とある下層の住民

※捏造設定過積載

ヴィルーパ下層とあるセクター。
中層から垂れ流される薬品混じりの雨が降り注ぐ。今日に限った話ではない、下層に降りてくるのはそんなものだけだ。

雨の中を歩く影があった。打ち捨てられた倉庫街を歩く影。中肉中背で特に特徴のない男は、フードの前を押さえて雨を凌いで足早に目的地を目指していた。

ツイテナイ、と胸中でごちる。偶然手に入れたメモリーチップを売り払う予定だったが当てが外れた。最近このセクターに進出してきたCMP(キャッチマッチパッチワークス)のサービスはマッチングサービスを謳っており、取引にも有用だ。必要な相手だから話が早くていい。男は手っ取り早く換金したいときはこのサービスを利用していた。

だが、今回は取引場所に辿り着いた時には相手が死亡していた。何か危ない山を渡っていたのか、部屋の中で全身義体の男は回路を焼き切られて物言わぬ置物となっていた。その時点で回れ右、迂闊に触れてはトラブルに巻き込まれかねない。

そして情報収集も兼ねて馴染みの酒場で飲んでいると妙な話を耳にした。

匂いのない女の話だ。

下層民の体には多かれ少なかれ様々な匂いが染み込んでいる。洗い流そうにも水そのものにも何かしらの薬品は含まれ、真水なんてものは貴重品。大気にもとても無害とは言えない化学物質が含まれている。衣服の類も綺麗に洗っていようが匂いまでは完全に落とせない。そして生体からは老廃物の匂い、機械の体とてサビや表面に付着した様々な物体の匂い。機械の体の方が清潔なんてことはない、定期的なメンテナンスを受けれる中層や上層とは違うのだ。代謝のない分、匂いが重なっていく。長年住み慣れたセクターの匂いが体に染み付いていく。それこそ匂いで別セクターの人間が判別できるほどだ。住み慣れた人間は慣れて気づかないが、上から来た人間は非常に気になるらしい。表情を見れば一眼でわかるし、そんな物見遊山で来たような手合いは格好のカモ、翌日にはどこかの誰かの懐を潤しているだろう。

そして匂いのない女はここ数日目撃されているらしい。なんとかいう企業のマークを付けているらしいが、匂いに顔を顰める事なく慣れた様子らしい。そして、何日も下層にいるくせに匂いが一つもないということだ。対面するものは違和感でギョッとするらしい。匂いの原因の分子を完全に弾くような高級品で身を固めているのか、なんにせよ厄介事の気配しかしない。関わりにならないのが得策だ。

そうして男はアジトへと歩を進めている。男が所属するチームは武闘派だ。昔、廃倉庫で見つけたジャンク品のパワードスーツ。下層で使うには少々過剰戦力なそれで一帯に影響力を持ってる。

帰り着いたアジトの入り口は開け放たれ、人影が一人分。反射的に男は身を隠す。身につけたデバイスで人影を拡大して観察する。どことも知れない装束に身を包んだ女だ。装束の布地は雨に濡れた様子がなく不自然なほど綺麗で、耐環境性能の高い装備らしい。何を言っているかは雨音で聞こえないが、ズームしたまま録画を開始する。情報は売れるし、スナッフムービーの類も良い値で売れる。上の住民のものともなれば更に値がつく。

用件が何かは知らないが、1人でのこのこやってきたならボスならばバラして売った方が得と判断するだろう。身につけた装備はもとより、血肉も利用価値がある。上の人間の健康な生身は移植用でも需要が高い。頭部も良い値がつく。脳やインプラントされた機器から情報を引き出せれば一攫千金も夢ではない。

そして首を刈ろうと後ろからサイボーグの仲間がナイフを手に飛びかかる。加速し一点に力を込めたナイフは音もなく首を刈り取る…ことはなかった。くるりと女が身を翻し手を添えた風に見える。それだけでサイボーグは地面に叩き付けられ動きを止める。

ヤバい、軍用の高級義体か何かかも知れない、そうすると逃げた方が得か?と男が逡巡してる間に事態は進む、男にとって悪い方向に。

女はゆるりと歩いていく。銃撃をすり抜けるように躱し、サイボーグも義体もいなされ潰される。そしてボスのパワードスーツ、出力重視で過剰に調整された巨体。上から叩き潰すような一撃は女の手で滑るようにいなされる。そして下がった頭部に女が手を添えると、頸部アクチュエーターが狂った音を立て、頭部が捻じ切れる。

そして男が逃げようと思った時に背後に影がかかる。接近の気配も何も感じず、影から湧いて出たようなそれに振り返ろうとしたところで男の意識は消えた。


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