君たちは全裸でどう生きるか

文雄くん、いま君は大きな苦しみを感じている。
なぜそれほど苦しまなければならないのか。
それはね、文雄くん、君が正しい道に向かおうとしているからなんだ。
「チンポを出したい」と思うほど自分を責めるのは、
君が正しい生き方を強く求めているからだ。
中年男性ってものの、あるべき姿を信じているからだ。
さあ、文雄くん、いまこそ答えを見つけよう。
おじさんのノートを最後まで読んでくれれば、
きっと君は、自分を取り戻せる。
あらたな一歩を踏み出すことができる。
ワシたち中年男性は、
自分で自分を決定する力をもっているのだから。


 ――暑い、暑すぎる。こんなに暑いのはあの終戦記念日の時以来かもしれない。広島と長崎の式典スピーチを使い回している、とマスコミに毎年非難されていたが、「今年はChatGPTがあるから大丈夫!」と翔太郎に任せたら冒頭から卑猥な単語を連発する羽目になってしまった。北朝鮮の新型ミサイルの名称ということで何とか誤魔化したものの、冷たい広島市民の視線に耐えられず、慌てて平和記念公園を後にして、呉市のすき屋に駆け込んだ。相変わらず3年間近く毎日通っているという全裸の中年男性をSPが叩き出した後、お冷を飲み干してようやく人心地がついた気がする。目の前に広がる呉の港を眺めながら、文雄は静かに昔の記憶をたどり始めた。

 1937年、空襲警報で目を覚ました文雄は、母親が入院している病院の方から火の手が上がっていることに...待て。もうそこから記憶がおかしい。86歳にしてはチンポがデカいのでは?という嬉しい指摘は置いておいて、熱中症でかなりやられてしまっている。それにそれ以上喋ることは許されない。今日は日本にとって特別な日だ。エヴァ新作を公開初日に観に行ったら、ネタバレが書かれたチンポを全裸の中年男性が振り回していた苦い思い出がよみがえる。「ちょっとそのチンポだと値段が付かないですね~(笑)」というビッグモーター社員のにやけ顔。ヤケクソになった中年男性ほど怖いものはない。「あれ、見えますか?プラナちゃん?」と己のポコチンを執拗に指差す全裸の中年男性。無敵の人、無敵の自民党、無敵の日本海軍... 劇場スタッフに追い出されてやることもなくなり、「T字大回頭!」とイオンシネマの前で肛門日光浴をしていた全裸の中年男性が、突然駆け寄って来て、文雄に何かを手渡した。それは大量の大便!...ではなく、『古ぼけた一冊のノート』。SPに袋叩きにされて除草剤をチンポに掛けられ大絶叫している中年男性を横目に、総理大臣専用車に乗り込む。センチュリーのボンネットに映る雲ひとつない青空。そして日の丸の旗が優しくひらめいていた。

 誰かの終戦記念日は、誰かの戦勝記念日でもある。あの2発の原爆は、銃後の人々を心まで焼き尽くした。かつて私が暑い夏に訪れた丸木美術館には冷房がない。しかしここは日本で最も寒気をおぼえる美術館だった。二つの国にとって真逆の平和の記念日。久しく忘れていたこの想いを、私はなぜ自分の言葉できちんとスピーチしなかったのか。...バービーとかいうチンポコ映画の宣伝ツイートで、文雄は改めて人間の業というものを思い知った。彼らには悪意がないのだ。他人を思いやり、痛みや悲しみがわかる人間は実はごく僅かしかいない。すき屋で隣の席の全裸の中年男性がトイレに行っている隙に、店員が牛丼を下げてしまい号泣していても、私には全く関係ない。だからわからない。翔太郎がパリロンドンを税金で豪遊しまくることがなぜ悪いのか?愛する息子を次期総理大臣にして何が悪いのか?退職金とボーナスを国庫に返還すると、来年の住民税はどうなるのか?エアコンの効いた車内で「なぁぜなぁぜ」と呟きながら、文雄はおじさんのノートをめくり始めた。

 川が流れるように、文雄を乗せたセンチュリーが道路を滑って行く。原爆ドームの前で、マンガの必殺技のようなポーズで無邪気に写真を撮る子供たち。不謹慎であると怒り狂う全裸の中年男性は、やがてふと気付く。もしかすると、これは本当に戦後が終わり、日本に平和が来た光景なのかも知れない...と。転瞬、留置所の窓からこちらを覗いている青い鳥。イーロン・マスクにTwitterを追い出された哀れなアオサギが呉の海に飛んで行く。本社の屋上に取り付けられた、光り輝くXの文字。つまり交差する中年男性のチンポ。「太い方がワシだ!」とお互い全裸で胸ぐらを掴みあうこの矛盾こそが、社会の歪みを象徴しているのだ。バービーの上映会場から聞こえてくる悲鳴に近い歓声。バービー!バービー!バービー!バ...バビ!ブビッ!ブリブリブリ!ブバ!バビビッ!ババババーッ!ビビーッ!...若干遅れてシネコンのロビーに漂う異臭と中年男性の野太い笑い声。悲鳴に近いというか、悲鳴そのものであった気がする。私は鳥だからよく覚えていない。そして政治家なので一切覚えていない。

 結局のところ、おじさんのノートは、手にした瞬間から全裸の悪魔と称する白塗りの中年男性が見えるようになり、とどのつまり竹中平蔵とだけ200万回以上書かれている狂人の書だったので、文雄は一時的な狂気に陥り、あやうく減税をしかけた。その反動でチンポ税導入を閣議決定。1㎜当たり1万円という重税に非難が殺到するかと思われたが、「自己申告制」ということで形式的な税金だという認識が広まり、大して問題にはならなかった。しかしながら蓋を開けてみれば毎年280万円を収める全裸の中年男性が続出。戸塚税務署で引きつった笑顔を浮かべる中年男性の姿をモニターで眺めながら、翔太郎と酒を酌み交わす人生最高の夜。『おじさんのノート』の冒頭に書かれていた通り、私は自分を取り戻した。あらたな増税という一歩、自分の税金は自分で決めるという中年男性の力。こんなことを発明してしまう自分が恐ろしい。そう、私こそがオッペンハイマーだったのだ。ありがとうおじさん。ありがとう緑のおじさん。ありがとう緑の全裸のおじさん。ありがとう全裸でくら寿司に行き稲荷ずしを食べまくり警察を呼ばれバランを全身に貼って何とか逃れようと試みる緑の全裸のおじさん。ありがとう。ありがとう安倍晋三先生。ありがとう竹中平蔵先生。そしておめでとう翔太郎。なんでもない日おめでとう翔太郎。お前はもう首相秘書官でもなんでもないんだ。LINEに公邸全裸大忘年会の写真を流出させた犯人はもうわかっているんだ。国民が服を着ているということは、まだ搾り取れるということなんだ。
君たちはどう生きるか。
そして君たちは全裸でどう生きるか。

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