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言葉と態度によって多くの人々にプロジェクトの参加を呼びかけました。

クリストの訃報を受けてから一夜明けてやっと口を開く気になってきました。頭の中はまだ露出オーバーで白トビしているのですが、それでもユラユラと浮かんでくる言の葉を拾い集めてみます。
クリストはアーティストです。作品の署名は「クリストとジャンヌ=クロード」。クリストとジャンヌ=クロードは夫婦二人で世界的なプロジェクトを手懸けてきました。ジャンヌ=クロードの方が先に旅立ちました。2009年のことです。その後、残されたクリストは一人で活動を続けますがプロジェクトの署名は「クリストとジャンヌ=クロード」のままでした。故人を偲ぶとか敬意を表するという意味合いもあるでしょうが、プロジェクトの時空スケールを考えれば当然のことだと思えます。1958年に二人が出会った瞬間にすべてのプロジェクトの号砲が鳴ったと捉えるべきなのでしょう。
専門的なことはわかりませんが現代アートの概念を語る上で二人は欠かせない先駆者であったようです。
[梱包されたポン・ヌフ](1985年/パリ)の写真を初めて見たボクはそれが何だかわかりませんでした。映画[ポンヌフの恋人](1991年レオス・カラックス監督)でアレックス(ドニ・ラヴァン)とミシェル(ジュリエット・ビノシュ)が社会から弾かれて逃げ込んだあの石の橋が丸ごと布でくるまれているのです。そして何事も起きません。クリストとジャンヌ=クロードが踊ったり歌ったりするわけではありません。2週間だけの会期中に300万人が訪れたそうです。ただ布にくるまれた石の橋を見るためだけに人が集まりました。そしてボクのように遠隔から写真を眺めてため息をつく観客は世界中に存在したでしょう。そして2週間だけの会期が終われば布は撤去されます。パリ市の許可を得るために二人は9年をかけました。ドイツやオーストラリア、アメリカや日本でも年月を費やしてプロジェクトを仕掛けました。海岸や谷や丘といった自然の造形をアート作品に変貌させています。自治体や地主や周辺住民の同意を得るだけでも大変な労力です。重機を稼働させる基礎工事から始めて布を張ったり傘を立てたりと多くのスタッフが関わります。ボランティアで参加するスタッフもいますが、技術者や責任ある仕事を請け負う人には報酬を支払いました。しかしオリンピックのように企業からスポンサードを受けることはありません。ですから広告媒体も関与しません。では資金をどのように調達するのか。基本的にはクリストが描くデッサンの売り上げです。橋を布でくるんだ完成予想図を額装して売るなどです。ボクも[ザ・ゲーツ](2005年/ニューヨーク)を一枚買いました。 他にもプロジェクトに関わる活動から収益を得ていたようです。
プロジェクトのひとつひとつが自律した社会活動のようにも思えます。それぞれのプロジェクトは時間と空間を越えて連携します。
クリストとジャンヌ=クロードは主催者であり責任者ですが、独裁的なリーダーというより思想を伝える預言者のような印象があります。言葉と態度によって多くの人々にプロジェクトの参加を呼びかけました。その波長は日本で生活しているボクにも届きました。
今年の予定だったパリの凱旋門プロジェクトがコロナ禍の影響で来年9月に延期されていました。布でくるまれた凱旋門の前で記念写真に収まる、風に吹かれて微笑むクリストの姿をボクは想像していました。


https://christojeanneclaude.net/

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