシリと責任を感じて・・・

少しでも何とかしようと・・・

今日ここまで彼のそばにいたが、どうも駄目のようである。

そのうち考え直すかと思っていたけれど・・・

どんどん深みに、はまってしまっている。

これでは駄目だ。

どうにかしないと、もう一時の猶予もない。

そう思い、ついに私も、ばくちに出た。

私は彼を連れて銀行に行き・・・

私の全財産、これまでコツコツ貯金して来た・・・

100万円をおろして彼に渡した。

 

これが私の全財産、これをあなたに託すわ。

もしこれを増やすことが出来たら、黙ってついて行く。

でも、もし全部なくなったら・・・

その時は、きれいさっぱり足を洗ってもらうからね。

これは賭けよ、あなたの好きなばくちよ。

あなたもギャンブラーを名乗るくらいだから、文句はないわね。

・・・と極道の妻たちに出てくる姉さんのように、一気にまくしたてた。

 

男はにっこり微笑みながら・・・

やっと、おれに託す気になったか!!

それでこそ、おれの女や!!

よーしまかせとけ!

10万、20万などと言わん。

1000万いや、1億に増やしてやるぜー!

・・・と能天気にほざいてる。

 

あかん、こりゃあかん。

今のこの人に何言ってもあかんけど・・・

ムザムザ100万円を無くす訳にはいかん。

高い治療費やけど、彼をばくち病から救う為には、これしかない。

そして、念には、念を押し・・・

負けたらギャンブルは辞めて就職するんやで!

・・・と鬼の形相で確認すると・・・

負ける訳が無いけど・・・

もしそうなったら、きっちり辞めたるわ!!

男に、二言なし!!

・・・と笑いながら返して来た。

それから、男はちょっと勝負に行って来るわ。

・・・と、早速行きつけのパチンコ屋に消えて行った。

 

さぁどうなるのか、不安げな晴美。

軍資金を手に入れてルンルンのギャンブラー、果たして結末は如何に?

 

1万、2万勝つのは、100万円もあるのやから・・・

楽勝と思っていたギャンブラーだが、世の中は、そんなに甘くない。

逆に1万2万と取られて行く。

ついに1日で10万円も溶かしてしまった。

でも、まだ90万円もあるんだし・・・

競艇で本命にでもかけたら、すぐに取り戻せると・・・

次の日朝から行くが・・・

またしても負けて、その日全滅。残り70万円。

やっぱり得意の競馬しかないと、大井に出掛けて行くが・・・

裏目裏目の連続で残り50万円。

たったの三日で半分になってしまった。

しかし、男は少しもめげずに・・・

おれは、やっぱり中央が向いてると・・・

土曜日朝から気合を入れて行くが・・・

ドツボにハマり、ついに残り10万円になってしまった。

 

とうとう追い詰められたギャンブラー。

果たして巻き返しはあるのか、結末は如何に?

 

残り10万円になって余裕が消えたギャンブラー。

真剣な眼差し、いや必死の形相で専門紙を凝視する。

すべてのデータを頭にたたき込み・・・

サイコロまで振って最後の勝負馬券を決めた。

負ければギャンブルができない。

それはギャンブラーにとって死に値する。

まさに、男は命をかけて決めたのである。

決意した男はとても静かだった。

サイは、投げられたのである。

後は、運命に身を委ねるだけ。

それを知っている男には、勝負師の風格がある。

 

勝負の日、男は晴美を誘って競馬場にやって来た。

男は一大勝負だと言う。

晴美は男が負けて、残り10万円しかないなんて、露ほど知らない。

だから100万円で勝負するのだと思い、結構期待しながらいた。

それは男の勝負レースである本日のメインレースが・・・

マイルチャンピオンシップであったからだ。

このレースはマイル・・・

いわゆる1600メートルで日本一を決める競争である。

また、マイル戦と言うのは、まぐれが少ないことで有名である。

なぜなら、スピードと持久力とを・・・

併せ持っていない事には勝てないからである。

真に強い馬だけが征する事の出来るレース、それがマイル戦なのだ。

よって、このマイルチャンピオンシップも・・・

過去10年間ほとんど、本命サイドで決着していた。

彼もやるわね。

この固いレースで勝負するなんて、結構当たる確率高いわよ。

これなら一度はあきらめた私の100万円。

もしかしたら戻って来るかもなどと・・・

淡い期待を抱いていたが、男の買って来たのは・・・

本命どころか、全くの無印同士でオッズが1000倍もつく超大穴。

それを一点で10万円も買っている。

そんなの来る訳無い、どぶに捨てているのも同然だ!!

あー、とめまいがしたが、100万円でなく・・・

10万円なので、まぁいいかーと・・・

気を取り戻そうと思ったら・・・

彼の口から・・・

これが最後の勝負来てくれよー!

・・・とか、聞こえて来る。

 

これが最後?

これが最後ってどういう意味?

残りの90万円は?

そんなもん、とうの昔になくなったよ。

でも心配するな!!

これが当たれば約束通り1億円にして返してやるぜ!!

・・・と、男は笑って答えるのだった。

 

それを聞いて、私はへなへなとその場に座り込んだ。

ほんの4日前まで手付かずで残っていた私の100万円が・・・

もう10万円になっている。

その10万円も、半分どぶの中。

1億円になんかなる訳無いでしょうと、泣いていたら・・・

ファンファーレが鳴ってスタートした。

 

どうせ駄目よと思って見ていたら・・・

なんと彼の賭けた馬が、2頭とも先頭で逃げている。

逃げてもすぐに交わされるわ。

1頭でも交わされたらそれでお仕舞い・・・

まだまだゴールは遠いし、絶対無理と思って見ていると・・・

2頭はどんどん他馬を引き離して行く・・・

それを見て場内が、大歓声に包まれた。

それを聞いて私も・・・

もしかして、もしかしてと思い始め、必死に応援する。

そのまま、そのまま、逃げろ、逃げ粘れ・・・

ついに直線後ゴールまで400メートル、まだ大分リードがある。

がんばれ、がんばれ、もう少し、もう少し、私は全身で応援していた。

差が詰まって来た。

後200メートル、まだ先頭だ!!

でも、1頭遅れ始めた。

そこへ、後続馬が一斉に襲い掛かって来た。

1着は決まったが2着は、接戦だ!!

粘れ粘れ粘れー!!

・・・とゴールまで、叫び終えた私は・・・

一瞬気を失って、その場にしゃがみこんだ。

結果は?

勝ったの負けたの?

夢でも見ているように回りが、ぼやけて見える。

そんな中で、彼が見えた。

彼は、じっと電光掲示板を静かに見ている。

覚めやらぬ歓声の中、結果が出た。

鼻差の3着だった。

彼は、最後に相応しい良い勝負だったと、晴れやかな笑顔で・・・

そっと私を抱き上げてくれた。

私は、その腕の中で・・・

白雪姫が眠りから覚めるように・・・

夢見ごこちの良い気分を味わった。

 

そして、彼は、約束通り、ギャンブルを辞め、大手商社に就職し・・・

同僚に、おれは昔9999万円のギャンブラーと呼ばれていたなどと・・・

自慢しながら、バリバリ仕事をこなしている。

また、かく言う私はと言うと・・・

実は、あの興奮が忘れられず・・・

最近、彼に内緒で、大穴馬券を買ってたりする。

1億円の女ギャンブラーを目指して!

(あっ、このことは、彼には内緒ね!!)

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