市場拡大にも、自社IP戦略にも。U-NEXTが“縦スクロールマンガ”に本気で取り組む理由
2023年10月11日、U-NEXTは縦スクロールマンガの配信を本格的にスタートすることを発表しました。人気作品の数々はもちろん、U-NEXTオリジナル作品もお届けしていく予定です。
縦スクロールマンガは韓国で生まれ、2010年代に入ると日本でも注目を集めるようになりました。市場規模もますます拡大する今、このタイミングで参入する背景にはさまざまな理由があります。
今回は、ブック事業部で作品の調達や事業推進などを担う木下尚と、IP事業でオリジナル作品の制作を担う星野万里にインタビュー。国内市場の変遷にも触れつつ、いま配信に踏み切る理由や強み、展開の可能性までをお伝えします。
“わかりやすさ”で新規層から支持を集める、縦スクロールマンガ
──はじめに、縦スクロールマンガの特徴について教えてください。
星野:最大の特徴は、年齢や性別などを問わず、それまでマンガをほとんど読んだことがない層から多くの支持を集めている点です。
その背景にあるのが“わかりやすさ”。たとえばWebサイトのように縦にスクロールしていくだけで読み進められることや、白黒ではなくフルカラーで表現されていることなど、マンガに慣れていない人でもストレスなく読み進められる仕様は、人気の理由の一つです。また、従来のマンガ作品と比べて物語の展開がキャッチーで明快なものが多く、手軽で読みやすい作品が豊富な点もファンの獲得につながっています。
──縦スクロールマンガは韓国で生まれたそうですが、日本ではどのようにして広がってきたのでしょうか?
星野:『ReLIFE』や『俺だけレベルアップな件』など爆発的なヒット作が生まれたことで、2010年代から日本でも少しずつポピュラーになってきました。そのうえで、LINEマンガやピッコマを中心に「毎日無料」「待てば無料」と言われる機能が生まれたことが、縦スクロールマンガ、ひいては電子コミック市場の拡大に強く寄与しています。
「毎日無料」「待てば無料」は1日に1話〜数話ずつは無料で読むことができ、それを超える分は課金が必要になる機能のこと。この登場がプラットフォームへ定期的に訪れる利用者、および定期的にマンガを読む習慣を持つ人の増加に結びつきました。また、作品を気に入った利用者の“まとめ買い”も徐々に増え、課金による収益増加にもつながっていきました。
ヒット作の登場と画期的な機能のかけ合わせが、縦スクロールマンガの人気拡大の要因になったのです。
──縦スクロールマンガの市場全体を見渡すと、どれくらいの規模にまで成長しているのでしょうか?
星野:グローバルでは、縦スクロールマンガの市場規模は2021年時点で約4400億円。これが2028年までには、約3兆円規模にまで達すると予想されています(※1)。
一方の国内では、2022年度の電子コミックの市場規模が5199億円程度と見込まれており、これは電子書籍全体の8割以上にあたります。また、現状電子コミック市場のうち縦スクロールマンガが占めるのは1割程度。2027年度に電子書籍全体の市場が8000億円規模にまで拡大するという推計から考えると、今後縦スクロールマンガの市場も少なからず成長していくことが予想されています(※2)。
約400万人の会員の存在が、大きなアドバンテージ
──では、なぜU-NEXTはこのタイミングで縦スクロールマンガの配信を本格化するのでしょうか。
木下:U-NEXTのブックサービスがより成長していくうえで、縦スクロールマンガの拡充が不可欠だと強く感じているからです。
2023年の7月から、U-NEXTでは新たに「毎日無料」の提供を開始しました。先ほども話に上がった通り、「毎日無料」の機能はマンガの売上を拡大するうえで重要なファクターの一つ。だからこそ、長い時間をかけて準備してきました。
この「毎日無料」の機能をさらに活性化させるためには、話ごとの販売に適した縦スクロールマンガの存在が欠かせません。機能側が整った今だからこそ、満を持して縦スクロールマンガの提供に踏み切れると考えました。
──LINEマンガやピッコマ等、国内でもすでに有力プラットフォームがいくつか存在します。そのなかで、U-NEXTだからこその強みや特徴はどこにあると考えますか?
木下:まず、すでに約400万人の会員がいることが大きな強みです。
新規でゼロからサービスを立ち上げる場合、初期の会員獲得には大きな難しさが伴います。一方で、U-NEXTの場合は動画や書籍をすでに楽しんでいる既存会員がいて、そこへ縦スクロールマンガの購読も促していく構図になる。一定の土台があったうえでスタートできる点は、大きなアドバンテージになるはずです。
星野:会員の特徴と縦スクロールマンガというコンテンツの親和性、相性にも大きな強みがあると考えています。
そもそも、U-NEXTの会員は「動画が見たい」という動機で登録してくださっている方が最も多い。動画をメインで視聴する会員なので、従来の横読みのコマ割りされたマンガを読んでいなかった方も一定数いるので、そのような人にも、親しみやすいのが縦スクロールマンガだと考えています。
一方縦スクロールマンガの場合、スクロールしていくだけで物語が進んでいくので読みやすさがある。動画は見ているがマンガを読んでいない会員の皆さんに「これだったら読みやすい」と感じ、手にとってもらえる余地があると思っています。
木下:縦スクロールマンガは、いわば通常のマンガと動画の間に位置するようなコンテンツだという感覚なんです。従来のマンガより、アニメを視聴してる感覚に近いなという印象をいち読者として持っています。作り方がアニメに近くて、ただアウトプットのされ方がアニメではなく、マンガである。その点からも、動画を中心に見ている既存会員とも相性が良いはずだと考えています。
──コンテンツとしての向き合い方として、動画と縦スクロールマンガは相性が良い、と。
星野:さらに言えば、U-NEXT会員がどういった作品を好むかの傾向を把握できていることも強みになるはずです。
いま国内における縦スクロールマンガのトレンドは、大きく分けると“悪役令嬢もの”か“転生もの”の2つ。この2ジャンルに投資することも重要ですが、今後を考えるとそれ以外のジャンルからも、ヒット作は生まれるはずです。U-NEXT会員がこれまでに好んできた映像作品やそのジャンルと照らし合わせながら進めることで、オリジナルIPのヒット作を生み出せる可能性を高めやすいと考えています。
──オリジナルIPの話題が出ましたが、U-NEXTは自社でのIP開発にも力を入れていくのでしょうか。
星野:はい。すでに小説、マンガは展開しており、その必然性も苦労も理解しています。IP創出を会社として経験している点は、今後縦スクロールマンガでの開発を進めるうえでもアドバンテージといえるでしょう。
特に一筋縄にはいかない難しさを代表の堤も含めて全員が理解しているのは重要です。ヒットのためには数を打っていくことも必要ですが、成果が出るまでには時間がかかる。長い時間軸での議論や投資を続けていけることには、頼もしさを感じます。しっかりと腰を据えて、オリジナルIPの創出に取り組める環境だと感じます。
今後の展開と、“挑戦的”な4つの作品
──ここまでの話を踏まえ、今後の展開を教えてください。
木下:まずは既存会員に縦スクロールマンガを含めて、ブックサービスをしっかりと使い込んでもらうことに力を注ぎたいです。「毎日無料」の機能を既存会員により認知してもらい、浸透させていきたい。まだまだ機能の認知・活用という意味でも、大きな伸びしろがある状態ですから。
ブックサービスの利用がさらに活性化されれば、既存会員の存在がより大きなアドバンテージになります。「毎日無料」の浸透を通じた利用率向上に力を注ぎ、ある程度活性化したところで、縦スクロールマンガの拡大により力を入れるという流れを想定しています。
ただ、気をつけたいのは「縦スクロールマンガだから読み続ける」という動機の利用者はほとんどおらず、結局は作品の中身の面白さこそが大事だということ。だからこそ、利用者に興味を持っていただけそうな作品を揃えていくことに力を注ぎたい。そのために、より多くのクリエイターやスタジオを巻き込んでいけるかどうかも、今後の重要なテーマになると考えています。
──今後縦スクロールマンガの展開を進めるなかで実現したいことを教えてください。
星野:今までに縦スクロールマンガとしてはあまり流通していないテーマや内容の作品を、オリジナルIPとして制作していきたいです。
先ほども触れたように、縦スクロールマンガの市場は今後も徐々に拡大し、今まで以上にさまざまなプレイヤーの参入が見込まれます。そのなかでは、トレンドも間違いなく変化していくはず。
もちろん、すでにあるトレンドに沿った制作をしていくことも重要ですし、短期も含めてヒットも狙いながら制作を進めています。それと合わせて、今はまだヒットが生まれていないテーマや領域での作品づくりにも、仮説を立てながら積極的にチャレンジしていきたいと考えています。
──10/11にリリースされるオリジナル作品のテーマや内容にも、そうした挑戦の意図が込められているのでしょうか?
星野:はい。人によっては「このテーマでは絶対売れない」と思うようなものも含まれているかもしれません。かなり挑戦的なラインナップになっていると思います。
たとえば、『夢魔は女子がこわい』はキャラクターにこだわった作品です。これまでの縦スクロールマンガでは、キャラクターの味や個性を色濃く出せているものが少ない印象があります。そうではなく、キャラクターを存分に立たせたいという想いをもとに作ったのがこの作品です。
他にも、韓国ドラマ好きを想定して作られた『同居相手の推し(幽霊)に弄ばれてます』や悪役令嬢の世界観を踏襲しつつドラマ化も見据えた『仮面令嬢の復讐婚約』、電子マンガで流行の兆しがあるいわゆる「こじらせ女子」が主人公の物語『東京で、 こじらせ愛。』など、バラエティに富んだ内容になっています。
▼10月より順次リリースされるオリジナル4作品
──既存のトレンドに縛られない、ユニークなラインナップですね。最後に、木下さんから今後目指す事業展開について教えてください。
木下:プラットフォームとして、より多くの方がその人にとって面白い作品と出会える機会を、一つでも多く増やしていきたいです。そのために、U-NEXTの活動を業界自体の成長につなげていく視点も大切になると考えています。
たとえば、国内では縦スクロールマンガの作品を制作するスタジオは増え続けている一方で、それを売るためのプラットフォームの選択肢がかなり限られてしまっている。いくら作品数が増え続けても、読者が作品に触れる機会が増えていかなければ、トータルで見て業界は大きくなっていきません。だからこそU-NEXTがプラットフォームとして、スタジオや出版社にとって有力な選択肢の一つになっていくべきだと考えています。
また、個人的にはより多くの国産作品を扱う受け皿になっていきたいとも思っています。現状、市場で大きな影響力を持つプラットフォームは、運営元の多くが韓国企業。その結果、どうしても日本産の作品より韓国産の作品の流通量が多くを占めている。その状況も踏まえて、U-NEXTではよりフラットに日本の作品も扱える状態をつくっていきたいです。
いずれにせよ、私たちはまだまだこれからの立場です。一緒に成長してきたいと思ってくださるスタジオや出版社の皆さんと広く手を組みながら、試行錯誤を続けていきたいです。